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2008年12月16日 (火)

現代アートの経済学と心理学
ドン・トンプソン著「The $12 million Stuffed Shark」

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著者のドン・トンプソン氏はエコノミストでアート・コレクター。本書が書かれたのは金融危機以前の2006年から2007年にかけて現代アートがバブル化し暴騰していた時期だ。アート売買は最も不透明で法の規制がない商取引といわれている。著者は素朴な疑問として、どのような基準で作品の値段が決まるのか、そのプロセスを探求しようとした。彼は、ディラー、オークションハウス、アーティスト、コレクターとの取材を通して、 現代アート市場の経済学、心理学を追求している。

私たちは自分では全く理解不能なアート作品が、目が飛び出るほどの金額で取引されるのを知り困惑することが多い。本書では、現代アートを購入する理由は社会的な名声のためのことが多いとシンプルに解説している。真の富裕層はみんなお金は持っている。だから金額はあまり関係ないそうだ。重要なのは、非常に希少なハイエンドのアート作品を所有することで自らを真の資産家と回りに知らしめることなのだ。信じがたいが、多くは作品を目でなく、耳で買うらしい。つまり他人が買う作品の情報を得てそれを買う傾向が強いそうだ。そして、作家とアートの購入場所(ギャラリー、オークションハウス)が非常に重要な要素になるそうだ。なんと彼らは自分の判断ではなく、ブランドを頼りにアート作品を購入しているのだ!

ではアートの価値を決めるの誰だろうか?それは第1に有力ディラー、第2に大手オークションハウス。本書ではギャラリーをディラーと呼んでいる。有力ディラーとは、アート界の頂点に立ち、膨大なアーティストの中のトップ1%を抱えるギャラリーのことだ。ブランデッドつまりブランドのディラーとも呼んでいる。個展を企画する美術館のキュレーターも多少の影響力を持つ。アート評論家はほとんど影響を与えないという。それは納得だ。写真の世界でも、 ロバート・フランクやウィリアム・エグルストンらのデビュー時には、評論家は彼らを酷評していたことは有名だ。また著者は大胆にも、購入者は価値に全く影響を与えないと断言している。つまり、高額作品は、ディラー、オークションハウスなどによる絶妙なマーケティングとブランディングにより作り上げられると主張しているのだ。

本書では「アートの評価は作品の内容ではなく、作家のメッセージに対して本能的に感じる感覚である。脳の知覚部分が感性に語りかける時にアートは大きな影響を持つ」というクリスティン・ワード氏の発言が引用されている。そして、平凡な作品は時間経過で目新しさがなくなると魅力を感じなくなる、しかし優れた作品は作家のメッセージとテクニックに飽きることがないともいっている。

現代アートの経済学は非常に興味深い考察だと思う。しかし、その基本になるのはアート自体が持つ魅力であることは忘れてはいけない。本書では、現代アートの多くの作品は一時的な価値しかないとしている。25年前のオークションカタログに掲載されていた多くの現代アート作品はいまやどこでも取引されていない。1980年代にロンドン、ニューヨークで個展を開催していた1000人の作家のうち2007年に生き残っているのは20人程度だと指摘している。新規オープンの現代アートギャラリーは5年で80%が廃業するという。この事実は作家、ディラーなど、どれだけ多くの市場参加者がアートの経済学に翻弄され、アート自体の存在意義を忘れてしまったかということだろう。
たぶん著者は本当にアートを愛しており、マネーゲームに陥っている不透明な業界の仕組みを解き明かすことでアートの原点を明らかにしたいという思いがあったのだろうと感じた。

その他の章では、実際のエピソードを交えて、ダミアン・ハーストら有名作家のキャリア、多様化するオークション業務の内側、美術館の役割、オークション・ハウスとディラーとの競争などが書かれている。現在では、オークションに対抗するためにディラーはアートフェアーに力を入れているのだ。これらはノンフィクションの読み物としても非常に興味深かった。著者のユーモアを交えた語り口も楽しめた。

本書は英語の洋書だが、あとがきに和訳予定と書かれていた。現代アート・ブームは急に過ぎ去りタイミングは悪くなったが、来年くらいには日本語版が出版されるのではないだろうか。

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