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2014年11月25日 (火)

2014年秋のニューヨーク
現代アートオークション
フォトグラフィー関連作品の動向は?

今秋になって米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は量的緩和策第3弾を終了させた。しかし、景気の先行きにはいまだ慎重でゼロ金利は継続されるという。NYダウは、金融緩和の継続見通しや景気の先行き期待から17000ドル超えの歴史的高値圏で推移している。
11月にニューヨークで行われた大手オークションハウスの現代アートセールでは、相変わらず傑作アート作品への強い需要が続いていた。低金利で株高のうちはアート市場も安泰のようだ。

11日と12日でササビースで行われた"Contemporary Art"セールでは、マーク・ロスコの"NO. 21 (RED, BROWN, BLACK AND ORANGE),1951"が4496.5万ドル(約5.17億円)で落札された。ちなみに彼の作品の最高落札額は2012年クリスティーズで記録された“Orange,  Red, Yellow、1961”の8690万ドル。

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Mark Rothko's No. 21 (Red, Brown, Black and Orange) (1953)
Courtesy of Sotheby's
今秋クリスティーズでは、1回のオークションでの落札最高額を記録。なんと75点のアート作品で8億5288万ドル(約981億円)が売上られた。最高額はアンディ・ウォーホールの“Triple Elvis (Ferus Type)、1963”で、8192.5万ドル(約9.42億円)で落札されている。
 
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Andy Warhol's "Triple Elvis (Ferus Type)" (1963)
Courtesy of Christie's
 
さて写真系作品の入札はどうだっただろうか?
人気の高い、シンディー・シャーマン、アンドレアス・グルスキー、リチャード・プリンス、ジョン・バルデッサリ、アンドレ・セラノなどへの需要は相変わらず強かった。その中でも、シャーマン、プリンス、グルスキーはいまや別格扱いになっている。彼らが取り扱われるのは目玉作品が出品されるメイン・イベントとなるイーブニングセールが中心。今回一番高額で落札されたのがシンディーシャーマン。クリスティーズでは"Untitled Film Stills (21 prints), 1977-1980"21枚セットが677万ドル(約7,78億円)で落札。ササビーズでも"Untitled Film Still #48, 1979"が222万ドル(約2.56億円)、"UNTITLED #88、1981"が114万ドル(約1.316億円)で落札されている。
アンドレアス・グルスキーは、ササビーズで"RHEIN I、1996"が180.5万ドル(約2.07億円)、フィリップスでは"James Bond Island I, 2007"が72.5万ドル(約8337万円)で落札されている。
リチャード・プリンスは絵画作品などもあるのだが、写真ではフィリップスで代表作の"Untitled (Cowboy), 1998-1999"が180.5万ドル(約2.07億円)で落札されている。
その他の作家では、アート写真分野のセールと重なることが多い、杉本博司、デビット・ラチャペル、ウォルフガング・ティルマンズ、ナン・ゴールディンなどがほぼ予想価格内で落札されていた。
 
今回の写真関連の出品作家は、知名度と落札予想価格が高い人が中心だった。どうもオークションハウスは現代アートカテゴリーに出す写真系作家を慎重に選んでいる様子だ。結果的にはセカンダリー市場でブランドが未確立の中堅やエマージング作家の取り扱いが減少している。低価格帯の写真系現代アート作品の多様性が急激に失われつつあるのだ。たぶんこれも市場2極化の影響だろう。それらが価格帯の振り分けからアート写真オークションに登場するケースも散見される。しかし二つのカテゴリーのコレクターはそれぞれが中間層と富裕層でまったく違うので、落札結果は好調とは言えない。
このような状況では、現代アート系写真の新たな価格帯のカテゴリーが必要なのではないだろうかと感じている。5万ドル(約575万円)以上の作品は、従来のように現代アート分野での取り扱いとして、 より価格帯がアート写真に近い5万ドル(約575万円)以下の作品は、新しい受け皿として「現代アート系写真」のようなカテゴリーの創出が必要ではないだろうか。それらに中間・高額価格帯の現代アート写真も含めてもよいだろう。
オークションハウスも、未来のスーパースターの必要性は認識しているようで、色々と試行錯誤を行っている。フリップスは11月にロンドンで開催したアート写真オークションで、セールの一部を"Ultimate Contemporary"として、現代アート写真系の中堅・エマージング作家をフィチャーしている。これからも各業者によって写真作品の様々なカテゴリー分けが行われるだろう。

