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2009年10月13日 (火)

アーヴィング・ペン(Irving Penn)
戦後の新しいアメリカン・ヴィジョンを提示

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大人気の写真集 Irving Penn "Flowers"

アーヴィング・ペンが先日92歳で亡くなった。
私は90年代初めにニューヨークのオークション下見会で見た、タバコの吸殻を撮影した大判プラチナ・プリントのことを思い浮かべた。現代の消費社会をテーマにしたアイデアの秀逸さ、シンプルでモダンなイメージ、モノとしての美しい作品の存在感に圧倒され、感動した。このシリーズは一種の時代のドキュメントで、それをアート作品として提示する方法論としてサイズを大きくして高クオリティーのプラチナ・プリントを制作したのだ。その時に写真集という限られた紙面上の写真と、現物との明らかな違いを初めて実感した。
後になって知ったのだが、彼は完璧なプリントを求めて高価なプラチナのシートを自分自らの手で膨大な時間をかけて作り続けていたそうだ。 シルバープリントと違い、プラチナプリントは20世紀初頭の伝統的な手法でシートはすべて手作りなのだ。
彼の極端な本物志向は有名だった。写真集「Passage」には、多くのグラスが乗ったトレイが落下するシーンを撮影するときに、ペンが高額なバカラ製グラスに強くこだわったエピソードが紹介されている。また、1990年にヴァニティー・フェアー誌でレモンを撮影した時の逸話も有名。まず、500個のレモンを購入し完璧なフォルムのものを探し、その後に完璧な写真を求めて500ショットの撮影を行ったとのことだ。

これらは彼がもともと画家志望であったことが影響していると思う。当時は、欧米でもシャッターを押すと写ってしまう写真は絵画などと比べてレベルの低いアートとみなされていた。彼はアートとして写真表現の可能性とその境界線を広げようと模索していたのだと思う。

Bs063
写真集 "Passage"

ペンの写真の魅力は作品のクオリティーとともに、一貫していると感じられる作品の背景にある精神性だろう。ヴォーグ誌のアレクサンダー・リーバーマンは、ペンは最終的に、はかなさの記憶、束の間の時間、際迫った死を写真に留めようとしていた、との述べている。人生に対するこのようなクールな姿勢が彼のモダンなヴィジョンの根底にあったのだ。だから何を撮影しても作品の魅力が揺らがなかったのだろう。

高齢になったのペンの近作は、デジタル・プリントだった。しかし、デジタルにもかかわらずまるで現代アートのような高額な値段がつけられており、一部に批判もあった。デジタル・プリントの価値はサインの価値だ。作家のサイン自体に価値が出るためには過去の実績の積み重ねが必要だ。60年以上のキャリアがあり、また同じ傾向の絵柄の銀塩、プラチナの初期作品がオークションで高額取引されていたことを考えると、デジタル作品の数百万円の価格に説得力がないことはないとも感じていた。 写真集でもペンのサイン本は、流通量が非常に少なく、だいたい5万円以上する。ちなみにアヴェドンのサイン本は数万円で買えることもある。

彼の死は作品相場にどのような影響を与えただろうか。死の翌日の8日にクリスティーズ・NYで彼の作品13点がオークションにかけられた。当然、参加者は彼の死を知らされており、その点から通常よりもプレミアムがついて取引されたと思われる。
結果は12点が落札され、予想落札価格の上限を超えたのが5点、下限以下が1点、残り6点が予想範囲内で取引されている。
昨今の不況でオークションハウスは予想落札価格を押さえ気味にしている。今回の結果を見るに、彼の死の影響は大きくなく、もう少し低いレベルだっかもしれないものの市場はほぼ適正価格まで調整してきた感じだ。つまり、彼は既に高齢だったので、亡くなることは市場が既に織り込み済みだったということだろう。ロバート・メイプルソープのときとほぼ同じだ。
ちなみにペンの落札最高額は1971年制作の貴重なプラチナ・プリントによる代表作品"Cuzco Children,1948"。2008年春のクリスティーズで約52.9万ドル(約5819万円)で落札されている。たぶん、この記録が破られることはしばらくないだろう。

これで、戦後のファッション写真の巨匠のペン、アヴェドン、ニュートンが他界したことになる。時代背景が彼らが活躍した時代から様変わりし、新世代のメジャー作家が出現しにくい状況になっている。たぶん将来的に20世紀ファッション写真は改めてアートの視点から見直されると思う。 アーヴィング・ペンはその中でも最重要人物の一人。最近まで続いていた全仕事の本格的な再評価が待たれるところだ。

ご冥福をお祈りいたします。

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