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2006年4月29日 (土)

5月の写真展などのスケジュール(1)

Blog_004 5月は数多くの写真展やイベントを行う。
まずは12日から24日まで渋谷パルコ地下1階のロゴス・ギャラリーで開催する"レアブック・コレクション2006"だ。
いま写真集コレクションは世界的ブームになっている。ところが写真集自体の印刷冊数は相変わらず数千冊くらいの場合が多い。人気写真集はすぐに売り切れてしまうが、一方で全く売れないものも数多い。印刷にお金がかかり、大きく重く、保管スペースも必要な写真集はリスキービジネスなのだ。大儲けを狙って多くの冊数を印刷して売れないと、出版社は簡単に倒産してしまう。
それゆえ、新刊以外の写真集の入手は案外難しい。有名写真家の無名時代の写真集のように刊行当時は売れなかったのが後日人気が出る場合もある。それらは流通量が少ないので入手困難なコレクターズ・アイテムになってしまう。古書として人気があっても、よほどブームになり、大きな需要が期待できない限り再版されることは稀だ。写真集は多品種少数販売のロングテール商品なのだ。絶版になった写真集で人気が高い本がレアブック(希少本)と呼ばれている。従って見たくて欲しい絶版写真集は個別に海外業者から取り寄せることとなる。

一般の人はいったいどんなレアブックが面白いのか、売れているかの情報はなかなか入手できない。ネットでの情報収集には限界があるのだ。本展は、現在人気があり、売れているレアブック約100冊をセレクションして、現物を展示販売する企画なのだ。写真集といっても分野は様々だ。 今回は"時代(ファッション)"という切り口でセレクションしてみた。
しかし、レアブックの定番である、アンリ・カルチェ・ブレッソンの"決定的瞬間"なども展示する。日本ではあまり知られていないファッション写真家のモノグラフも数多く集めてみたので、興味ある方はぜひおいでただきたい。好きなヴィジュアルとの新たな出会いがあるかもしれない。

本企画のもうひとつの目玉が、横木安良夫ミニ写真展"渋谷・ナウ・アンド・ゼン"だ。 ロゴスギャラリーの壁面に、ほぼ8X10インチサイズの横木のデジタル・アーカイヴァル・プリントを展示する。テーマはレアブックと同じ"時代(ファッション)"だ、それをパルコがある渋谷を中心に60年代から現在までの約70点をセレクションした。モノクロ・カラーが混在した展示ディレクションは原耕一氏が担当して下さった。それだけでも一見の価値ありだ。作品は、基本的に作品シートの持ち帰りができることを想定して現在準備している。

アート・フォト・サイトギャラリーは3日~5日の連休中は休みだが、写真集の袋詰め、ラベル張り、写真作品の額装などで、休み返上の大忙しなのだ。

・パルコのホームページ http://www.parco-art.com

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2006年4月23日 (日)

アートと意外な関連 -吉田類の酒場放浪記

テレビ番組を、時間を消費するだけの娯楽に過ぎないと見下してはいけないと思う。テレビには視聴率という資本の原理が冷徹に働くので、社会が求めているものに非常に敏感なのだ。とはいえ、放送時間の制限があるのでテーマを掘り下げることは難しく、多くの場合問題提起で終わっている面もある。しかしある程度継続されている番組は社会のニーズを満たしていると考えてよいのではないか。
番組に対する共感があるということは、世の中にそのような価値観が存在することの証なのだ。だから、意識的になればテレビ番組を通して時代の様々な局面がみえてくることもある。
写真でのテーマ探しを行っている人にとっては数多くのヒントが潜んでいるのではないだろうか。

そして吉田類の酒場放浪記だ。これはBSiで平日の朝9時30分から放送されている。BS番組はよく再放送が繰り返されるので見た記憶のある人も多いのではないだろうか。
これは、“酒場詩人”の吉田類が、関東近辺の“大人の男がひとりでぶらっと立ち寄れる居酒屋”を訪問してレポートする番組だ。今までに関東近県の130以上の酒場を訪れている。酒を飲みながら、レポーターが酔っ払ってコメントする番組はそんなに多くはないだろう。彼の嫌味のない性格があればこそ成立する番組だ。
取材アプローチは一貫している、まずその日訪れる酒場のある町を昼間に散策し、その町の簡単なプロフィールを紹介する、続いてその町の古きよき日本の香りのある居酒屋を訪問する。21世紀の東京での昭和探しが番組のテーマのひとつなのだと思う。バブル時代の地上げを経た現代の東京に、いまだ年老いた店主が経営する古いたたずまいの店が残っているのは驚くべきことだ。都市の近代化は私たちの頭の中でイメージのみが先行しているようだ。

