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2013年8月 6日 (火)

芦谷 淳「POINT LANDSCAPE」
新しい風景写真誕生の予感

Blog
(C)芦谷淳

芦谷淳の「POINT LANDSCAPE」が8月12日までに新宿のペンタックス・フォーラムで開催されている。約840 X 1120cmサイズの裏打ちされたモノクロの大判作品27点が二つのギャラリースペースに展示されている。

プロ・アマチュアを問わず国内の自然風景を撮影する人は非常に多い。現在はデジタル技術が進歩したことで、昼夜を問わず様々な状況できれいな風景を撮影することが簡単になった。いまや撮影後の画像処理はアマチュアでも一般的だ。趣味の写真なら単にきれいな風景を撮影すればよい。しかし、アート作品として提示する場合は何らかのテーマ性が提示されなければならない。最近は、日本の伝統的な自然への畏敬の念を持った美意識を表現している、と説明される作品が多くなっている。
このような作品では、「日本は天変地異はあるが、温暖な気候で美しい自然を持っている。かつて日本人は八百万の神というように自然に神が宿っていると考えていた。現代社会でも、最近のパワースポットのブームのように形は変わったものの同じようなメンタリティーを持ち続けている。そんな日本の伝統的な美意識を現在に再発見することがテーマです」のようなステーツメントがお約束になっている。
実はこれこそはもともと私が昔行っていたアプローチ。グループ展の「Imperfect Moments」や「Imperfect Visions」で、日本の伝統的な美意識の優美や侘び寂びをテーマにしている作品を紹介してきた。時間が経過してこれが日本のアート系風景写真を語るアイデア・コンセプトの定番の一つになってしまったようだ。
アマチュア写真家が作品制作の方法を学ぶ意味で、この汎用性のあるテーマを取り入れることには何ら問題がない。しかし、作家志向の人までもが日本の伝統的美意識を安易に利用しているのはやや気になる。
良く考えてみると、現在社会は化石燃料の消費を前提に成り立っている。単に人間が自然の一部であることを認識しただけではなにも状況は変わらない。ただ古き良き時代のノスタルジーに浸り、個人のエゴを満たすだけになりかねないのだ。

これらの写真と対極的なのが「ニュー・トポグラフィックス」の写真家たち。詳しくは以下に引用した解説を読んで欲しい。彼らは、アンセル・アダムスのように雄大な自然を美化するのではなく、都市化により変貌する日常シーンをミニマムなアプローチで撮影している。最近刊行された同展の新版カタログに寄せられたエッセーでキュレーターのブリット・サルヴェセン(Britt Salvesen)は、"これらの写真が示しているのは、いま私たちが直面している環境問題に対する「責任感」だ"と語っている。
私は日本人写真家に欠けているのはこの「責任感」だと考えている。いま求められるのは日本伝統の「優美」の美意識と、「ニュー・トポグラフィックス」の「環境問題への責任感」とが共存する風景写真ではないだろうか。
そして、芦谷 淳の「POINT LANDSCAPE」はその可能性を持つ新しい風景写真になり得ると評価している。以下に、彼の作品の解説を引用した。写真展を開催するが作品解説がないということだった。彼の作品ではアイデア・コンセプトが伝わることが不可欠だと考えたので書かせてもらった。興味がある人はぜひ写真鑑賞の際の参考にしてほしい。

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芦谷 淳「POINT LANDSCAPE」
意識的な優美の世界

日本人写真家が国内の自然風景を撮影するとき、
日本伝統の「優美」の美意識をテーマとする場合が非常に多い。
その背景には環境汚染などが進行する現代社会で、
自然をコントロールする西洋的な価値観が行き詰まりを見せているという認識がある。

その解決策として、日本の自然と共存する生き方に可能性を見出そうということだ。
しかし、この提言は非常にあいまいなものである。現代社会は地球資源を利用して成り立っている。ただ人間が自然の一部であると意識するだけでは諸問題は解決しないだろう。
下手すれば単にノスタルジーに浸り、個人のエゴを満たすだけではないか。

