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2014年7月29日 (火)

岡村昭彦「生きること死ぬことのすべて」
パーソナルな視点による戦争・紛争写真

Blog

本展は一般にはあまり知られていない戦争写真家、岡村昭彦(1929-1985)のキャリアを本格的に回顧するもの。
彼は1964年6月12日号の「ライフ」に9ページにわたり掲載されたベトナム戦争の写真でフォトジャーナリストとして国際的デビューを果たし「キャパを継ぐ男」として世界的に注目された写真家。学芸員の金子隆一氏によると、展示作品は5万点におよぶ写真原版にまで遡り、研究者と関係者の監修のもとに既発表、未発表を問わずに新たにセレクトをおこない、オリジナル・プリントとして制作したもの、とのことだ。知名度の高くない岡村の本格的紹介を試みた意欲的な展示といえるだろう。

私の写真に対する第一印象は予想とかなり違っていた。岡村は戦争や紛争を撮影していたと聞いていたが、特に被写体の悲惨さや残酷さを強調するものではなかった。フレーミングといい、モノクロではなくカラーで撮影されている点など、オーディエンスがその場にいて見ているような普通に感じるイメージが多いと感じた。
全くの畑違いの写真なのだが、ウォルフガンク・ティルマンス(1968-)の最近のフォトブック「Neue Welt」(2012年、Taschen刊)に収録されている、ストリートを撮影した写真に雰囲気が似ている気さえした。

写真展カタログに掲載されている写真研究者、戸田昌子氏のエッセー「目の中の傷」を読んだら、私がそのような印象を持った理由が良く理解できた。戸田氏は岡村の写真を「コンテンポラリー・フォトグラファーズ(社会的風景に向かって)」の流れで捉えているのだ。これはイーストマン・ハウスで1966年から3回にわたって開催された展覧会のこと。ブルース・デビットソン、リー・フリードランダー、ゲイリー・ウィノグランド、ダニー・ライアン、ドゥェイン・マイケルズらが選ばれている。彼らは記録目的のドキュメントの対象になるドラマチックな出来事ではなく、個人的な普通の日常の出来事に対して視点を向けているのが特徴だ。もちろん、その原点はロバート・フランクの「アメリカ人」とウィリアム・クラインの「ニューヨーク」にある。

かつて、写真は大衆に世界の様々なイベントを目撃させて真実を伝えることが可能だと考えられていた。その後、テレビがその役割を担うようになり、真実を伝えるという写真神話は崩壊した。 一方で写真が自己表現の可能性なメディアであることが認識されるようになった。それが写真表現にも変化を与え、それまでのタブーだった、アレ・ブレ・ボケなども表現方法として取り入れられるようになる。「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」展はそのような状況変化を提示した60年代の写真動向を語るうえで重要な展覧会なのだ。

