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2011年2月15日 (火)

アートとしてのファッション写真の原点
ブロドビッチの写真集「Ballet」

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アレクセイ・ブロドビッチ(1898-1971)の写真集「Ballet」(1945年、J.J.Augustin刊)がブック・オン・ブック・シリーズの第11弾として発売された。現在、「Ballet」は写真表現を語る上での歴史的な写真集と評価されている。彼は、アレ・ブレ・ボケ・明暗の強調などを多用して動きのある写真を制作した最初の写真家だった。それを実践して写真集にまとめたのが「Ballet」なのだ。Kerry William Purcell氏の本の解説によると、ブロドビッチは、重複、フェードアウト、クロ-ズアップ、場面の急転など、映画のテクニックを写真に取り入れたとのことだ。

ブロドビッチがニューヨークのハーパース・バザー誌では働き始めたのは1934年。その直後の1935年から1939年にかけてバレエ・リュス・ド・モンテ・カルロなどのロシアバレー団ニューヨーク公演のリハーサル、パフォーマンス、バックステージを撮影している。動きのあるバレーの雰囲気を引き出すために様々な実験を行っている。35mmのコンタックス・カメラを使用し、スローシャッターで自らが動きながら撮影。また暗室でもネガを脱色したり、レンズの周りにセロファンを貼ったり、引き伸ばし機を傾けたり様々な工夫を行ったいるのだ。制作時の有名な逸話も残っている。プリント作業を行った、ハーマン・ランドショフが間違って、ネガを床に落として踏みつけた事件があったという。その時、ブロドビッチは怒ることなく、ネガを踏まれたそのままでプリントしろと指示したという。

時代背景を知らないとブロドビッチが何ですごいのか、わからないだろう。当時は西海岸発のストレート写真が大きな勢力だった。グループf64が設立されたのが1932年。創設メンバーは、アンセル・アダムス、エドワード・ウェストン、イモージン・カニンガムらが名を連ねる。細部まで鮮明に焦点があったモノクロ写真で対象のリアルさを追求し、絵画の代替物から、写真独自のアート性を追求していた。まさにブロドビッチとは対極の写真の価値観が主流だったのだ。
1920年代~1940年代の米国写真界は過渡期で、様々な写真の価値観が混在していた。シカゴには、ラスロー・モホイ=ナジの「ニュー・バウハウス」、ニューヨークには、ベレニス・アボット、シド・グロスマンらの、「ザ・フォト・リーグ」があった。当時の写真のもう一つの流れがグラフ・ジャーナリズム。フォーチュン誌が1930年、ライフ誌が1936年に創刊された。当時はまだ写真は真実を伝えるメディアと考えられていたのだ。

「Ballet」刊行後でも、ブロドビッチはアートディレクターとしては知られていたが、写真家、アーティストとしてはあまり認識されていなかった。いまでこそ戦後のすべての写真家は何らかの形で彼の影響を受けている、と称賛されているが、彼のキャリア後半はむしろかなり悲惨だった。2度の自宅火災で、「Ballet」のネガや写真集の在庫を失うという悲劇に合う。奥さんがなくなってからは、うつ状態とアルコール依存で入退院を繰り返していた。入院していた病院での写真撮影や自伝執筆にも挑戦するがうまくいかなかった。最後は親戚のいるフランスに戻って1971年に73歳で亡くなっている。

死後、1972年にフィラデルフィア美術大学で展覧会、1982年には、フランスのGrand-Palais,Parisで、回顧会が開催されている。しかし、当時でさえ彼の業績は写真史のなかでは決して高く評価されてはいなかった。実は、独自の歴史展開をしていた写真が、アートと本格的に認められるのは米国でも60年代になってからだ。その後に、記録性というよりも自己表現の手段としての可能性が認識され、ドキュメント、ファッション写真がアートの一形態と再評価されるのはもっと後になってからだ。ブロドビッチの評価はこの流れとともに徐々に高まっていった。
1985年に、ワシントンD.C.のココーラン美術ギャラリーでジェーン・リビングストンが「The New York School 1936-1963」という展覧会を企画。1992年には同名の写真集が出版された。彼女は、それまでの写真ルールを破り、フォトジャーナリストの手法で、小型カメラを駆使して、自然光で撮影するスタイルの写真家たちを包括的にセレクションした。彼らは、画家やグラフイック・デザインの背景を持つ人たちが多かったのが特徴だった。 当時流行していた抽象画家の影響を受けて撮影されたパーソナルワークをひとまとめに「The New York School」の写真家としたのだ。収録されているのは、ブロドビッチを始め、リチャード・アヴェドン、ダイアン・アーバス、ウィリアム・クライン、ロバート・フランク、ブルース・ダビットソン、テッド・コナー、ヘレン・レビット、リゼット・モデルなどの錚々たる16人。その本には、ブロドビッチの「Ballet」の一部が複写され掲載されている。彼女の著作で、ブロドビッチの業績が歴史のなかで明確にポジショニングされ、写真集「Ballet」はニューヨーク・スクール写真家の原点として評価されるようになる。

私はこの本が戦後のファッション写真の可能性を広げたのではないかと考えている。戦前のファッション写真はスタジオでモデルが着た洋服を撮影するのが一般的だった。 つまり、それらは単なる記録や情報の一方的な伝達に過ぎず、見る側とのコミュニケーションは希薄だったのだ。それが、ファッションの背景にある時代の気分や雰囲気を表現して伝えるメディアにまでなったのはブロドビッチの存在が大きく影響している。
本書のオリジナル版の発行部数はわずか500部。多くが贈呈され書店にはほとんど流通しなかったと言われている。本書の掲載エッセーによると、写真家シド・グロスマンが2回目の火災後にブロドビッチを訪ねた時、彼の手元に「Ballet」はわずか3冊しかなかったとのことだ。たぶん多くが火災で焼失したのだろう。
私は、いつかはオリジナル版を買おうと古書相場をすっとフォローしている。しかし、相場は不況でもまったく下がらない。現在の、古書市場では5000ドル(約45万円)以上の値が付いている。ファッション写真に興味のある人は、ブック・オン・ブックの「Ballet」をぜひ手にとって見てほしい。

Art Photo Site では以下で紹介しています。
http://www.artphoto-site.com/b_652.html

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