今回のオークション結果を俯瞰するに、高額セクターの写真系作品は現代アート市場の熱気が反映されて相変わらず好調を維持しているようだ。それでは、中間・低価格帯のアート写真市場はどのようになっているのだろうか?
11月にはパリフォトの週にかけて、大手と中小業者による複数のオークションが欧州各地で開催された。ササビーズ・パリの「マン・レイ」や、フィリップス・ロンドンの「シカゴ美術館コレクション」など注目されるオークションもあった。全般的に結果は決して芳しいものではなかった。レビューは近日中にお届けしたい。 
(1ドルは115円で換算)

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2014年11月18日 (火)

ストリートのポートレート写真で
米国社会の現実と夢を紡ぎだす
リチャード・レナルディ(Richard Renaldi)の
「Touching Strangers」

ストリートで撮影される市井の人々のポートレート写真には何も仕掛けはないと誰もが思うだろう。今回取り上げる、リチャード・レナルディ(Richard Renaldi、1968-)のフォトブック「Touching Strangers」(Aperture、2014年刊)を見た人は、8X10"の大型ビューカメラで撮影されたアメリカ各地の恋人、夫婦、友人、家族の写真だと疑うことはないだろう。しかし、撮影されているペアやグル―プの人たちは実は全くの見ず知らずの他人同士なのだ。

2007年以来、レナルディは全米の都市を旅してまわり、各地で全くの他人である二人もしくはそれ以上の人たちを選び出し、カメラの前で、友人、家族、恋人、夫婦のように親しいポーズをとり、互いに触れ合うことを依頼してきた。
彼のカメラは、他人どうしの自発的で、つかの間のはかない関係性を構築し、それはシャッターが押される瞬間だけ続く。撮影時には、時に彼らの心地よい対人距離を超えることさえあるそうだ。彼の研ぎ澄まされた感性はそんな状況から微妙な親しみやすい瞬間を見事に切り取っている。
撮影時のポイントになるのが、本書タイトルにあるように相手に触ることだろう。個人の性格にもよるのだが、ボディタッチは不安を低減させ、リラック感や安心感を生起させ、相手との心理的距離を埋める効果があるという。これはレナルディの幼少時における教会の礼拝での経験がヒントになっている。牧師は横に座る見ず知らずの人と平和のサインを握手で伝えるように求めたという。彼はその行為で親戚以上に他人と心がつながるように感じ、写真作品で同様の効果を作り出そうと考えたと語っている。

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Richard  Renaldi「Touching  Strangers」(Aperture、2014)

レナルディの作品は明らかに今のアメリカ社会をテーマにしている。表紙の女の子の星条旗がプリントされたT-シャツ、メジャーリーグやアメフトのロゴの入った洋服類。そして背景や撮影場所も、ストリートだけでなく、スーパーマーケット、ダイナー、美術館、マーケット、コインランドリー、クラブ、ピックアップトラック、ハーレーのバイク、地下鉄などのアメリカ的なシーンが選ばれているのだ。
またアメリカがいま抱えている様々な分断もポートレートで伝えられている。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの宗教、白人、アフリカ系、アジア系、先住民系などの人種、老人と若者、富と貧困など。建前上は平等だけれども様々な不平等が存在する現実が、ポートレートとなる被写体のペアリングで見事に表現されていると思う。
そして、現実には相容れない他人同士の穏やかな表情のポートレートを通して、現状は変えられないが、彼らの心が通う合う可能性があることを示唆しているのだ。
なんでこのような奇跡的なポートレートが実現するかといえば、それはアート作品として撮影されるからだと思う。宗教、信条、人種、貧富の違いに対してアートはニュートラルなのだ。本作を、写真やアートが世界を多少は良くする可能性を持つ実例として見ることもできるだろう。

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Richard  Renaldi「Touching  Strangers」(Aperture、2014)

レナルディのメッセージは宗教的ともいえ、やや胡散臭いと感じる人もいるだろう。しかし現実のアメリカ社会では、「宗教」が大きな分断や格差の中で希望を見いだせない人の心の支えになっているのだ。日本人である私はどうしても日本と比較してしまう。この国でも格差は広がっているが、未来に希望が持てない人たちを支える社会的仕組みが存在しない。しかし共同体的な古き良き時代にはもはや後戻りもできないだろう。このあたりをテーマにした日本人アーティストから何らかのメッセージを見聞きしたいところだ。