岡村がいままで美術館レベルであまり注目されなかったのは、戦争写真という性格上、ドキュメンタリーの視点からの評価しかされなかったからだろう。しかし、実際は戦地や紛争の場所が彼の日常だったのだ。写真家デビューが遅く、初期写真はピントが甘かったり、また決定的瞬間を重視した写真でなかったことも影響していたのだろう。しかし、彼がパーソナルな視点で戦争現場の出来事を撮影していたと解釈すると、その一見技術が劣ると感じる写真がとてつもなく魅力的になると思う。当時の感度の低いカラーフィルムで撮影したのも、戦争現場がモノクロで抽象化されインパクトを強めることを意識的に回避したからだろう。会場で配られている、モノクロ写真をコレクションしたパンフレット「monochrome」を見ると、それらはまさにステレオタイプの戦争写真だ。カラーとモノクロだと印象が全く変わってくることが良く理解できた。
戸田氏は「その衝撃度は日常的なまなざしであるカラー写真だからこそ増したのではないだろうか」と指摘している。そして岡村のパーソナルな視点で撮影されたベトナム戦争の写真がアメリカ人に戦争を「他者の問題」ではなく「自己の問題」として認識させるきっかけを作ったとしている。岡村の写真はグラフ・ジャーナリズムの崩壊を象徴しているというわけだ。これは写真史とアメリカ史を踏まえた的確な分析だと思う。
彼はベトナム戦争後も、ドミニカ、ハワイ、タヒチ、北アイルランド紛争、ビアフラ戦争などを取材している。戸田氏によると「岡村のテーマは、戦場だけではとらえきれない戦争の姿を探し続けることだった。日常の中に深く根を下ろした戦争の惨禍と傷みを、どのように受け止めていくのか、ということが岡村の仕事のすべてを貫く中心にある問題意識である」としている。そして彼のキャリアを通しての様々な活動を「戦争のすがたをあらゆる日常の中に見出す」姿勢から行われていると分析している。これこそが岡村の一貫した作品コンセプトということだろう。戸田氏の「目の中の傷」では、非常にわかり易い優れた写真家のテーマ分析が行われている。日本では感想文的なエッセーが多い。このような写真家の視点を明確にした写真評論は非常に珍しい。岡村昭彦の写真を写真史の中で再評価した優れた仕事だと思う。
なお都写真美術館は大規模改修工事に伴い2014年9月から約2年間休館する。本展は最後の美術館主催展にふさわしい、素晴らしい内容とメッセージ性を持つ展覧会だといえるだろう。ぜひ海外の美術館にも巡回してほしい。

「岡村昭彦の写真」

-生きること死ぬことのすべて-

東京都写真美術館
7月19日(土)~9月23日(火祝)
開館時間:10:00~18:00、木金は20:00まで *入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)

料金: 一般600円、学生500円、中高生・65歳以上400円
問い合わせ先: 03-3280-0099

ホームページ:
http://www.syabi.com/ (東京都写真美術館)

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2014年7月22日 (火)

2014年後半の予定
フォトブックの展示、トミオ・セイケ
「West Pier」展など。

○「アート写真集ベストセレクション101」展
8月2日まで開催中
休廊 7月28日(月)、日曜もオープン。1時~6時

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本展は「アート写真集ベストセレクション101」(玄光社刊)の刊行を記念して行うフォトブック中心の写真展。同書は、2008年くらいまでのミニブームとくらべ売り上げが低迷している写真集市場に喝を入れるべく企画された。リーマンショック後の日本のアート写真市場では、オリジナル・プリントの売り上げがずっと低迷している。写真集人気もプリント市場の影響を受けているわけだ。しかし、アート写真は現代アートなどと比べては特に大きなブームになったわけではない。従来の小規模な市場に逆戻りしたともいえるだろう。

いま海外のアート写真市場の売り上げが、金融緩和に伴うアート・ブーム(バブル?)に引きずられて急回復している。しかし、すべての分野が売れているのではない。調子が良いのは現代アート作品と価格帯が重なる高額作品だけ。低価格帯のアート写真の動きは相変わらず冴えないのだ。
しかし、低価格帯のなかで唯一好調なのが写真集の中のフォトブックと呼ばれている分野。それも20世紀の歴史的なレアブックというよりも、 21世紀以降に発売されたものの人気が非常に高いのだ。それらは最初の段階からアート写真の新しい表現形態として企画制作されているのが特徴。市場でも、フォトブックは写真を集めただけの本ではなく一種のアート写真のマルチプルなのだと理解されてコレクションされている。「アート写真集ベストセレクション101」は、このフォトブックに注目して、その定義やコレクション方法を明らかにした初めての本なのだ。
フォトブックの大きな魅力はオリジナルプリントと比べて値段が安いことだろう。本としては高価だが、アート写真作品として考えるととてもリーズナブル。そしてオリジナルプリントと同様に資産価値ももち、人気フォトブックの価値は上昇するのだ。いままで日本で注目されなかったのは、コレクション初心者向けの指南書がなかったことに尽きるだろう。「アート写真集ベストセレクション101」がその役割を果たしてくれることに期待したい。
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本展は、その刊行を記念して、収録フォトブックを多数展示するイベント。フォトブックはリアルに存在するもので情報ではない。ぜひ現物を見て、リアルの大きさ、厚さ、質感などを感じ取って欲しいと考えた企画した。収録されているフォトブック、レアブックとともに、壁面には、リチャード・アヴェドン、ブルース・ウェバー、ジャンルー・シーフ、ピーター・リンドバーク、テリ・ワイフェンバック、マイケル・デウィック、ヘルムート・ニュートン、アンセル・アダムス、デボラ・ターバヴィル、アジェなどのオリジナル・プリントも展示されている。

