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2011年10月11日 (火)

カッコいい写真が見たい、欲しい!
"infinity2"が開催

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コマーシャル・フォトの最前線で活躍する写真家たちが、写真作品を販売する試みとして今年5月にスタートしたinfinity展。早くもその第2回が10月23日までインスタイル・フォトグラフィー・センターで開催されている。今回は参加者の入れ替えが行われ、新たに鶴田直樹、Rrosemary、設楽茂男が加わった。ゲストとしてハービー・山口も作品を展示している。ゲストを迎える趣旨は、知名度の高いベテランを招くことで上の世代の写真家との接点を持つとともに、支援を期待してとのことらしい。
私は一貫して、多くの写真家がアーティストのキャリアに挑戦することを歓迎するというニュートラルなスタンスだ。それぞれの写真家の考えは様々なので、基本的にはそれらに敬意を表している。自分の考えを強制しないように注意している。将来的には、彼らの中から一人でも二人でも次世代のアート市場を担う人が生まれることを期待している。
前回は、ギャラリーが写真を売ってくれないから写真家が作品を作らないなどという意見も聞かれた。つまり売る側の営業力がないことの指摘だ。これは、一般商品として写真を売ることと、アート作品として売ることの意味を混同している意見だ。写真家がアーティストか、商品開発者になるかの違いだ。私の役割は、写真家の人たちの様々な勘違いを直し、不明点への答えを提供することだと考えている。それらは、複数作家の写真が一堂に展示されるグループ展の現場でしかできないことも多々あるのだ。
基本的には、写真家本人のやる気にかかっていると考えている。重要なのは、作家の表現したい、伝えたい世界観。技術力やイメージ表現はプロで活躍している人に大差はないのだ。本当にアーティストとしてのキャリアを歩みたい人にはできる限りの援助を惜しまないつもりだ。今回は、解説文の依頼をいただいたので、商業写真分野で活躍する写真家がアート作品に取り組む意義がどこにあるかを、写真史の流れから説明した。ここの部分を語ることが彼らの作品をアートとして評価する上での基準になると考えているからだ。
以下に本文を転記するので参考にしていただきたい。
実は、本文中の商業写真の部分を、アマチュア写真家に置き換えることも可能なのだ。 つまり、ハイアマチュア写真家がプロの商業写真家になることは不可能だが、プロのアーティストになるのは可能だということだ。詳細は未定だが、週末には参加写真家によるトークイベントも開催される予定とのこと。
参加写真家のサインが入ったポスターも限定数だけ販売される予定だ。また、書店では入手が困難な写真集も集められている。詳しくは以下をどうぞ。
http://infinityphotographer.com/

○カッコいい写真が見たい、欲しい!
私たちがいま見たい、欲しいのは、単純にカッコいい写真だ。それは広告写真のような、表層的にオシャレで、スタイリッシュで、デザインされた写真とは違う。カッコいいというのはいまの時代との接点があること。それは時代の価値観が反映された、目で楽しめて、心を動かし、頭で考えさせられる写真だ。この種類の写真はファッション系のアート写真と呼ばれている。
ファッションといっても、洋服ではなく時代感覚を持つという広い意味に解釈してほしい。洋書店で人気の高いのはこのカテゴリーの写真集なのだ。だがこの分野の写真はほとんどが外国人写真家によるもので、日本人写真家の作品はあまり存在しなかった。今回の"infinity"展は、主に商業写真分野の第一線で活躍する日本人写真家たちによる、アートとしてのファッション写真への初めての挑戦なのだ。