昭和の残り香探しは多くの写真家がテーマにし尽くしている。しかし、吉田類は、酒場で店主、常連客と酒を飲み交わすことで、昭和へのタイムスリップを体験しているのだ。モノクロで店内を撮影したら、昭和30~40年代の写真と見間違えるだろう、などどと思ってしまう。
彼は俳人でもあるらしく、最後に一句詠んで番組を締めくくる。番組のエッセンスをキーワードにまとめる巧みさは写真作品のタイトル付けに通じるところがある。
単なる酒飲みとは思えなかったのでネットで彼のプロフィールを検索してみた。
なんとシュール・アートの画家として活躍し、イラストレーターに転じたという顔を持っているそうだ。やはり彼はアーティストで、番組を通してパフォーマンスを行っていたのだ。納得である。

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2006年4月13日 (木)

写真展放浪記 "私のいる場所" 東京都写真美術館

東京都写真美術館で開催中の"私のいる場所"を見に行った。欧州、アジアの、2000年以降に注目されてきた新進作家のグループ展だ。15作家とグループの新作中心に"私のいる場所"を共通テーマに3フロアーで展示していた。普段は中高年が目立つが、今回は若い男女、カップルの来館者が圧倒的に多かった。

既に観た人は感じたと思うが、非常に難解なコンセプチュアル写真の展示が中心だった。
若い作家が中心だったので、自分のコンセプトの言語化にあまり慣れていなかったのかもしれない。その上、英語圏以外の外人作家の場合、原語を和訳するとどうしても伝えたいことが理解しにくくなるのだろう。観客が集まっていたのは、ヴィジュアルが見やすい、冊子表紙にもなっているニコラ・トラン・バ・ヴァンの作品のあたりと、みうら・じゅんが、いとう・せいこうとトークしているヴィデオ映像の前だった。キュレーターの主張が一番わかったのが、パート3"日常への冒険"だった。"ゼロ年代における冒険はむしろ、それぞれの日常に潜んでいるのではないか"という問いかけはその通りだと思う。そのためにアーティストは常に意識的でなければならないのだ。また、みうら・じゅんが選ばれているように、このパートでは、いわゆる"写真家"が選ばれていない。写真を通じての自己表現は今後、専門家以外の広い分野の才能からうまれてくることを提示しているだろう。

もともとは全く違うテーマで作品制作している複数写真家を単一テーマでまとめるグループ展は非常に高度なキュレーション能力が求められる。特に今回は、価値観多様化が進行した2000年代以降に頭角をあらわしてきた作家を中心としている。作家選択は非常に困難だったろうと思う。これから見に行く人は、自分が共感できる作家を一人でもみつけようというスタンスで作品と向き合うとよいだろう。興味の湧かない作品までわかろうとすると、写真を見ることが苦痛になってしまう。

東京都写真美術館  http://www.syabi.com/

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2006年4月 8日 (土)

外国人作家とのコミュニケーション

Blog_003
(C)Michael Dweck 2004

海外作家との交渉はたいへんな仕事だ。
企画立案、営業・プロモーション方法、販売条件など、とにかくコミュニケーション量が膨大になる。

次回の企画展で米国人写真家マイケル・デウィックの日本初個展を行う予定だ。(5月30日から)彼は2004年に写真集“The End : Montauk NY”を発表している。オールヌードの若い女性がサーフボードを抱えて砂浜を走っている表紙イメージを覚えている方も多いのではないだろうか。雰囲気がブルース・ウェバーに近いので、作家名を勘違いした人もいるかもしれない。

彼とは昨年秋くらいからほぼ毎日メールで連絡をとりあっている。メールのおかげで電話で話すことが少なくなくなり、昔よりは仕事がかなり楽になった。 伝えたい内容を文章で整理して簡単に送れるEメールは海外交渉に非常に役立つ。かつては、国際電話で作家と話して、内容の確認をFAXでおこなうようなコミュニケーションを行っていた。今思い返すと信じられない。

外人は自己主張はするが、話して納得すればこちらの言い分を聞いてくれる場合が多い。 だから外人と話を進める場合はできるだけ本音を話すように心がけている。都合の悪いことは聞かないで返答しない、ではだめなのだ。一方日本人は、こちらの意見を聞いているような態度をとるが、自分に都合のよい話以外、全くきいていない場合が多い。相手を説得しない、自分も説得されないのが日本の伝統的コミュニケーションだそうだ。

