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2008年12月23日 (火)

マイケル・デウィック「マーメイド」展終了!
不況でどうなる2009年アート写真市場

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(C)Michael Dweck

マイケル・デウィックの「アメリカン・マーメイド」東京展が終了した。来廊してくれた皆様、ほんとうにありがとうございました。
スタートしたのが10月中旬、まさに株価が世界中で急落している時だった。今回はエディション数が10点と少ないことから、販売価格はすべて30万円以上と日本では高め。最悪の結果も覚悟していたが、幸運にも前回「ザ・サーフィング・ライフ」並みの売り上げを確保することができた。この経済状況を考えれば上出来だろう。プリント付き特装版、ポスターはほぼ予想通りの売れ行き。写真集「Mermaids」が非常に多く売れたのが嬉しい予想外の出来事だった。これは作家のメッセージが見る側に伝わったことの現われだろう。コンセプチュアルな作品が受け入れられたのは、日本人のアート写真理解力がついてきた証拠だと思う。写真集は何度か追加注文をしたが、最終日前までにギャラリー店頭では売り切れてしまった。近日中に再入荷予定なので、予約された方はもうしばらくお待ちください。

昨今のマスコミは不況の報道一色だ。アート写真業界も有力ギャラリーのディレクターが辞任したりと影響が出始めてきた。しかし不況になっても日本は発展途上国に戻ることはない。いわゆる資本主義がポスト工業社会に移行して日本人は豊かな生活を手に入れた。現在、同時に進行した、グローバル化や規制緩和の行き過ぎのゆれ戻しが起こっているが、大きな流れに変化はないだろう。それは食べるためだけではなく、自分らしいセンスを重んじた生活を送るために働く社会が到来したことなのだ。不況になると、生活必需品の価格には非常にシビアになる。一方で自分らしい生活のこだわりは持ち続ける。アート写真もそのうちのひとつなのだ。
この点の変化が以前の景気後退期との大きな違いだと思う。一時代前のアート購入者はほとんどがブランド志向だった。不況になると他の一般商品同様に市場が一斉に縮小した。世代が交代して、日本もやっと欧米人と同じようにアートの理解力を持つ人が増加してきたのだ。それは上記の写真集「Mermaids」をコレクションしてくれた人たちのことでもある。彼らは、アート写真を通じて世の中の新たな視点を発見し、心の中に新たな感情が芽生えることに喜びを感じるのだ。アートが人生の重要な要素とする人は、不況でも自分の心を豊かにしてくれる、アート作品、写真集、展覧会などにはある程度お金を使うのだ。だから先進諸国ではアート市場は縮小しても決して消滅などしない。他分野のアートと比べて値段が安いアート写真は不況時でも市場の縮小幅は狭いと思う。             
 日本人写真家にとってもこれは朗報だろう。優れた作品を制作すれば、それを愛でて購入してくれる人が確実に増加しているのだ。しかし、購入者のヴィジュアルセンスは高く、選択基準は非常にシビアになっている。今年開催した写真展を振り返ると、値段が安い日本人作家の作品よりも、高価な外国人写真家の作品のほうが売れたのが特徴だ。多少値段が張っても、真摯な態度で制作されたオリジナルな作品が売れるのだ。感覚だけで撮影された写真はもはや通用しないだろう。

マイケル・デウィックは、現在の厳しい経済状況を自らの作品とかけて、"Now that your collectors have concerns about the global economy, what better place to escape to than underwater with some beautiful sirens of the sea."(不況期は水中に深くもぐって美しいマーメイドたちと戯れていればよい)と、ユーモアあふれるコメントを寄せてくれた。日本でもそのようなセンスに共感できる人が増加してきたのだと思う。なお、彼は現在二つの新プロジェクトに取り組んでいるとのこと。来年にはその一端を紹介できると思う。

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2008年12月16日 (火)

