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2012年3月13日 (火)

"よくスナップしている 森山大道"
セイリー育緒写真集 酔いどれ吟遊詩人

Blog

来週の3月20日(火)から25日(日)まで広尾のIPCでセイリー育緒・写真集「酔いどれ吟遊詩人」(窓社刊)の出版記念展が開催される。"よくスナップしている 森山大道"は森山氏によるシンプルな帯の推薦文章。
彼女との最初の出会いは、2007年のギャラリーが行っているワークショップだったと思う。華やかなイメージがあるハリウッド。その街の暗部をノーファインダーでとらえたコントラストの強い写真に強烈なインパクトを感じた。彼女は自分自身のことを撮っているなと感じた。一方で目の前の活発な性格の本人を見るに、いったん地獄を見たものの写真を撮ることで自分の精神をバランスさせ、そして這い上がってきたのが直感できた。写真撮影が人間を支えることに感動も覚えたものだ。当時の日本ははちょうど小泉改革の真っただ中だった。米国では日本より早く新自由主義の経済が浸透していた。成功する自由があるものの、落ちていくのも自己責任という厳しさを垣間見せてくれる優れた作品だと思った。
一方で、作品はまだ未完成だとも感じた。写真を通じて自らを客観視したまではよい。 しかし、それはまだ現状認識ができただけ。作家としての希望を提示しないといけないのだ。
その後、彼女は舞台を日本に変えて作品を展開し続けた。以下のエッセーにその変遷が書いてあるのだが、彼女は、人間はどんなにつらくても現実社会で生きていくしかない。そして、それを支えてくれるのは家族や仲間たちの愛ではないか、と最終的に気付いたのだ。だから、本作は彼女のいままでの人生という旅の序章であると理解して見てほしい。色々な経験を経て、いま彼女は生きる希望を見出した。だからこそ、その初期作をまとめた「酔いどれ吟遊詩人」は作品として意味があるのだ。

写真展ではモノクロ作品約70点が展示される予定。会場では、写真集とともに、プリント付き特装版も販売されます。期間中は、トークイベント(参加無料)を開催します。アート作品のポートフォリオまとめ方に興味ある人。写真集出版に興味ある人はぜひお出でください!

・第1回 3月20日(火・祝)14:00 ~
「写真でアーティストを目指すには」
でセイリー育緒 X 福川芳郎

・第2回 3月24日(土)14:00 ~
「写真集を出版すること」
でセイリー育緒 X 西山俊一(編集人)X 福川芳郎

以下が彼女の写真集刊行によせたエッセー。スペースの都合で、本のジャケットの折り返し部分にそのエッセンスが掲載されている。

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カメラとともに生きる
セイリー育緒の写真世界

セイリー育緒は、カメラのレンズを通して世の中の仕組みを解き明かそうとしてきた。それが少しでも分かっていた方が、不条理で生き難い人生を過ごすのが容易になると考えるからだ。それにはまず正しい現状認識が必要になる。セイリーの探求は、米国ハリウッドに住んでいた2003年頃から始まった。当時の彼女は理想と現実とのギャップに苦しんでおり、その行為はカメラを通して自らの人生を相対化することだった。
彼女は華やかなハリウッドの表層ではなく、街のダークサイドに目を向けた。目を凝らして見ると、ストリートの賑わいの片隅に競争に負けた人たちの影が幽霊のように見え隠れしていた。社会的役割を持たない人々には恥も外聞もない、ただ本能的に日々を過ごすだけ。行動の規範もなく、酒、ドラッグ、犯罪に走るのも自由だ。市場原理優先の米国社会では、希望をなくした人間は落ちるところまで行く。その先には死の匂いがする地獄が待っている。
セイリーはカメラを通して究極の自由の先にある地獄図見た。それが本作”ウイスキー・ドリンキング・トラヴァドール”だ。これがきっかけとなり、彼女は自らを客観視して現実を受け入れられるようになった。セイリー育緒の写真家の原点がここにある。
本作は米国中心の新自由主義経済のダークサイドを見事にとらえた作品だ。それは、かつてロバート・フランクが写真集「アメリカ人」で50年代の繁栄していた米国社会の暗部を暴き出したのと重なってくる。実は世代や背景が全く違うが二人には不思議な縁がある。セイリーは、ローリングストーンズ「メインストリートのならずもの」(1972年発売)のレコード・カバーに衝撃を受けて写真を撮り始めた。実はこの「見世物小屋の写真コラージュ」はフランクが撮影したものだった。二人の作品の流れにも不思議な類似性がある。フランクは上記写真集で当時のリアルなアメリカ像を批判的に提示した上で、最終的に人間愛、家族愛を信じることで現状を肯定している。一方、セイリーの作品も同様の展開を見せるのだ。ハリウッドでの撮影後、彼女は帰国して日本で作品制作を続ける。続編では、人工的空間で生かされている動物を人間に重ね合わせた動物園シリーズ、システムの中で生きる人間の仮面性を現わした、無表情な通勤客のシリーズなどを制作。最新作では自分の家族への愛がテーマになっているのだ。セイリーはいままで自分らしく生きようと人生と格闘しながら、ハリウッド、東京、伊豆長岡と旅してきた。カメラで現実を見続けてきた末に気付いたのは、人間はどんなにつらくても現実社会で生きていくしかないという事実。そして、それを支えてくれるのはフランク同様に人間の愛ではないか、ということなのだ。

その後、2008年のリーマン・ショックを経て経済状況は一変した。世界的な不況で貧富の差は更に拡大し、それまで経済成長が覆い隠していた暗部がより目立つようになってきた。自分の拠り所を持たない人間は生き残れない厳しい時代が到来したのだ。もしかしたら、セイリーがハリウッドで見た地獄は、現在そして更にその先の状況を予言した近未来図だったかもしれない。もしそうならば、その経験から生まれた写真家のメッセージはいま生きる私たちにとって重要な啓示になるのではないだろうか。

最後に現在の厳しい経済状況の中で、彼女の作品を評価し写真集刊行を決断した窓社および西山俊一氏に敬意を表したい。
作家本人が作品を信じて必死にアピールし続ければ、チャンスが訪れることを示してくれた。多くの写真家にやる気と希望を与えたと思う。
なお本作はセイリー育緒による現在も進行中のライフワーク的な作品の序章になる。本書が評価されることで将来的にポートフォリオ完全版が写真集化されることを願いたい。

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