2008年5月13日 (火)

The AIPAD Photography Show New York
米国市場の広がりと多様性を実感

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写真のアート・フェアーで最近有名なのが11月に開催されるパリ・フォトだ。観客動員数も非常に多い。しかし、ここの特徴は多くの人が美術館の展覧会に行く感覚であること。
アート写真の販売の場所として一番伝統のあるのがニューヨークで開催されるThe AIPAD Photography Show だ。AIPAD(The Association of International Photography Art Dealers.Inc)という業界団体が主催し、今年で28回目の開催となる。今回も4月10日~13日までに行われ、全世界から、ギャラリスト、ディラーなどの75の業者がパーク・アベニュー・アーモリーが集合した。昔は、ミッドタウンのヒルトンホテルなどで開催されていたが、市場拡大と作品サイズの巨大化で会場が手狭になり、最近は広いこの地で開催している。入場料は1日券が25ドルだった。

まず会場の雰囲気が日本のアート見本市とはまったく違う。前の週に行ったアート・フェアー東京とは全く別世界なのだ。この施設は19世紀後半に完成した州兵の施設だったところ。天井がドーム状で高く、柱がない広大なスペースだ。とにかく通路の幅が広くて会場スペースに余裕がある。そしてかなりの厚みの絨毯敷きなのだ。高額なアート作品を販売する場所としての雰囲気作りが見事に演出されている。壁面も短期イベントに関わらず作品に合った色味の壁紙が丁寧に張られているブースも数多くある。ミッドダウンの高級ギャラリーがそのまま引っ越してきたという感じ。つまりそれだけの投資ができるほどの売り上げが期間内にあるということだ。各ギャラリーの得意分野がうまく生かされ、作品の品揃えも豊富だ。タルボットなどの19世紀写真から、近代写真、現代アート系まで、160年あまりの写真の歴史を会場内の作品でだいたい網羅している。若手作家は現代アート系のカラーによる巨大作品が目立つが、一方で小振りのモノクロ写真作品も数多く展示されている。
アート写真といっても、市場の発展にともない非常に多様化している状況がよくわかる。ここでは日本で全く無名な新人、中堅写真家が作家として活躍しているのだ。値段の幅も、とてつもなく広い。無名写真家による古写真が100ドル以下で売られている一方で、たぶん十万ドルくらいはするだろう、ロバート・フランクのヴィンテージ・プリントもある。MoMAやメトロポリタン美術館で展示しているような歴史的な作品でも、モダンプリントなら普通に売られているのだ。多くのギャラリーは、オークションなどでも取り扱われる有名作家の作品とともに、ギャラリーで売り出し中の新人、中堅作家を同時に展示している。在庫の有名作を売ることで経費を捻出するとともに、新人作家の価値を演出する心理的効果を狙っている。近年相場が大幅上昇しているので長年業務を行っているギャラリーは優良在庫をもっているのだ。値札はモダンプリントだと付いている場合が多く、ヴィンテージプリントは興味がある顧客との個別交渉になる。
日本からは大阪の老舗ピクチャー・フォト・スペースが長年出展している。ここは展示作品の傾向が明確なので顧客を掴んでいる。今回ディレクターの相野氏はリー・フリードランダーの素晴らしいヌード作品を中心に展示していた。

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写真を真剣に見る行為は体力を消耗する。わずか数時間だったが久しぶりに膨大な写真と対峙したので時差ぼけも手伝ってぐったりしてしまった。
今回は色々な予定をこなしながらの訪問だったが、本来はじっくりと数日くらい時間をかけて見て回るのが良いだろう。見るだけでも十分に楽しいフェアーなのだか、もし具体的に作品購入を考えるのならより興味がわいてくるだろう。フェアー内だけでも日本では考えられない膨大な選択肢があるのだ。実は私が一番楽しかったニューヨーク訪問は、ギャラリーの在庫作品を買いに来た時だった。現在のアート写真相場はかなり上昇したが、現代アートなどと比べるとまだまだ割安の優良作品が数多くある。写真を買いに行くなら、ニューヨークはアート・フェアー、ギャラリー、オークション、ミュージアムが全て揃ったアート写真シティーなのだ。

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2008年4月28日 (月)

写真展「地図のない旅」
斎門富士男 動き出す!