作家を目指す写真家にもフォトブック・コレクションはおすすめだ。写真はいまや大きなくくりの現代アートの一分野になっている。そこで重要なのは、時代性を持った斬新のアイデアなのだ。実はフォトブックが提示しているのは写真家・アーティストが生みの苦しみの中から紡ぎだした自らの視点なのだ。それを読み解き、分析する作業は若手写真家のテーマ探しに必ず役に立つだろう。自分がどんな系統の写真家・アーティストの影響を受けているかを知るのは作品制作の出発点なのだ。
なお8月3日(日)には同書購入者向けのトーク・イベント「フォトブック・コレクションへの誘い」を開催!
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○トミオ・セイケ写真展
「West Pier」を開催!

今秋はトミオ・セイケ写真展「West Pier」を開催する。同シリーズの一部が展示されたことがあるが、本格展示は今回が初めてとなる。ウエスト・ピアは、セイケが居を構える英国イングランド南東部のブライトンにある19世紀に建築された観光目的の巨大な桟橋。そこにはコンサートホールや各種の娯楽施設があり、長きにわたり観光名所として知られていた。しかし、1975年に施設老朽化のために閉鎖され、その後ずっと放置される。2002年のハリケーンの影響で施設の一部が破壊。度重なる原因不明の火災と悪天候により崩壊が進行し、いまや一部の鉄骨の骨組みを残すだけの存在になっている。
彼は、2006年~2009年頃にかけてウエスト・ピアが朽ち果てていく様子を撮影。観光名所の桟橋は多くの人々の欲やエゴの象徴ともいえる存在だった。彼は自然の大きな力により、この地でかつて大きな存在感を誇っていたウエスト・ピアが次第に朽ち果てていく過程に引き込まれていったのだ。
セイケといえばライカ・カメラだろう。しかし本作で彼は1930年代に制作された折り畳み式蛇腹カメラのスーパーイコンタで撮影している。作品はゼラチン・シルバー・プリントで制作。興味深いのは、一部作品がデジタル・カメラのエプソンR-D1sで撮影され、デジタルデータからゼラチン・シルバー・プリントが制作されていることだ。
セイケは最近デジタルカメラによる作品の可能性を探求している。今回はデジカメで撮影して、ゼラチン・シルバー・プリントで作品制作という、新しい組み合わせに挑戦している。

「West Pier」の日程は現在調整中です。決まりましたらブリッツのウェブサイトで公開します。

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2014年7月15日 (火)

コレクションをフォトブックから始めよう!
「アート写真集ベストセレクション101」展

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このたび「アート写真集ベストセレクション101(101 Photobooks Best Selection 2001-2014)」という写真集ガイドブックが玄光社から刊行された。私も著者として編集作業にずっと関わってきた。同書では、以下のポイントを意識して内容をまとめているので参考にしてほしい。

・フォトブックを本ではなくアート作品だと考える
写真集の中の「フォトブック」は、写真家・アーティストが自らのメッセージを伝える目的で作り上げたものだと区別している。それはイメージが単に収録されたのではなく、それ自体が作品、一種のアート写真のマルチプルなのだと定義している。アート作品ということはコレクション対象であり、値段はオリジナルプリントより安いものが資産価値もあるということだ。実際にフォトブックのトレーディングを行う業者もいる。

