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2011年12月27日 (火)

アート写真の評価軸とは?
フォトフェアでつかめる価格の相場観

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今回の"ザJpadsフォトグラフィーショー"は、なかなか内容の充実したフォトフェアだったと思う。価値が未確定な現代アート系がほとんどなく、主にセカンダリー市場で売買されているものを中心に非常にバリエーション豊富な作品を各参加者が持ち寄った。
制作技法では、現代アートで中心のデジタル加工されたインクジェットが少なく、銀塩作品がほとんどだった。

20世紀写真では、制作年と制作者がどのように作品価値を決めるかについて明確な基準がある。これを伝説のディーラー、ハリー・ラン氏(1933-98)の意見として"Photographs:A Collector's Guide"(Ballantine Books 1979年刊)が引用しているので紹介したい。 評価は満点100点として、以下のように序列が示されている。もちろん絵柄によっても価値は大きく変わるのでだいたいの目安と考えていただきたい。

100点  撮影年から数年以内に本人によりプリントされた、作家サイン入りのもの
     ヴィンテージ・プリント

80点  撮影年から時間が経過した後に本人によりプリントされた、作家サイン入りのもの
     モダン・プリント

40点  撮影年から時間が経過した後に作家管理下で、アシスタント等なおがプリント
     これもモダン・プリントと呼ばれる

20点  作家の死後に彼に指導されたアシスタントなどによりプリントされたもの
     ネガの管理団体によりエステート・プリント、トラスト・プリントなどと呼ばれる

5点   作家の死後に彼と仕事上の関係が薄いプリンターによりプリントされたもの

経験が少ない人は写真市場での相場観を得ることは非常に難しい。今回のフォト・フェアでは上記の様々な種類の写真作品が同時に展示されていたので、 価格が違う理由をとても説明しやすかった。
前回は、フォトクラシックからエドワード・ウェストンのヴィンテージ・プリントが出ていたが、今回は"ときの忘れもの"から植田正治のヴィンテージがでていた。鑑賞できるだけでありがたいプリントだ。
モダンプリントの出品は、ホルスト、エリオット・アーウイット、アンドレ・ケルテス、ウィリー・ロニス、ブルース・ダビットソンなどと非常に多かった。これだけ選択肢が多彩なことはあまりないだろう。
エドワード・ウェストンの死後に息子コールによりプリントされたいわゆるコール・プリントも出品されていた。上記リストでは得点は低いものの、コールも亡くなり、また市場拡大でヴィンテージが高騰したことで、こちらも決して安くない価格になっている。
ダイアン・アーバスのニール・セルカーク(Neil Selkirk)によるプリントも出品されていた。こちらも作家死後のプリントだがヴィンテージ高騰により値が上昇している。
アウグスト・ザンダーの孫によるプリント作品は同イメージが東京都写真美術館の"ストリート・ライフ"展に展示されていることなどから関心を集めていた。こちらも死後のプリントだが決して安くはない。
多くの人から聞かれたのが、アンセル・アダムスのヨセミテ・エディションだ。巨匠の写真が何と3万円代なのだ。これも上記序列をみると安い理由が明確だ。しかし私は個人的にはこれらはお買い得だと考えている。

上記リストはいまから約30年前に書かれた基準。現在はどのようになっているだろうか。特にヴィンテージ・プリントの価値急上昇が相場全体に影響を与えている。モダン・プリントでも、エステート・プリントでも特に古いものの価値は大きく上昇しているのだ。ただし注意が必要なのは、上記評価はまだアート写真市場が確立する以前に撮影された写真作品に当てはまる基準であること。20世紀後半以降のコンテンポラリー作品は最初からアート作品として制作されている。またエディションが導入されており、限定枚数の多さによって価格が左右される。
例えばマイケル・デウィックの場合、一番人気のあるのは"The End Montauk"なのだが、このシリーズはエディションが20~30点。その後のシリーズはエディションが10点になった。結果として人気のある初期作の方が、後期作よりも安いような状況もあった。実はこれこそがお買い得ということなのだ。

上記のような価値の序列はワークショップではよく話す。今回は現物が実際に展示されていたのでより説得力を持っていたと思う。アート写真には様々な値段がついている。しかし、それには明確な基準が存在するのだ。今回のフォトフェアは展示作品を通してそんな仕組みがあることを一般オーディエンスに少しばかり提示できたのではないかと思っている。相場観がつかめるようになると、コンテンポラリー作家につく値段が適正かどうかを判断できるようになる。今回の参加ディーラーは上記のセカンダリー作品を基準にしてコンテンポラリー作家も値付けしているのだ。

寒波の中、本当に多くの人が来場してくれました。ありがとうございました。

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2011年12月20日 (火)

ザ・JPAD・Sフォトグラフィーショー
見て、比べて、買えるフォトフェアが20日に開幕!

