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2009年4月28日 (火)

仙台に新しい写真ギャラリー
地方独自のビジネスモデルは成功するか?

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グランドオープンの準備が進む仙台のKalos Gallery

過去に数多くの写真ギャラリー創設に関わってきた。オーナーがギャラリーを開始する動機はだいたい大きく二つに分けられる。自分の感性を表現する場所としてギャラリーをとらえ、採算は中長期的に考える人。そして、純粋にビジネスとして取り組む人だ。比率は前者のほうがやや多い印象だ。短期的なお金儲けの手段として考えるならギャラリーは割に合う商売ではない。現在の日本では、写真を販売するだけで収益を上げることは非常に難しい。だいたいギャラリーの存在が認知されて、売れるようになるまでに数年はかかる。最近は経済環境が悪いのでさらに時間がかかるだろう。経費が売り上げを上回る最初の期間を、どのように生き延びるかが生き残りのキーポイントなのだ。海外でも、新規オープンの現代アートギャラリーは5年で80%が廃業するという。だから多くの企業がギャラリーを新規事業としてスタートしても続かないのだ。半期ごとの決算があり、株主に説明責任を持つ企業には馴染まない業務だと思う。私どもの開催するワークショップでも繰り返しこの点を解説している。

しかし、視点をビジネスの効率性一辺倒から変えると違う面が見えてくる。ギャラリーは個人事業主として独立する手段でもある。収入はサラリーマンより少ないが、もし写真やアートがとても好きならば、好きなことに関わりながらできる仕事だ。自分が生きるうえで何が大事なのかが分かった人なら、肥大化した日常生活をスリムにして、本当に自分の大事な物だけにお金を使う生き方は可能だろう。それができれば、収入が減っても生活の質は落ちることはない。会社に雇われている見えないプレッシャーがない分、精神的には非常に気楽だ。私もサラリーマンから、ギャラリーをオープンしたときは本当に晴れやかな気分だった。年月が経つと、次第に自由がとても重たく感じられるようになるのだが・・・・・・。

今度、仙台でオープンするKalosギャラリーのオーナーは純粋にビジネスとして業務を展開する。多くの人はどうしても最初は見栄を張りたがるのだが、彼は質実剛健の考えを持っている。ここは、最初は企画展を行いギャラリーの知名度の浸透をはかるが、その後は地元のアマチュア写真家へのサービス提供を業務の中心にする予定なのだ。仙台には、写真専門のギャラリーがないので、展示スペース提供を主な業務にしていく。また、ただ単に場所を提供するのではなく、より高いレベルの写真作品が制作できるように、各種ワークショップも企画していく予定。これは、かつて東京では成り立っていたビジネス・モデルだった。しかし、遊休不動産の有効利用で展示スペースが増え、また家賃が高い都市部ではもはや新規参入でのこの種の業務は困難になっている。地主のギャラリーオーナーでさえ最近は撤退が多いのだ。しかし、家賃が断トツに安く、同業がまったく存在しない地域ではまだ十分にビジネスとしての可能性があると思う。風光明媚な自然が多い東北地方には、写真がうまくなりたい人、展示したい人が数多く存在する。しかし、学んだり、展示する場所は存在しないのだ。不況の世の中、多くの人が趣味へ使うお金も絞り始めている。しかし、これから先に景気の底割れがないことがわかれば、みんな自分の好きなことには選択的にお金使い出すようになるだろう。写真が趣味の層にうまくアート写真の啓蒙活動ができれば、将来的に有名作家のオリジナルプリントも売れるようになると思う。
今後、東京で行っているファインアートフォトグラファーズ講座や、近日中に開始するオンライン・ギャラリーのポートフォリオ・レビューの仙台開催を検討している。今後のビジネス展開が非常に楽しみだ。

Kalosギャラリーのグランド・オープンは5月19日(火)。オープン企画は、横木安良夫写真展「Teach your children」を開催。7月4日、5日には横木安良夫のトークイベントとワークショップを開催する予定です。
http://www.kalos-gallery.com

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2009年4月21日 (火)

約40年前の写真評論書
「現代写真の名作研究」(吉村信哉)

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最近、長らく探していた「現代写真の名作研究」(吉村信哉著、昭和45年、写真評論社刊)をとても安く入手した。これは、トミオ・セイケ氏がトークショーで引用された写真の評論書だ。彼が、代表作「ポートレート・オブ・ゾイ」シリーズを制作するときの創作ヒントになったのが、スイス人写真家ルネ・グルーブリィ(1927-)の「The eye of Love」。セイケ氏はこの本で初めてその作品に触れ大きな衝撃を受けたのだ。