現代アートの経済学と心理学
ドン・トンプソン著「The $12 million Stuffed Shark」

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著者のドン・トンプソン氏はエコノミストでアート・コレクター。本書が書かれたのは金融危機以前の2006年から2007年にかけて現代アートがバブル化し暴騰していた時期だ。アート売買は最も不透明で法の規制がない商取引といわれている。著者は素朴な疑問として、どのような基準で作品の値段が決まるのか、そのプロセスを探求しようとした。彼は、ディラー、オークションハウス、アーティスト、コレクターとの取材を通して、 現代アート市場の経済学、心理学を追求している。

私たちは自分では全く理解不能なアート作品が、目が飛び出るほどの金額で取引されるのを知り困惑することが多い。本書では、現代アートを購入する理由は社会的な名声のためのことが多いとシンプルに解説している。真の富裕層はみんなお金は持っている。だから金額はあまり関係ないそうだ。重要なのは、非常に希少なハイエンドのアート作品を所有することで自らを真の資産家と回りに知らしめることなのだ。信じがたいが、多くは作品を目でなく、耳で買うらしい。つまり他人が買う作品の情報を得てそれを買う傾向が強いそうだ。そして、作家とアートの購入場所(ギャラリー、オークションハウス)が非常に重要な要素になるそうだ。なんと彼らは自分の判断ではなく、ブランドを頼りにアート作品を購入しているのだ!

ではアートの価値を決めるの誰だろうか?それは第1に有力ディラー、第2に大手オークションハウス。本書ではギャラリーをディラーと呼んでいる。有力ディラーとは、アート界の頂点に立ち、膨大なアーティストの中のトップ1%を抱えるギャラリーのことだ。ブランデッドつまりブランドのディラーとも呼んでいる。個展を企画する美術館のキュレーターも多少の影響力を持つ。アート評論家はほとんど影響を与えないという。それは納得だ。写真の世界でも、 ロバート・フランクやウィリアム・エグルストンらのデビュー時には、評論家は彼らを酷評していたことは有名だ。また著者は大胆にも、購入者は価値に全く影響を与えないと断言している。つまり、高額作品は、ディラー、オークションハウスなどによる絶妙なマーケティングとブランディングにより作り上げられると主張しているのだ。

本書では「アートの評価は作品の内容ではなく、作家のメッセージに対して本能的に感じる感覚である。脳の知覚部分が感性に語りかける時にアートは大きな影響を持つ」というクリスティン・ワード氏の発言が引用されている。そして、平凡な作品は時間経過で目新しさがなくなると魅力を感じなくなる、しかし優れた作品は作家のメッセージとテクニックに飽きることがないともいっている。

現代アートの経済学は非常に興味深い考察だと思う。しかし、その基本になるのはアート自体が持つ魅力であることは忘れてはいけない。本書では、現代アートの多くの作品は一時的な価値しかないとしている。25年前のオークションカタログに掲載されていた多くの現代アート作品はいまやどこでも取引されていない。1980年代にロンドン、ニューヨークで個展を開催していた1000人の作家のうち2007年に生き残っているのは20人程度だと指摘している。新規オープンの現代アートギャラリーは5年で80%が廃業するという。この事実は作家、ディラーなど、どれだけ多くの市場参加者がアートの経済学に翻弄され、アート自体の存在意義を忘れてしまったかということだろう。
たぶん著者は本当にアートを愛しており、マネーゲームに陥っている不透明な業界の仕組みを解き明かすことでアートの原点を明らかにしたいという思いがあったのだろうと感じた。

その他の章では、実際のエピソードを交えて、ダミアン・ハーストら有名作家のキャリア、多様化するオークション業務の内側、美術館の役割、オークション・ハウスとディラーとの競争などが書かれている。現在では、オークションに対抗するためにディラーはアートフェアーに力を入れているのだ。これらはノンフィクションの読み物としても非常に興味深かった。著者のユーモアを交えた語り口も楽しめた。

本書は英語の洋書だが、あとがきに和訳予定と書かれていた。現代アート・ブームは急に過ぎ去りタイミングは悪くなったが、来年くらいには日本語版が出版されるのではないだろうか。

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2008年12月 9日 (火)