そんな日本の風景写真の対極にあるのが「ニュー・トポグラフィックス」と言われている分野の欧米の風景写真だ。その原点は1975年にジョージ・イーストマン・ハウスでウィリアム・ジェンキンス(William Jenkins)のキュレーションで開催された「ニュー・トポグラフィックス-人が変えた風景の写真」(New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape)にある。同展は、風景写真の新しい可能性を提示したといわれる写真史上の重要な写真展だ。
アメリカ人のロバート・アダムス、ルイス・ボルツ、スティーブン・ショアー、ヘンリー・ウェッセル・Jrら8人と、ドイツ人のベッヒャー夫妻が参加。彼らは、従来の雄大な自然を美化する古典的モダニストとは違い、都市化により変貌するありきたりのシーンをミニマムなスタイルで撮影。その冷徹で客観的なイメージ群はアンドレアス・グルスキーなどの現代アート系写真に影響を与えたと言われている。

「ニュー・トポグラフィックス」について、2009年に刊行された同名写真集新版のエッセーでブリット・サルヴェセン(Britt Salvesen)が"これらの写真が示しているのは、いま私たちが直面している環境問題に対する「責任感」だ。"と評価している。日本人写真家に欠けているのはこの「責任感」ではないだろうか。それは人間個人の意識の問題。写真家が個人として自立していることが必要不可欠だろう。
私は日本伝統の自然を愛でる「優美」の美意識と、「ニュー・トポグラフィックス」が主張する「責任感」との共存の先に新しい現実的な風景写真の可能性があると考えている。

そのアプローチは様々あるだろうが、芦谷淳の「POINT LANDSCAPE」はその方向性を持った作品だと評価している。
本作は日本人写真家による日本で撮影された「ニュー・トポグラフィックス」的な作品だ。彼の写真には自然風景とともに、人工物の道路、電柱、切り出された木材、ダムなどが写されている。時代性を意識して、東日本大震災後の東北の復興現場での作品も一部に含まれる。

芦谷の作品からは日本人写真家による新たな風景写真の可能性を感じさせる。
彼は自らの存在をリアルにとらえている写真家だ。単に組織に属したくないというエゴから写真家を目指したのではない。真に自由な人生を歩みたいがゆえにこの道を選択した。
その実践には孤独を恐れない覚悟が必要なことも理解している。そんなクールな視線で日本風景に対峙して撮影したのが本作なのだ。日本的な優美な印象を直接的には感じないものの、そのミニマムな作品からは禅的な静謐な雰囲気が感じられる。
モノクロの作品群は柴田敏雄(1949-)の代表作「日本典型」(1992年)を思い起こさせるかもしれない。しかし芦谷は自らのリアリスト的心情が反映された風景をパーソナルに撮影している。 この点が、自然の中にある建造物の造形に興味を持つ柴田とは決定的に違う。

風景写真は画像のクオリティーの高さが非常に重要になる。彼のペンタックス645Dは大型フィルムカメラと遜色のないクオリティーを提供してくれる。このカメラとの出会いがなければ「POINT LANDSCAPE」は誕生しなかっただろう。今回のペンタックスフォーラムでの写真展は大きなサイズでの作品展示だが、小さなサイズであっても画像の凝縮感が強調され十分に魅力的だと思う。
彼の本格的作品制作はこのカメラの登場ととともに始まったという。僅か数年の期間で、様々な可能性を予感させる高レベルの作品群が制作できたのは驚異だと思う。しかし本作はとても大きいテーマを取り扱っている。もしかしたらライフワーク的作品になるかもしれない。どちらにしても、今回の展示はまだ作品の序章にすぎないのだ。
今回の展示で自分の作品の方向性の正しさが再確認できれば、より多様な撮影場所で、 対象を絞って新たな作品制作に取り組めるようになるだろう。
今後の「POINT LANDSCAPE」シリーズの展開と作品完成度の向上に期待したい。

福川 芳郎
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Blog2


芦谷 淳 写真展
「POINT LANDSCAPE」
2013年8月12日(月)まで
10:30~18:30(最終日 16:00終了)
フォトイマジネーションスペース・ペンタックスフォーラム
入場無料

www.pentax.jp/forum/

本展は国内のランドスケープ作品を制作している人は必見の写真展だ。会場では気軽に買えるミニ・プリントや限定30部の写真集も販売している。

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