・21世紀になり写真集の概念が大きく変化
フォトブックがアートだという認識は、特に21世紀になってから顕在化してきた。きっかけは、優れたフォトブックを通して写真史を再評価する動きが起きたことと、その研究成果としてフォトブックの系統だったガイドブックが相次いで刊行されたことにある。(同書では、21世紀に刊行された様々なフォトブック・ガイドをリスト化して紹介)
そして、写真家、アーティスト、出版社の制作側が、フォトブックは本ではなく作品になり得ると意識したことが重要だと考えている。多くの出版社の経営姿勢が、従来の薄利多売から高利小売に変化したのだ。つまり高額だが優れたフォトブックを少数生産して完売させるビジネスモデルの誕生だ。 しかし日本ではいまだに薄利多売が主流。それがいま国内から優れたフォトブックが生まれない理由でもあると考えている。

・アート写真コレクターが参入
かつては貴重な古書はレアブックと呼ばれ、ブックマニアの中だけで密かに珍重されコレクションされてきた。ここにきて従来のアート写真コレクターもフォトブックを買うようになり、市場規模が一気に拡大したのだ。
いままでは写真集がレアブックになるまでには長い時間がかかっていた。著者の業界での評価やポジションが確定しない間はそれらは単なる古本として扱われ、価値はなかなか上昇しなかったのだ。最近は、出版社が少数生産にシフトしたことで状況は大きく変わった。人気本はすぐに売り切れて、相場もすぐに上昇するようになる。2000年以降に刊行されたフォトブックにはその傾向が強い。従来のレアブックにおける初版信仰も絶対視されなくなってきた。再版はオリジナルプリントのモダンプリントに相当して、人気が高いものなら初版でなくても価値も上昇するようになった。

・写真集で写真家・アーティストの世界観を伝える
101冊の写真集を紹介する形だが、実は21世紀に注目すべき写真家・アーティスト101名を選んでいる。中には既に亡くなった人も含まれるが、それらは写真を撮影することで自己表現を試みていた人を、できるだけニュートラルな視点で選んでいる。単にモノクロームの抽象美やファインプリントのクオリティーを追求していただけの人は除外した。いまや写真も大きなくくりの現代アートの一分野だという立場にたっている。
また想定している読者はアート写真コレクションに興味を持つ初心者。意識して写真家・アーティストのキャリア解説、内容解説、市場評価を行っている。写真が見るのが好きで、いまのところ好き嫌いの感覚だけで写真集を買っていた人に、系統だったコレクションの考え方を提示している。あえてマニアックな写真家・アーティストのタイトルはセレクションしないようにした。
また資料的価値を高める目的で、できる限り多くの情報を詰め込もうとしている。101冊のうち、アート写真史的に重要な写真家・アーティストのページでは、過去に刊行された写真集リストを掲載。21世紀に売れた写真集ベスト10も13年分をリスト化して紹介している。

・アンソロジーのアート性にも注目した
最近は作者不詳の写真であるファウンド・フォトが注目されている。キュレーションや編集する人がどのようなセレクションを行い見せるかによって写真に新たな意味が与えられると考えられるようになっているのだ。 それ自体がアート写真表現の一つと認識されるようになっている。
その視点から、美術館の回顧展カタログもフォトブックとしてセレクションした。なぜなら、カタログであっても優れたキュレーターによるエディティングが行われたものは作品になり得るからだ。さらにその延長上として、複数の写真をセレクト掲載したアンソロジーも、優れた視点を持つ編者、キュレーターのによるものなら作品であるという視点に立っている。フォトブック・ガイドをリスト化したのも、資料的意味とともに、 それらは編者の作品にもなり得る点を示唆している。いまや写真撮影をしなくても、アート写真の作品は制作できるのだ。

・いまだに過小評価されている分野にも注目
コレクションの醍醐味は、自分の目利きを市場で試すことだろう。既に評価されている高額のフォトブックをただお金に任せてコレクションするのは成り金の行うこと。やはり、いまだに注目されていない分野をいち早く見つけ出し、値段が安いうちに買っておくことが理想だろう。オリジナルプリントの世界では、80年代に過小評価されていたドキュメント系、ファッション系がその後に大きく値を上げている。私が注目したのは、主にコマーシャル、ファッション系で活躍してきた日本人写真家のフォトブックだ。世界的に注目されているアート系の日本人写真家と比べて本当に安い値段で流通しているのだ。