作品理解を深めるために少しばかり歴史的背景を説明しておきたい。
米国人作家スーザン・ソンダクは、"優れたファッション写真は単なる洋服の写真を超えている"と語っている。それは、優れたファッション写真はアート作品になりえるという意味だ。アートの作品評価は歴史との比較で行われる。実は欧米でもファッション写真の歴史が系統だって書かれたのはここ20年くらい前。オークションで頻繁に取引されるようになったのは最近になってからだ。いままで日本にソンダグが語るようなファッション写真が存在しなかった理由は、この国にはファッション写真の歴史が書かれていなかったから。つまり日本人写真家の作品がオリジナルであるかの判断基準がなかったのだ。
また自分の拠り所を海外の写真史に求める写真家も少なかった。多くは、欧米の表層的なスタイルを取り入れるか、外人好みのフジヤマ・ゲイシャ的なモチーフを追求してきた。ファイン・アート写真と商業写真との関係は日本と欧米ではまったく違う。単純にファッション写真だけを欧米の流れの中で評価するのにも無理があったのだと思う。また戦後から20世紀末にかけて高度消費社会が進行し、個人の感覚や気分によるイメージ消費が一般化したのも影響しているだろう。感覚重視は、価値の序列を否定する。一方でアートはオリジナルであることで値段の差別化を行う。従って、日本のファッション写真は広告のように消費されるだけで、アートと接点を持つことが出来なかったのだ。

しかし、世紀末から21世紀となり状況は大きく変わってきた。国によりスピードは違うものの、90年代から情報化、グローバル化が進み、大きな物語がなくなっていった。人々の価値観、あこがれ、夢が多様化して、ファッション写真もより広い意味でとらえられるようになったのだ。米国人写真家ブルース・ウェーバーは、多様化するファッション写真を意識して以下のような発言をしている。
「優れたファッション写真は、単に洋服を着ている男女を撮影したものではない。自身のライフスタイルが反映されているか、とてもパーソナルな格好をしている人のイメージのことだ。それは、新聞、ナショナル・ジオグラフィー、アウグスト・ザンダーの写真集の中にも見つけることができる」 彼は、ファッション写真を、ブルース・ウェーバー写真にした写真家として知られている。

21世紀のいま、ファッション写真は時代性が反映された写真をすべて含むようになってきた。それは、作品の基準を歴史だけでなく、他分野の写真や美術表現、コンセプト重視の現代アート、パーソナルワークに求めることも可能になったということ。社会のグローバル化により、国を超えた共通の価値観も容易に見つかるようにもなった。極論すれば、写真家が拠り所とする何かとのつながりを認識でき、そのメッセージが時代との接点を持っていれば、すべてが広義の"アートとしてのファッション写真"になりえるのだ。いままで商業写真家がアート作品に取り組む時、ファイアートの定番だったドキュメント系のモノクロ写真にシフトすることが多かった。 しかし、もはやその必要はない。広告、ファッション、ポートレートなどの経験を生かし、その延長上での作品制作が可能になったのだ。

今回の参加写真家は、舞山秀一、北島明、半沢健、中村和孝、Rrosemary、設楽茂男、小林幹幸、鶴田直樹、ハービー・山口(ゲスト)の9名。
彼らは上記のような時代環境の変化を感じ取り、アーティストとしてのキャリア追求を始めたのだ。今後の作品制作の中で心に留めておいてほしいのは、アーティストのブランド構築には時間がかかるということ。いままでは短期的な結果出ないことから多くの人が途中で諦めてしまった。アーティストを目指す写真家は自分の存在に対してリアリストであってほしいと思う。夢見るロマンチストは決して集中して高いレベルの作品を作り続けられないのだ。それは自分自身を客観視できるかどうかによる。誰にも負けない素晴らしい作品を作るために頑張るが、同時に弱い自分や孤独も知っているということ。自分は決して天才ではないが、できる範囲で創作を極めようという姿勢が重要なのだ。

"infinity"展はこれが2回目の開催となる。同展は写真家がこれだと考えるアート表現を実践する実験場として機能し始めていると思う。今後も様々な新陳代謝を繰り返しながら発展していってほしい。将来的にはアーティストを目指す人にとっての登竜門になることを期待したい。展示を通してオーディエンスとのコミュニケーションが実感できた人は、次のステップとして本格的な個展で自分の世界観をより多くの人に問いかけてほしい。
"infinity"展は、単なる写真家のグループ展ではない。私たちが日本における"アートとしてのファッション写真"の誕生に立ち会える現在進行形のプロジェクトなのだ。
写真界の最前線で活躍する写真家たちが考えるカッコいい写真をぜひご高覧いただくとともに、ぜひそれぞれ人の心で感じて、頭でお考えいただきたく思います。

(福川 芳郎 infinity2のための解説文)

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