2009年6月30日 (火)

今週末は仙台に行きます!
横木安良夫ワークショップ

Tyc_010s
(C)Alao Yokogi

7月4日と5日の週末は仙台のカロス・ギャラリーに出張する。現在、開催中の横木安良夫写真展の関連イベントに参加するためだ。
横木氏が行うワークショップの内容は、写真展で展示しているモノクロのデジタル・アーカィヴァル・プリントをどのような考えで画像処理して制作するかのデモンストレーションになる。現場では、実際のフォトショップでのオペレーションやエプソンPX-5500を使用しての出力デモンストレーションを行う予定だ。
プロの写真家が自分のノウハウを公開することは非常に珍しい。これは最近の横木氏が、写真をアート表現と考えていることの表れだと思う。写真作品で重要なのはテクニックではなく、作家の考え方や作品自体のコンテンツだと理解しているのだ。
彼の最近の作品はスナップ風の写真だ。アマチュア・カメラマンの多くは一瞬自分でも撮影できそうだと思ってしまうかもしれない。しかし、何気なく見えるスナップは周到な計算と、優れたセンス、経験がないとなかなか撮れないもの。前にも紹介したかもしれないが、ヴォーグ誌のアート・ディレクターだったアレキサンダー・リバーマンは、カメラマンの存在を意識しない良い意味でのアマチュア写真が理想だと語っている。しかし、実際のアマチュアの写真はどうしてもわざとらしく見えるのだ。まして、それらをひとつのテーマでポートフォリオ作品としてまとめるには相当の経験と編集能力が必要になる。
今回の展示作品はまさに横木氏の原点となる作品群。彼が20代の日芸の学生時代、篠山紀信のアシスタント時代に撮影したものだ。この時代を記録したドキュメントは数多く存在する。しかし、横木氏は単純に自分がカッコイイと感じるシーンを追い求めて撮影している点がまったく違う。カワイイ女の子、スポーツカー、渋谷原宿、学生運動、米軍基地、湘南海岸などが60年代の若者には輝いて見えたのだ。しかし、それらを「Teach your children」にまとめるには撮影後約35年以上も時間がかかっている。その後、写真家として大成功したことによりアートとして作品をまとめる時間がなかったのだと思う。作品はまず写真展として2006年に発表されるのだが、発表するには絶好のタイミングだったと思う。ちょうど時代の価値観が多様化し過去を懐かしむ気持ちが社会で強まっていたからだ。 90年代に発表していたらオーディエンスの反応はかなり違っていただろう。
東京、名古屋、京都で写真展を行ったが、「Teach your children」は若者がコミュニティーの内側から撮影した高度経済期の気分と雰囲気を反映させた素晴らしい作品だと、どこでも高く評価された。団塊世代だけでなく、若い世代からの評判もよい。ぜひ、仙台の人も写真展会場で60年代の若者の気分を味わって欲しい。

なおワークショップの後には、私と横木氏とのトークイベントも予定されている。私の専門は、写真家の作品プロデュース。横木氏のトークを補完する意味でアート写真を制作するソフト面のノウハウや市場のことに簡単に触れたいと思う。横木氏は、有名写真家なのに非常に親しみやすいキャラクターの持ち主だ。どんな質問にも丁寧に対応してくれる、ぜひこの機会に多くの人が参加して欲しい。

なお、4日(土)はほぼ予約が埋まっているとのこと。しかし、5日の日曜はまだ余裕があるそうだ。イベントの詳細は以下からどうぞ。
http://www.kalos-gallery.com/event/planning.html

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2009年6月23日 (火)

欧米のコレクターが絶賛!
丸山晋一の「空書(KUSHO)」

Guide655
(C)Shinichi Maruyama 禁無断転載

6月24日から、ニューヨーク在住の写真家、丸山晋一の写真展「空書(KUSHO)」を開催する。彼の作品は、ニューヨークの中堅ギャラリー、ザ・ブルース・シルベスタイン・ギャラリーで取り扱っている。今年の1月にアーロン・シスキンドとの二人展を開催してギャラリーデビューをはたした新進気鋭の写真家だ。ニューヨーク、チェルシーの商業ギャラリーで企画展が開催できるというのは凄いことだ。現地のギャラリーは販売できる見込みのない人の写真展は絶対にしない。彼らは100%ビジネスライクで、日本のように多くの人に見てもらいたいというような発想は微塵もない。実は彼の写真は、当初ギャラリーのディレクターがややコマーシャル写真の匂いがすると乗り気ではなかったらしい。しかし、オーナーの直感で、マイアミ、パリ、ロンドンのアートフェアーで展示したところ、非常によく売れたのだ。

空書とは墨と水を天空にまき散らし高速カメラで撮影するものだ。特にその中の1枚、天空に円を描いた空書#1(上のイメージ)が外国人コレクターの心をつかんだようだ。 禅画のシンボルとして出光美術館収蔵の有名な、仙厓(せんがい)による○、□、△。彼らは日本人作家による空書の丸で直感的に作品コンセプトとして禅思想を思い浮かべたのだろう。60年代のビート禅などのように、欧米の知識層の間では仏教の思想はかなり浸透している。佐々木閑著の「日々是修行」(ちくま文庫刊)によると、アメリカは「色々な選択肢があるなかで、自分の生きる道として、個人的に仏教を学ぶ人が多い」、「今、世界一仏教が盛んな国」なのだそうだ。このような背景により丸山の空書が欧米で支持されたのだろう。