日本人同士でも誤解してしまうのだから、外人にはこんな日本人の態度は理解不能だろう。外人の自己主張にはうんざりするが、こちらも主張すればどうにかなる。本音が理解しにくく、意見を聞かない日本人との対応の方が難しい。最終的には、日本人でも外人でも互いが同じ目的意識を共有できるかが、写真展成功の肝になるのだと思う。

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2006年4月 4日 (火)

再発見されたPaul Himmelの写真集を入手

Blog_002

個人的にアートとしてのファッション写真をテーマにしている。ただし、洋服が写っているだけのものには興味がない。ドキュメントの生き生きした感じがファッションに取り込まれているようなイメージが好きなのだ。関連する写真集はだいたいコレクションしている。

今回入手したのは、ポール・ヒメル(Paul Himmel)の写真集。実は彼はハーパース・バザーで活躍した女性写真家リリアン・バスマンの夫なのだ。バスマンの資料を調べているときに写真集の存在を知った。本のアートディレクションがバスマン、紹介文を書いているのはファッション写真に詳しい写真史家マーティン・ハリソンだった。伝説のアレクセイ・ブロドビッチのクラスに参加し、"教え子の中で、私の意味する動きを一番理解している。"と評価されたらしい。ブロドビッチが認めた写真を見ないわけにはいかないのですぐに購入を決定した。アマゾンで調べたら、ASSOULINE、2000年刊行で既に絶版だった。しかたなく、知り合いの海外業者に頼んで中古本を取り寄せた。本自体の価格は安いものの、航空便の送料が高いので、コストは1万円弱くらいだった。

予想どうりに彼の写真は非常に魅力的だ。生き生きと動きのあるモノクロ写真はいまみても斬新、もしかしたらバスマンが彼に影響を受けていたのではないかと思えてきた。サーカス、ヌード、シティー、ボクサーなどのテーマで撮影しているが、特に興味深いのがバレーのシリーズだ。これらはブロドビッチが撮影した"バレー"と重なって見えてくる。写真集表紙はグランド・セントラル駅でジュニア・バザール用の仕事に先んじて撮影されたもの。ラッシュアワーのコンコースの模様がぶれた映像で表現されている。

彼のキャリアがユニークだ。学校の先生だったのが、趣味の写真が忘れられず写真家に転身したそうだ。幼馴染で、当時ハーパースバザーのアートディレクターだったバスマンの影響だろう。1947年から1969年まで、ヴォーグとハーパース・バザーで活躍し、その後、写真への興味を失い、なんと精神療法医へと転じているのだ。

彼が写真をやめたのが1969年。当時は写真がアートなんて多くの人が思っていなかった。ましてファッション写真は過小評価されていた。彼の表現する舞台が整っていなかったのだろう。オークション記録を調べていたら偶然、2006年2月クリスティーズのオークションで1951年作のヌード作品の出品を発見した。約60万円で落札されていた。162.5 x 61 cmという巨大サイズ、抽象的イメージからして現代アート作品そのものだ。彼の時代感覚は30年早すぎたのだと思う。

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2006年4月 1日 (土)

70年代エルゴートの衝撃

写真家のN氏が来廊される。アーサー・エルゴートの作品、写真集を見てしきりに懐かしがる。彼は70年代~80年代にニューヨークでファッション写真家のアシスタントをしていたのだ。若かりしスティーブン・マイゼルサンテ・ドラジオに仕事を教えた経験もあるそうだ。当時一緒に仕事をしたヘアメイクやカルメン、ジャニス、アポロニアなどモデルたちを本の中で見つけて修行時代を思い出していたようだ。

アーサー・エルゴートのニューヨークでのデビュー時の衝撃も語ってくれた。スタジオで写真家本人が動きながら自然光で撮影する手法は、当時は驚きだったそうだ。エルゴートはもともと動きのあるバレーダンサーを撮影していたので、最初はアイデアと感覚のみで取り組み始めたらしい。それを自らのスタイルへ発展させたことがいまでも一線で活躍している理由だろう、と彼は分析していた。そういわれてみると、カメラクレイジーはエルゴートのキャリアを振り返る回顧写真集という見方もできるのだ。

N氏は同じテーマとスタイルで過去と現在の写真が巧みにセレクションされていることに感銘を受けていた。自らの写真でも過去の未発表ネガをデジタルで再生させることに関心があるようだった。彼の銀塩写真のクオリティーには定評がある、間違いなくデジタルプリントを手がけても上手いだろう。このように写真展がきっかけで、見過ごされていた過去の写真が蘇れば非常にうれしいことだ。日本の商業写真家の手元には、過去に撮影した膨大な宝の山が眠っているのではないだろうか?それらを見つけだし、今の時代の中で意味づけるのがギャラリストの仕事だと思っている。

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