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(C)Fujio Saimon

斎門富士男の写真展が始まった。今回展示するのは彼のいままでのキャリアを網羅する作品群となる。彼が考えてくれた写真展タイトルは、「地図のない旅」。彼自身の人生を象徴した素晴らしい響きのものだ。

斎門はいままで作家として理想的なキャリアを歩んできた。90年代後半に、「CHINESE LIVE」を皮切りにパルコ出版や光琳社出版などから次々と写真集を出版し、当時のアート写真の情報発信地だったパルコ・ギャラリーで「StarKids」展などを開催している。彼のポートレート写真は非常に定評が高く、ロッキングオンなどの音楽雑誌で有名ミュージシャン、アーティストを撮影している。また、女性タレントのセクシー系の写真や写真集も手がけている。葉山の約1600坪もある大邸宅に多数の猫たちと生活していることも話題となった。
しかし、2002年からの一時期、バリ島に渡ったことで一般への露出が減るようになる。 業界内では相変わらず高い評価を受けているものの、作品を購入する一般顧客への知名度が落ちてしまったのだ。昨年彼も参加して開催したグループ展「フラワーパワー」で感じたのは、彼の花のポートレートと過去の一連の仕事との繋がりを知らない人が特に若い世代に多いことだった。考えてみれば、彼が大活躍していた時代から10年以上が経過しているのだ。また、彼の主要写真集を出していた光琳社が倒産したことで、現在入手できる本が少ないことも影響しているだろう。
以上の理由から、個展では彼のいままでのキャリアをテーマごとに見せる会場構成にするつもりだった。それなくして一般に作品は売れないと思った。

小さなギャラリーで彼のキャリアをコンパクトに見せるためには、展示枚数を増やすしかない。そのため今回は四つ切程度の小さめのプリント中心の展示を心がけた。壁面ごとにテーマを設け、「アメリカ人」、「中国人」、「風景」、「有名人ポートレート」、 「上海ドキュメント」、「薔薇」、「ヌード」、「写真集カヴァー」、「犬・猫」など約150点以上を展示した。当ギャラリー始まって以来の大量の展示枚数だ。準備には従来の5倍くらい時間がかかった。
特に「アメリカ人」、「中国人」のポートレートを各30点ずつ展示した壁面は個人的に気に入っている。写真集ページをめくるとどうもドキュメント写真の感じがしないでもない。壁面一杯にグリッド状に見せた方が、彼がカッコイイと感じた人を選んで撮影しているのがわかりやすい。これらは一種のファッション写真なのだ。

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本展を欧米のギャラリストが見たら、一見脈絡のない幅広い分野の作品展示は、コマーシャルっぽいと指摘するだろう。しかし、そのような反応は想定済み。欧米のアート写真の伝統や歴史を知らない日本人が親しみを感じるのは、一般大衆の目線を持ち広い分野で活躍している写真家の作品なのだ。最近は、優れたディレクションがなされた一部グラビア写真も日本独自のアート系ファッション写真になりえるとも考えている。

しかし、何度も主張しているように、日本ではコマーシャル写真イコールがアート写真という意味ではない。一番重要なのは作家の持つ生き方や世界観が明確で、それが作品に反映されていること。そして作品がポップなだけではなく、作家のメッセージが時代に合致しないと絶対に売れないのだ。斎門富士男の場合、彼がいままで生きてきた自由な人生がカッコイイ。これが全ての根底にあるのだ。
80年代の社会は若者には窮屈な時代だった。みんな自由に生きることに憧れていた。しかし、自由に生きて社会的にも認められる人などほとんどいない。彼は写真を通じて自分の気持ちに素直に生きてきた。邪念などない少年のように真っ直ぐな心を持ち続けてきた類まれな人なのだ。そのスタンスは経済状況が大きく変化したいまでも変わらない。現在では人生を客観視できるようになり、今という瞬間にヘブン感を追求し生きることを信条としている。
彼は照れながら、やせ我慢の人生だと言っている。しかしそんなぶれない人生、才能だけではなかなか実践できない。私を含め中途半端な人生を歩まざる得ない一般人は憧れてしまうのだ。だから彼の歩んできた生き方自体が写真展のテーマなのだ。

日本の一般人がリアリティーを感じる作品が提供され、それが実際に売れないと日本のアート写真の低迷は続くだろう。今回はギャラリーにとっても大きな挑戦になる。はたして、日本独自の価値観を持つアート写真が日本の顧客に受け入れられるか?そして、写真コレクションの未経験者が購入を検討してくれるか?斎門自身も積極的に協力してくれたおかげで非常に戦略的な値段設定と、風景などポピュラーイメージを多数含む豊富な選択肢提供が実現できた。
なんと作家自身製作のフジクリスタル・プリントを2.5万円から提供する。斎門カラーのヘブン感溢れる風景も3万円~購入できる。
作家自身が短期的な儲けを度外視して、中長期的な顧客作りを意識した結果実現した。
斎門富士男は作家として本気で動き始めたのだ!