最新情報だと、今年の世界的なアートフェアーのアート・バーゼルでも丸山作品は展示され、非常に好調なセールを記録したそうだ。空書#1は、ラージ、スモールとあり、各エディションが10なのだが、アーティスト・プルーフも含めほぼ完売とのことだ。ラージサイズの最後のほうのエディションはなんと100万円を越えるから驚きの人気ぶりだ。

今回の写真展開催に際して、代表作の空書#1の扱いが悩みだった。日本では100万円を超える写真は簡単には売れないからだ。しかし、丸山の格別の配慮で、彼の個人コレクションから銀塩モノクロの空書#1を参考作品として展示することができた。こちらも、1メートルを超える巨大作品だ。ギャラリー内でも圧倒的な存在感を示している。
今回は大きいサイズの作品展示数は6点、価格はニューヨークにあわせているので55万円からとなっている。未発達な日本の市場ではかなり厳しい価格だ。
しかし、本展では日本人コレクター向けの作品もある。写真集「空書」のプリント付(エディション25)の特別版を限定数だけ確保しているのだ。4種類あり、あの空書#1も含まれている。サイズは8X10"の銀塩プリント、ギャラリーでは16X20"のフレームにいれているが、掛け軸のサイズに慣れている日本人には親しみやすい大きさではないだろうか。こちらは、値段もはるかにリーズナブルだ。なお、会場ではサイン入り写真集も限定数販売する。

丸山晋一は広告写真のキャリアを歩んできた写真家だ。彼が、広告で培った高度なテクニックを生かして、アート作品を制作して成功したことは多くの商業写真家にとって励みになるのではないかと思う。アートを目指す人にぜひ見て感じて欲しい。
丸山晋一写真展「空書(KUSHO)」は6月24日~8月8日まで開催します。

(ご参考)写真展プレスリリースは以下から
http://www.artphoto-site.com/inf_press_41.pdf




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2009年6月16日 (火)

高橋和海 写真展「ムーンスケイプ」終了
確認された優れた写真集への需要

Guide617
(C)Kazuumi Takahashi

高橋和海写真展「ムーンスケイプ」が先週末に無事終了した。観客動員数は、前回のNaoki展、前々回のMichael Dweck展とほぼ同じくらいだった。来廊してくれた皆様、ほんとうにありがとうございました。

本展のアピール点は、月と海を対比して見せることで、私たちが普段忘れがちな自然の大きなリズムを意識してもらうこと。予想通りミニマムな構図と静謐なイメージから禅的な印象を持つ人が多かった。
来廊してくれたある有名な書道家が、作品コンセプトを直感的に見抜いてくれたのは非常に嬉しかった。優れた書との共通点を感じてくれたようだ。大きくプリントしたタイプCプリントの映りこみを数名の来廊者に指摘されたが、高橋の作品への強いこだわりは多くの観客を魅了したと思う。途中にあったパルコのイベントでも一部作品を展示したが、それが好評でギャラリーに来てくれた人も多かった。

彼は作品制作、営業等をとても迅速、ていねいに行ってくれた。疑問点なども積極的に聞いてくれたので、非常に仕事がやりやすかった。広告分野で仕事を行っている人は、なにかギャラリーが指示を出してくれるものだと勘違いしている人が多く仕事が遅くなる。アートは広告と違い写真家本人がすべてにおいてイニシアティブをとらないと何も動かないし結果も出ないのだ。

高橋氏は長年学校で写真を教えているので、彼のかつての生徒や現役学生の来廊が目だって多かった。しかし、いまの若い人は現実的に生きているのだろう。特にポートフォリオを見て欲しいというようなアート写真に興味を持つ人はいなかった。確かにこの厳しい経済状況と、日本のアートを取り巻く環境の中で、若くからアーティストを目指すなどは無謀なことだと思う。しかしギャラリー関係者としては、若手がアーティストに興味を持たないのは複雑な気持ちだ。
かつてスタジオ・マンはプロ写真家を目指す人の修行する場だった。いまでは、スタジオに永久就職する感覚だという。昔はプロを目指すギラギラした男性が圧倒的に多かったが、いまは女性の比率が高いという。そういえば、最近は写真家のアシスタントも女性が非常に多い。社会的な責任を感じる男性は写真の世界にもはや夢が描けないのかもしれない。

本展は産経新聞朝刊オピニオン欄の「写眼」というコラムで紹介してもらった。案内状でも使用したイメージが大きめに扱われた。実は、新聞にインフォメーションとして掲載されても反応が鈍いことが多い。しかし今回は全国から大きな反響があった。さすがに有力全国紙のコラムだ。特に関西地方からは、写真展が巡回しないかという、問い合わせをいくつももらった。 現在は予定はないので、関西圏のギャラリー関係者で興味ある人はぜひ問い合わせて欲しい。

