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2009年12月22日 (火)

資本の原理がシビアに働く時代
楽天化するアマゾン内の古書店?

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Printed Matter Inc.

ニューヨークでは、専門性の強いニュータイプのショップしか生き残れない

90年代の後半に、ニューヨークのマンハッタンは資本の原理が厳しく働く街だという話をよく聞いた。それは、家賃と売り上げの関係が非常にシビアという意味。この時期に、家賃上昇によりギャラリー街がソーホーから倉庫街だったチェルシー・エリアに移っていった。
特に激変したのが古書店業界だった。ネット普及による競争激化と利益率急低下でマンハッタンの古書店の閉鎖や移転が相次いだ。不況や環境変化で儲けが減っても家賃を半分にしてくれる家主などいない。まして借金して建築している物件なら賃下げには限界がある。だから、高家賃地域のビジネスはかなり高い利益率がないと継続が難しい。土地が限られるマンハッタンはそんな経済原則が最もシビアに働いている町なのだ。

東京も家賃が高い。現在のデフレ状況がさらに続くと、経費支出の大半を家賃が占めるギャラリーは、十分な利益を上げることが困難になるだろう。実際、今年になって家賃の高い地区のギャラリーは閉店が増加している。今後、東京の中心部で営業できるギャラリーは、不動産を所有、他業務との兼業、企業系、スポンサー付きなどに限られると思う。
特に交通の便がよい場所でないと成立しないレンタルギャラリーはその傾向が強まるだろう。最近のニューヨークでは、不況による売り上げ不振で川向うのブルックリンなどへ移転するギャラリーが多いと聞く。東京でも販売目的の商業ギャラリーは、家賃の安い地区で継続していくしかないだろう。これは家賃よりも写真展に予算を使うということ。場所が多少不便でもコンテンツが良ければ顧客は集まってくれるのだ。
実は前回のデフレ期に私たちのギャラリーは代官山から目黒通り近くに移転した。いままで継続できたのは家賃が安かったからだ。

日本の古書店はさらに大きな構造変化に直面しているようだ。彼らはネットが普及しても海外業者のような大きな影響をいままでは受けなかった。それは、ネット検索が容易なアルファベット表記の洋書と比べて、漢字が入る和書は検索が難しかったことによる。古書店の検索エンジンのようなものも存在していたが、使いにくくほとんど役に立たなかった。
しかし、そんな状況が最近変化してきたようだ。最近相次いで写真集を取り扱う古書店のオーナーたちと話す機会があった。みんな一同に経営環境の厳しさを嘆いていた。根本的原因は現在日本が置かれているデフレ状態にあるのだが、それに加えて今になってネットの存在が業者間の競争を激化させているようなのだ。
みんなが指摘するのはアマゾン・ジャパンの躍進だ。アマゾンは新品本だけを販売していたが、マーケット・プレイスという古書、絶版本を扱うカテゴリーもある。当初は、掲載タイトルも参加業者も少なくあまり役に立たなかった。それが最近、国内の古書店の参加が急増している。それも地方にある古書店がかなり積極的に在庫をアップするようになってきた。ポイントは地方は家賃が安いので、神田の専門業者などよりもかなり安く価格提示していることだ。ネットは価格が比較可能なので、相場にかなりの低下圧力がかかってきたらしい。洋書でも海外の業者が数多く参加するようになってきた。本の状態の表示が非常に簡単なので高額なものは手を出しにくいが、一般の人でも大体の相場がわかるようになった。要は、アマゾンのマーケット・プレイスが絶版写真集を検索し販売する一種のプラットホームの役割をはたすようになってきたのだ。古書店を集めた楽天市場のような感じだろうか。
東京神田の古書店街は日本中で知られている。その魅力は専門店の豊富な在庫にあったと思う。知らない間に、それを凌駕するくらいの全国どころか世界の古書店の在庫を網羅する巨大なヴァーチャル古書店が生まれつつあるのだ。家賃の高い都市部の古書店はかつてのマンハッタンの店のように間違いなく影響を受けるだろう。
お会いした古書店主の一人は、最近店舗を閉じて、ネット専業に業態を転換したという。アマゾン中心に在庫を出品しているが、売り上げは店舗時代とあまり変わらないそうだ。店頭では人の目に留まらずに売れなかった専門性の強いタイトルが、探している人の検索に引っ掛かって売れることが多いそうだ。売上が同じなら店舗の家賃がかからない分利益率ははるかに高くなる。しかしネットでは誰でも取り扱える商品の場合は果てしない価格競争となる。どれだけ専門性をもった商品の品揃えができるかが生き残りのキーになるのだろう。

ニューヨークでは、レア・ブックだけでなく、オリジナル・プリントやポスターも一緒に取り扱う専門店が生き残っている。古書店のニュータイプの登場だ。日本でも変化の兆しは感じられる。写真作品を扱う古書店や、レアブックを扱うギャラリーが増えている。家具やインテリア小物とともに写真集を扱うショップもある。これからの古書店主はショップ・オーナーの視点が求められると思う。本だけでなく、より幅広い分野の目利きが必要になるだろう。

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2009年12月15日 (火)

"Two in one in England"
現在につながるハービー・山口の初期スナップ!

