« アートフェアー東京2010
アート・イベント専門化の予感
| トップページ | 木村伊兵衛写真賞
高木こずえ氏の受賞理由を考える »

2010年4月13日 (火)

花の写真は売れない?
Meyerowitzのワイルド・フラワーズ

Blog

アート写真のギャラリーを長年行っていて体得した経験則がいくつかある。その一つが、花を撮影した作品はコレクターに売れにくいということだ。モノクロよりもカラーはさらに難しい。
花はアマチュア写真家を含め多くの人が最も手軽に撮影する対象だ。きれいな写真がアートだと混同されていることも花がポピュラーな背景にあるだろう。 いまはデジタル化が進み、だれでもきれいに花を撮ることが可能になった。アート・コレクターに花が人気がないのは、自分でも撮れそうな写真にお金はださない、 また生花にはかなわないという単純な理由からだろう。

それでは撮影やプリント技術にこだわりを持つセミプロやプロによる花の写真はどうだろうか。彼らは自分の内面を花を通して表現したいという意図を持つ場合が多い。しかし感覚を見る側に伝えるのは非常に難しい。作家性が伝わらない写真は工芸品扱いになってしまう危険性がある。優れた技術だけだと、見る人は感嘆するが、心はなかなか動かない。これらの写真も同様に売れにくいのだ。

花や植物でもコレクターに売れる写真作品もある。それは、花自体を撮影しているのではなく、自分のメッセージやコンセプトがあり、それを伝える一環として花のイメージがある場合だ。米国人女性写真家のテリ・ワイフェンバックは、カラーで花や草を撮影することが多いがコレクター人気が高い作家。彼女はただ花を撮影しているのではない。撮影する対象は違うもののナン・ゴールディンのように普通の日常生活を日記的にとらえて作品化していると理解されている。
5月に行う写真展「アナザー・サマー」では、マサチューセッツ州・ロックポートで家族のスナップや草木も撮影している。しかし、これはパーソナルな写真ではなく、子供時代の精神的な成長をテーマにしたオープン・ストーリになっている。

ジョエル・マイロウィッツの写真集「ワイルド・フラワーズ」は自分の世界観を写真で伝えている典型的な例だ。彼はアメリカ東海岸のコッド岬でルミナスな風景を撮影した「ケープ・ライト」シリーズで知られる、ニューカラーの代表写真家の一人。本作は一転ストリートのスナップが中心になっている。1963年から1981年までに撮影された写真には、すべて花や植物が写っている。生花や自然のものだけでなく、車や店にペイントされた花、洋服にプリントされた花も含まれている。 豪華な花も雑草もあるように、世の中には様々な種類の人間が様々な境遇で生きている。大人になり、光り輝き、やがて落ちぶれ、一線から退くという人生の様々な瞬間は、成長し花を咲かせ枯れていく植物のようだというアイデアが作品の根底にあるのだ。彼は、葬式、祭り、式典、結婚など、人生を彩る様々な儀式と日常生活の写真を並べて花の一生と重ねている。子供、若者、中年、老人、死人までがセレクションされているのも意識的なのだろう。
これは自意識が拡大してその制御に悪戦苦闘している現代人に対する写真家からのメッセージなのだと思う。誰も特別ではない、花と同じように咲いて枯れていくだけの存在である。自分のいまできることをただ一生懸命やればよいのだ。それに気付けば肩の力が抜けて、社会で生きるエネルギーを与えてくれることを教えてくれる。そのキーワードとしての花なのだ。

「ワイルド・フラワーズ」は1983年の作品。写真自体は一見普通に見える。たぶん当時は「ケープ・ライト」の延長上で、ルミナスなストリート・スナップだと写真の表層が愛でられていたのだろう。しかし、心地よいイメージだけでなく、写真家の深い世界観への入り口が各所にちりばめられている。本作は現代アート中心の21世紀のいまでも十分に通用すると思う。そのような写真の中で咲く花は美しくかつ見る人の心を打つのだ。

写真集「ワイルド・フラワーズ」はNew York Graphic Society Books刊。ハード版とペーパー版がある。残念ながらすでに絶版でコレクターズ・アイテムになっている。

|

« アートフェアー東京2010
アート・イベント専門化の予感
| トップページ | 木村伊兵衛写真賞
高木こずえ氏の受賞理由を考える »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170909/48078090

この記事へのトラックバック一覧です: 花の写真は売れない?
Meyerowitzのワイルド・フラワーズ
:

« アートフェアー東京2010
アート・イベント専門化の予感
| トップページ | 木村伊兵衛写真賞
高木こずえ氏の受賞理由を考える »