米国Nazraeli Pressより限定1000部販売された写真集"High Tide Wane Moon"の人気は予想通りに高かった。当初用意していた冊数は完売。それでも希望者が多かったので作家所有の本当に最後の在庫を無理して提供してもらった。
作品の売り上げ数は、前回のNaoki 展には遥かに及ばないものの、ほぼ予想していた枚数が売れた。現在、商談中のものもあるのでもう少し伸びるかもしれない。厳しい不況でアートは不要不急の商品といわれているなか、どうにか最低限の売り上げは確保できたという感じだ。いくら不況でも優れた作品への需要はあるのだ。
いつも主張しているように、私は写真集のうちのフォトブックはアート写真のひとつの表現形態だと理解している。 "High Tide Wane Moon"の完売は紛れもなく写真集のアート作品が売れたということ。ただし、日本では多くの人が写真集の適正価格の相場観は持つようになったが、アート写真に関しては情報を持っていないということなのだ。ちなみに現在古書市場で"High Tide Wane Moon"は、発売当時の定価の2倍以上の値がついている。

高橋和海 写真展「ムーンスケイプ」は8月下旬に仙台のカロス・ギャラリーに巡回します。
9月5日、6日は写真家本人によるワークショップも開催予定です

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2009年6月 9日 (火)

アートの生き残り戦争
いまだ見えない未来像

Blog
(C)Herbie Yamaguchi
Timeless in Luxembourg "Statue of the late Grand Duchess Charlotte"

昨今の金融危機を経験して、自分が無意識のうちに経済の論理に強く影響を受けていたことに気付いた人が多いのではないだろうか。価値観や生き方の多様化がいわれていたが、それも経済成長が前提だったことが明らかになった。いまや銀行や自動車大手に公的資金が投入され、80年代にサッチャー、レーガンから始まった新自由主義経済が崩壊した。まさにその時代を背景に発展してきた現代アートやアート写真の未来はどうなるのだろうか?
それは経済成長を前提としない社会が訪れたとき、どのようなアートが生き残るのかという問いでもある。最近そのようなことを考えるのだが明確な答えはまだ見つかっていない。

アートの多文化主義は経済のアメリカ一極集中とグローバル化の中で出てきた流れだ。この前提がくずれたことから、今後は価値観が違うということで愛でられていた色々な国のアートが以前よりは注目されなくなるだろうという直感はある。日本の現代アートが海外で人気が高かったのも多文化主義の一環だったので、この流れが変化する可能性がある。また、国内のアート販売では地方の売り上げ落ち込みが激しいといわれている。しばらくは、人間の生き方が多様で富裕層が集中する大都市のみでアートビジネスが生き残る予感もする。経済の世界ではまだ新しい秩序は明確に見えていない。アートの世界に新しい方向性が見えてくるのもまだ先でしばらくは混乱が続くだろう。
ただし過去の景気後退期の経験則が役に立たないことだけは、肝に銘じなければならないと思う。このような不安感が蔓延しているので市場の流動性が影響を受けているのは間違いないだろう。

最近の経済、社会の大変動を経験して思うのは、優れた写真家は社会の問題点をあぶりだして、その先の動きを予感していたということだ。写真家のメッセージのパワーは凄いと本当に感じた。
先月、コマフォトの連載でダニー・ライアンを取り上げた。彼は、科学技術は大きく進歩したものの、人間の感情、社会性、道徳観は変わってないとし、現在の映像デジタル時代でも写真家は倫理やイデオロギー的な動機付けを持って写真に取り組む姿勢が重要だと主張していた。新自由主義経済の行き過ぎが社会に与える問題点は、アンドレアス・グルスキーをはじめ、ジェフ・ブロウス、エドガー・マーティンス、オリヴォ・バルヴィエリなどが作品テーマに取り上げていた。

日本人作家でも、今週11日から丸の内カフェで、「タイムレス・イン・ルクセンブルグ」を、20日から川崎市市民ミュージアムで「ポートレイツ・オブ・ホープ ~この一瞬を永遠に~」を開催するハービー山口は、同じような視点で作品を制作している。今回丸の内カフェの展示に際して、数年前に行った同展のプレス資料を読み直していたら以下のような文章があった。

「現在の日本は米国主導の市場を優先する経済改革の影響を受けています。IT化、グローバル化で促進された競争優先の社会は一部の勝者と多くの敗者を生みだし人の心は荒廃していきます。西欧諸国も、世界的な市場化進行の影響は受けています。しかしこの地では政府が市民の社会権を重視し変化のスピードを緩やかに抑えています。時を急いで進めない国々、その象徴が中世の面影が残る小国のルクセンブルクなのです。いまハービー・山口の写真を見ると、経済成長よりも、社会に規制が残っても多くの人々が笑顔でいられる国の方が幸せなのではないかと私たちに問いかけている感がします。本作は21世紀いまだからこそ、新たな視点で見直して、日本社会の将来を考えるきっかけにして欲しいシリーズです。」(プレスリリースの抜粋)

ハービー・山口がこの国を撮影したのは1999年だった。最近同国を訪れた人の話を聞くと、その後のルクセンブルクは金融立国を目指して数々の政策を実施したそうだ。皮肉にも開発により街の姿も大きく変化してしまったらしい。 それほどまでに、米国流の考え方は欧州の伝統的価値観にも影響を与えたのだろう。欧州の銀行が今回の金融危機の影響を大きく受けたのもうなずける。
たぶん、いまハービー・山口がこの国を訪れてもその印象は10年前とかなり違うだろう。 それゆえに、彼の作品はこの国にとって非常に重要なのだと思う。いま、大使館が作品展示を改めて望むのは、この10年間で、長らく変わらなかった国が変わってしまった反省の念もあるような気がする。