ヴィジュアル的には、現代アメリカの本当に多様で幅広い現実のファッションが写っている点が面白い。写真家が特にファッションを意識して被写体を選んでないのだが、多種多様な人選がそのような結果をもたらしたのだろう。リアルなストリート・ファッションをコレクションした写真集にスコット・シューマンの「The Satorialist」がある。本書には、これよりもはるかに現実的なファッションが紹介されていると思う。
大型ビューカメラで撮影された、社会文化的な視点が明確な美しいポートレートは、時代の気分と雰囲気が反映された広義のアート系ファッション写真でもあると思う。21世紀におけるファッション・フォトの進化形と評価しても良いだろう。
 

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2014年11月11日 (火)

フォトブックを通して世界を理解する
自分のために1冊を見つけだす方法とは

いま市場には膨大な数の写真関連本が流通している。
そのなかには、アマチュア写真家が私費で制作するZINEやリトルプレス、写真家による自費出版本からアーティストの自己表現の一部と評価できるフォトブックまでもが含まれる。様々な完成レベルの写真集の中から、優れたフォトブックを選別し、さらに自分好みの1冊を見つけるのは非常に困難な作業になっているといえるだろう。

数多ある写真集のなかで、フォトブックは本ではなく写真家のアート作品と考えられている。本自体を商品として買うのではなく、それを通して伝えられる写真家のメッセージを愛でることなのだ。私たちは、提供される本の情報を手掛かりにそれらを読み解き、さらに自分に価値があるかを判断する必要がある。
この情報の取り扱いには注意が必要だ。私たちはマスコミは社会的に有力なメディアであることから、彼らの流す情報は信用できるものだと考えてしまいがちだ。しかし、情報を提供しているメディアが、一方でフォトブックの出版社や書店でもあることがある。フォトブックを紹介・推薦している個人も、写真業界で仕事を行っている関係者でもあることも多い。決してすべてが客観的ではなく、なんらかのバイアスがかかった情報が混在していると考えるのが賢明だろう。

私たちは、自分が好きなヴィジュアルが収録されているか、ブックデザインが好みかで1冊のフォトブックに関心を持つことが多い。そこからフォトブックの背景にある写真家のアート性に注目していくことになる。しかし、たった1冊のフォトブックだけではその判断が難しいといえるだろう。アーティストならば何らかの継続的なメッセージを様々なテーマを通して発信している。 結果的に複数のフォトブックが刊行されているはずだ。そのテーマ性の展開過程をフォローすることはアーティストを判断する上で重要な役割を果たすだろう。
最近はネットで写真家のキャリアを調べることが容易になった。アマゾンで写真家名を検索すると写真集リストが出てくる。また現在はほとんどの写真家がオフィシャル・サイトを持っている。どのような仕事を行ったかの情報入手は非常に簡単だ。気になるフォトブックがあったらその写真家のいままでの仕事を調べてみることを強くおすすめしたい。
優れたアート性を持った写真家のフォトブックならば自分が興味を持ったトピックに関して斬新な視点を提供してくれるし、多くの知的満足感を与えてくれるだろう。

例えば最近、カナダ人写真家のグレッグ・ジラード(Greg Girard, 1955- )のフォトブック「Phantom Shanghai」を購入した。
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Greg Girard "Phantom Shanghai"The Magenta Foundation, 2007