・刊行記念展を開催
「アート写真集ベストセレクション101」の刊行を記念して、収録フォトブックを多数展示するイベントをブリッツで7月19日~8月2日まで開催する。当初の予定より開催が早まったので注意してほしい。
フォトブックの情報を同書やネットで収集することは簡単だ。しかし、フォトブックはリアルなもので情報ではない。ぜひ現物を見て、リアルの大きさ、厚さ、質感などを感じ取って欲しいと考えた。収録されているフォトブック、レアブックとともに、壁面には、リチャード・アヴェドン、ブルース・ウェバー、ジャンルー・シーフ、ピーター・リンドバーク、テリ・ワイフェンバック、マイケル・デウィック、ヘルムート・ニュートン、アンセル・アダムス、デボラ・ターバヴィル、アジェなどの作品も展示される。
私も会場にいることが多いので、ぜひ声をかけてください。

「アート写真集ベストセレクション101」展
ブリッツ・ギャラリー
東京都目黒区下目黒 6-20-29

7月19日~8月2日
休廊 7月28日(月)、日曜、休日もオープン。
1時~6時

なお8月3日(日)には同書購入者向けのトーク・イベント「フォトブック・コレクションへの誘い」も開催! 詳細、イベントお申込み方法については以下をご覧ください。
http://blitz-gallery.com/gallery_ue.html

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2014年7月 8日 (火)

スティーブン・ショア(Stephen Shore)の新作
「WINSLOW ARIZONA (SEPTEMBER 19th, 2013)」

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六本木のアクシスに今春オープンしたIMA Galleryの3回目の企画展「THE STREET GOES ON」が8月10日まで開催されている。
運営する(株)アマナは、季刊写真雑誌IMAの刊行を皮切りに、アート写真分野の幅広い業務に積極的に取り組んでいる。ギャラリー、ブックショップを含むコンセプトストアーの運営、ワークショップやセミナー開催、複数の写真ギャラリー経営者と共同での写真販売会社の設立、独自の業界団体の立ち上げ、フォトフェアの企画開催、写真集の出版、プラチナプリントの工房アマナサルト設立などを行っている。また現代アート・写真分野で活躍する日本人写真家・アーティストの作品を独自の視点から積極的にコレクションしている。
これらはすべて利害関係がからむことから、彼らの事業方針や方法論には様々な意見がある。しかし日本のアート写真市場はまだ黎明期で、市場がまだ非常に小さい規模にとどまっている。どんな形でも上場企業による先行投資は、市場拡大のための好ましい活動といえるだろう。もし彼らのここ数年の取り組みがなかったならば、いまの日本の写真界はいまよりもアマチュア写真が中心となり、アート写真は世間で忘れ去られた存在になっていただろう。

本展のIMA Galleryの案内コピーは「世界の写真家たちのストリートフォトの共演。路上を様々なアプローチで切り撮った7人の写真家の中からあなたのお気に入りの1枚を見つけてください」というもの。参加者は、スティーブン・ショア、マーク・コーエン、北島敬三、ホンマタカシ、ピーター・サザーランド、春木麻衣子、ロレンツォ・ヴィットォーリ、オスカー・モリソン。資料には特定のキュレーターのクレジットはないので、IMA編集部が中心になって参加者が選ばれたと思われる。

展示のメインはウィリアム・エグルストンとともにシリアス・カラー写真を代表する米国人写真家スティーブン・ショア(1947-)の新作「WINSLOW ARIZONA (SEPTEMBER 19th, 2013)」の展示だろう。
彼は、1970年代から米国中のロードトリップを敢行し、何気ない普通のアメリカン・シーンを撮影している。代表作に、35ミリカメラで撮影した写真によるロードムービー的な作品の「American Surfaces」や、大型8X10インチ・ビューカメラによる「Uncommon Places」がある。客観的な視点で撮影された一連のカラー作品は、アンドレアス・グルスキーやトーマス・シュトゥルートなどの現代アート系アーティストに多大な影響を与えている。いま市場を席巻している巨大風景作品の原点がショアだともいえるのだ。

