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2011年5月10日 (火)

美しい東北の抽象ドキュメント写真
下元直樹「取り残された記憶」

Blog_3 
 © Naoki Shimomoto

大震災による大津波で被害を受けた地域の名前を聞いたときに、即座に下元直樹の「取り残された記憶」を思い出した。新聞に掲載されている、東北の地図と被災都市名を、彼の作品リストと比べてみた。宮城県の亘理町、気仙沼市、石巻市、女川町、岩手県の宮古市、釜石市、大船渡市、福島県の相馬市など、多くが大津波で壊滅的な被害を受けた地域と重なっていた。彼が撮影した場所は、津波で破壊されてもはや残っていないのだ。彼の「取り残された記憶」は被災地の「写真に残された記憶」になった。震災の記憶と深く結びついたことで、これからも人間が自然の大きな営みの中で生かされている事実を思い起こさせてくれる写真作品になるだろうと感じた。

他の多くの人たちとおなじように、大震災復興の為にギャラリーが何が出来るか考えていた時だった。以下で説明しているように、下元作品は大震災と切り離しても明確なテーマを持った作品だ。この時期だからこそ作品を多くの人に見てもらうべきと感じた。4月に開催されるソウル・フォトで展示するとともに、5月に写真展をブリッツで開催することにした。
いつになるか分からないが、将来的に大震災の記憶が弱まった時点で被災地でも作品の展示を行いたいと思う。

彼は旅行者の視点で撮影していない。都会育ちの写真家は、三陸地方のリアス式海岸に立ち並ぶ漁村や景勝地を珍しく感じて写真を撮影する。そのような一種の観光写真は津波で破壊された地域の以前の記録として数多く紹介されている。
以前、町の全体を引いて撮影した写真があるか、と下元に聞いたことがある。何と見事に1枚もないという。それらの風景は東北出身の下元にとって特に目新しいものではないのだろう。彼は、東北各地の海沿いに点在する寂れた漁村などに残る、住宅、店舗、倉庫、工場跡の朽ち果て、錆びた壁面を、巧みなフレーミングとクローズアップでドキュメントしている。一定のアプローチで撮影されたタイポロジー的作品は、グラフィカルにきれいな上、カラフルでポップな色彩も魅力的。作品はインクジェットによる制作だが、採用されている和紙の一種の局紙との相性も抜群に良い。

古びた壁面などを精緻に撮影する写真家は世界中に数多くいる。それらは、現代アート風な作品に見えるが、撮影コンセプトが明快に提示されないと、カメラとプリントのクオリティーだけを追求した一種の壁紙みたいな作品に陥ってしまう。
その点、下元の視点は明確だ。彼が約5年間にわたり撮り続けたのには、東北人の持つアイデンティティーが関わっていると思う。今回の大震災で、日本の都市部の経済成長の陰に東北の犠牲があったことが改めて明らかになった。それは、戦後の集団就職の様な遠い昔の歴史ではなく、現在進行形の実情なのだ。彼が本作で追い求めていたテーマはまさにこの点。多様な価値観のなかで自由で近代的な生活を謳歌する都会人とくらべて、東北の海岸地方には、経済成長の恩恵に取り残された人たちが、老齢化、過疎化の中で共同体的なつながりをたよりにいまだに生活している。その矛盾を感じながらも下元を含む若者は、都会に出ていくしかない。彼は、そんな分裂した自分自身の東北人のアイデンティティーに折り合いをつけるために本作に取り組んだのだろう。

彼の作品は、アート・フォト・サイトが開催している、ファイン・アート・フォトグラファー講座で初めて見た。私の第一印象は、米国人写真家アーロン・シスキン(1903-1991)とのつながりだ。彼は都市の壁の落書きや汚れをクローズアップと見事なフレーミングで抽象絵画のように撮影している。シスキンはモノクロだが、下元はそのカラー版のように感じた。写真史的には、匿名的な歴史的な建造物を同じアプローチで撮影してきたベッヒャー夫妻とのつながりを感じる。また、抽象化されたモノクロでは表現できないカラーの魅力を引き出している点は、ウィリアム・エグルストンの影響も感じる。
また下元作品には日本の伝統的な美意識とのつながりも見てとれる。彼は寂れた漁村のドキュメントの中にイメージ自体の美しさを見出している。東北のネガティブな状況を前向きにとらえ、ポジティブに転換する視点と精神性は、「侘び寂び」、「かるみ」へのつながりを強く感じる。

写真史から影響、日本の伝統的美意識とのつながり、現代日本のダークサイドへフォーカスしたコンセプト。それに今回の大震災の記憶が加わった。とても重いテーマが背景にあるものの、彼の写真は、ドライで、グラフィカルで、カラフルかつポップなのだ。インテリアに飾っても違和感がないだろう。この「かるみ」こそが下元作品の最大の魅力なのだと思う。重層的な意味を持つ、美しいビジュアルの作品は世界でも十分通用するだろう。

下元直樹写真展「取り残された記憶」は5月12日(木)より開催。
営業時間は1時~6時まで。日、月は休廊。
5月14日(土)の午後3時からは、作家とギャラリストによるフロアレクチャーを開催する予定です。予約不要、無料です。

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