写真展「地図のない旅」は6月7日まで開催。
営業時間午後1時~7時。休みは日、月曜。休廊日以外はゴールデン・ウィーク中も普段どおり営業します。詳しくは以下をご覧ください。
http://www.artphoto-site.com/gallery_exh_082.html

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2008年4月22日 (火)

メイキング・ア・ギャラリー・イン・神戸

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5月の連休明けに神戸栄町のギャラリーTANTOTEMPOがグランド・オープンを迎える。
オーナーとディレクターは約1年位前に、アート写真・マネージメント講座に参加してくれた。物件を見つけるのに多少の時間がかかったが、お二人のヴァイタリティーと行動力で構想わずか1年で念願のギャラリーオープンにこぎつけたことになる。以前触れたように、オープニング企画はハービー・山口の「The Big Love」に決まった。

先週末に作品の設営を手伝ってきた。ギャラリーはファッション・ブティックなどが入居する古い雑居ビルの3階にある。内装工事が終了したばかりの何もないホワイトキューブに写真を展示するのは何度行っても心がわくわくする。
ここは、横長のスペースを、ギャラリーとライブラリー兼カフェに2分している。入り口がちょうど物件の真ん中にあり、目の前にガラス越しのレセプション、外光がまぶしい左側がライブラリー、右側がギャラリーとなる。床は明るいナチュラル・ウッドのフローリング、棚やテーブルはダークブラウンに塗られている。古いビルなのだが天井がむき出しでかなり高い。漆喰調の白壁と相まって全体の雰囲気はニューヨーク・ソーホーのフォトギャラリーといった趣に仕上がっている。インテリアのデザインはギャラリー・ディレクター自らがこだわり抜いて行ったという。
受付にはクールデザインのマック24インチディスプレイが設置され、ここにギャラリーがセレクションした、若手作家のポートフォリオのスライドショーが常時流されるという。また、キーワード、テーマ、価格の検索で顧客好みの作品が見つかる仕組みを構築するという。
これはTANTOTEMPO pureというギャラリープロジェクト。カフェ横の横長のテーブルには、参加作家の現物作品も自由に見れるように工夫するという。もちろん、希望者は気に入った作品を購入できるシステムを目指している。才能のある若手写真家の作品を見つけ出して、幅広い顧客に買ってもらう。これこそがここの大きな特徴となる。ディレクターは既にめぼしい写真家にコンタクトしており、ほとんどが参加を表明しているという。どのようなコンテンツが集まり、展開していくか非常に楽しみな若手育成、市場啓蒙プログラムだ。
現在のところ、公募は行っていないが、将来的に作品を広く求めていくことになるそうだ。ちなみに若手といっても年齢制限は40歳までとのこと。

カフェ・スペースは写真集ライブラリーがメイン目的で設置されている。約150冊の写真集は洋書店ハックネットがセレクション。カフェ利用客は自由に閲覧することができる。一部のお勧め本は、在庫を置き購入可能にするという。提供する飲食物にもこだわりがあり、本邦初紹介のエスプレッソの豆を選び、パンは芦屋を中心に西宮、神戸に展開し、無添加パンの販売を行っている "ビゴの店" のものを使用するそうだ。

カフェ内で写真を展示するの地方都市でよく見られるスタイル。これだと、作品はあくまでもインテリア展示品の一部なってしまう。しかし、このギャラリーはギャラリーとカフェのスペースを完全に分離していることが特徴。レンタルとは違い、商業ギャラリー業務は短期的なキャッシュフローを生まない。カフェ事業で固定費用を捻出しようというのが、TANTOTEMPOのビジネス・モデルなのだ。今後、ギャラリーオープンを考えている人には参考になるだろう。
個人的には、カフェ兼ギャラリーではなく、同じ場所にあっても二つを完全に独立させた方が広報上有利だと思う。

さて、ハービー・山口の「The Big Love」写真展は5月10日~7月6日まで開催。5月11日(日)の午後2時からハービー・山口のトークショーを行います。私も同行する予定です。
詳しくは以下をご参照ください。
http://tantotempo.jp/

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2008年4月15日 (火)

ニューヨークで開催、アート写真オークション&フォトグラフィー・ショー

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クリスティーズオークションカタログより

先週ニューヨークへ行き、フォトグラフィー・ショーやオークションに参加してきた。久しぶりのニューヨークだったが、街の雰囲気はあまり変わっていなかった。気付いたのは、スターバックス・コーヒーがやたら増えていたことぐらいだ。
新聞の論調は、米国経済は完全に後退期に入ったというもの。証券会社ベア・スターズの救済合併などの影響で、チャリティーの大口資金が集まり難くなっていることなどが紙面を賑わしていた。また市場は経済実態よりも先行するので、不況期でもそのサイクルの後半になると株式は悪材料の多い中で上昇し始めることなども、過去の例を提示しながら書かれていた。しかし、経済の転換期は後で振り返ってはじめて明らかになるもの、見極めは決して簡単ではないだろう。