本作は「アート・トレイン」で全米を横断するという、現代アート作家ダグ・エイケンの「Station to Station」プロジェクトにショアが参加した時に制作されている。これは、エイケンが列車を貸し切り、事前に決められている駅に到着するたびに参加しているアーティスト、映像作家、パフォーマーがその地に用意された会場で作品を展示したり、パフォーマンスを行うようなイベント。ショアは本プロジェクト参加に際し、単なる展示やフォトブックのために写真を撮るのではなくパフォーマンスを行いたいと考えたという。彼は、南カリフォルニアの小さな町バーストウが停車駅に含まれ、そこのドライビングシアターが発表の場であることを知らされていた。 彼は「American Surfaces」の撮影の際に、バーストウの一つ前の駅となるアリゾナのウィンスローを訪れたかことがありそこには土地勘があったようだ。彼は、列車がウィンスローに到着する2日前に町に入り、その地で1日中撮影を行い、それらの写真をバーストウのドライビングシアターでスライドショーとして上映する計画を立てる。写真の編集は一切行わず、シークエンスもそのままで上映すれば写真撮影の行為自体が一種のパフォーマンスになるのではないかと考えたのだ。前半の写真撮影、後半の上映を通してのパフォーマンスということで、彼はこれを「Visual  Improvisation(即興映像)」と呼んでいる。実際のスライドショーでは、なんとロックバンドのノー・エイジとベックがライブ演奏する中で約180点が上映されたという。

撮影は8X10インチの大判カメラではなくニコンD3Xで行われている。しかし撮影スタイルは不変で、彼はひとつの被写体について1枚だけシャッターを押している。ギャラリーの資料によると、展示作品は50.8X61cmのサイズ、C-Print、エディション8枚とのこと。販売価格は売れた枚数により異なるが、人気アーティストであることから展示作はすべて100万円を超えていた。
なお「WINSLOW ARIZONA」は写真集化もされ、それには上映された180点のうち約64点が収録されている。パフォーマンスで使用された作品を、その当初の意図から離れて写真集化するのはどのような意味があるのかはやや気になるところだ。単にその資料として制作されたということだろうか?ショアというと私たちははどうしても「American Surfaces」や「Uncommon Places」を思い起こしてしまう。特に本作は撮影場所や写真フォーマットが「American Surfaces」と重なることから、オーディエンスはその延長上の作品と捉えてしまいがちになるだろう。
写真集のページをめくるに、どうも彼が21世紀のウィンスローに代表作を制作した70年代の残り香を求めているような印象を感じてしまう。当時の未発表作として提示されても信じる人が多いのではないか。シティー・スケープを撮影する場合、頻繁にモデルチェンジを繰り返す車に時代性が反映されることが多い。本作でショアは、ファイヤーバード・トランザムなど70年代以前の車を多く撮影している。また、古びて朽ち果てた看板、ネオンサイン、家屋や町の断片を意識的に撮影している。 またデジカメでの撮影なのだが人間は撮影されていない。ポートレートは髪型やファッションを通して時代の雰囲気が写真に現れることが多い。インテリアの写真がないのも同じ理由からだろう。「Visual Improvisation(即興映像)」ということは、アイデアやコンセプトはないオーディエンスは自由にヴィジュアルを見て楽しんで欲しいという意味だろう。しかし、普通で何気なく感じられる一連のイメージは、決してドキュメントではなくショアのパーソナルな視点で映し出された風景なのだ。
「Visual Improvisation(即興映像)」として作品を提示したのは、「Station to Station」の企画者であるダグ・エイケンへ敬意を表したということだろう。自分のスタイルを確立した写真家は、特に明確なコンセプトを提示しなくても観る側がどのように意識するかを想像できる。ショアは、本作のオーディエンスが自分の70年代の作品を思い浮かべることを最初から意識しているのだと思う。
彼は70年代のアメリカがすでに懐かしむ対象になっていることを示そうとしているのではないか。70年代は、石油危機、ベトナム戦争、スタグフレーションなどがあり経済や社会文化が決して良い時代ではなかったと思う。
だから、彼は当時の作品でアメリカン人の心に沁みるような原風景の残り香を提示し、消費文化が盛り上がった黄金の50年代の断片を皮肉を多少込めて表現した。それはかつてアメリカンドリームが描けた古き良き時代の象徴なのだ。
ではなぜ「WINSLOW ARIZONA」で、決して良い時代だと感じていなかった70年代の断片を求めたのだろうか?、それは現在と比べると、まだ当時の方が多くの人が将来に対して夢が描けたということなのだと思う。貧富の格差が広がり、中間層が没落している現在の状況を考えて欲しいという意図があるのだろう。かつて道の先にあると信じられていたアメリカンドリームは、いまやはるか遠い昔の記憶の中にしか存在しないということなのだ。
彼は、かつてインタビューで『私の作品は、写真、世の中、自分自身などを探求した結果として生まれている』と語っている。本作は今に生きるアメリカ人へのメッセージなのだと思う。過去を振り返ることは、いまを考えるきっかけにもなると伝えたいのだろう。そして現実をリアルに認識して、新たな生き方を見つけてほしいという願いが込められている。アメリカ文化の影響を受けた世代の日本人も、リアリティーを感じる作品ではないだろうか。

