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2010年5月18日 (火)

テリー・ワイフェンバック写真展
「アナザー・サマー」を考えてみる

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(C)Terri Weifenbach/RAM

5月21日からテリー・ワイフェンバック(Terri Weifenbach)の写真展「アナザー・サマー(Another Summer)」を開催する。私どもでは2008年の「ラナ」以来の個展になる。本展では同名写真集からタイプCプリント25点がセレクションされている。撮影は全てライカM6だ。
これは、俳優で写真集パブリッシャーとしても知られる加瀬亮氏のサンダーストーム・プレス編集によるプロジェクト。ワイフェンバックの家族を撮影した過去の作品をベースに、2008年夏にマサチューセッツ州・ロックポートで追加撮影されて完成した作品だ。
彼女によると、収録作品はすべて自然なスナップで、撮影の段取りなどの事前準備はいっさい行ってないとのこと。しかし、本作は決して一般的な家族写真ではなく、ワイフェンバックが自らの家族を起用して制作したオープン・ストーリー。写真による一種のおとぎ話のように捉えてほしいとのことだ。彼女が目指したのは子供時代の精神的な成長。自分だけの狭い世界にいた子供が広い世界の存在に気付き、自我に目覚める過程を表現したかったと語っている。

きれいなカラー作品の写真展なのだが、どうも内容はかなり複雑そうだ。子供の時は親に守られて狭い自分世界の中で生きている。色々な体験をしながら自分だけの空想世界と実社会との違いを学ぶわけだ。大人の世界を垣間見ながら、一人の人間として自立していく。感覚的なことを書くのは好きではないが、自分中心の世界にいた子供の時の記憶はカラーで光り輝いていた気がする。本作を見ていると誰しも自分が世界の中心にいた子供時代を思い出すのでないか。
一方、自我が確立し大人になった後の記憶はモノクロの場合が多い。時間の流れるスピードが早すぎて色が見えなくなっているのだろうか。ただし、休暇の旅行など童心に帰って楽しんだ時の思いではカラーなのだ。本作では子供だけでなく、大人のシルエットも撮影されている。大人でも、社会の中で背負っている役割を一瞬でも忘れると自分を取り戻す、世界が輝いて見える、そんな二重の意味合いもあるのかもしれない。

ワイフェンバックはなぜこのようなテーマを選んだのだろうか。自分が万能と考えていた子供時代を思い起こして懐かしんでほしいだけではないと思う。いまの自分の原点が子供時代にあるという意味ではないだろうか。もし今の人生に不満足で、何か問題を感じているのなら、現実を直視した上でいままでの自分の生き方を振り返ることは有用だろう。その時に、環境や他人に責任転嫁せずに自らの行動を変えることが最も現実的な対処方法だ。誰にでも幼い時に両親とのかかわりにより形成された考え方や行動のクセのようなものがある。もし、間違った考え方のクセを持っていれば、それが今の人生を不幸にしている可能性が高いと言われる。本作には米国社会の底流に流れる、自己実現することでより幸せになるという考え方を強く感じる。心理学の交流分析的な思想が背景にあるような気がしてならない。

この考え方は拡大解釈が可能だ。本作は彼女の過去の作品をベースに、2008年夏にロックポートで追加撮影が行われてまとめられた。この時期の米国はすでにサブプライム・ローン問題が深刻化し、米国社会で様々な不安心理が見え隠れし始めた時期。アーティストは世の中の心理的な変化に敏感だ。そのような社会状況が本作には反映されているのではないだろうか。
米国は新自由主義経済下で、それまでの成功体験を背景にまるで子供のように万能感を持って経済成長を追求してきた。しだいに現実検討能力が低下し、精神的充実よりも金銭的満足追求が行き過ぎたのではないか。人間が子供時代に失敗の原因を見つけ出すように、米国社会も過去の思い込みに気付き素直に反省し、新たなステージの成功を目指してほしいような作家のメッセージが隠されている気がする。

これを日本に当てはめるとどのようなメッセージが読み取れるだろうか?低成長と人口減少時代を迎え、下り坂社会といわれる日本社会で現実検討能力は低下していないかということだ。いま極端にリスクをおかさない生き方が一般化してきている。特に若者は余り未来へのロマンのようなものは持たずに堅実だ。消費に頼ったライフスタイルを構築するような意識はないという。経済状況はどんどん変化しているのに、社会はかつてのように責任をだれも取ろうとしない、事なかれ主義が再び蔓延してきた感がある。
低成長下でこのような絶対に勝てない風潮が社会で主流となると、経済のジリ貧状態が続くだけだろう。既に資産形成を終えた世代はともかく、現役世代が現在の豊かな生活を維持することはかなり困難になる。まして国は870兆円という膨大な財政赤字を抱えている。経済が衰退して増税となるとこの国の将来像はかなり暗いものになる。
上記の生き方は冷めた大人の態度にも感じられる。しかし実は傍観者的であり生産性がない、現実を直視していないのだ。
リーマンショック前の米国も、今の超堅実な日本も、ともに行きすぎだと思う。この二つの中で妥協点を見つけ出す知恵が早急に求められていると思う。

優れたアートは現在の自分が置かれた状況を客観的に見つめる機会と未来を真に現実的に生きるためのヒントを与えてくれる。
ワイフェンバックの作品はまさにその好例だと思う。少しばかりワイフェンバックの解説から飛躍しすぎた気もするが、見る側が意識的であれば美しいカラー写真は様々な考えを展開する入り口になる。ぜひギャラリーで作品と対話をしてみて欲しい。

テリー・ワイフェンバックの写真展「アナザー・サマー」5月21日から開催。
営業時間は午後1時~7時、日曜、月曜が休廊。
既に絶版になった同名写真集も現定数だけギャラリー店頭で販売する予定です。

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