今回は別の訪問目的もありスケジュールが超タイトだった。オークションは4月10日にクリスティーズで開催されたGert Elferingコレクションセールなど一部に参加。このオークションは、日本でも話題になった、フランス大統領サルコジ氏の奥さんである元スーパー・モデル、カーラ・ブルーニのヌード写真が出品されたものだった(上の写真)。そのためアート写真のオークションでは珍しく、TVカメラが数台ならび、立ち見も出るほどの盛況だった。Gert Elferingコレクションからは3回目の入札になるが、今回もファッション系中心の優れた選りすぐりの135点が出品された。ほとんどの作品はきちんと購入先がきちんと記されている。これが重要で、来歴が確かで有名なコレクション収蔵作品となるとそれだけで価値が上がるのだ。

多くの関係者が気にしていたのは経済悪化の影響だった。私の受けた印象は、いまのところアート写真市場は景気後退の影響を大きくは受けていないというもの。多くの作品は、落札予想価格を上回って落札されていた。2月に開催されたクリスティーズのオークション結果はよくなかった。 多くが落札予想価格の下限以下でしか売れなかったのだ。関係者は出品作品のレベルが低かったからと解説していたが、どうやらその通りのようだ。つまり、いつでも買える、モダンプリントなどは景気の影響を受けるものの、来歴の確かな希少で優良作品に対するニーズは相変わらず衰えていないということ。全てのオークションのレビューは後日、アートフォトサイトで紹介します。

さて、例のカーラ・ブルーニだ。この写真はミッシェル・コントにより1993年に撮影されている。大きさは、32.5X22.5cmのモノクロ・プリントだ。エディションは付いてなく、作家から直接購入したものらしい。作品の落札予想価格は、3,000~4,000ドル。(約30~40万円)。しかし、入札開始価格はなんと10,000ドルだった。つまり、入札以前から複数の非来場者による高値の入札があったということだ。その後は、会場、電話での参加者が競り合って、 75,000ドルで落札された。会場内からは、日本人男性が買ったという声が聞こえたが、 結果は中国人コレクターだったらしい。私は本人を確認できなかった。
今年から、競売の手数料が2万ドルまでが落札価格の25%、50万ドルまでが20%となった。その結果、落札者は合計91,000ドル(約910万円)を支払うこととなった。
興味深いのは、カタログには新印象派の創始者で、点描表現を用いた表現を確立した画家ジョルジュ・スーラの、「Standing Model」(1886-87)というオルセー美術館収蔵の絵画が引用されていること。確かにカーラ・ブルーニのポーズは絵画に非常に似ている、欧米のアート写真は絵画の伝統と歴史も踏まえているのだ。

フォトグラフィー・ショーについては次回に触れたいと思います。

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2008年4月 8日 (火)

「アートフェアー東京2008」
現代アートがリードする写真表現

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週末に東京国際フォーラムで開催されていた「アートフェアー東京2008」へ行ってきた。

世界中から108の業者が参加して、古美術、日本画、洋画、現代アートまでを展示販売する日本最大のアート見本市だ。昨年は開催期間中に10億円を売り上げたという。他のアートフェアーでは考えられない多種のカテゴリーの参加者が揃うのがここの魅力なのだと思う。しかし、アート・カテゴリーごとのフェアーが一般的な欧米ギャラリー関係者には、浮世絵、陶器から現代アートまでが揃うイベントはややアバンギャルドすぎて感じられたかもしれない。外国ギャラリーのブースはやや浮いているようにも感じられた。

写真作品を取り扱うギャラリーもいくつかあったが、ほとんどがコンセプト重視の現代アート系。ギャラリー小柳が杉本博司、タカ・イシイギャラリーが森山大道、小山登美夫ギャラリーが蜷川実花などを展示していた。関東の写真専門ギャラリーの顔はなく、関西の、ピクチャー・フォト・スペース、アウト・オブ・プレイス、ザ・サード・ギャラリー・アヤ、MEMなどが参加していた。大阪のピクチャー・フォト・スペースは、ダイアン・アーバス、べロック、バーバラ・キャスティンなどのギャラリー・コレクションを中心に展示、奈良のアウト・オブ・プレイスは山本昌男などのモノクロ作品を展示。昨年は写真中心だったこのギャラリーも、今年は現代アート系の作品展示がメインになっていた。

