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2010年7月20日 (火)

何でライアン・マッギンレーはすごいのか?
「Photography After Frank」から読み解く

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ライアン・マッギンレー(1977-)が米国では絶賛されていることは知っていた。わずか24歳で、ホイットニー美術館で個展、翌年にはMoMA P.S.1で新作展示するなどまさに写真界の若きスーパースターだ。日本でも、雑誌などで海外の若き人気写真家として紹介されている。
マッギンレーを絶賛する数人の広告写真家に、どこが良いのかと聞いたことがある。旅行しながら撮影しているところがよい感じ、というような抽象的な返事しか返ってこなかった。日本人は農耕民族なので、移動への憧れがDNAに刷り込まれている。彼のそんな撮影スタイルが日本人の感覚に訴えかけているのかという印象も持った。
しかし、アメリカでは、「いい感じ」のイメージだけでなく、見る人を引き付ける写真家の視点が明確に提示されなければ評価されない。何でマッギンレーが評価されているのか?この点がずっとわからなかった。

その疑問が写真解説書「Photography After Frank」(Aperture、2009年刊)に収録されていた、彼に関するエッセー、「A Young Man With an Eye, and Friends Up a Tree」を読んで氷解した。著者のPhilip Gefter氏は米国人の写真評論家、ニューヨークタイムズで約15年間勤めて写真エディターとして活躍した人。2003年から写真関係のエッセーを同紙に書いていた。同書は彼がニューヨークタイムズやアパチャーなどに寄稿したエッセーを1冊にまとめたものだ。
米国では、写真を含むアートを見る視点がこのように一般紙で普通に紹介されているのだ。最近は写真もコンセプト重視の現代アートの一分野のようになっている。作品を読み解くナビゲーターとしての評論家が重要な役割を果たすのだ。新進作家が出てくれば、その評価軸を専門家が解説し、オーディエンスはギャラリーや美術館で作品を体験する。評論家はアート写真でのシステムの一部のようなもの。日本で一番遅れている分野でもある。

本書掲載のインタビューでマッギンレーは自分の基本的なスタンスを以下のように語っている。
「私はこの仕事に全てを捧げている。他人の期待など関係ない、すべて自分のための作品を作っている。自分が見たい写真を撮影している。私はいままでにない写真を制作している」
まず、同書に書かれている内容を基に彼のキャリアを簡単に要約しておこう。
マッギンレーはパーソンズ・スクールオブ・デザインでグラフィック・デザインを学んでいる時から写真撮影に魅了される。グリニッジ・ヴィレッジに友人と同居していた1998年から2003年には、 全ての訪問者をポラロイドで撮影。被写体の名前、日時を記載したポラロイドで部屋中を埋め尽くしたらしい。
初期のマッギンレーはマンハッタン下町に住む友人たちライフスタイルの写真で知られている。生き急ぐかのように、常に動き回っているスケートボーダー、ミュージシャン、グラフィティー・アーティスト、ゲイなどの若者が彼の被写体。昼間は、走り回り、スケートボードに興じ、夜はパーティー、ドラッグに明け暮れる彼らの日々をドキュメントしている。それらの動きのあるヴィジュアルが彼の写真の特徴なのだ。当時は、写真のためにパーティーに出かけていたそうだ。
2000年、まだ学生だったマッキンレイは、「The kids Are All Right」という手作りの写真展を建築中のビルの空きスペースで行う。そして、学んでいたグラフィック・デザインの才能を生かして自費出版の写真集を制作。 50冊を20ドルで販売するとともに、50冊を尊敬する写真家、編集者に送っている。自分のことをまだ誰も知らないから、本を送ったとのことだ。
ここからマッギンレーの嘘のようなサクセス・ストーリーが始まる。インデックス・マガジンが興味をしめし、ポートレートの写真を彼に依頼。そして「The kids Are All Right」はホイットニー美術館のウォルフ氏の目に留まることになる。2002年には、写真集「Ryan McGinley」をインデックスから出版。そして2003年にホイットニー美術館での個展となる。

ホイットニー美術館はマッギンレーの何を評価したのだろうか?同館元キュレーターのシルヴィア・ウォルフ氏は以下のように彼を語っている。「(マッギンレーの作品では)被写体が写真を撮られるという意味を知っている。彼らは、カメラの前で演じており、それを通して自らの存在を探求しようとしている。彼らはヴィジュアル文化の意味を心得ていて、それらを通してコミュニケーションが生まれるとともに、アイデンティティーが作られることを自覚している。つまり写真家と被写体がコラボしている。」
どうもキュレーターはテクノロジーに精通した若者世代を代表する作品だと見抜いたようだ。またグラフィック・デザインのバックグランドがマッギンレーと他の作家との明確な違いだったという。
彼の作品は、ユーチューブのように、多くの人が見てくれることを意識した個人的なヴィジュアル・ダイアリーの登場を予感させる。のぞき見的、告白的なイメージは彼の世代を代表する表現だとも評価。
あまたある、個人のブログや写真日記との違いは、彼の厳格な、作家としての作品と向上心という。アメリカの美術館キュレーターは常に社会の流れを意識していて、時代を代表する才能を探し求めている。21世紀のアート、特に写真表現は同時代に生きる人がリアリティーを感じることが求められる。その代表者としてマッギンレーを評価したのだ。しかし、キュレーターの目利きは必ずしもオーディエンスの持つリアリティーとは重ならない。まして、上記のウォルフ氏の見立ては一般レベルにはやや難解だ。

