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2012年5月15日 (火)

中間層の没落でアメリカが何を失ったのか?
テリー・ワイフェンバックの新作
「Between Maple and Chestnut」

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(C)Terri Weifenbach /RAM

来週の23日(水)より米国人写真家テリー・ワイフェンバック(Terri Weifenbach)の新作写真展「Between Maple and Chestnut」を開催する。彼女の個展は、「Lana」、「Another Summer」についで3回目だ。本来は連休明けに開始予定だった。Nazraeli Pressのこだわりの写真集制作が遅れスタートが5月下旬にずれ込んだ。素晴らしい出来栄えの写真集も無事に到着、現在展示の最終準備を行っている。

彼女の作品の多くは自宅のあるワシントンD.C.郊外の裏庭、公園周辺で撮影されている。撮影対象も、空、花、木、昆虫、木葉、小枝、草などが中心。ピンボケ画面の中にシャープにピントがあった部分が存在する、何か夢の中のような瞑想感が漂うイメージで知られている。様々な焦点距離のイメージが普通のシーンを魅力的にする。写真によっては草や飛んでいる昆虫にフォーカス。身の回りのありきたりのシーンも決して静止しているのではなく、風や昆虫たちの動き、光の変化で、まるで万華鏡のように常に変化している様子を表現している。しかし、彼女は自然を美化した作品を目指すロマンチストではない。あくまでリアリストの視点で自然を観察して自分なりのアプローチで作品に仕立てている。欧米ではナン・ゴールディンと同様のアプローチの作家だと評価されている。つまり誰でもが共感できる日常生活の一部を観察し、まるで写真日記のように抽出しているということ。ゴールディンは個人的で性的体験に向かっている一方で、ワイフェンバックは自分の周りの自然風景に向かっているのだ。

彼女のいままでの作品は、時代との接点がややわかり難いものだった。それが、前回の「Another Summer」あたりから社会の価値観変化を意識したものになってきた。新作も米国社会が経験している中間層の没落という大きなテーマが意識されている。本作タイトルに含まれる「メイプル」と「チェスナット」の名前が冠されたストリートは、かつて米国全土で見られたありふれた光景だった。それは新しい生活を始める中流アメリカ人の郊外生活の象徴でもあったという。私はビル・オーエンスが1972年に発表した写真集「Suburbia」(郊外)(Straight Arro Books刊)を思い出す。同書は戦後の米国消費社会の頂点の時期をとらえた貴重なドキュメント作品。ここには、写真と住民たちのコメントを通して郊外生活を満喫する中間層の幸せな気分が表現されている。消費生活を楽しんでいる住民たちのコメントと現実を忠実に写す写真とに皮肉っぽいギャップがみられるところも興味深い。家、家具、電気製品、クルマ、ペットなどのモノに囲まれて幸せそうにしているこの時代のアメリカ人のポートレート、家族写真は、消費での自己実現に目覚めた80年代の日本人、そしていまの中国人と重なってくる。

しかし21世紀の米国では、かつての田舎風の家に、木々が生い茂り、緑の芝の庭が広がるような郊外シーンはほとんど見られなくなった。特に90年代以降、新自由主義的な経済が浸透し、中間層が急激に没落していった一方で、古い不動産が修繕されて状況は様変わりした。
本作にワイフェンバックが取り組んだきっかけは、彼女が友人の新しい家を探している途中に行き止まりの道に迷い込んだことだった。そこは自動車が通ることもなく、外の世界の影響から完全に隔たれた孤島のような場所で、50年代以降の郊外の雰囲気や歴史を残していた。彼女は古き良き時代の気分を感じるその地を約1年半に渡って撮影。やがて住民たちは年老いたかつて中間層世代ではなく、若い富裕層家族に移り変わっていることを発見するのだ。
ワイフェンバックが今回撮影した新しい「メイプル」と「チェスナット」は、裕福な若い世代が住む場所に変わっていた。しかしこれは変化の断片でしかないのだ。いま全米では、かつて中間層が住んでいた場所で様々な変化が起きている。
本作で、彼女はただ古き良き時代の残り香を現在に紡ぎだしたのではない。テーマに取り上げているのは、中間層の没落によりアメリカが何を失ったかを問うことなのだ。彼女は、一種の希望である純真さをアメリカはなくしたと述べている。それは、誰でも成功のチャンスがあるというアメリカン・ドリームがもはや存在しないという意味なのだろう。
本作には光り輝く、美しい郊外の写真が数多く収録されている。しかし、いまやそれらは普通の情景ではない。きれいで何気ないシーンの背景に、アメリカ社会の変化をとらえた作家の冷徹なリアリストの視点があるのだ。

本展では、「Between Maple and Chestnut」からカラー作品約16点が展示。会場の一部では昨年刊行された写真集「Some Insects」からカラー4点も同時展示される。
ちなみに新作の撮影は全てライカM6。レンズは、Noctilux 50、Summicron 35、Dual Range Summicron 50とのこと。

テリー・ワイフェンバック写真展「Between Maple and Chestnut」は、5月23日(水)~7月21日(土)まで開催。時間は午後1時~6時、休廊は日曜、月曜です。期間中にギャラリストのフロア・レクチャーも開催予定です。

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