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12月20日から25日まで広尾のIPCで行われるザJPADSフォトグラフィーショーの各参加者の出品作が揃った。当初の予定から変更や追加もあったので作家名をアップデートしておこう。

追加で展示される作家は、エドワード・ウェストン、ホルスト、トミオ・セイケ、ブルース・ダビットソン、ジャンルー・シーフ、ウィリー・ロニス、オーガスト・サンダー、ロバート・メイプルソープ、ダイアン・アーバスなど。
もちろん当初予定されていた以下の作家も展示されている。
ジョック・スタージス、アンドレ・ケルテス、エドワード・スタイケン、アンセル・アダムス、ジョージ・タイス、ペンティ・サマラッティ、マイケル・デウィック、アナトリー・チェルカソフ、マイケル・ジョンソン、ジョエル・ピーター・ウィトキン、エリオット・アーウイット、アレック・ソス、スティーブ・マッカリー、植田正治、尾形一郎 尾形優、佐藤信太郎、八木清、須藤絢乃、19世紀に制作された、ダゲレオタイプ、ティンタイプ、アンブロタイプ、1930年代の作家不称写真家のヴィンテージ・フォトグラフ。

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クリスマス・フォトフェアと銘打っているので、プレゼント用の写真の品揃えも豊富だ。普段は比較的高額のアート写真を扱っている参加者が、写真をコレクションする楽しみを知ってもらうためになんと1万円前後から買える作品を多数用意している。作品によっては1点物、また採算度外視のものもある。これらは早いもの勝ちだ。また、サイン入り写真集を販売する参加者も多数いる。アート写真コレクションはまず写真集からが常道だと思う。特にサイン本は欧米にも多くのコレクターがいる。
また、オリジナル・プリント付きの限定写真集も販売される。エディション数が比較的多く、小サイズの写真が付いているので通常のオリジナル・プリントよりもはるかにお買い得になっている。
ちなみに、マイケル・デウイックの"Mermaid"。オリジナル・プリントは27万円位だが、プリント付き限定100部の写真集は7万円代から購入可能だ。初めて買う人は、このあたりから集め始めればよいのではないか。

自分が買える価格帯の作品があって、何を選ぶかというワクワクした気持がないとフォトフェアを真に楽しむことができない。それは各参加者が写真売買を商売にするようになった原点なのだ。多くの人にただ見るだけでなく、買ってみようという気にさせるフェアを開催したい。これがJpadsメンバーの本音なのだ。アート写真が好きな人にはとても楽しめるフェアです。ぜひ立ち寄ってください!

(フロア・ツアー開催について)
12月23日(祝)、24日(土)には、オーディエンスのためのフロア・ツアーを実施します。会場内のブースを回って、各ギャラリーの特色や出品作品の解説を聞くことができます。写真家による自作解説もあるかもしれません。各日午後2時からスタートします。入場券をお持ちの人は誰でも参加できます。ぜひお出でください!


ザ・JPADS・フォトグラフィー・ショー
12月20日(火)~25日(日)まで開催。時間午後1時~7時(最終日6時まで)
会場 インスタイル・フォトグラフィー・センター(東京・広尾)
入場料300円

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2011年12月13日 (火)

クリスマス・シーズンにフォト・フェア開催!
ザ・JPADS・フォトグラフィー・ショー

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昨年に結成されたアート写真を取り扱う業者の団体ジャパン・フォトグラフィー・アート・ディーラース・ソサイエティー(JPADS)。JPADSは今年の2月に続き、クリスマスシーズンの12月20日~25日に広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターでフォト・フェアを開催する。参加者は、P.G.I.、フォト・クラシック、ブリッツ・ギャラリー、マグナム・フォト東京支社、ときの忘れもの、ピクチャー・フォト・スペースの6社。国内外の有名写真家の作品が多数展示販売される。また、プレゼント用の小作品も多数用意される予定。

