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2009年10月20日 (火)

古いが一番新しい
ファイン・アート写真の前衛とは

Blog
(C)Tomio Seike

欧米のアート写真が扱われるオークションでは、ファインアート・フォトグラフスとコンンテンポラリーアートとが明確に分かれている。しかしその前提は、長い写真史の歴史を踏襲したファインアート・フォトグラフスがあり、そこから現代アート系の写真が派生してきたと考えられている。たとえばドイツのベッヒャー派アーティストは現代アート写真でよく知られるが、ベッヒャー夫妻にはアウグスト・ザンダーなどの影響が強くあるのだ。

しかし日本には明確なアート写真の歴史、伝統のようなものはない。欧米で流行している現象をとらえて、その表層的なスタイルを取り入れる場合が多い。その先頭に立つマスコミは、モノクロ写真は時代遅れで、写真はまるで現代アート系しか存在しないように取り扱いがちだ。
ギャラリーも状況は同じ。カラーはもちろん、モノクロ写真の場合も、現代アートらしくなることから、深いテーマとの関連がなくても大きく引き伸ばされて展示することが多い。現在の日本では、小さいモノクロ写真よりも大きな現代アート系の写真を見る機会の方が多くなっている。日本で写真がアートとして一般に受け入れられていない背景はこのあたりの事情によると思う。
私もかつてはこのような状況に疑問を持っていた。しかし長年ギャラリーを行っていると、あらゆるものが節操なく混在している現在の日本文化を受け入れるようになってきた。これは妥協ではなく、正しい現状認識がないと、その国に住む人がリアリティーを感じる独自のアートが生み出せないと理解するようになるからだ。このことについては機会を改めてまた触れたいと思う。

現在、展示しているトミオ・セイケの「Eighteen Month」は現代アートとまったく相反する欧米の写真史の流れを踏襲している作品だ。興味深いのが、このような写真を知らない若い世代にはセイケ作品の展示が凄く新鮮に見えるらしいということだ。現代アート系の写真は、アイデアと刺激重視の奇をてらったイメージが多い。カラーの巨大サイズ作品が一般的で、絵画のように単独に展示する。
一方、今回の展示作品は、判りやすいテーマ、地味に見えるイメージ、モノクロームの小サイズ写真がブック式マットされて同サイズのフレームにシンメトリーに展示。1枚でなく全体で作家の世界観を提示している。欧米の写真ギャラリーではごく当たり前の展示なのだが、考えてみれば最近の日本ではこのような展示は決して多くない。実際、写真展の主催者はあえて大きさやカラーでアクセントを設けるように工夫する。日本の観衆は内容よりもイメージでひきつけられる場合が多いので、見る側が物足りないと感じないようにと配慮するからだ。

今回のトミオ・セイケ写真展「Eighteen Month」で私が注目したのは、多くの人が写真を見て落ち着く、ほっとする、見とれてしまうといった印象を語ってくれたこと。大きさ、サイズ、色、アイデア、刺激で聴衆の目を引くことを意識する現代アート系写真の対極のアプローチは逆に顧客とつながる最先端のアイデアのひとつかもしれないと気付いた。
日本の市場は歴史がないので伝統へのしがらみもなく、世界で一番自由に感じることが出来る場所といえなくはない。そして、そこに住む写真好きの人は欧米の伝統的なアート写真も新しい現代アートとしてとらえているのではないだろうか。
デジタル化が進み、銀塩写真は保護される伝統工芸のようなポジションになっていくという専門家の指摘がある。しかし、それはアート表現でない写真にのみ当てはまるのだ。欧米でいまでも存続している伝統的ファインアート写真。もしかしたら、将来的にそのスタイルと精神は、最先端の現代アートのひとつとして生き残るのではないだろうか?古いが一番新しい、という状況が日本では欧米よりも先んじていま起こっているのかもしれない。

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