暇を見つけて読み進めているが、いままでで面白かったのは、ウィリアム・クライン写真集「東京」を紹介している章だ。サブタイトルは、「過剰すぎるエネルギーという名の原罪を背負って生きているこの都市」。吉村氏は以下のように書いている。「クラインの都市を見る目はある意味で正確であり、冷静であり、公平でさえあります。わずか184ページの写真でもって、よくぞここまで東京というトータルイメージに肉薄できた、とほとほと感心させられるくらいなのです。---(中略)---ここに描かれている東京はまさしく本当です。本当だからこそ嫌悪せざるを得ないのです。・・・・つまり、他人から弱点を正確に指摘されると誰でも腹が立つ、というあの心境です。」
クライン作品の制作背景などを一通り説明して、写真家が読者に伝えたい視点を的確に解説している。60年代の日本は経済的に豊かになるという目標のために国全体が熱かったのだ。掲載イメージを見て感じたのは、この過剰なエネルギーはまるで今の中国ではないかということ。社会の大きな変動期には作品テーマにこと欠かない。かつて、クラインが東京を撮影したように、いま多くの写真家が上海、北京などを現代の方法論で撮影している。
世界同時不況のいま、いち早く経済回復するのは内需拡大を推し進めている中国といわれている。かつて、日本がオイルショックから回復したように、豊かになりたいというエネルギーを背景に中国も消費主導で立ち直る気がする。しかし、GDPに占める消費比率は、米国が約7割、日本が6割弱。中国はまだ4割弱という。中国がリード役になって世界経済が回復するようなことはなさそうだ。

本書をみていると、昭和45年つまり1970年の日本には写真評論がちゃんと存在していたことがわかる。
当時はまだ敗戦の精神的ショックを引きずっていた。西欧文化が流入する中で、戦前からの価値観や、伝統的地域コミュニティーも残っていた。この時代の日本には様々な価値観が混在しており、誰も将来像に確信が持てなかった。 混乱期には優れた時代感覚を持ったアーティストの先導的なメッセージが発せられ、その視点を解説する評論が求められるようになる。写真家マーティン・パーは写真集の歴史の中で最も優れた作品群が制作されたのが60年代から70年代前後の日本だったと書いている。日本人写真家は、オリジナルプリントでなく、写真集形式で自己表現していると考えられているので、この時期は日本の戦後写真史でのピークの時代だったということだ。市場の評価は正直で、70年代前半までの日本人写真家による写真集はいまだにコレクターズ・アイテムとして高値をつけている。
その後の日本はオイルショックを経験した後に、高度経済成長の拝金主義へと一丸となって突っ走ることになる。写真の主流は商業写真へ移っていく。 自己表現としての写真は残るのだが、反主流の日陰的な存在となる。アートと写真は離れていき、写真評論の影がどんどん薄くなるのだ。
一方、アメリカではベトナム戦争の泥沼化が進行、財政、貿易赤字拡大で経済が疲弊して社会が不安定となる。グラフジャーナリズムの衰退と相前後して、写真は自己表現として地位を確立していくのだ。

欧米と比べてアート写真市場が数十年遅れていると言われている日本。かつては同じ道にいたのが、70年代から徐々に分かれていったのだ。いま、「現代写真の名作研究」を読んで感じるのは、日本独自のアート写真は当時からあまり進歩していないということだ。これまでに、海外の現代アートの表層的なスタイルは持ち込まれたものの、何も新たには生まれてはいない。優れた才能を持った人は、日本ではなく海外で活躍している。市場で高く評価される日本人写真家は、いまだ圧倒的に60年代から70年代前後に活躍した人なのだ。21世紀のいま私たちは再び新たな価値観の混乱期を迎えている。しかし、豊かになった日本ではもはや新しいメッセージを生み出すようなエネルギーがなかなか噴出してこないようだ。

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2009年4月14日 (火)

