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2013年12月24日 (火)

2013年アート写真市場を振り返る

今年はいままで続いていた市場2極化がさらに大きなスケールで進行した印象だ。ふとフラクタルという言葉を思い起こした。これは細部の構造が全体に似ているということ。この1年を振り返ると、大きなアート界全体とその一部のアート写真のそれぞれの市場のなかで2極化が拡大している印象を強く感じる。

アート界のハイエンド分野では、アート作品のオークション史上最高額が更新された。
11月のニューヨーク・クリスティーズで開催された現代アートセールでフランシス・ベーコン(1909- 1992年)の“Three Studies of Lucian Freud” (1969年)が142,405,000ドル(約142億4050万円)で落札。2012年の春にササビーズ・ニューヨークでつけたエドヴァルド・ムンク“叫び”の119,922,496ドルを上回った。

アート写真の世界も、特に前半は好調だったといえよう。春のニューヨーク・オークションで総売り上げは昨秋と比べ何と約81%も伸び、約3086万ドル(約30.8憶円)となった。これはほぼリーマンショック前の2007年のレベルとなる。
久しぶりに100万ドル超の高額落札も実現、クリスティーズの"the deLIGHTed Eye, Modernist Masterworks from a Private Collection"に出品されたマン・レイの"Untitled Rayograph, 1922"は、落札予想価格の3倍を超える、$1,203,750.(約1億2千万円)で落札された。(グルスキー、シュトゥルートなどは現代アート分野の写真なのでここでは含めないことにする。)
ところが秋のニューヨーク・オークションはその反動か売上高、落札率ともに低迷。しかし春秋合計の2013年の大手3社の年間総売上は約4782万ドル(約47.8億円)となり、2012年を約40%も上回った。
これはほぼリーマンショック前の2005年の水準と同レベル。中央銀行の量的緩和策継続でNYダウがオークション開催時に15000ドル台まで回復してきたことがコレクターのセンチメントを向上させたのだと思う。
しかし、その後、パリ・フォトに合わせて行われたクリスティーズ、ササビーズのオークション、低価格作品やフォトブック中心のレンペルツ(ドイツ)やスワン・ギャラリー(米国)のオークションは全般的に高めの不落札率で推移した。欧州経済の低迷も一因だと考えられるが、ここ数年ずっと続いている、貴重な高額作品の活況と低価格帯の低迷という2極化傾向がさらに進んでいる印象だ。

2013年は日本人写真コレクターにとって買い場が見つかりにくい1年だったようだ。特に昨年来の為替の円高修正傾向が購入心理に微妙に影響を与えていた。ドル円相場は、数年前に一時80円以上の円高だったのが2013年は100円台に突入した。海外の作品価格が20から30%も円貨で上昇したことになる。アート写真はドル資産を持つと同じ意味になる。すでにコレクションを持っている人はドルの外貨預金同様に資産価値が大きく上昇したわけだ。しかし円高時にタイミングを逃してあまり買えなかった人は、為替変動が急だったので新しい価格レベルでのコレクション購入には躊躇していた。5年間にわたる円高に慣れ切っていたので、もう一度円高に振れた時を狙っており大きくは動きにくかったのだ。

しかし、金融緩和策の段階的終息で米国金利が上昇する見込みで、今後はどうも100円台のドル高が定着する見通しだ。2014年、もし金利上昇で株価が下落しアート写真市場が弱くなる局面があればぜひ買い場ととらえて欲しい。100万円以下の価格帯の相場は強くない。ドル高局面の今の為替レベルでも以前とあまり変わらない円貨で買えるチャンスもないとはいえないのだ。本格的に米国景気が上向いてくればドル高になるとともに、いままで低迷していた価格帯の相場も上昇すると思われる。
注目したいのは日本のオークションに出品される外国人作家作品。まだ落札予想価格にドル上昇が完全に反映さていない場合が多い。もしかしたらお買い得作品が見つかるかもしれない。
コレクション購入には思い切りと買う覚悟が必要だ。いつまでも円高の時に最安値で買いたいと思っていると、永遠にチャンスは巡ってこないかもしれない。もし中期的に米国経済が本格回復してくるとすれば、2014年前半は最後の買いのチャンスかもしれない。

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2013年12月10日 (火)

日本のファッション系フォトブック・ガイド
(第8回)
ホンマタカシ「ウラH ホンマカメラ」
(1998年5月、ロッキングオン刊)