今回のフェアーでは、明らかに現代アートの価値観で評価された写真作品の展示が中心だった。これらはコレクター向けで、一般客がリアリティーを感じるアート作品ではないと思っている。しかし、私が常日頃主張しているイメージとコンセプトを兼ね備えた時代性のある写真作品も、市場へのアピールが必要なことも実感した。このままではアート写真は現代アートに飲み込まれてしまい、一般からは遠い存在になってしまう。最近は、危機感を同じくした写真家や関係者が増加していると感じている。一般人がカッコイイ、おもしろいと感じる写真作品を紹介する手段がギャラリーの個展以外にないのか?
何らかの具体的アクションをみんなで起こす時期に来ているのかもしれない。

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2008年4月 1日 (火)

ハービー・山口「タイムレス・イン・ルクセンブルグ」写真展が終わる。
そして、名古屋、神戸に!

個展を開催して面白いのは、来廊者の顔ぶれでその作家のいままでのキャリア像がある程度見えてくることだ。仕事上の付き合いがある場合を抜きにして、本当に作家に対して親しみがないと、忙しい中なかなか写真展に来てくれないし、まして写真集やオリジナル・プリントを購入してくれない。自分のファンは数多くいると公言する写真家でも、あまりお客様が来ない場合もあるのだ。

ハービー氏は人気写真家なので、仕事関連の人や、カメラ、写真を趣味としている人は数多く来廊する。しかし、彼はハービー・山口の写真世界を愛する一般人ファン層も持っているのだ。福山雅治さん、山崎まさよしさんなどミュージシャンの写真を見たことや、ライカカメラがきっかけで、彼の写真が好きになった人も多い。中には、80年代にパルコ・ギャラリーで開催された写真展以来のファンの人などもいる。熱烈なファンの人は会期中になんと3~4回もギャラリーに足を運んでくれた。地方からわざわざ見に来たひとも非常に多かった。
本展には週末の多いときには1日100人近い人がわざわざ目黒のギャラリーまで来てくれた。昨年よりも動員数は増加しており、どうもファン層が拡大している気配を感じた。過去のイベントで何度も販売している、写真集「ロンドン・チェイシング・ザ・ドリーム」や「ピース」が今回も昨年の個展に近い冊数が売れたのだ。彼のファンなら当然既に持っていると考え、当初は限定数だけしか取り寄せていなかった。結果的に、期間中に何度も追加注文することになった。

ギャラリーで初めてハービー氏に会ったお客様は、思いもよらない彼のフレンドリーな態度に最初は戸惑うのが傍から見ているとよくわかる。彼は、会場内の人にとても気を使う。最後はいつも疲れ果ててしまうほどだ。
若いときに、作家と仲間内だけが集まっている写真展で強い疎外感を感じたとハービー氏は言う。だからこそ自分の個展では、作家と全てのお客さんが一体感を感じて欲しいのだ。会場内では誰にでも声をかけるし、見ず知らずのお客さん同志を紹介したりすることもある。社会的背景は違っても、同じ写真家が好きだということで人間同士は仲良くなれる。ハービー氏は自分の表現している世界観を会場でも実践しているのだ。そして最後はみんな笑顔一杯で帰って行く。
作品を販売するアーティストの場合、仕事関係の人脈よりも、一般客の人気の方が重要なのだ。それは結局、本人の地道な努力の継続で作られていくのだ。

本写真展は4月24日から名古屋のオーチャード・ギャラリー(アート・フォト・サイト名古屋)に巡回します。また、神戸で別の写真展を開催予定です。
実は5月の連休明けに神戸に新しい写真ギャラリー「TANTO TEMPO」が誕生します。関西圏での写真文化の啓蒙を目指して設立され、写真集ライブラリーやカフェを併設しているのが特徴。またオーナーが若手、新人の発掘に意欲的な新ギャラリーなのだ。そのオープニングの企画がハービー・山口氏の写真展「The Big Love」となった。昨年の私どもでの写真展のように、彼のベスト作品を展示することでその魅力的な世界観を展示する予定。ハービー氏もオープニング・イベント参加のために神戸入りされる予定です。内容は現在関係者で企画中。詳しいグランドオープン等の詳細が決まりましたらアートフォトサイトでご案内します。

最後に、ハービー・山口「タイムレス・イン・ルクセンブルグ」写真展に来場してくれた皆様、本当にありがとうございました。

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2008年3月26日 (水)