必見!米国人を魅了した風景写真
高橋和海 写真展「ムーンスケイプ」

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展示準備中のギャラリー

今週の金曜から高橋和海写真展「ムーンスケイプ」が始まる。
彼は、2008年に写真集の優れた編集企画力で知られる米国Nazraeli Pressより"High Tide Wane Moon"を刊行した写真家だ。米国オレゴン州ポートランドのCharles A. Hartman Fine Artで米国初個展を開催している。以前も書いたのだが、この写真集は限定1000部でなんと刊行1年で完売している。実は、1000部というのは少ないようだが、実際に売り切るとなると有名写真家でも数年はかかるのだ。もし売れなかったら、在庫としてはかなりのスペースをとる量だ。 オンライン古書市場を調べてみたら、なんとかなりの高値がついていた。早くも数人のお客様から写真集在庫の問い合わせもいただいている。
高橋和海は海外ではまったく知名度がない写真家だ。純粋に写真集の中身が評価されて本が売れたのだと思う。月と海を対比して見せることで、私たちが普段忘れがちな大きな宇宙のリズムのことを思い出させてくれる。日々、小さなことで悩んでいる自分を客観視するきっかけを与えてくれるのだ。
禅的な写真というと杉本博司のシースケープを思い浮かべる人が多いだろう。彼の作品はそのミニマムな構図から禅を連想させる。高橋和海のムーンスケイプはオーディエンスに新しい視点を直感的に提供することで禅思想を思い起こさせたのだ。厳しい競争社会の中で自己が生き詰まり、多くの人が心のバランスを失いがちといわれる欧米社会。彼らが、高橋のムーンスケイプに癒しを求めたのだろう。

アート写真で売りにくいのは、カラーによる花と風景の作品だ。今回はまさにカラーによる風景作品になる。展示で気をつけたのはネイチャー系の写真展示にならないことだ。だから、展示点数は思い切って絞り込んだ。メインには1メートルを超える巨大作品を3点用意した。現代アート同様にひとつに壁面に1点を展示する。いままで制作した中で一番大きなフレームの作品だろう。その他は20X24インチ作品が8点、16X20インチ作品が2点でのレイアウトを考えている。

Blog2
20X24インチ作品の展示風景

風景写真にとって作品クオリティーに対するこだわりは非常に重要だ。高橋は、発色力からタイプCプリントにこだわる。撮影したときの自分が見えたシーンをできる限り忠実に再現することを意識しているのだ。そして、作品の平面性も徹底している。すべての展示作品は裏打ちをして表面が波打たないように気を配っているのだ。これは重要なことで、波打ちに気付くと見る側は時に写真をみていることを意識して興ざめする。どんな素晴らしい写真でもその世界に入り込めないことがあるのだ。現代アートと一般写真作品との印象の違いは、これらの作品ディーテールへの作家のこだわりによることが多い。高橋は明らかに現代アート的な要素を持った写真家だ。

高橋和海写真展「ムーンスケイプ」は今週の17日(金曜日)よりスタートします。

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2009年4月 7日 (火)

「アートフェアー東京2009」
どうなるこれからのアート市場

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週末に東京国際フォーラムで開催されていた「アートフェアー東京2009」へ行ってきた。
世界中から過去最高の143の業者が参加して行われた、古美術、日本画、洋画、現代アート、アート写真までを幅広く展示販売する日本最大のアート見本市だ。今年からは、規模を拡大して隣のビルに第2会場を設置。開業5年以内の現代アートギャラリー約30件が参加していた。

アート写真についてだが、今年も関東の写真専門ギャラリーの顔はなかった。関西の、ピクチャー・フォト・スペース、アウト・オブ・プレイス、ザ・サード・ギャラリー・アヤ、MEMなどが昨年同様に参加していた。ピクチャー・フォト・スペースはロバート・メイプルソープ、リー・フリードランダー、マイケル・ケンナ、ヘルムート・ニュートンなど相変わらずすばらしいコレクションを展示していた。最近、東京にも支店をオープンした奈良のアウト・オブ・プレイス。彼らはより現代アートの展示に力を入れていた。東京支店は写真ではなく現代アートギャラリーを標榜している。
海外勢では、イタリアのBRANCOLINI GRIMALDI ARTE CONTEMPORANEAというギャラリーを訪問した。ここには、私が雑誌で連載している「世界のファインアートフォトグラファー」でイタリア人写真家オリボ・バルビエリ氏を紹介したときにお世話になった。彼らはアジアのアート・フェアーには初参加だったという。バルビエリ氏は、大判ビューカメラとチルト・シフト・レンズを使用した風景作品で知られるイタリア人写真家。ヘリコプターを使い上空から撮影された写真は、狭い部分に鮮明にピントが合い、その他エリアが次第にピンボケ気味にぶれていく。担当者は日本でも彼の技法を真似している人が多いと聞いたと、その点に興味を持っていた。ブースにはタイプCプリントによる1メートルを超える彼の大判サイズの新作が展示してあった。やや意外だったのは、いまでもプレキシグラスに直接写真を張り合わす技法で制作されていたこと。最近のアメリカでは写真表面に直接アクリルを貼り付けることはあまりしない。その他、Missimo Vitali、Steven Kleinなどの日本では珍しい作家の作品が展示してあった。
アート写真でもっともすばらしかった展示は、オスロより参加していた、ルンド・ファインアート。シリアス・カラー写真の父と呼ばれるウィリアム・エグルストンが4点が展示してあった。1970年代に撮影された「ロス・アラモノス」シリーズからのダイトランスファー作品で、日本ではなかなか見ることができない優れた作品だ。現在、ホイットニー美術館から始まった彼の本格的回顧展が欧州を巡回中だ。アート業界の話題性を意識した展示なので、ぜひこのような作品は日本の美術館に思い切って購入してほしい。