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(C)Herbie Yamaguchi

"Two in one in England"の展示作品の中に、バスの中で撮られた笑顔のおばあさんたちの写真がある。何気ないスナップのように見えるがこれは凄い写真だ。人種の坩堝のアメリカと違い、英国それも地方部には外人はほとんどいない。東洋人は珍しい存在なのだ。彼らは、中国人、韓国人、日本人の違いも判らない。残酷な物言いをする子供は、チンクといって東洋人の目が細いのを小ばかにすることもあったと聞く。まして70年代前半の英国だ、まだ世界大戦の記憶が残る人もいたはずだ。
ハービー・山口はそんな難しいコミュニティーの中で、おばあさんたちの笑顔を引き出し撮影しているのだ。たぶんボディー・ランゲージを含む際立ったコミュニケーション能力があったからできたのだろう。彼はスナップの極意を既にこの時期に体得していたようだ。

彼ほどの写真家になると、そのスタイルを受け継ぐ若手が出てきてもおかしくない。しかし、残念ながらそのような人はまだ登場していないようだ。それは簡単そうなストリートのスナップが実は非常に難しいからだと思う。
まず、いまの東京で笑顔の人を見つけること自体非常に難しい。道端でいきなり中年の男性に写真を撮らせて下さい、と言われたらだいたいの人が断るだろう。彼は外見のビジュアルだけで判断して被写体を見つけだすのではない。その人生を一瞬のうちに見抜き、一生懸命に生きている人だけを撮影しているのだ。心の状態は自然と表情に現れるというが、それを読み取る高い感受性を持っているのだろう。彼はアイコンタクトを通じてそのあたりの一瞬のコミュニケーションを行うと語っている。これらの一連の行為ができるようになるには、トークなどでよく引用される高い"人間力"が必要なのだろう。
スナップでは、相手を好きになることが重要だとよくいわれる。これは相手を尊敬すること、受け入れることだ。それができないと緊張して被写体に接してしまい相手も緊張する。外国で撮影する時などはどうしても陥りがちなパターンだ。これでは、良い写真は撮れないだろう。ハービー・山口の写真の背景には当時の日本人の英国ライフスタイルへの憧れがあったのだと思う。彼は、イギリスではみんながモデルのようにかっこよく見えたと語っている。撮影するときに、あなたがたの人生は素敵ですよ、外見もカッコいいですよという気持ちを素直にぶつけていたのだと思う。良い写真の撮影には、相手を受容することがほんとうに重要なのだと山口青年の作品群は教えてくれる。
 撮影時の普通さも、隠れた人間性を引き出すマジックのひとつだ。そこには、カメラマン対モデルのような緊張関係はない。アシスタントもいないし、カメラマンと被写体はまったく普通に語り合い撮影が進行していく。被写体を意識させない、ライカカメラの静かなシャッター音も重要な要素となっている。カメラの存在は消え、自然とカメラマンと被写体とのコミュニケーションが生まれる。 その一連の結果として、彼がライフワークとしている、"見る人が幸せな気分になる写真"が積み重なっていくのだ。

ところで、20代前半のハービー・山口のたたずまいにファンなら興味のあるところだろう。彼のトークイベントでは、いつも自らを美少年だったと繰り返し冗談ぽく語っている。 しかし、どうもそれはジョークではないようだ。
実は、今回彼が20歳の時のセルフポートレートを持参してくれた。そこに写っているのは、スリムでロングヘアーのクールな眼差しの青年なのだ。その写真はギャラリーの小部屋に展示してある。ご興味のある人は美少年だったかどうかをご自身で確かめてください。

ヨーガン・シャドバーグとハービー・山口の二人展"Two in one in England"は、2010年2月6日まで開催中。

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2009年12月 8日 (火)

(アート写真最前線)
2009年秋アート写真オークション・レビュー
不況でも消えない写真コレクションへの情熱

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各社オークションカタログ

アート・フォト・サイトに2009年秋のニューヨークアート写真オークション結果をアップした。今年は一部のオークションが11月にずれ込むなどしたので分析に時間がかかってしまった。
全体的な印象は、昨年までのブームが来る前の落着きを取り戻した感じで、特に良くも悪くもない、まあまあの結果だった。実際の数字は明らかに春よりも改善。取引高は増加し、落札率も上昇している。
市場を取り巻く環境は明らかに好転していた。春のオークション時期はニューヨーク・ダウの株価が低迷中だった。その後、中央銀行の量的緩和が効いてきて、金利が低いドルで資金調達するいわゆるドルキャリートレードが活発化。不況下の10%という高い失業率のなかで株高が進行していった。10月~11月はちょうどニューヨーク・ダウの株価が1万ドルを超えて上昇し、2007年秋の高値から2009年春の安値の半値レベルまで戻してきていた時期だった。日本と違い、米国では多くの人が株式市場で資産運用を行っている。コレクターにとって株価上昇により資産が増加することはオークション入札に多少なりとも心理的に良い影響を与えたと思われる。コレクターはやはり生活が安定した人が多いので、将来への不安感が弱まれば好きなものにお金を使う気分になる。アートではこの気分が重要な役割を果たすのだ。
また、オークションハウスが市場環境を考慮して行った、出品作品の絞り込みと、的確な落札予想価格の設定も効果があったと思う。今回は、いままで低迷気味だった新興コレクターが好む、現代アート系、ファッション系の人気も復活の兆しが感じられた。割安な価格レベルでは確実に購入者がいるというアート写真市場の厚みも強く印象付けられた。しかし、作品が積極的に物色されるのはまだブランドが確立した人気作家が中心だった。米国の経済は、景気底割れは回避されたものの、消費は弱く失業率もまだ高いという状態。株価は企業業績の最悪期からの回復をすでに織り込み済みだろう。
以上から、アート写真市場の本格的な回復と広がりにもまだ時間がかかると思う。