ホンマタカシ(1962-)は1998年12月に刊行された「東京郊外 TOKYO SUBURBIA 」(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛賞を受賞した写真家だ。アマゾンco.jpに掲載されている商品説明によると、本書は「駐車場や住宅地、団地の中庭といったどこにでもある東京郊外の風景と、そこで今育っている子供たちを撮った64枚の写真。特別でも何でもない郊外の都市環境を、ひとつのフレームに収めた写真集」とのこと。
いわゆるドイツ人写真家ベッヒャー夫妻が取り組んだタイポロジー的(類型学)なアプローチで、同じように見える東京郊外の風景を撮影してその関係性を訴えようとしたものだ。実はその原点となる写真集が今回紹介する同年5月刊行の「ウラH ホンマカメラ」なのだ。ウラHとは、1994年にロッキングオンから創刊された月刊誌「H」を意識してのこと。同誌は現在では不定期刊になっている。

H

戦後日本では歴史と伝統を受け継いだ正統派ファインアートと大衆芸術のポップとが混在している状況が続いている。アートシーンの成り立ちが欧米とは全く違うのだ。この点を攻めて独自のアート理論構築を試みたのが、いまや世界的現代美術家の村上隆。マンガ、アニメ、ゲーム、フィギュアなどの延長上に日本独自のアートを追求したのだ。
村上がスーパーフラットを唱え始めたのが1998年、雑誌広告批評の「TOKYO POP」特集が1999年、「スーパーフラット」(マドラ出版)が2000年刊だ。「スーパーフラット」とは伝統的な浮世絵や日本画から現代のマンガ、アニメなどに見られる画面の平面性とともに、日本の社会、風俗、文化、芸術のフラットさをも指し示すもの。
「ウラH ホンマカメラ」で、ホンマは暗にその土壌を肯定しそこからの日本独自のアート写真文化の可能性探求に挑戦しているのだ。
本書内容は、当時の時代性を非常に巧みに取り込んでいる。表紙のニッコリ笑った常盤貴子のB級っぽいポップなポートレートから始まり、流行していた節約生活を紹介する雑誌「すてきな奥さん」を意識した小泉今日子「ステキな奥さん」、芸能人のスクープ雑誌を意識した坂井真紀の「ニセフライデー」、市川実和子「ホワッツ・ガ―リームーブメント?」、「ニセアラーキー愛情生活」、大森克己「暮らしの手帖」、「東京郊外」につながる「郊外雪風景」など。当時の商業写真界の大物である篠山紀信とアート写真界大物の荒木経惟のインタビューを収録しているのも文化の混在を意識してのことだろう。
90年代後半の節操無く消費資本主義が突き進んでいった日本で起きている様々な現象をシュールな視点で見事に撃っている。本書がハード版ではない、雑誌のような形式のペーパー版であるのもポップさ出すために確信犯で行っているのだと思う。
しかし決して軽い内容の本ではない。宮台真司のエッセー「まぼろしの郊外写真」も掲載されており、時代との接点も明確に示されている。ちょうど1997年には酒鬼薔薇聖斗事件など少年犯罪が増加した時期。その背景に生まれつき個性がない郊外のニュータウン環境に育ったことがあると分析している。この文章がホンマタカシの主要作品の明るい郊外写真と子供ポートレートの視点を明確に指示している。

「ウラH ホンマカメラ」は、ホンマの写真家、編集者、アートディレクター、美術家としての才能が遺憾なく生かされた写真集だと思う。彼はその後、欧米現代美術方面に意識的に軸足を移すことになる。たぶんその背景には「ウラH ホンマカメラ」の意図が写真界で理解されず、また正当に評価されなかったことによる絶望にあるのだと思う。現代美術において村上隆を評価した評論家椹木野衣のような人が写真界に存在しなかったことによる悲劇なのだろう。残念ながらその状況は現在でもあまり変わっていない。
個人的には再び本書にある作家としての原点に回帰して、日本独自のポップとアートが混在した写真の可能性を探求して欲しい。
村上隆は2000年代かけて展覧会「スーパーフラット」、展覧会「ぬりえ」などをキュレーションしている。写真家ではHIROMIXや佐内正史らが選ばれているが、ホンマタカシの名前はない。たぶんその理由は、最初は同じ視点を持っていたものの、その後にホンマが村上とは違う方向に行ってしまったからだろう。

古書市場で「東京郊外 TOKYO SUBURBIA 」は版元が倒産したこともありとても高値で取引されている。普通状態で2万円以上もするのだ。マーティン・パー編集のフォトブックガイド「The Photobook:A History volume Ⅱ」(2006年、Phaidon刊)で紹介されたことから、リーマンショック前の市況ピーク時には状態の良い本の海外での評価額が約10万円だったこともある。それに比べると「ウラH ホンマカメラ」はたぶん雑誌として取り扱われたであろうことから非常に低価格、なんと1,000円以下から売られている。明らかに過小評価だと思う。本連載で指摘している視点がより広く受け入れられれば、本書はホンマによる初期傑作写真集と再評価されるだろう。
雑誌形式で傷みやすいことから状態が良いものは多くは流通していない。帯付きの傷みが少ない状態のものを見つけたらすぐに入手すべきだろう。

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