写真集のエッセーでハービー・山口は以下のようなことを述べている。
「ルクセンブルクに滞在した約2週間、様々な人々が僕のカメラの前に立ち、素顔や笑顔、さらにはその人の人生の一部を垣間見せて去って行った。ほとんどの人々がストレンジャーである僕を受け入れてくれて、迷うことなくレンズに向き合ってくれた。この日本からきた写真家を信頼しようという態度が、僕の心にずっと快く響き続けた。きっと、彼らはフレンドリーな気質とともに、各々が、的確な判断ができる聡明さを備えているのではないかと考えた。そして小心者の猜疑心や、貧困からくる心の荒廃といったものがないのだ。」

世界平和、愛、希望のようなことをアーティストはよく主張する。最初に触れたように、資本主義社会で重要だと考えられている価値観は経済的な視点に立脚したものが多いのだ。仕事をしている人はだれでも無意識のうちに影響を受けている。 このような価値観では、生産性の低い若者や老人は価値がなく、愛や希望なども無意味なものなりかねない。しかしそれは個人のお金や名誉へのエゴに他ならない。そのような個人のエゴをすべて取り去った後に残る真実のようなものがあれば、それこそが、人類愛、世界平和のようなことなのだろう。
それらは経済成長だけがすべてでないことに気付いている人から自然とでてくる言葉なのではないか。不況になり夢から覚めたいまだからこそ、昔だと少しばかりベタなアーティストのメッセージが私たちの心にストレートに響くのだ。いまだに未来像はみえてこないが、このようなエゴがないアーティストたちが将来に生き残るのだろうと思う。

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2009年6月 2日 (火)

レアブック・コレクション2009が終わる
アート写真市場の二極化が進む

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レアブック・コレクション2009が先週終わった。今回強く感じたのは安い価格帯の本の動きが非常に鈍かったことだ。これらは、ベテラン・コレクターはすでに持っているか、希少性が低いのであまり興味を示さない種類の本だ。しかし昨年までは多くの若い人が気持ちよく買っていた。写真集コレクションの入門書としては最適なものばかりだ。今回、不況なので中途半端に高い本よりもよいと考えて、若い人向きに品揃えした。価格帯は2万円以内くらい、1万円以下もかなり用意してみた。値段も、アマゾンのマーケット・プレイスを意識して相当リーズナブルにしたつもりだった。 昨年と同じタイトルのものを、20%~30%くらい安くした本もあったのだ。今回の結果かから判断するに、たぶんいまの不況の影響をまともに受けているのが今回これらの本のターゲットとした若者層なのだろう。
意外だが、高額な写真集は予想以上によく売れた。シリアスなコレクターは多少高くても希少なものを欲しいという気持ちが相変わらずあるのだろう。お蔭様で、写真集の総売り上げはほぼ昨年並を確保することができた。

これはまさに現在のアート写真市場とまったく同じ現象だ。いまコレクターは希少なヴィンテージ・プリントにしかオークションで興味を示さない。 いつでも買えるモダン・プリントへの需要は極端に減少している。しかし、売る側は不況では高く売れないと考えるので良品の売却を控えがちだ。一方、オークションハウスは落札率を上げたいので出品作を厳選するようになっている。結果として市場規模が極端に小さくなっているのだ。信じられないが、ニューヨーク春のオークションの総売上は、昨年のわずか約1/6になってしまった。ちなみに2009年春のニューヨーク・オークション・レビューは現在執筆中。近日中にウェブで公開予定だ。

「渋谷・アート・フォト・マーケット」で、展示した写真作品への反応は相変わらず良くなかった。これはある程度想定していたこと。今回あえて、販売価格が100万円以上の作品を展示したのは、写真であっても高い評価を受けた優れた作品は高額であることをアピールしたかったからだ。

なんで、写真が売れないのか?それは、写真集コレクターが好んで買うような写真家たちのオリジナル作品が単純に高額であることに尽きると思う。つまり彼らが欲しいと思う作家の写真が高すぎるのだ。ブルース・ウェバーの写真集はだいたい4~8万円程度で買えるが、彼の作品はその10倍以上する。マイケル・デウイックの人気写真集「Mermaids」は約1万円だが、作品は30万円~なのだ。一般の人はまだアート写真の相場観を持っていない。つまり、その値段が妥当かどうかの価値基準がないのだ。わからないものにいきなり何十万円ものお金をなかなか支払うことはできない。アメリカ人は相場観を持っているから何十万円をの写真を買うのだ。80年代のころは、本当に数万円から優れたアート写真が購入可能だった。それから、時代が経過して現在の価格になったのだ。彼らの多くは市場の拡大と値段の変遷の過程を実体験しているということだ。

それでは市場が若い日本の作家なら値段が安いので購入対象になるのだろうか。実は高額の外国人写真家の作品を見せることで、日本人写真家に注目して欲しいというという願いもあった。しかし現状は、いくら安くても写真集コレクションをする人が欲しいと思う日本人作家がほとんどいないのだ。
今回展示した、セイケ・トミオ、ハービー・山口、ナオキ、横木安良夫、中村ノブオなどはコレクションの対象になる数少ない日本人写真家だ。優れた日本人作家の作品をいま買っておけば、市場が拡大しているであろう何十年後かには値段も大きく上昇しているかもしれない。それには作品選択の判断基準が重要になる。将来値段が上がるかどうかは、見る人の感覚だけでは決まらないのがアート・コレクションの奥深いところだ。多くの写真集コレクターの人たちはその面白さに既に気付いている人たちなのだと思う。

今回は不況や新型インフルエンザなど、心理的にネガティブな影響もあったと思う。しかし相変わらず 多くの写真集ファンが来てくれた。新しい熱心なコレクターとの出会いも数多くあった。来場してくれた皆様、ほんとうにありがとうございました。

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2009年5月26日 (火)

川崎市市民ミュージアムで写真展開催!
新刊写真集「Hope 空、青くなる」も発売
6月はハービー山口・月間!