「THE STREET GOES ON」
スティーブン・ショア、マーク・コーエン、北島敬三、ホンマタカシ、ピーター・サザーランド、春木麻衣子、ロレンツォ・ヴィットォーリ、オスカー・モリソン。

・会場:IMA gallery
・住所:東京都港区六本木 5-17-1 AXISビル3F
・会期:2014年6月28日~2014年8月10日
・時間:11時~22時
・休館:不定休(要ウェブサイト確認)

http://imaonline.jp/list/imaconceptstore

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2014年7月 1日 (火)

ジュリアン・レヴィ (Julien Levy)
「Beauty Is You Chaos Is Me」展
欧米におけるアート写真最前線の表現!

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© Julien Levy

シャネル・ネクサス・ホールは、数ある日本のアート作品展示スペースの中でも、最も熱心に最先端の欧米のビジュアル表現を紹介している。常にアーティストの展示意図をできる限り尊重する彼らの姿勢には敬意を表したい。 そこからは、日本とは違う欧米社会でのアート支援の基本姿勢が垣間見えてくると思う。

現在、同ホールではジュリアン・レヴィ(Julien Levy)「Beauty Is You Chaos Is Me」展が7月20日まで開催されている。レヴィは1982年パリ生まれ。現在はニューヨーク中心に活躍しているアーティスト。本展では、東京、パリ、ニューヨークで制作された、写真、映像、インスタレーション、フォトブックなどを複合的に展示している。それらはデジタル革命第2ステージを迎えた欧米の最先端のアート写真表現といえるだろう。
彼自身は「眼で見る詩のコレクション」と自作を語っているが、詩人が様々な映像手段を使用して3次元空間で表現していると解釈したほうがわかり易いかもしれない。
アストリッド・ベルジュ=フリスベ、水原希子などの女優たちのポートレートやメランコリックな風景が主なモチーフになっている。すべてが観る側が写真家の視点を共有できるようなカジュアルなスナップ的なヴィジュアルだ。 アート的な写真として非日常的に展示会場の壁面に存在するのではなく、あくまでも観る側が自分の視点の延長上にあるように感じるシーンが連なっている。
そのための仕掛けとして、フィルムの半分だけが露光されて写真や、大きなマットの中に数センチの四方の極小の写真をセットしてそれをルーペで拡大する方法、部屋のインスタレーションの中で見せる方法などが導入されている。私たちの頭の中で、浮かんでは消えていく過去の記憶イメージを表現するかのような布や壁へのビデオの映写もその一部なのだろう。
これらはすべて、観る側が作品に入り込んでリアリティーを感じてもらうための仕掛けなのだと思う。この部分の展示アイデアもが彼の作品コンセプトと一部になっている。
ただし、自由な表現を目指し、作品がフレームからも自由になろうとしながらもその中にあえて留まっている印象もある。個人的にはフレームでの展示パートにやや違和感を感じた。会場設営に1週間もかかったそうだが、広いシャネル・ネクサス・ホールでの短時間での展示には限界があったのだろう。
全体の様々な形態の作品を俯瞰するに、一種のヴィジュアル・ストーリーのような印象だ。会場がシャネル・ネクサス・ホールであることから美を追求するシャネルというブランドの世界観をビジュアルで表現しているような感じもする。同社のリシャール コラス氏は彼のことを"ジュリアン・レヴィの作品は私たちの心を揺さぶり、混沌と嵐、無垢と残酷、エレガンスと無頓着とを問いかける。過去に例の見ないポエティックな「美」の賛歌であり、シャネルがこれに関心を寄せたのは当然の成り行きであった"と評している。彼もそのような印象を持ったのだろう。