彼の本はずっと気になっていたが、買ったのは今回が初めてだった。私が反応したのは2001年に撮影されたカヴァー写真と本のタイトルだ。タイトルは「上海の幻影」のような意味となる。ちょうど今年の9月に中国の上海に行って自分の持っていた中国のステレオタイプの都市イメージと現実との乖離の大きさに驚いていたところだった。発展途上国的な部分と近代的な部分が共存しているイメージだったのが、いまの上海都市中心部は完全に近代都市そのものだった。グレッグ・ジラードの写真は、近代的高層ビルを背景にして、まるで爆心地みたいに破壊されて廃墟化したスペースに、古い時代の建造物がぽつんと佇んでいるような写真。廃墟に見える建物には電燈がともっていて人の気配が感じられるという、とてもシュールな写真なのだ。
それは、まさに私が感じた認識のギャップを埋めるような写真だった。早々に彼のキャリアを調べてみた。「City of Darkness: Life in Kowloon Walled City」を1993年に刊行しており、香港でも九龍城の高層スラム街を5年間にわたり包括的に撮影していた写真家だった。彼は貧富の格差など、近代化、文明化のダークサイドを主に中国で継続的に撮影している写真家だと分かった。その他、アジアの米国軍基地の周辺を撮影するシリーズ「Half the Surface of the World」では、そこにまるで米国郊外の町のような奇妙なシーンが展開している状況を提示している。私はこちらのテーマにも興味を感じている。
また私は過去に刊行された写真集の古書相場も調べることにしている。これは古本の専用サイトでなくてもアマゾンの本紹介ページの中古本(Used)欄でチェックできる。絶版本の古書市場での相場は、写真家のアート性の評価が反映されている。ジラードの「City of Darkness: Life in Kowloon Walled City」だが、特に初版ハード版は非常に高額なレアブックとして取り扱われており、彼の市場での高い評価がわかった。

私たちがフォトブックに魅了されるのは、自分と同様の興味を持つ写真家のメッセージを通して、ある特定のトピックの新たな視点を獲得できるからなのだ。高度情報社会の現在、様々なメディアから膨大なフォトブック情報が入手できる。それらの内容を吟味したうえ、自分が何を考えて、何に興味があるかを意識した上で整理整頓し、自分に必要なものだけを選べばよい。それを基準に自分が求めるフォトブックを判断するのだ。人はそれぞれの考えを持っているので、結果的に他人と自分では良いと思うフォトブックも違ってくる。フォトブックのコレクション構築は自分が何に興味がある人間かを知ることであり、自分探しと同じなのだ。私たちはフォトブックを通して、世界の仕組みをより良く理解できるようになるのだと思う。 

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2014年11月 4日 (火)

70年代・古き良き時代のロックシーンを撮影
ギスバート・ハイネコート
「ABBA to ZAPPA」

今年の春、あるオランダ人夫妻がギャラリーを訪ねてきた。
60歳代後半になる写真家 ギスバート・ハイネコート( Gijsbert Hanekroot、1945-)と奥さんだ。京都や築地のマグロ・オークションを見に行く予定だといっていたので、来日目的は観光半分で、余った時間で作品を取り扱うギャラリーを探していたのだろう。
彼は60年代後半から80年代前半までオランダや欧州諸国で音楽雑誌や新聞などのためにロック・ジャズのコンサートやミュージシャンたちを専門に撮影していた。ブリッツが、ブライアン・ダフィーやテリー・オニールを取り扱っていることから来廊したのだと思う。

ロック中心地というとロンドンのイメージが強いが、だいたいのミュージシャンは欧州ツアーも同時に行っている。オランダ人写真家というと、写真ファンの人はエド・ヴァン・デル・エルスケン(1925-1990)を思い浮かべるだろう。彼は「Jazz」という有名なフォトブックを出している。実はロック誕生前はジャズが最先端の音楽だった。ジャズ・ジャイアントといわれる大物はだいたいオランダで演奏を行っていて、エルスケンはそのシーンを撮影したのだ。70年代以降は、その流れでロック・コンサートも行われるようになったのだろう。
ちなみにエルスケンのことをハイネコートに聞いてみたら、世代が一つ上であまり交流はなかったようだった。また、オランダ人写真家には、U2などのヴィジュアルで有名なアントン・コービンがいる。なんと彼はかつてハイネコートのアシスタントだったとのことだ。
多くの写真家が当時の最先端のファッションで風俗だったロックの現場を撮影している。しかし、だいたい良い写真は写真家が個人的に好きな特定のミュージシャンに集中する。しかし、 ハイネコートは本当にあらゆるジャンルのミュージシャンを同じエネルギッシュなスタンスで撮っているのだ。ちょうどジャズからロックへの過渡期にあたるので、ジャズやブルースの巨人たちから、カリスマのロック・スターまでをカッコよく撮影している。
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Gijsbert  Hanekroot「ABBA  to ZAPPA」