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パルコで開催した渋谷・アート・フォト・マーケットでは、ハービー・山口の代官山17番地シリーズからの代表作「トゥモロー」をロベルト・ドアノーの「市庁舎前のキス」と上下に展示した。横には、パメラ・ハンソン、ハーブ・リッツ、マイケル・デウイックだった。複数作家の作品の同時展示は作家の実力をテストするような場所になってしまう。力のない作品は一目瞭然なのだ。しかし、ハービー・山口の作品はその他の実力派外人作家の中で違和感なく存在していた。つまり作品性でまったく負けていなかったのだ。来場者からの評判も非常に良かった。彼の写真が欧州のヒューマニスト系作家の流れを引き継いでいることが良く分かる展示だったと思う。

実は、6月はハービー山口・月間だ。東京周辺で3つの写真展が同時開催されるとともに、近作をコレクションした写真集も刊行される。

メインは6月20日から川崎市市民ミュージアムで行われる大規模写真展、「ポートレイツ・オブ・ホープ」 (~この一瞬を永遠に~)だ。静かなシャッター、代官山17番地、東欧、真冬に咲いた花、ロンドン・アフター・ザ・ドリーム、ミュージシャンのポートレートなどのシリーズから未発表作品を含む約240点が展示される。コマーシャル、ファッション系の現存写真家による公共美術館での回顧写真展開催は彼が初めてではないだろうか。期間中は、ギャラリー・トークやトーク・イベントがいくつも企画されている。
ギャラリーに来る人以外は、まだ彼が有名ミュージシャンのポートレート専門写真家と思っているかもしれない。今回、すべてのシリーズが同時展示されることで、ハービー・山口の一貫した世界観が見る人に伝わるのではないだろうか。アーティストとして彼のメッセージに共感してくれ、新しいファンが増えることに期待したい。
詳細:川崎市市民ミュージアム
http://www.kawasaki-museum.jp/display/exhibition/exhibition_de.php?id=66

ハービー・山口ファンの人は気付いたと思うが、川崎で唯一展示されない代表シリーズが、「タイムレス・イン・ルクセンブルグ」だ。こちらは、6月11日から7月3日まで千代田区の新東京ビルにある丸の内カフェで展示される。これは丸の内界隈で行われる、「ルクセンブルク in 丸の内」の関連企画で、モノクロ作品約30点の写真展となる。6月16日にはセミナーが開催され、ハービー氏もゲストとして参加する予定だ。
詳細:丸の内カフェ
http://www.lux-invest.or.jp/marunouchi/index.html

17日からは、銀座の三愛ドリームセンターにあるリコーのRING CUBEで「the Roots ~CHEMISTRY~」  が開催される。本展は、ハービー・山口が二人組アーティスCHEMISTRYのそれぞれの活動の原点の地に赴き、トークや旧知の人々との再会を通じて、彼らの素顔や思い出に迫ったモノクロ作品約40点を展示するもの。その様子は、音楽チャンネルMUSIC ON! TVの特別番組としても放送されるとのこと。
詳細:Ring Cube
http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/herbie.html

新刊写真集、「Hope 空、青くなる」は川崎の写真展にあわせて講談社から刊行予定。予価2,800円、未発表作中心にモノクロ約130点が収録される。本の帯には、荒木経惟氏、松任谷由美氏の素敵なメッセージが飾る予定とのことだ。

写真展、写真集など、新たな情報が入り次第お知らせします。ちなみに、わたしども、今年の秋から年末にかけて、東京と仙台でハービー・山口の写真展を開催予定です。

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2009年5月19日 (火)

コレクションは高度な知的遊戯
アート写真の情報提供

Rarebook2009

現在、渋谷パルコのロゴス・ギャラリーで開催中の「レアブックコレクション2009」。もう5年以上も行っているが、回を重ねるごとに日本でも確実の写真集コレクションが根付いていることを実感する。
私はコレクションは高度な知的遊戯だと思う。写真集を集める人は、写真家キャリア、作品コンセプト、本の評価など、ある程度の情報を既に持っている。写真史も自分好みの写真家周辺については把握しているのだ。それらの情報を持つ人が、現物と出会い、自分の持つ価格の相場観、状態などを考慮して総合判断を下すのだ。まったく知らない写真集を、中身がよかったから購入するようなことはアート系のフォト・ブックではあまりない。写真集の中身をページごとに丹念に見る人は、写真自体を見ているので購入しない場合が多い。写真集というモノを買う行為は実は情報を買う行為でもあるのだ。