アート写真の情報発信と啓蒙活動
ギャラリーが市場を創造する

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(C)Michael Dweck

神戸のギャラリーTANTOTEMPOで開催していたマイケル・デウィック写真展「ザ・サーフィング・ライフ」が先日終了した。ギャラリーオーナーに観客の作品への反応を聞く機会があった。多くの人のギャラリー滞在時間は短く、それなりの観客動員はあったが反応は非常に淡白だったという。東京とはお客様の反応がやや違うようだという感想が気になった。
これを聞いて彼の写真集「TheEnd:Montauk」が最初に洋書店に並んだ時のことのことを思い出した。彼の、サーフボードを抱えたヌードの若い女性がビーチを走るイメージ(上のイメージ)はエロカッコイイといまや非常に有名。しかし最初は誰もがモデルをビーチで撮影している普通のファッション写真だと勘違いしていたのだ。そのためだろう、日本では初版写真集は全く売れず、バーゲンセールにでていたことすらあったそうだ。

それが、ブリッツで2006年に東京、名古屋で写真展を開催して状況が大きく変わった。作品のベースはロングアイランドにあるモントークのサーファーコミュニティーのドキュメントで、グローバル経済の流れに対して古きよきアメリカが失われることに危機感を感じた写真家が、今でも残る懐かしいシーンの断片をパーソナルな視点で紡ぎだしたことが伝わったのだ。その後、彼の作品、写真集、ポスターともに大ブレークする。全く売れなかった写真集は2刷りまですぐに完売してしまう。いまや古書市場で、状態が良い初版は150ドル以上で売られている。作家の作品テーマを観客にわかりやすく伝えるという、ギャラリーによる情報発信の重要性を実感した写真展だった。

神戸の話を聞くに、現地の観客はまだ写真の表面的なイメージしか見ていなくて、作家の訴えたいテーマやコンセプトを読み解くことに慣れていないという印象を持った。今回はギャラリーの発信したメッセージがあまり届いていなかったかもしれない。マイケル・デウィックの新刊写真集"マーメイド"の人気が関東と比べて盛り上がらない理由もここにありそうだ。

今後のギャラリーによる情報発信、啓蒙活動の継続が神戸でのアート写真普及のために必要になるのだろう。ブリッツも東京でワークショップや講演会などを10年以上継続して、アート写真の楽しみ方、見方を語りかけてきた。一方、神戸にはいままでアート写真を見せる商業ギャラリーが存在していなかった。いまでもTANTOTEMPOを含めて2軒しかない。繰り返し述べていることだが、写真は物理的には誰にとっても同じモノでしかない。しかし、見る側の経験、情報量、知識の深さによって全く違う意味を持つようになる。観客にそのための色々なお手伝いをするのがギャラリーの仕事で、存在理由なのだ。
もうひとつ重要な役割が写真撮影をする人に対するサービス提供だ。これが新たな写真家発掘につながるのだ。オープンしてわずか半年なのだが、TANTOTEMPOは早くもこの点を意識している。次回展はギャラリー・ディレクターがセレクションした写真家のグループ展になるという。どのようなレベルの作品が展示されるか非常に楽しみ企画だ。

優れた作家の発掘と新たなコレクター育成にはどちらも時間がかかる。今後のTANTOTEMPOの息の長い活躍に期待したい。
TANTOTEMPOの情報は以下のホームページをご覧ください。
http://tantotempo.jp/

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2008年12月 2日 (火)

アート写真展示の様々な可能性
横浜アート&ホームコレクション

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先週末は横浜アート&ホームコレクションに参加した。初めて開催されたアートフェアーなのでどのような客層が来場するのか楽しみにしていた。
今回は住宅展示場でのアート作品展示なので、ほとんどの人がアートがある住まい空間に興味を持って来るのだろうというイメージだった。私たち以外のギャラリーも、作品販売ではなく、横浜地域のお客様への広告、宣伝を目的に参加していたという印象だった。
予想通り、作品購入目的の人は少なかった。それには景気悪化の影響もまちがいなくあっただろう。見るだけと決めてくる人はたとえ興味があってもなかなかギャラリースタッフに質問したりしないものだ。最近は海外のアートオークションの変調や、ニューヨークのギャラリーがコスト見直しをはじめたとか、市場環境悪化を伝えるニュースが数多く聞こえてくる。日本のお客様も不要不急商品のアートに対しては財布の紐が固くなってきているのだろう。
東京在住のお客様や作家の多くが横浜までは足を伸ばしてくれなかったことは少し残念だった。情報が氾濫している現代社会。私のような業者でも横浜トリエンナーレ2008の話題を東京ではほとんど聞かなかった。横浜アート&ホームコレクションの情報が流れたのはやはり開催地周辺が中心だったのだろう。期間が金曜、土曜と2日間と短かったことも東京からはやや行き難かった理由だと思う。