PIE(フォトイメージングエキスポ)で開催
ハービー・山口トークイベント

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PIE(フォトイメージングエキスポ)2008で行われたハービー・山口氏のトークイベントにお手伝いで行って来た。PIEのパンフレットや広告では当イベントの告知はほとんどされてなかった。しかしさすが知名度が高いハービー・山口氏、ノーリツ鋼機のブースは瞬く間に観客で一杯になった。彼のライフワークである「人の心を温かく、より平和にするような写真を撮る」がトークの骨子。PIEでは写真家による無数のトークショーが各企業のブースで開催されていたが、カメラ、テクニック以外が内容のものはたぶん他にはなかっただろう。

改めてトークを聞くと、彼の持つ世界観の背景には、ロンドン時代の経験が強く影響していることがわかる。つまり、戦後日本のような倫理なき利益追求の価値観ではなく、自らの伝統、文化を尊重した上で近代化を進める西洋的発想を彼は持っているのだ。消え行く代官山の同潤会アパートの撮影を思いついたのもこの視点があったからだろう。90年代のその他の日本人写真家にとって古いものが壊されるのはあまりにも当たり前の出来事だったのだ。またルクセンブルクのプロジェクトが成功したのも、写真家に現地人の思想への理解があったからだと思う。
ロンドン時代は世界とのつながりを感じたが、いまの日本では道が閉ざされている感じが強い、とも語っていた。国内外の情報の流れの閉塞感はアート写真だけでなく文化全般に関して当てはまると思う。根底には英語文化圏と日本語文化圏の違いがあるのだろう。
実は80年代から90年代中ごろにかけての日本の方が、海外の最新アート情報がいまよりも入ってきていた。しかしその後不況に突入し、さらに市場化経済が進行したことで、利益を生まないアート文化情報の担い手がほとんどいなくなった。海外のアート情報はあまり日本語化されなくなったのだ。現在はインターネットが情報収集の主要な手段になったが状況は同じ。英語圏と日本語圏のネット世界は全く個別に存在している印象が強い。
日本に住んでいても、英語力があるなしで入手できる情報量に膨大な差がでてきているのだ。

ハービー氏は、将来世界に自分の写真を発信していきたいとも語っていた。現状で課題となるのは、英語での情報発信という方法論だけではない。どのようなコンテンツを海外に提供するかが重要になる。現在の外国人コレクターは、 彼らが考える古典的日本イメージを求める傾向が強い。歴史と伝統を踏まえた西洋におけるアート写真の世界には、コンテンポラリーの日本人写真家の評価軸が存在しないのだ。やはり、日本独自のアート写真の価値観を体系化して、海外に紹介していくことが絶対に必要なのだ。ハービー氏のメッセージはグローバルに普遍的なテーマだ。理論武装ができればまちがいなく海外でも受け入れられるだろう。

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PIEではカメラや写真が趣味の人がどれだけ多いかを実感した。メーカーは販売するためにハードの差別化を追求する。しかし、それもそろそろ限界に達してきたのではないか。ハードやIT技術の進化で優れたヴィジュアル作品の制作はもはや難しくなくなった。技術的な敷居が低くなったことで、いまや誰にでも写真表現の可能性が広がっている。写真はライフワークとして追求していく価値が十分にある奥行きのある趣味であり、極まれば作家の可能性も見えてくる表現分野なのだ。
もっと多くの人が、自己表現としての写真の可能性に気付いて欲しい。

・ハービー・山口 写真展「あの美しかった冬の光」は、3月29日まで目黒のブリッツ・ギャラリーにて開催。4月24日からは、名古屋に巡回します。

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2008年3月18日 (火)

細江英公氏が語る
日本人写真家のヴィンテージ・プリント

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細江英公氏写真集「おとこと女」

先週、日本写真家ユニオン主催の講演会があり、細江英公氏(1933-)のお話を聞くことができた。
以前、日本人写真家の60~70年代の写真集が海外で非常に人気が高いことを紹介した。 フォト・ブックの歴史検証作業が行われ、日本人写真家はオリジナルプリントではなく写真集を重要視すると理解されるようになったのがきっかけだ。いまや日本人写真家のヴィンテージ・プリントに当たるのが初版写真集という解釈なのだ。
細江氏はまさにその時代に、「おとこと女」(1961年刊)、「薔薇刑」(1963年刊)、KAMAITACHI」(1969年刊)などの、いまや貴重なコレクターズ・アイテムになった写真集を発表した中心人物なのだ。今回の講演は、当時の日本におけるオリジナル・プリントや写真集についてのお考えが聞けるもので、非常に面白かった。