だから私たちギャラリー関係者にとって、様々な情報提供が中長期的に重要な仕事となる。それは写真家や作品の情報提供だけにとどまらない。昔、NYのギャラリストは写真が売れないときに、写真を飾ったインテリアのイメージを盛んにインテリア雑誌に提案したという。彼らは、写真を飾るのは素敵だという情報提供を試みていたのだ。ニューヨークでも写真コレクターは昔からいたが、写真を部屋に飾ることが一般に浸透したからこそ市場規模が拡大した面もあるらしい。

今回多くの種類の写真を壁に飾ったのは同じような意図がある。自分の家に写真があるシーンを想像してほしいのだ。今回のようなイベントでは、もちろん売れればよいのだが、古い写真集やアート写真に実際に値段がついて売られているシーンを見てもらうことも重要と考えている。実際、ロベール・ドアノー、ハーブ・リッツ、ピーター・リンドバークなどのオリジナルプリント、ウィリアム・クラインの都市4部作やブロドビッチのポートフォリオの現物を初めて見たという人も多かった。パルコには普段ギャラリーにこない人もたくさん訪れる。そのような人に、写真や写真集がアートとして高額で売られていることを発見し、経験してもらうことが市場拡大のために重要なのだ。絶版になったレアフォトブック100冊以上や複数作家のオリジナルプリントを一堂に展示販売するような企画はあまりないと思う。

昔はデパートなどでの中小規模の写真展が盛んに行われていた。90年代中ばくらいまでは海外のギャラリーの主要な企画展は、デパートのギャラリー・スペースに巡回していた。そこで写真が売られていることを見て学生時代の私は強い刺激を受けたものだ。いま商売としてアート写真と関わるのはその時の経験があったからだ。
現在の写真展は、美術館で開催する大規模なものか、小規模のギャラリー以外でしか行われない。普通の人が販売されているアート写真やレア・ブックに触れる機会が極端に少なくなっているのだ。「レアブックコレクション2009」に、ふらっと立ち寄った人が何ならかの刺激を受けてアート写真に興味を持つきっかけになればうれしく思う。

イベントは、ほぼ半分の期間を経過した。おかげさまで写真集はかなりの冊数が売れてしまった。水曜日には追加納品する予定だ。しかし、特に2万円以内の目玉写真集はまだかなり残っている。渋谷方面にお出かけの際はぜひパルコ地下1階のロゴス・ギャラリーにお立ち寄りください。

http://www.parco-art.com/web/logos/rarebook0905/index.php

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2009年5月12日 (火)

「レア・ブックコレクション2009」
渋谷・アート・フォト・マーケット
今年も渋谷パルコで開催!!

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毎年5月の連休明けに渋谷パルコのロゴス・ギャラリーで行っている「レア・ブックコレクション」。2009年は、5月13日(水)~26日(火)まで、オリジナル・プリントを展示する「渋谷・アート・フォト・マーケット」とともに開催する。今回もファッション、ドキュメンタリー、ポートレート系中心に人気の高いレア・ブックス約100冊、オリジナルプリント約26点を展示、販売する。

写真集と写真作品のセレクション時に最も考慮したのが不景気の影響だ。世界的な不況の荒波をアート業界もまともに受けている。今年春に開催されたニューヨークのアート写真オークションでは、昨年まで分厚く、複数冊刊行されていたササビーズ、クリスティーズのカタログが超薄い1冊になりみんな驚いていた。アート写真界の最近の傾向は、市場の二極化現象だ。有名作家のヴィンテージ・プリントなど希少なものはあまり値段は下がっていない。しかし、現代作家による最近制作された作品への需要が急減している。特に、近年に急騰していた現代アート系写真が大きな影響を受けている。中堅作家による不人気イメージのモダンプリントなどは値がつかないこともあるらしい。 オークションハウスは、出品作の数、質ともにかなり絞り込んでいる。いまや落札結果だけでは市場の正確な状況は把握できないのだ。

さて写真集だが、本は個別のコンディションにより値段は大きく違ってくる。フォト・ブックはコレクション対象になって日が浅く、まだ値段はそんなには上昇していない。それゆえオリジナル・プリントより影響は少ないかもしれない。だが選別化の流れの影響はどうしても避けることはできないだろう。実際、ここ数年暴騰していた日本人写真家の60年~70年代前半までの写真集の相場は明らかに下降傾向だ。外人コレクターの購買意欲の減退と円高が影響していると思われる。

以上から、今年は従来よりもコレクターズ・アイテムとして評価の定まったレアブックの出品を多くしてみた。そして、現代アート系のブームにつられて上昇していた分野の中間価格帯の本はやや少なめにし、2万円以下のレアブックとしては低価格帯を充実させてみた。またオンライン・ブックショップの相場を越えないように価格設定にも気をつけた。最近の購入希望客の多くは、ネットで相場を調べている。パルコで開催しているが値段は欧米の市場価格の範囲内に抑えているのだ。

今回メインになるのはウィリアム・クラインの、「ニューヨーク」、「東京」、「モスクワ」、「ローマ」の都市4部作。またブルース・ウェバーの最も入手困難な写真集、「レッツ・ゲット・ロスト」、「ノー・バレット・パーキング」、ハーパース・バザー誌の伝説のアート・ディレクターであるアレクセイ・ブロドビッチの幻の雑誌「ポートフォリオ#2」、「ポートフォリオ#3」などだ。
その他では、常に人気の高い、アンドレ・ケルテス、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヨゼフ・スデク、ロバート・フランク、ウォーカー・エバンス、ヘルムート・ニュートンなどの人気写真家によるフォト・ブックも展示される。ほとんどが今回のために仕入れた1点ものだ。