しかし、かなりの数を用意したギャラリー写真展の案内状はすべてなくなった。
主催者によると今回のフェアの総入場者数は1,339名だったとのこと。私たちのモデルホームにもかなりの人が訪れてくれた。多くの人が今度目黒のギャラリーにも行きたいと言ってくれたので今後に期待したい。週末にかけてギャラリーホームメージのアクセス数も増加している。ギャラリーの広告宣伝にはまちがいなくなったと思う。

今回は、積水ハウス・シャーウッドが私たちのギャラリー空間だった。壁への展示はできなかったので色々と考えて作品設置を行った。生活空間にアート写真を展示するいくつかの提案ができたと思っている。

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まずはアート写真がある和の空間。この家には土間つきの和室があった。そこには畳の上に写真を直接おいてみた。和室では座って生活するので、視点が洋間よりも低いのだ。トミオ・セイケ、マイケル・ケンナ、ハービー・山口、横木安良夫、吉野和彦などの作品を並べたが、落ち着いた非常にモダンな和の空間が演出できた。複数の間接光しかなかったが、作品展示がとても自然に感じるとお客さまからの評判も上々だった。ギャラリーのようにスポットで作品を照らし出すのではなく、空間の一部として写真を何気なく存在させる展示方は新しいと感じた。

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作品のメイン展示は2階の渡り廊下のようなスペースで行った。どのように作品の展示位置を高くするかが課題だった。ここで活躍したのが、アルネ・ヤコブセン・デザインの名イス、セブンチェアーだ。 モデルハウスは約1億円くらいの豪邸なので、設置している家具もすべて本物。6点あった白いセブンチェアー上にフレーム入り作品を置いてみたら絶妙に収まりがよかった。着座と背部分の微妙なアール部分にフレームがちょうど引っかかるのだ。スティールだと傷つけるリスクがあるので、木製フレームを展示した。だいたい、家にあるイスはお客さまなどを考えて多めにあるものだ。普段はフレーム入りアート作品を置いて、好きな場所に移動させてもよいだろう。中村ノブオ、セイケ・トミオ、ハービー・山口の作品はセブンチェアーを利用した。

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NAOKIの新作2点は約60X76cmの大き目のフレーム入り。これもイスを利用して展示した。おしりの部分にクッションがあるものを利用。背部分が高かったので安定感がありこれも絶妙なおさまりだった。本作は来年開催する「渋谷・カワイイ・スタイル」に展示予定のもの。お客様の反応をみるために先行展示してみたのだ。評判は予想以上によくて一安心。特に同業者が興味持ってくれた。個展への期待が大いにたかまった。

一緒に参加した大阪のピクチャー・フォト・スペースさんもいくつかユニークな展示を見せてくれた。
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巨大なジョエル・ピーター・ウィトキン作品は壁にはセットできずになんと、ソファーの上に横において展示する手法をとっていた。その存在感に違和感がなく感じたのが不思議だった。やはり巨匠の作品の魅力によるのだろう。

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また、リー・フリードランダーの女性ヌード作品をトイレの便器の上にセットしていたのはとてもウイットとユーモアにあふれており、多くの人の笑いを誘っていた。マルセル・デュシャンの便器の作品のオマージュを意識されたのかもしれない?やや考え直ぎか。

どうしてもアート写真は壁にかけて、ライトで光を当てるものという先入観がある。この点は現代アートと比べて写真関係者は頭が固かったのかもしれない。今回はアイデアしだいでは様々な展示方法があることを実地で体験できて面白かった。 家庭でのアート写真展示の参考になれば幸いです。

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