やはり、当時の写真家はプリントとしての写真作品に価値を置いていなかったらしい。 この時代は印刷されて初めて原稿料がもらえたので、雑誌などに印刷されることの方が重要だと考えられていたのだ。その究極の形が写真集化されることだったのだろう。プリントと写真集は全く別物と考えていたと細江氏は断言された。お金にならないプリントよりも、明らかに写真集を重要視していたことがよくわかる。プリントはネガがあればいつでも安価で制作できるという発想だったのだ。
なんと木村伊兵衛氏は邪魔になるということで、自らのヴィンテージプリントを燃やしてしまったとのこと。もし、それらが残っていたらビルが3つ位建っただろうと細江氏は残念がっていた。
実は収納スペースの問題もプリント軽視の風潮にかなり影響していたという印象だ。つまり、当時の日本の住宅はスペースが狭く、多くの写真家はプリントで作品を収蔵するより、ネガを整理して保存する方法を選んだようなのだ。桑原甲子雄氏は家業が質屋で倉があったからプリント作品が残っているそうだ。細江氏もガウディー作品保存のため、自宅ガレージから車をだしてスペースを確保したとのことだ。

彼がオリジナル・プリントの重要性に気付いたのは、ワシントンD.C.のスミソニアン協会で開催された写真展がきっかけだった。現地キュレーターが写真集「おとこと女」を見て企画されたものらしい。会期終了後、一部作品がコレクションとして購入されることになった。購入用の作品にはサインを入れる必要がある。彼は万年筆でサインをして作品を送ったところ、鉛筆で書き直すようにと指摘されたのだ。これがきっかけで、細江氏はプリント自体に価値を見出す欧米の価値観を知るようになるのだ。
その後の細江氏の啓蒙活動がなかったら、日本にはヴィンテージプリントなどほとんど残っていなかったかもしれない。写大ギャラリーの持つ土門拳コレクションなどは彼の尽力なしでは存在しなかったのだ。

講演の参加者の多くはオリジナル・プリント販売を目指す写真家だった。「いま写真を取り扱うギャラリーが増加しており、日本のアート写真市場もやっと動き出す気配を強く感じる。」写真界の重鎮による彼らへの激励の言葉に私も勇気付けられた。

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2008年3月11日 (火)

ジョエル・マイロウィッツ
70歳にして変化を恐れない伝説の写真家

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新作展のオープニングで来日したジョエル・マイロウィッツ氏(1938-)にエッセーの取材インタビューをすることができた。
彼は最近入手したというライカM8を持って現われた。長旅と時差、タイトなスケジュールでたいへんお疲れだったと思う。しかし非常に紳士的な態度で、また丁寧に言葉を選んで私の質問に答えてくれた。インタビューは近日中にアートフォトサイトで紹介します。

ギャラリー・ホワイト・ルーム・トウキョウで展示されている「The Elements:Air/Water Part1」で、彼は従来の3次元の写真表現に挑戦し、フラット感の中に新たな可能性を捜し求めている。また古代の四大元素である空気・火・土・水の表現をテーマにしたコンセプト優先の巨大作品は完全に現代アートだ。

彼は美術を学び、最初は抽象画家だった。生活のためにデザインの仕事を行うようになる。ロバート・フランクの撮影現場をみたことで衝撃を受けて写真家に転身する。最初はフランクの真似をしてストリートでモノクロ写真を撮影していた。この当時の写真はシャーカフスキーの名著「Looking at photographs」に収録されている。
シャーカフスキーの助言がきっかけで、こんどは写真のファーマットとカラーで世の中を描写しつくそうと考える。それを突き詰めた結果が8X10カメラだったのだ。
カラーを選んだときから彼は現代アートの方向性を持っていたのだと思う。しかし彼は早くからアナログ写真での表現に限界を感じていた。自分が感動したようにイメージを作りあげたかったがその性格上、どうしても妥協の連続が続いた。ダイトランスファーではかなり近いものが制作できたが、非常に高価だったので表現の追求はできなかったようだ。
それでも70~80年代にかけて、"Cape Light"、"Wild Flowers"などの優れたシリーズを次々と発表している。90年代には、フランクのように先入観をも持たないことを心がけながら、様々なアメリカンシーンを求めて旅をしている。この時期は作家として次のステップへの助走期間になっている。
やがてデジタル技術との出会いが彼のアーティストの可能性を押し広げることになる。多くの写真家はデジタルにより手軽に派手でコントラストの強いカラー写真ができることに魅了されがち。彼はヴューカメラで撮影されたネガの持つ微妙な色合いの表現を追求したことが特徴。かなりの初期段階から独学でフォトショップの探求を行い、数多くのプリンターをテストしたとのこと。
そして、HP Desogmket 130とHPプレミアム・サテン紙と出会い、初めて納得がいくデジタルプリントが制作可能になる。現在では顔料ベースのインクを使用するHP Designjet Z3100を使用して全ての作品を制作しているという。デジタルにより、サイズの限界から開放されたことも彼の創作意欲を掻き立てたのだろう。最新作の最大作品はなんと約1.5X1.8メートルもある。過去の作品も大きくして新たにエディション化している。たぶん最初から大判サイズで制作したかったのだろう。