それではマッギンレーの何が多くの人々を魅了したのだろうか?
初期作品が美術館キュレーターの目にとまってデビューを果たしたのだが、私はマッギンレーのその後の作品展開が多くの人に受け入れられたのだと思う。実は、彼の作品はホイットニー後に大きく変化しているのだ。このあたりの状況も、「Photography After Frank」にエピソードが紹介されている。彼は、2003年に郊外のヴァーモントに家を借り、ニューヨークからクラブなどで知り合った仲間たちを招待して日々をともにしている。彼らをモデルにして、様々な状況で撮影を行っている。最初は従来と同じドキュメンタリーだったが、次第にシャッターチャンスが来るのを待てなくなり、映画のように自分で撮影をディレクトするようになるのだ。その後、彼は8人の友人たちと大陸横断のドライブ旅行に出る。これはアシスタントも2名同行する撮影旅行なのだ。事前に撮影に適したセッティングを調査し、モデルにも資料を見せて自分の望む動作をイメージさせている。一日に20~30本のフィルム分を撮影しアシスタントがその過程を記録していったそうだ。
撮影するモデルグループは頻繁に入れ替えられ、マッギンレーは、全てのモデルに、ギャラ、食費、交通費を支払ったそうだ。3か月の撮影旅行で何と約10万ドルの経費がかかったらしい。何か自由裁量を与えられた上でブルース・ウェーバーが行うファッション写真の撮影のような感じだ。

それでは、このプロジェクトで彼は何を伝えようとしているのだろうか?マッギンレーの以下の発言がPhilip Gefter氏のエッセーのまとめになっている。
「私の写真は人生を謳歌するもので、その喜びで、美しさだ。しかし実際の世界にはそれらは存在しない。私が生きていたいと思う、本当に自由で、ルールがない、つまりファンタジーの世界なのだ。」
彼が初期インタビューで語っていた、「いままでにない写真」とはこのことだったのだ。

アメリカは自由で夢と希望の国と言われていた。しかし、「ルポ 貧困大国アメリカ」(堤 未果著、岩波新書2008年刊)を読むとわかるように、最近は中流の人たちでさえ没落し社会の二極化が進行しているという。マッギンレーは、自分が非常にアメリカンな環境に育ったと語っている。彼はニュージャージー出身。その幼少時代、都市部で暮らす中間層にはまだ古き良きアメリカの伝統的なライフスタイルが存在したのだと思う。彼が大人になるにつれて郊外から都市部も巻き込んで深刻な社会問題が起きていく。マッギンレーの一連の作品はかつてのアメリカンライフへの憧れが詰め込まれているが、いまのアメリカにはそのような世界は存在しない。だからこそ、いま自信を失いがちで昔を懐かしむアメリカ人の心をつかんだのだ。アメリカの夢と希望の挫折を彼は逆説的に表現しているとも言えるだろう。同じアメリカ人作家のマイケル・デウィックがロングアイランドで取り組んだ、「The End: Montauk」と重なる部分があると思う。ムラ社会のメンタリティーが残る日本社会にとっても、自由のアメリカン・イメージはあこがれの対象だ。特に中高年が好む雰囲気を持った写真だと思う。

感覚重視で写真を撮影しているような印象が強いマッギンレーだが、実は明快な作品コンセプトを持った作家なのだ。また彼はやや意外だが写真史も明確に意識している。2005年のスタジオ・ヴォイス誌には、彼が2000冊以上のレアな写真集をコレクションしていることが紹介されている。オリジナルであることのベースは過去の写真家たちの仕事(写真集)の延長上にあることを理解しているのだ。掲載インタビューでは、写真を撮っていく上で、何を目指しているかの質問に対して、「写真の歴史に少しでも貢献できればと思っている」と答えている。若き写真界の成功者はただのラッキー・ボーイではないようだ。確固な考えを持った写真史の流れを受け継ぐ正統派ともいえる写真家なのだ。

今回ご紹介した"Photography After Frank"は、以下で詳しく紹介しています。

http://www.artphoto-site.com/b_568.html

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