« レアブック・コレクション2009が終わる
アート写真市場の二極化が進む
| トップページ | 高橋和海 写真展「ムーンスケイプ」終了
確認された優れた写真集への需要 »

2009年6月 9日 (火)

アートの生き残り戦争
いまだ見えない未来像

Blog
(C)Herbie Yamaguchi
Timeless in Luxembourg "Statue of the late Grand Duchess Charlotte"

昨今の金融危機を経験して、自分が無意識のうちに経済の論理に強く影響を受けていたことに気付いた人が多いのではないだろうか。価値観や生き方の多様化がいわれていたが、それも経済成長が前提だったことが明らかになった。いまや銀行や自動車大手に公的資金が投入され、80年代にサッチャー、レーガンから始まった新自由主義経済が崩壊した。まさにその時代を背景に発展してきた現代アートやアート写真の未来はどうなるのだろうか?
それは経済成長を前提としない社会が訪れたとき、どのようなアートが生き残るのかという問いでもある。最近そのようなことを考えるのだが明確な答えはまだ見つかっていない。

アートの多文化主義は経済のアメリカ一極集中とグローバル化の中で出てきた流れだ。この前提がくずれたことから、今後は価値観が違うということで愛でられていた色々な国のアートが以前よりは注目されなくなるだろうという直感はある。日本の現代アートが海外で人気が高かったのも多文化主義の一環だったので、この流れが変化する可能性がある。また、国内のアート販売では地方の売り上げ落ち込みが激しいといわれている。しばらくは、人間の生き方が多様で富裕層が集中する大都市のみでアートビジネスが生き残る予感もする。経済の世界ではまだ新しい秩序は明確に見えていない。アートの世界に新しい方向性が見えてくるのもまだ先でしばらくは混乱が続くだろう。
ただし過去の景気後退期の経験則が役に立たないことだけは、肝に銘じなければならないと思う。このような不安感が蔓延しているので市場の流動性が影響を受けているのは間違いないだろう。

最近の経済、社会の大変動を経験して思うのは、優れた写真家は社会の問題点をあぶりだして、その先の動きを予感していたということだ。写真家のメッセージのパワーは凄いと本当に感じた。
先月、コマフォトの連載でダニー・ライアンを取り上げた。彼は、科学技術は大きく進歩したものの、人間の感情、社会性、道徳観は変わってないとし、現在の映像デジタル時代でも写真家は倫理やイデオロギー的な動機付けを持って写真に取り組む姿勢が重要だと主張していた。新自由主義経済の行き過ぎが社会に与える問題点は、アンドレアス・グルスキーをはじめ、ジェフ・ブロウス、エドガー・マーティンス、オリヴォ・バルヴィエリなどが作品テーマに取り上げていた。

日本人作家でも、今週11日から丸の内カフェで、「タイムレス・イン・ルクセンブルグ」を、20日から川崎市市民ミュージアムで「ポートレイツ・オブ・ホープ ~この一瞬を永遠に~」を開催するハービー山口は、同じような視点で作品を制作している。今回丸の内カフェの展示に際して、数年前に行った同展のプレス資料を読み直していたら以下のような文章があった。

「現在の日本は米国主導の市場を優先する経済改革の影響を受けています。IT化、グローバル化で促進された競争優先の社会は一部の勝者と多くの敗者を生みだし人の心は荒廃していきます。西欧諸国も、世界的な市場化進行の影響は受けています。しかしこの地では政府が市民の社会権を重視し変化のスピードを緩やかに抑えています。時を急いで進めない国々、その象徴が中世の面影が残る小国のルクセンブルクなのです。いまハービー・山口の写真を見ると、経済成長よりも、社会に規制が残っても多くの人々が笑顔でいられる国の方が幸せなのではないかと私たちに問いかけている感がします。本作は21世紀いまだからこそ、新たな視点で見直して、日本社会の将来を考えるきっかけにして欲しいシリーズです。」(プレスリリースの抜粋)

ハービー・山口がこの国を撮影したのは1999年だった。最近同国を訪れた人の話を聞くと、その後のルクセンブルクは金融立国を目指して数々の政策を実施したそうだ。皮肉にも開発により街の姿も大きく変化してしまったらしい。 それほどまでに、米国流の考え方は欧州の伝統的価値観にも影響を与えたのだろう。欧州の銀行が今回の金融危機の影響を大きく受けたのもうなずける。
たぶん、いまハービー・山口がこの国を訪れてもその印象は10年前とかなり違うだろう。 それゆえに、彼の作品はこの国にとって非常に重要なのだと思う。いま、大使館が作品展示を改めて望むのは、この10年間で、長らく変わらなかった国が変わってしまった反省の念もあるような気がする。

写真集のエッセーでハービー・山口は以下のようなことを述べている。
「ルクセンブルクに滞在した約2週間、様々な人々が僕のカメラの前に立ち、素顔や笑顔、さらにはその人の人生の一部を垣間見せて去って行った。ほとんどの人々がストレンジャーである僕を受け入れてくれて、迷うことなくレンズに向き合ってくれた。この日本からきた写真家を信頼しようという態度が、僕の心にずっと快く響き続けた。きっと、彼らはフレンドリーな気質とともに、各々が、的確な判断ができる聡明さを備えているのではないかと考えた。そして小心者の猜疑心や、貧困からくる心の荒廃といったものがないのだ。」

世界平和、愛、希望のようなことをアーティストはよく主張する。最初に触れたように、資本主義社会で重要だと考えられている価値観は経済的な視点に立脚したものが多いのだ。仕事をしている人はだれでも無意識のうちに影響を受けている。 このような価値観では、生産性の低い若者や老人は価値がなく、愛や希望なども無意味なものなりかねない。しかしそれは個人のお金や名誉へのエゴに他ならない。そのような個人のエゴをすべて取り去った後に残る真実のようなものがあれば、それこそが、人類愛、世界平和のようなことなのだろう。
それらは経済成長だけがすべてでないことに気付いている人から自然とでてくる言葉なのではないか。不況になり夢から覚めたいまだからこそ、昔だと少しばかりベタなアーティストのメッセージが私たちの心にストレートに響くのだ。いまだに未来像はみえてこないが、このようなエゴがないアーティストたちが将来に生き残るのだろうと思う。

|

« レアブック・コレクション2009が終わる
アート写真市場の二極化が進む
| トップページ | 高橋和海 写真展「ムーンスケイプ」終了
確認された優れた写真集への需要 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170909/45288616

この記事へのトラックバック一覧です: アートの生き残り戦争
いまだ見えない未来像
:

« レアブック・コレクション2009が終わる
アート写真市場の二極化が進む
| トップページ | 高橋和海 写真展「ムーンスケイプ」終了
確認された優れた写真集への需要 »