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The Emerging Photography Artist 2012
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2012年2月28日 (火)

21世紀東京のアブストラクト・フォトグラフィー

Blog
© 安達 完恭

現在、広尾のIPCで開催中の新人発掘を目的としたグループ展「ザ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2012年(新進気鋭のアート写真家展)」。参加者が熱心に広報や営業活動を行っていることから、来場者数、作品販売ともに予想以上に好調だ。

本展の特徴は、専門家が新人写真家を推薦している点。ブリッツからは3人の写真家を推薦している。共通しているのは、彼ら全員が写真で抽象表現を追求している点だ。新人の作品作りは、どうしても自分の体験を感覚的に記憶化したり、人生の苦悩や葛藤を写真で表現する場合が多い。それが、現代社会の特異な世界の物語として提示されればそれなりの面白さはある。しかし、心をオープンにして自分の心の奥底に潜むものを吐き出すことができないと、独りよがりの作品になる。
一方で、オーディエンスがアーティストに求めるのは、同じような境遇にいる自分たちへの何らかの救いのメッセージなのだ。それならいっそのこと、抽象と色彩の世界の中の美を追求している作品の方が救いがあるのではないかと考えた。先週末のトークイベントで、参加者の一人の市川健太が、自分の写真は展示の中で浮いている、という表現をした。私は彼だけでなく3人ともが浮いていると思う。一方で写真表現の自由と多様性を提示しているとも考えている。彼らの写真は、明るく、カラフル、軽めで、ポップな印象が強い。それゆえ、現在日本で主流になっている、ラウンジフォトや壁紙写真と呼ばれるインテリア向けの写真と混同されるリスクを持っている。それゆえ、3人の推薦文は確信犯で写真史の流れを踏まえたやや小難しい内容にした。

以下が推薦文です。気になった人はぜひ会場で作品を見てください!
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今回紹介する3人の写真家は、ファイン・アート・フォトグラファー講座という私どもが長年開催している講座&ワークショップの出身者たちだ。彼らに共通するのが、撮影アプローチは違うがともに空間のなかで、光と影、抽象、テキスチャー、色彩などの美を追求している点。写真で一般的なフォルム、写っている対象、そしてテーマ性さえもがあいまいな抽象的作品だ。写真で絵を描いていると言っても誇張ではないと思う。
抽象写真の歴史は、20世紀初頭にアルフレッド・スティーグリッツが制作した「イクイヴァレンツ」までさかのぼる。それは、空と雲だけをモノクロームで撮影したシリーズだ。最近では、ウォルフガング・ティルマンズがカメラを使わずに暗室作業で抽象表現を追求している。
日本人写真家では「空書」シリーズ(2008年)の丸山晋一がいる。彼は墨を天空に撒いて書を描き、それを超高速度カメラで撮影している。禅の悟りを思い浮かべさせる、空間に描かれた丸のイメージは彼の代表作品だ。写真史家のモウリス・ベルガー氏は、丸山の写真集「空書」に寄せたエッセーで、"写真はその誕生初期から繰り返し言われてきた「記憶を写す鏡」以上の可能性を秘めたメディアである。それは空間上でコンセプチュアル、精神的、美的な驚くべき可能性を持っている。"と述べている。
今回紹介した3人の若い写真家たちは、スティーグリッツや丸山の流れを踏襲しつつ自分たちなりのアプローチでその可能性を探求している。彼らが、従来写真家たちが囚われていた「アートとしての写真」から全く自由であり、「写真としてのアート」を追求している点に注目したい。

石川和人の"White photoraph"シリーズ。基本はストリートのスナップやポートレートだ。個別イメージをインクを用紙に染み込ませない工夫をして出力する。半乾き状態で別の用紙に密着させることで、画像の一部を転写させる。それを何度も繰り返した末に完成したのが展示作品だ。東京の時に醜いカオス化したシティースケープから色彩やフォルムのエッセンスを取り出して全く別の世界を作り出している。

安達完恭の作品は夜間のストリート・スナップだ。彼は幼少の時に書を学んでいたという。その時の呼吸と集中力は現在の作品制作につながっている。筆をカメラに変えて、夜の闇という半紙の上に、偶然性とドキュメントとが合体した作品を生み出している。

市川健太の"Legacy of Light"は仕事の延長上に制作された作品だ。アートの作品作りは、普段と全く違うものを撮影するのではないことを私たちに教えてくれる。ユニークなテキスチャーと色彩のオブジェを重ね、後方から光をあてることでミニマム・アートのような絵画的作品が生み出される。

彼らにとってその一連の面倒な行為自体に意味があるのだろう。雑然とした都会で、厳しい生存競争の中で生き残るために、現代人は何らかの形で自らの精神を安定させる必要がある。彼らは、写真をただ撮影するだけでなく、それを様々なアプローチで操作することで普通の人が絶対に気付かないであろう抽象世界の美を見出している。彼らにとってそれは東京で生き延びるための精神安定剤であり、秘かな喜びでもあるのだ。
同じような心境の現代人も、彼らのユニークな制作方法で生み出された作品に触れることで思わず笑みがこぼれるのではないだろうか。

今後の課題は、それぞれが作品制作の行為を自分の人生のなかでどのように意識化するかだろう。それは作品を撮り続けて自問自答する中でしか出てこないだろう。将来的に、個展や写真集という形でまとめられて提示されることを期待したい。その時は真に「写真としてのアート」が完成した時だ。

ブリッツ・ギャラリー
福川 芳郎

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「ザ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2012年(新進気鋭のアート写真家展)」は、広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターで3月4日(日)まで開催中です。
オープンは1時~6時。アート写真ファンの人はどうかお見逃しのないように!

3月3日(土)の 午後2時から、トークイベントと作家のフロアレクチャーを予定しています。
http://www.instylephotocenter.com/exhibition/ce.html

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