今年のもうひとつの目玉が「渋谷・アート・フォト・マーケット」。海外のアート・フェアーの展示ブースをイメージして、アート写真のオリジナル・プリントを会場の壁面に展示する企画だ。プレスリリースには、「最近、コレクター以外にもカジュアルな感覚でアート写真を求める人が急増しています。現代アートと比べて価格が安く、また小ぶりでどんなインテリアにも合わせやすいことが人気の背景です。しかし、壁に飾ってカッコいいアート写真とはなかなか出会うことができません。今回は、国内外で人気が高い作家による、特にファッション性、時代性を感じられる作品を紹介いたします。」と書いた。
写真を欲しい人はとても多いが、気に入った写真が売られていないのが現状だと私は理解している。たとえば、写真を探しに最近流行のアート・フェアに行っても、自分の予算内の気に入った作品にはなかなか出会えないと思う。今回はその辺の事情を考えて、ストレートにカッコいいアート写真だけをセレクトしたつもりだ。価格帯は5万円~150万円、モチーフも。ファッション、ポートレート、ヌード、花、風景までと様々だ。
マイケル・デウィック、パメラ・ハンソン、テリー・ワイフェンバック、ロン・ヴァンドン、ハーブ・リッツ、ピーター・リンドバーク、ロベルト・ドアノー、トミオ・セイケ、ナオキ、ハービー・山口、横木安良夫、中村ノブオ、高橋和海などの作品約26点が出品される。

「レア・ブックコレクション2009」と「渋谷・アート・フォト・マーケット」は5月13日(水)~26日(火)まで、渋谷パルコ地下1階のロゴス・ギャラリーで開催。
私はだいたい夕方から夜には会場にいる予定だ。アート写真やフォト・ブックのコレクションを始めたい人、コレクションのアドバイスを希望される人は気軽に声をかけて欲しい。
多くの人と出会えることを楽しみにしています。

内容については以下のパルコのウェブサイトをご参照ください。
http://www.parco-art.com/web/logos/rarebook0905/index.php

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2009年4月28日 (火)

仙台に新しい写真ギャラリー
地方独自のビジネスモデルは成功するか?

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グランドオープンの準備が進む仙台のKalos Gallery

過去に数多くの写真ギャラリー創設に関わってきた。オーナーがギャラリーを開始する動機はだいたい大きく二つに分けられる。自分の感性を表現する場所としてギャラリーをとらえ、採算は中長期的に考える人。そして、純粋にビジネスとして取り組む人だ。比率は前者のほうがやや多い印象だ。短期的なお金儲けの手段として考えるならギャラリーは割に合う商売ではない。現在の日本では、写真を販売するだけで収益を上げることは非常に難しい。だいたいギャラリーの存在が認知されて、売れるようになるまでに数年はかかる。最近は経済環境が悪いのでさらに時間がかかるだろう。経費が売り上げを上回る最初の期間を、どのように生き延びるかが生き残りのキーポイントなのだ。海外でも、新規オープンの現代アートギャラリーは5年で80%が廃業するという。だから多くの企業がギャラリーを新規事業としてスタートしても続かないのだ。半期ごとの決算があり、株主に説明責任を持つ企業には馴染まない業務だと思う。私どもの開催するワークショップでも繰り返しこの点を解説している。

しかし、視点をビジネスの効率性一辺倒から変えると違う面が見えてくる。ギャラリーは個人事業主として独立する手段でもある。収入はサラリーマンより少ないが、もし写真やアートがとても好きならば、好きなことに関わりながらできる仕事だ。自分が生きるうえで何が大事なのかが分かった人なら、肥大化した日常生活をスリムにして、本当に自分の大事な物だけにお金を使う生き方は可能だろう。それができれば、収入が減っても生活の質は落ちることはない。会社に雇われている見えないプレッシャーがない分、精神的には非常に気楽だ。私もサラリーマンから、ギャラリーをオープンしたときは本当に晴れやかな気分だった。年月が経つと、次第に自由がとても重たく感じられるようになるのだが・・・・・・。

今度、仙台でオープンするKalosギャラリーのオーナーは純粋にビジネスとして業務を展開する。多くの人はどうしても最初は見栄を張りたがるのだが、彼は質実剛健の考えを持っている。ここは、最初は企画展を行いギャラリーの知名度の浸透をはかるが、その後は地元のアマチュア写真家へのサービス提供を業務の中心にする予定なのだ。仙台には、写真専門のギャラリーがないので、展示スペース提供を主な業務にしていく。また、ただ単に場所を提供するのではなく、より高いレベルの写真作品が制作できるように、各種ワークショップも企画していく予定。これは、かつて東京では成り立っていたビジネス・モデルだった。しかし、遊休不動産の有効利用で展示スペースが増え、また家賃が高い都市部ではもはや新規参入でのこの種の業務は困難になっている。地主のギャラリーオーナーでさえ最近は撤退が多いのだ。しかし、家賃が断トツに安く、同業がまったく存在しない地域ではまだ十分にビジネスとしての可能性があると思う。風光明媚な自然が多い東北地方には、写真がうまくなりたい人、展示したい人が数多く存在する。しかし、学んだり、展示する場所は存在しないのだ。不況の世の中、多くの人が趣味へ使うお金も絞り始めている。しかし、これから先に景気の底割れがないことがわかれば、みんな自分の好きなことには選択的にお金使い出すようになるだろう。写真が趣味の層にうまくアート写真の啓蒙活動ができれば、将来的に有名作家のオリジナルプリントも売れるようになると思う。
今後、東京で行っているファインアートフォトグラファーズ講座や、近日中に開始するオンライン・ギャラリーのポートフォリオ・レビューの仙台開催を検討している。今後のビジネス展開が非常に楽しみだ。