2008年に刊行された写真集のタイトルが「ABBA  to  ZAPPA」。巻末のインデックスをみると、本当にAからZまでの幅広いミュージシャンのライブとオフ・ステージのシーンが高い完成度で撮影されていることがわかる。一部を上げると、デビット・ボウイ、ジョニー・ミッチェル、チェット・ベイカー、ジョン・レノン、オノ・ヨーク、ジェイムス・ブラウン、ニール・ヤング、ジョニー・キャッシュ、アリス・クーパー、ボブ・マレー、ブライアン・フェリー、エルトン・ジョン、ローリング・ストーンズなど錚々たる人たちだ。
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Gijsbert  Hanekroot "Lou Reed,1972, Amsterdam"

しかし、彼は80年代前半にミュージシャンの撮影をやめて、企業家に転身している。70年代くらいまでは、ミュージシャンは若者世代の政治的・社会批判的なメッセージを音楽で社会に伝えようとしていた。彼らと、カメラマンやファンはとても近い仲間のような存在だった。ハネクルートはそんなミュージシャンたちに憧れ、カッコいいと感じて撮影していた。しかし80年代以降はロックがビッグ・ビジネスとなり、みんなお金もうけのために仕事として演奏するようになった。彼は当時を振り返り、あまりにもコマーシャル的で機械的になり、面白い写真が撮れなくなったからやめた、と語っていた。
同時代にロンドンでミュージシャンを撮影してた写真家にハービー・山口がいる。彼によると、80年代以降はロックが巨額のお金を生むようになり、写真家は自由にミュージシャンと接して好きなように写真が撮れなくなったという。ミュージシャンも写真家は自分たちの写真でお金もうけをしていると認識するようになったらしい。実際にそのような写真家も数多くいたそうだ。ハービー・山口は、英国のデュオ・ミュージシャンのワムが登場したくらいからその傾向が明らかになってきたと感じたそうだ。
ハイネコートもそんな状況での不自由な撮影に嫌気がさしたのだろう。結果的に彼はジャズやロックの本当に良い時代のミュージシャンたちの素の姿を撮影できたのだと思う。彼は自らがカッコいいと感じるシーンを撮っていたので、その作品群は結果的に当時の気分や雰囲気を伝える広義のファッション写真とも呼べるだろう。

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Gijsbert  Hanekroot "Keith Richards 1976, Brusseles"
彼の代表作で一番売れている写真がキース・リチャーズのポートレートだ。同じくミュージシャンの撮影に定評のある鋤田正義は、このような温和であけっぴろげな雰囲気のキースは見たことがないとこの写真を絶賛していた。
その後写真界から離れていたハイネコートだが、写真展開催依頼がきっかけとなって、2000年代になってからデジタル・ピグメント・プリントによる作品制作を再開する。約2年の歳月を費やして膨大なアーカイブの整理整頓が行われ、2008年に上記写真集「ABBA to ZAPPA」が刊行された。その後、彼の作品はロックファンだけでなく、アート写真ファンも魅了して、欧州やロシアで写真展が相次いで開催されるようになったのだ。

私は、写真集を見て直感的に単なるライブ写真を超えた魅力的な作品群だと思った。しかし、いくら欧州で作品が売れていても日本のコレクターの反応はわからない。ちょうど時期的に「東京フォト2014」と「AXISフォトマルシェ」があったので、これらのフォトフェアで展示して作品の反応をみることにした。販売価格は欧州とまったく同じにしたのだが、現地の消費税が21%、日本が8%なので、日本での販売価格が欧州よりも安いという状況になった。
コレクターの反応は非常によく、結果的に作品も予想以上を販売できた。私は単なるライブ写真だと思われることを懸念していた。しかし日本のロックやジャズ・ファンは当時のミュージック・シーンの背景を本当に良く知っており、同時に高いヴィジュアル・センスを持っていることが改めて印象付けられた。
今回はフォトフェアでの公開というアート写真ファンに限定した作品の紹介だった。次のステージのプロモーション戦略としてギャラリー・べースでの写真展を検討したいと思う。最終的には、スポンサーを見つけてロシアで開催しているような大規模な展覧会を開きたいと考えている。

ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)の70年代のロック・ジャズシーンの作品や写真集はブリッツで見ることができる。興味ある人は、事前連絡の上で来廊してほしい。

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