日本では、観客動員を意図したイベント的なアート・フェアが多い。今回のフェアは専門業者主催による販売目的の催しだ。一番の目的は中長期的にアート写真コレクションを広く一般に普及させること。売れても売れなくてもイベント開催の継続が重要と考えている。
日本ではまだ写真はアート作品と思われていない。最近は、多くの写真家、業者、ショップが写真を販売するようになってきた。それらは、"写真がある生活"や"フレームや展示方法へのこだわり"の提案とともにインテリア・グッズの商品多角化の一環として取り扱われている。写真家はアーティストではなく商品開発者なのだ。しかし誤解しないでほしい。インテリア・グッズの写真が悪いと言っているのではない。むしろ写真を買う入り口として重要な役割を果たすと考えている。
しかし写真にも様々な種類があることを忘れてはいけない。絵画の場合、デパートで売られているインテリア向けのいわゆるハッピー系版画と、ファインアートは市場が全くの別物であることを多くの人は理解しているだろう。欧米では、写真も業販向けとファインアート系は明確に区別されている。しかし、日本ではこの二つの種類の写真が混同されている場合が多いのだ。この国では写真はカメラという精密機器を通して撮影されることから、撮影技術、そしてプリント技術が重要とされてきた。当たり前に画家は誰でも買える絵具とキャンバスで作品を作る。デジタル化が進み撮影技術が一般化、大衆化したことから、やっと写真における作家性に気付く人が増えてきたのだ。アート写真業者の団体JPADSは、消費されて終わるモノではない、資産価値を持つアート作品としての写真が存在していることのアピールを行っているのだ。
業界活動を始めてみると、アートという意味の解釈が業者によって違うことも明確になってきた。しかし、現代アートが市場の中心になり、写真もその中の一つのカテゴリーになった。 いまや写真家やディーラーが明確な価値基準の拠り所を持てば何でもありになっている。 写真表現の多様さをすべて受けとめて、その中に様々なアート作品が存在することの提示が重要と考えている。

長引く不況と東日本大震災でアート業界を取り巻く環境は厳しさを増している。展示場などを借りて行うフェアの参加料は何十万円もする。いままではそんなに売れなくても広告宣伝と割り切って業者は参加してきた。売り上げが落ちてくると、そんな余裕も次第になくなってくる。定期的なフォト・フェアは顧客層拡大のために絶対に必要だ。しかし写真分野の市場はまだ小さいのが現実。今後は、ザ・JPADS・フォトグラフィー・ショーのような小規模のテーブルトップ・フェアが中心になっていく予感がする。

アート写真好きの人はじっくり1日楽しめるフェアだろう。初心者に最適の低価格の小作品から、資産価値のある作品までが多数展示販売される。作品売り込みを考えている写真家には、市場で取引されている作品レベルを確認するとともに、各ギャラリーのテイストが分かる絶好の機会でもある。本年最後の連休はぜひ、ザ・JPADS・フォトグラフィー・ショーに来てください!

ザ・JPADS・フォトグラフィー・ショー
12月20日(火)~25日(日)まで開催。時間午後1時~7時(最終日6時まで)
会場 インスタイル・フォトグラフィー・センター(東京・広尾)
入場料300円

詳しくはこちらをご覧ください!
http://www.jpads.org/

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2011年12月 6日 (火)

不自由の中にある自由
舞山秀一 フォトグラフス 1986-2011

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舞山秀一の写真展「Photographs 1986-2011」が12月6日から18日まで、広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターで行われている。
展示内容は彼の写真家25周年を約130作品で振り返るものになる。このような区切りの写真展の場合、過去の広告や雑誌などの仕事が展示される場合が多い。しかし、舞山は商業写真家として活躍する一方で、常にパーソナルなプロジェクトに取り組んできた。今回もほとんどがパーソナルワークによる25年の回顧となる。
彼がキャリアをスタートさせた80年代中ごろは、写真家は仕事を行う一方で作品を作るべきだという考えがまだ残っていたのだと思う。90年代中盤以降に写真家になった多くの人は自分のキャリアを振り返ろうと思ってもパーソナルワークがないことが多い。デジタル化が進行したことで最近は写真での表現が広く一般化した。作品に取り組むのは写真家ではなく、アーティストになってしまった。