ベテラン・コレクターの感想も聞くことができた。彼によると、実際の市場価格は低下しているのに今回のフェアーでの価格設定は昨年と変わっていない。欲しい作品があったが値段が高すぎた。これはおかしいと主張していた。現代アートのことはわからないが、アート写真のセカンダリー作品価格は昨年春ととあまり変わっていない印象だった。

全体的には、上記の2つの外国ギャラリーや海外アートフェアー常連の日本勢の展示は、レベルが高くとても見ごたえがあった。特に海外有力ギャラリーがアジアに興味を持ってくれるのはうれしい限りだ。しかし、「アートフェアー東京」は、海外参加者の定着率があまり高くないという。彼らは日本以上に売り上げ高にシビアなのだ。東京という文化的大都市のイメージとは裏腹に、アートの市場規模は海外主要都市よりも遥かに小さい。多くは期待ほどでない結果に失望するのだろう。

いま100年来といわれる不況の影響がアート業界にも出始めている。いままで続いていた世界的なアート・フェアーブームは今後どうなるだろうか?昨年前期までの盛況の背景には好景気による市場規模の拡大があった。売り上げがあるから、アートフェアーはギャラリーの広告宣伝、新規顧客の開拓などが目的で参加者が増えた。しかし、参加費用は決して安くはないのだ。アート・フェアー東京の一番小さなブースでも70万程度かかる。海外でのアートフェアーの場合、パリフォトでは諸経費全体で最低300万円くらいはかかるといわれている。売り上げがある分にはまったく問題はないのだが、いったん落ちてくるとかなりの大きい経費負担となる。コマーシャル・ギャラリーはそれ以外に、賃貸費用、人件費などの固定費の負担があるのだ。実際、今年に入ってモスクワ・ワールド・ファインアート・フェアーなど国際的なアートフェアーが延期されたり、中止に追い込まれてたりしている。今年のニューヨークのフォトグラフィー・ショーでは、不況で参加辞退が相次いで協会メンバー以外の参加者が急遽追加されたという。

今後の厳しい環境でギャラリー経営はどう変わるのだろうか。老舗、中堅ギャラリーは、昨今の相場上昇で、過去に安く仕入れた作品をオークションや顧客に売ってかなりの儲けを得ていたという。彼らはまだ余裕があるだろう。一方、市場価格が大きく下がったことでいまでは本当に良質の作品以外は非常に売りにくくなっている。この点は特に新興ギャラリーへの影響が大きいだろう。
最新、アート写真専門ニュースレターが、2008年のビジネスの結果と今後の展開を複数のギャラリーに質問したところ、回答してきたのは長年ビジネスに携わっているディラーだけだったそうだ。彼らの中からは、アート写真に対して真に情熱(Passion)を持つギャラリーが生き延びて、投資とお金儲けやファッションで取り組んでいた人たちは淘汰されるだろう、という辛らつな意見もあったようだ。
確かにコレクターの目はますますシビアになっている。彼らは本当に価値のあるものしかオークションやギャラリーでは買わない。買われるのはブランドが確立している作家だ。そして彼らを抱え、在庫を持っているのは長年この業界にいるブランド・ギャラリーなのだ。今までは市場を牽引してきた現代アート系の写真だが、もはや誰も単なる気分や乗りだけで作品を買うことはないだろう。

もし不況が今後も長引くのなら、アーティスト、ギャラリー、そしてアートフェアーも淘汰の荒波をまともに受けることになるかもしれない。

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