多くの人は写真集"Cape Light","Summer days"などのルミナスな風景、シティースケープなどを彼のイメージとして持つだろう。だから、グランドゼロを撮影した、"Aftermath"や最新作では意外な印象を持ったはずだ。しかし、そのキャリアを振り返ると、極めて当たり前の展開であることが見えてくる。
彼も、"Cape Light"のような作品は作家としての自分のひとつのベクトルに過ぎないと語っている。話を聞いて感じたのは、彼が意識的に変化しようと試行錯誤していることだ。テーマやスタイルを変えることは危険なことだ。失敗したら自分の評価を落とすことになるかもしれない。特に優れた作品を残した作家ほど過去と比較されるのでそのリスクが大きくなる。しかし、アート史に残る偉大な作家はそのリスクを積極的に引き受けて変化してきた。 "Aftermath"で評価を高めたマイロウィッツ氏は、立ち止まることなく新たな方向のチャレンジを開始したのだ。

3月6日はマイロウィッツ氏の70歳の誕生日だったとのこと。すごいバイタリティーだ。
最後に、いいインタビューだったとねぎらいの言葉までかけてくれた。
写真史に残るような写真家は人間的にも魅力的なのだ。

*協力:ギャラリー・ホワイト・ルーム・トウキョウ
Joel Meyerowitz 写真展"The Elements: Air/Water Part1"は、6月8日まで開催

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2008年3月 4日 (火)

日本独自のアート写真とは?(1)

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昭和54年刊アール・ポップの時代

最近、私は会う人ほとんどに、日本独自のアート写真を作り上げないといけない、 と主張している。突然、話題をふられた人は驚いているかもしれない。何でそのように考えるようになったかを簡単に説明しておこう。
もともとはギャラリー店頭でのマーケットリサーチがきっかけだ。日本の一般客が、いま日本でアート作品と呼ばれている写真にあまりリアリティーを感じていないことを発見したからだ。それ以来、彼らが求めているのはどんな写真作品なのかをずっと考え続けてきた。 そして、現代アート写真の活況に写真が乗り遅れているという危機感もある。アートとして時代性のある写真を販売するためには彼らのように理論武装も必要だと感じているからだ。

仕事の関係でアート評論を読む機会が多い。ここ数年は、活況を呈している日本の現代アート市場のものに注目している。日本の現代アートの状況は20世紀後半から21世紀にかけて様変わりした。それまではアート写真と同様に海外作家が中心で、国内だけではマイナーな市場という印象が強かった。しかしこの分野では日本独自の価値基準を構築しようという試みがなされたことが重要だ。
椹木野衣氏による水戸芸術館で開催された「日本ゼロ年」展(1999年)、村上隆氏は「スーパー・フラット」論(2000年)、「リトル・ボーイ」論(2005年)を展開し、最近では松井みどり氏の「マイクロポップの時代」(2007年)がある。だぶんそれらのベースには、谷川晃一氏の著書「アール・ポップの時代」(1979年刊)があると思う。それらの努力の積み重ねがあったからこそ、海外で日本人作家が受け入れられて、日本でもちょっとした現代アートブームが訪れているのだ。

日本で生まれ育った優れた写真家も当然これらの評価軸の中に入ってくる。しかしそれは現代アートの視点からの評価だ。コンセプト重視の現代アートと写真。二つの評価軸は重なる部分は多いものの必ずしもイコールではない。写真独自の美学もあるのだ。このままでは、現代アートから認められたもののみが日本のアート写真になってしまい、その多様性が失われかねない。もしくは、国内の日本人作家も歴史を重んじる欧米アート写真の価値観にあわせるしかなくなる。
一般客が写真に違和感を持つのはそのような兆候の現れのような感じがする。欧米では、伝統的なアート写真と現代アートが共存するから、その中間に位置する様々な写真も存在できるのだ。日本独自のアート写真とは?今後機会があるごとに述べていきたい。
実は次回企画展を行う斎門富士男氏や、写真のテイストは全く違うが、現在展示中のハービー・山口はその可能性を秘めた写真家の1人だと考えている。


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(C) 斎門富士男
海渡る羊, サルデーニア島, 1994

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