さて今回は大きく二つの対照的なパートに別れて作品が展示されている。
最初のパートは、初期のポートレートやストリート・スナップ、写真集「Alive」、「People」からのセレクション。それとともに、世界中の旅から生まれた膨大なポートフォリオの中から多数の未発表作が初公開される。一部に現代アート風のカラー作品もある。様々なサイズ、スタイル、テーマの写真を意識的に混在させることで、舞山の混沌としていた時代を象徴する会場構成を目指している。多様な作品の洪水なので複数写真家によるグループ展と錯覚してしまう。
次のパートでは、近年取り組んでいる動物園シリーズ、ヌード、最新のストリート・スナップからセレクション。ここでは、一転して混沌から見えてきたいくつかのテーマを意識し、未来を見据えた整然とした展示を行っている。

舞山のキャリアの転換点になったのが40歳代から始めた動物園シリーズだろう。動物園は人工的な空間だ。そこで動物たちは人間に守られ、食事を与えられて生かされている。一方で人間も、社会での肩書、役割、関係性のなかで存在する。人間社会と動物園は同じような世界なのだ。彼も、私たちの社会で起こるさまざまな状況を動物園の中に見出した。焼きこまれて檻から飛び出ているよう見える、ライオンやトラは人間社会によくいる、エゴが強い、権威主義で、自己中心の人を意識しているのだろう。 中には、まるで動物が現代美術家 杉本博司のジオラマ作品ように剥製に見える写真もある。杉本は剥製を生きているように実像風に撮る。舞山は逆に、生きている動物を作り物の虚像のように撮る。現実のように見える社会は、実は作り物となんら変わらない実体など不確かな所であることを示しているのだ。
舞山は最初、人工空間に閉じ込められた動物たちをかわいそうに感じたという。それを自分に重ね合わせたのかもしれない。しかし動物は、自由がない、餌が毎日同じだなどと文句を言わない。一方で人間は社会という不確かなシステムのなかで、様々な幻想を妄信して生きている。 それが数々の悩みを生む原因にもなる。もしかしたら不幸で不自由なのは人間の方かもしれない。撮影を続ける中で彼の見方が次第に変化していくのだ。
2004年刊行の動物園写真を収録した写真集「garden 1」の後記では、"撮影を続け動物たちと目が合う彼らの眼差しの奥に、気高く力強い野生を、そしてプライドさえも感じることがある"、と舞山は書いている。若い時は、だれしも自由でより良い場所が、まだ知らない外の世界に存在するはずだと信じている。しかし舞山は20年以上の写真家キャリアを続けた末の動物園写真がきっかけで、自由は抽象的なことでなく、より現実とともにあることに気付くのだ。写真家である自分は、健康でいまプロとして写真が撮れて生活できることが自由なのではないか、ということだ。
ゲーテは自由を以下のように現わしている。「自由とは不思議なものだ。誰でも足るを知って暮らすことができれば簡単に十分な自由を手に入れることとができる。いくら自由が余るほどあっても、使えなければ何の役にもたたない」(エッカーマン「ゲーテとの対話」1827年1月18日、から)これは彼の心境に近いのではないか。
また、禅の教えの中で出てくる「知足」、つまり現状を全面的に肯定することとも重なってくる。人間は動物園の動物と同じような存在かもしれない。しかし、その状況を理解した上で 確信犯でその環境で精一杯生きることが出来れば決して不自由でないのかもしれない?
動物園シリーズは檻の中の動物のように、不自由な現実社会の中で、気高く力強い野生、プライドを持って、確信犯で生きていこうという彼の意思表明なのだと思う。

もうすぐ舞山は50歳になる。この年齢を論語で知命と呼ぶ。それは天が自分自身に与えた使命を自覚したということ。彼はいまや写真家としてやるべきことが見え、いよいよキャリアの円熟期を迎えるのだろう。今後は写真家としてとともに、アーティストとしての活躍にも期待したい。

舞山秀一の写真展「Photographs 1986-2011」は広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターで12月18日(日)まで開催中です。入場無料。営業時間は午後1時~7時(最終日6時)
素敵な写真展カタログも会場で限定数だけ販売中です。定価1,500円

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