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2009年12月 1日 (火)

(アート写真最前線)
不況下のオークションとギャラリー店頭市場

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ニューヨークのオークションハウス"PHILLIPS"

相場がよいときは、オークションでたまに奇妙なことが起こる。その時にギャラリーで実際に売られているのと同じ作家の同じような状態の同一イメージの写真が、オークションで遙かに高く落札されるのだ。これは需要が急拡大し、新規のコレクターが参加したことにより実際に起こる現象。彼らは、経験が浅くギャラリー情報を豊富に持たないので、多くの作品が集まるオークションで、欲しいアートを物色する。業者は、再販売目的なので一定の相場レベル以上では入札しない。コレクターは欲しいから買うので、自分の懐具合が判断基準になる。時にプロが考える相場の上限を超える値段でも落札するのだ。すると同様の作品を販売しているギャラリーは直ぐに値段を上昇させる。このように作品価格は上昇していくのだが、だいたいこのようなエピソードが関係者から聞かれるようになる時は相場がピークなのだ。

現在のように市場が弱くなっても、ギャラリー店頭価格はしばらく高止まりする。特に有名作家のセカンダリー作品を扱うギャラリーでは、仕入れ値が高いと販売価格を直ぐに下げられない。だから弱気相場のときは需給が直接反映されるオークションの方が安く購入できる可能性が高くなる。コレクターにとってはチャンス到来かといえば、必ずしもそうではない。売り手は良品を安く売りたくないので、出品数がそんなには増えないのだ。有名作品の代表作品は常に欲しい人が多数いる、それらの値段はあまり下降しない。

相場低迷時に明確になるのはアート作品の流動性だ。これは景気のよいときはあまり意識されないが、不景気になるとそのギャップが顕在化する。アート史の中で評価が固まっている物故作家と、現存作家。現存作家でも地位を既に固めている作家と、若手、新人作家。同じ作家でも人気イメージと不人気イメージとの流動性ギャップが拡大する。好景気時には、知名度に関係なくイメージが好きな人や、高額な人気作品に手が出ない人がそれらを買っていた。以前も述べたが、不況が続くとコレクターは評価の定まった作家の貴重作品以外への関心が低くなる。美術館も購入予算が減少するので同様の傾向を示す。こういうときに主な買い手となるのが、ディラーなどの業者なのだ。彼らは、購入後に再販売することを前提に購入するので想定している販売価格の約50%くらいを上限にビットする。想定価格は業者の持つ相場見通しにより違う。特に不人気作品、知名度の低い作家を積極的に買おうという業者は少なくなる。企業と同様にギャラリーも不良在庫投資を嫌うからだ。これらの結果、オークション・ハウスも出品作品を絞り込むことなり市場規模は縮小する。

このような負の連鎖が市場で起きはじめるとギャラリーの店頭市場も影響を受ける。無名作家の場合、安い作品以外は売れ難くなるのだ。アート写真分野は価格がもともと安いので影響はそんなに大きくない。しかし過去5年くらいに内容が伴わずに価格が高騰した現代アート系の写真はかなり影響を受けるのではないだろうか。有名オークションハウスで取引された現代アート系作家でさえも、25年のうちに生き残るのは半数以下だといわれている。もし、今後も不況が続くと、いままで拡大してきた若手や新人の市場規模は横ばいから減少に転じる可能性が高いと思われる。
しかし、現代社会からアートが消えてなくなることはない、極端に悲観的になる必要もないだろう。以前のネットバブル崩壊後の流れを振り返ると、景気が上向かなくても、これ以上の景気の底割れがないという認識になればアート市場は再び動きだしたのだ。その点からは、景気の2番底が来るといわれる現在は陰の極であるかもしれない。ちなみに、11月にニューヨークで行われたフィリップスのアート写真オークションでは、 有名作家のファッション系、現代アート系作品は再び順調に落札されるようになってきた。心配なのは、再びデフレと言われてきた日本市場の動向の方だ。もともと市場規模が非常に小さいので不景気のインパクトは大きいかもしれない。いままで続いてきた市場拡大の流れが止まらないことを願うばかりだ。

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