デジタル化進行でコモディティー化する写真
戦略なくして売れない時代へ
Photograph by Ryo Ohwada "World of Round"
先日、ナディッフが恵比寿に新しいギャラリー兼ブックショップをオープンさせた。駅から広尾方面に少し歩いたところになんと新築のビルが建っていた。1階と地下が書店で、2階と3階がギャラリースペース。4階は喫茶とスナックとのこと。ほとんどのギャラリーは現代アートの展示、2階のG/Pギャラリーでは、上田義彦氏の写真展が開催中だった。写真美術館ともほど近いので、今後ナディッフを中心に恵比寿はアートの街として注目されるかもしれない。(ナディッフの詳細はコチラ)
開館記念の合同オープニングパーティーに同行した写真家N氏の知り合いのインテリア・スタイリストと話す機会があった。彼女は、カフェやショップなどの商業施設にインテリアとともにアートを紹介しているという。しかし写真は全くダメらしい。写真を施主にすすめると、社員で写真が上手いのがいるので彼のものを使えばよい、などといわれたこともあるそうだ。一般では、写真は自分で撮影するものという認識が強いことが改めて感じさせられるエピソードだ。特に写真がデジタル化してからは、アマチュアでもフォトショップで画像を直せるし、高品位のプリントも手軽に制作できる。プロ写真家のアドバンテージは急激になくなってしまったのだ。特に、風景と花はアマチュアが好んで撮影するモチーフなのでよほど何か別にアピールするものがないと売ることは難しい。もはや、プロ写真家で技術を持っているだけではだめで、現代アート同様にますます作品コンセプトを構築する知的さが必要になっているのだ。 これは、写真家出身の人が一番弱いところだ。
このような大きな状況変化が起きているのに、まだ写真家のなかには、仕事以外のプライベート写真がアート作品だと勘違いしている人もいる。自分が良いと感じる写真は、見る人も同じで売れると思い込んでいる。これは作家ブランドが既に確立した人のみに当てはまることなのだ。世の中には上手い写真、よい写真、きれいな写真は数多く存在する。顧客は写真が上手いと思っても、アートとして購入するかどうかは別問題だ。ワークショップでよく引き合いに出す、感嘆と感動は違うということにつきる。
ギャラリーが苦労するのはこのような認識を持たない人との仕事だ。彼らは、世の中にどうしても伝えたいメッセージがあるのではなく、販売自体が目的化している場合が多い。見る人に新しい視点を提供するのがアートの役割なのに、結果的に自分の主観を押し付けることになっているのだ。顧客とのコミュニケーションがとれてないので、当然作品は売れない。そしてその原因を見つけ出す努力はしないので作家になる可能性はその時点で閉ざされてしまう。写真家として才能がある人が作家を目指さないのは非常に残念だ。
最近は現代アートの影響でコンセプトが重要なことは多くの人が理解している。しかし、たとえば自分の作品はエコとか自然保護とか意識している、それがコンセプトだというような作家希望のアマチュアが多い。しかし、エコ的な考え方が重要なのは、子供でも知っているあまりにも当たり前のことだ。たとえば都会に住む人がたまに田舎で自然を撮影して、自然保護やエコがテーマといわれてもあまりにも抽象的すぎる。もっとパーソナルな視点でテーマを絞り込まなくてはならないのだ。
外人と日本人とは作品への時間のかけ方が大きく違う。外国人写真家はひとつのプロジェクトに何年も時間をかけて取り組んでいる。一方日本人写真家はあまり時間をかけない。どうも短期での結果を求めがちで、感覚重視の傾向が強い気がする。優れた作品テーマは、突然浮かんでくるものでない。ひとつのひらめきがあり、それが時間をかけ試行錯誤の上で優れた作品へと練り上げられていくものだろう。デジタル化が進行した現在では、上手い写真は誰でも撮れるもの。表現として一種コモディティー化している。作品制作の継続を通しコンセプトを磨き上げることができる人のみがアーティストとして生き残ることができるのだろう。
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コメント
教唆に富むエントリーです。大変勉強になります。若手写真家とのお付き合いが始まりましたが、こういう話はとても大切だと思います。美しいイメージが簡単に切ってとれる今、一定のレベルとトーンをずっと提示し続けて輝く人はそう多くはないのでしょうね。彼らは実にいろいろなことを試していて、楽しげではありますが、確かにじっくりとセンスを磨いたり作品作りをしているという訳ではないのです。うなるような美しいプリントを届ける人はいますが、コンセプトが弱かったり、コンセプトはいいものを持っているのに、プリントをしたこともなかったり。イメージ作りのために、最大限の努力を払う姿勢が見えるのは、ごく一部の人たちです。そしてそういう姿勢があることが写真家としてスタート地点に立つために最低限必要なのだと、本当に若いときに意識の中にたたき込まないとものにならないような気がしています。これは何も写真界だけの話ではなく、すべての業種に当てはまることなのでしょうが。
投稿: TANTOTEMPO | 2008年7月16日 (水) 02時58分
コメント、ありがとうございます。TANTOTEMPO さまのさまざまな試みを応援しています!今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: Yoshiro Fukukawa | 2008年7月18日 (金) 15時46分