現代社会の中で自由に生きることもレヴィの重要なテーマとなっている。彼はココ・シャネルと自分は「美」のとらえ方が共通していると主張している。さらに続けて"「美」は、パーソナルで、形がなく、変化し続けるもの。闘って手に入れなければならないもの。与えられるのではなく、この手で掴みとるもの-。私にとって、美を渇望することは、独立宣言と同じなのです。"と語っているのだ。ここの「美」は全て「自由に生きる」に置き換えられるだろう。
生きにくい社会生活のなかでできる限り自由に生きるために、シャネルは服を通して、レヴィはヴィジュアル表現を通して、「美」を追求してきたのだ。
この点を正しく知っていないと、本展の趣旨は理解できないだろう。自由に生きることを自分の夢を一方的に追求すること、権威を否定することと勘違いしている人がとても多い。しかし自由とはある一定の条件の中で成し遂げられることなのだ。アーティストは好き勝手なことを行っている人ではない。それができるのはアマチュアだけだ。
シャネルのような有名ブランドとの仕事では、レヴィはアーティストとしてある程度の妥協が求められるだろう。時に納得がいかなくて精神的に落ち込むこともあるかもしれない。それは一般の社会人が行っている仕事と何ら変わらない。そこで自己主張だけを一方的に行えば仕事は成立しない。自由と不自由との落としどころを的確に見つけ出す能力がプロのアーティストには求められるのだ。
またそれは仕事を行う相手にもよっても変わってくるだろう。フランス人の彼は、同じような考えを持って苦労してブランドを構築したシャネルの生き方に敬意を払っている。だからこそ妥協点が見つけられるではないか。彼のように自分より上位のものを尊敬して、認められる人は自分自身をそこまで高めることができるのだ。それで逆に彼は自由を獲得しているといっても良いのではないか。またアートの世界で生きていくこと自体も、資本主義という大きなシステムの中で確信犯で自分をそれに合わせることを意味する。彼は、若い時は「美」を追及していたが、いまは「優雅」を追求しているという。その優雅「Grace」とはシステムをうまく乗りこなすという意味も含んでいるだと思う。 彼はアーティスト活動を続けていくうちに自由に生きるということの真の意味を理解して実践しているのだと思う。

本展では、欧米のアートシーン最前線で活躍するアーティストの写真表現を見ることができる。まさに「デジタル革命第2ステージ」の現場といえるだろう。特に写真表現でアーティストを目指す人には見て、考えて欲しい展覧会だ。

ジュリアン・レヴィ(Julien Levy)
「Beauty Is You Chaos Is Me」

・会場:シャネル・ネクサス・ホール
・住所:東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
・会期:2014年6月28日~2014年7月20日
・時間:12時~20時
・休館:会期中無休

シャネル・ネクサス・ホール
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/

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