「フラワー・パワー」参加作家の解説
斎門富士男 理想郷(アルカディア)を求めて
斎門富士男の写真集(絶版)
斎門富士男の印象は人によって様々だろう。世界中を旅する写真家、写真集「Chinese Lives」、「StarKids」、などで知られるポートレート作家、エロチシズムを追及した作品を思い起こす人も多いだろう。私には彼が時代の最先端を走っていた90年代後半の活躍が印象に残っている。1996年の「CHINESE LIVE」以降、パルコ出版や光琳社出版などから次々と写真集を出版し、1998年パルコ・ギャラリーで開催された「StarKids」展はかなり話題になった。パルコがアート情報発信の担い手だった最後のころに行われた優れた写真展だった。また当時、彼は葉山の広大な土地を持つ邸宅に猫たちと暮らしており、その生活を紹介するテレビ番組を見た記憶もある。
彼は若いときから一貫して生きている証を追求してきた。その答えを捜しに世界中を旅し続けてきたのだ。18冊にも上る写真集はその軌跡なのだ。様々な分野の創作活動と試行錯誤の末、彼はいま“ヘブン感”つまり自分にとって心地よい写真撮影を心がけるようになったという。それを意識するようになったのは、40歳代になり伊東に移り住んでから。自邸裏庭には数多くの花が育てられており、仕事のないときはそれらを見て過ごすことが多いという。芽が生え、成長し、花が咲き、枯れていく、草木の短い一生を見届けるのは、忙しい写真家の仕事から離れる一種瞑想のような行為だろう。彼は花と、そのはかない一生を、ポートレート、エロチシズム、ドキュメント、風景などいままでの自分の仕事と重ね合わせるようになる。そして花が枯れるように、人生の先には終わりがあることを意識した。だからこそ花が咲くように、自分もいまを意識的に心地よく生きないといけない。斎門がヘブン感を追う背景にはこのような花がもたらした人生観がある。いつしか、夜間の花の撮影が彼のライフワークとなった。その最新作が今回展示されている「Night Flower’s Show」シリーズだ。
人生を真に楽しんでいる人などいない。誰しもが様々な悩みや問題を抱えながら暮らしている。アーティストの斎門だって社会生活を送っている、状況は一般人となんら変わらないだろう。だけど彼には写真がある。写真でヘブン感を追い求めることで瞬間的にでも本当の自分を取り戻そうとしているのだ。彼の写真は、人生の限界を意識することで毎日を気持ちよく生きることが重要だとわかるんだ、と訴えている。ヘブン感の追求とは、社会生活の中では自分自身に素直になり目的を持って生きていくことだ。そんな気持ちがこめられた彼の写真は見る人を元気にする。心がぶれたときは僕の写真をみて自分を取り戻して欲しい、というメッセージが込められているのだ。
彼は花自身の姿が際立つから夜間での撮影を好んでいる。「Night Flower’s Show」シリーズは漆黒の中で花が浮かんで見える宇宙感漂う非常に抽象的な作品だ。しかし、それは独立して存在するのではなく、「Chinese Lives」、「StarKids」、「Shanghai・Jin」、「Flamingo」など過去の全作品とつながっている。また今までの創作活動の到達点である。これらが理解できないと彼の作品の本当の魅力はわからないだろう。
多くの若い人は、彼の90年代後半の仕事を知らない。また写真集もいまやほとんどが絶版で入手困難だ。だから私どものギャラリーでは、彼のいままでの仕事の全貌を明らかにするために、2008年の4月~6月に斎門富士男写真展を計画している。個展では、彼が人生の理想郷(アルカディア)を探し求めてきた過程を本格的に振り返り、その魅力的な世界を提示したい。
写真展「フラワー・パワー」は2008年1月19日まで開催。
(日、月曜休廊、12月25日~1月5日・年末年始休廊)
写真展についての詳細はこちらでご案内しています。
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