Kalosギャラリーのグランド・オープンは5月19日(火)。オープン企画は、横木安良夫写真展「Teach your children」を開催。7月4日、5日には横木安良夫のトークイベントとワークショップを開催する予定です。
http://www.kalos-gallery.com

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2009年4月21日 (火)

約40年前の写真評論書
「現代写真の名作研究」(吉村信哉)

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最近、長らく探していた「現代写真の名作研究」(吉村信哉著、昭和45年、写真評論社刊)をとても安く入手した。これは、トミオ・セイケ氏がトークショーで引用された写真の評論書だ。彼が、代表作「ポートレート・オブ・ゾイ」シリーズを制作するときの創作ヒントになったのが、スイス人写真家ルネ・グルーブリィ(1927-)の「The eye of Love」。セイケ氏はこの本で初めてその作品に触れ大きな衝撃を受けたのだ。

暇を見つけて読み進めているが、いままでで面白かったのは、ウィリアム・クライン写真集「東京」を紹介している章だ。サブタイトルは、「過剰すぎるエネルギーという名の原罪を背負って生きているこの都市」。吉村氏は以下のように書いている。「クラインの都市を見る目はある意味で正確であり、冷静であり、公平でさえあります。わずか184ページの写真でもって、よくぞここまで東京というトータルイメージに肉薄できた、とほとほと感心させられるくらいなのです。---(中略)---ここに描かれている東京はまさしく本当です。本当だからこそ嫌悪せざるを得ないのです。・・・・つまり、他人から弱点を正確に指摘されると誰でも腹が立つ、というあの心境です。」
クライン作品の制作背景などを一通り説明して、写真家が読者に伝えたい視点を的確に解説している。60年代の日本は経済的に豊かになるという目標のために国全体が熱かったのだ。掲載イメージを見て感じたのは、この過剰なエネルギーはまるで今の中国ではないかということ。社会の大きな変動期には作品テーマにこと欠かない。かつて、クラインが東京を撮影したように、いま多くの写真家が上海、北京などを現代の方法論で撮影している。
世界同時不況のいま、いち早く経済回復するのは内需拡大を推し進めている中国といわれている。かつて、日本がオイルショックから回復したように、豊かになりたいというエネルギーを背景に中国も消費主導で立ち直る気がする。しかし、GDPに占める消費比率は、米国が約7割、日本が6割弱。中国はまだ4割弱という。中国がリード役になって世界経済が回復するようなことはなさそうだ。

本書をみていると、昭和45年つまり1970年の日本には写真評論がちゃんと存在していたことがわかる。
当時はまだ敗戦の精神的ショックを引きずっていた。西欧文化が流入する中で、戦前からの価値観や、伝統的地域コミュニティーも残っていた。この時代の日本には様々な価値観が混在しており、誰も将来像に確信が持てなかった。 混乱期には優れた時代感覚を持ったアーティストの先導的なメッセージが発せられ、その視点を解説する評論が求められるようになる。写真家マーティン・パーは写真集の歴史の中で最も優れた作品群が制作されたのが60年代から70年代前後の日本だったと書いている。日本人写真家は、オリジナルプリントでなく、写真集形式で自己表現していると考えられているので、この時期は日本の戦後写真史でのピークの時代だったということだ。市場の評価は正直で、70年代前半までの日本人写真家による写真集はいまだにコレクターズ・アイテムとして高値をつけている。
その後の日本はオイルショックを経験した後に、高度経済成長の拝金主義へと一丸となって突っ走ることになる。写真の主流は商業写真へ移っていく。 自己表現としての写真は残るのだが、反主流の日陰的な存在となる。アートと写真は離れていき、写真評論の影がどんどん薄くなるのだ。
一方、アメリカではベトナム戦争の泥沼化が進行、財政、貿易赤字拡大で経済が疲弊して社会が不安定となる。グラフジャーナリズムの衰退と相前後して、写真は自己表現として地位を確立していくのだ。

欧米と比べてアート写真市場が数十年遅れていると言われている日本。かつては同じ道にいたのが、70年代から徐々に分かれていったのだ。いま、「現代写真の名作研究」を読んで感じるのは、日本独自のアート写真は当時からあまり進歩していないということだ。これまでに、海外の現代アートの表層的なスタイルは持ち込まれたものの、何も新たには生まれてはいない。優れた才能を持った人は、日本ではなく海外で活躍している。市場で高く評価される日本人写真家は、いまだ圧倒的に60年代から70年代前後に活躍した人なのだ。21世紀のいま私たちは再び新たな価値観の混乱期を迎えている。しかし、豊かになった日本ではもはや新しいメッセージを生み出すようなエネルギーがなかなか噴出してこないようだ。

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