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2015年4月28日 (火)

セレブリティー写真はアートになりうるか?
テリー・オニール作品人気の秘密

世の中には各界のセレブリティ―を撮影したポートレート写真を取り扱うギャラリー、販売店が数多くある。そのなかには、いわゆるブロマイド的な被写体のみに価値が置かれた写真と、写真家の作家性と被写体の知名度がともに愛でられたアート作品として認知されている写真とが混在している。これは、ファッション写真と同様の構図で、そこにも単に洋服の情報を提供するだけのものと、撮影された時代性が反映されたアート性を持つ写真がある。

セレブリティ―を撮影したポートレート写真がアート作品になるかどうかは、被写体と写真家、エージェントと写真家との関係性により決まってくる。まず被写体と写真家が同等のポジションでないとアート作品になりうる優れた写真は撮影できない。多くの場合、撮影される機会が多い有名人は、どのようなアングルやポーズで撮ってもらうと見映えが良いかを熟知している。被写体がリードして、写真家に一般受けするありきたりの写真を撮らせることが多い。それらは被写体メインの写真といえるだろう。
しかし彼らがキャリアの転換点などで、いままでにない新しい写真を撮って欲しい時に世界的に知名度が高い有名写真家に依頼する。だいたい彼らは友人関係のことが多い。そのような時には、被写体は写真家とともに一種のアート作品を共に制作するような意図を持つ。それらは写真家の自己表現の作品であるとともに、被写体とのコラボ作品にもなり得るのだ。

いま東京で写真展を開催中の英国人写真家テリー・オニールを例にこの関係性を詳しく説明してみよう。
彼が、セレブリティ―たちと親しくなれたのはとても幸運だったからなのだ。時は1963年のロンドン。彼は新聞社の若手スタッフ写真家だった。若者に人気のあるバンドがアビーロード・スタジオでレコーディングしているので誰かが撮影することになった。彼はミュージシャンらと同年だったことから早々に現場に派遣される。
それが、1962年にシングル・デビューしたばかりのビートルズ。その時は1963年春に英国で発売されるファースト・アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」の収録だったのだ。スタジオの裏庭で撮影された彼の写真はバンドの初公式写真となった。それらは一般紙に初めて紹介され、掲載紙は瞬く間に完売したという。

Blog
“The Beatles, London, 1963” Terry O'Neill

それがきっかけとなり、彼はまだ無名のザ・ローリング・ストーンズやデビット・ボウイを撮影することになる。彼らが親しくなったのには年齢が近いからだけではなかった。実はテリー・オニールは、写真家になる前はジャズ・ドラマーを目指していた。彼は当時のバンド・メンバーより、自分の方が技術は上だったと語っている。彼らはミュージシャンであるという共通項があったから瞬く間に親しい関係になったのだ。
周知の通りに、ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイはその後に世界的なスターに上り詰めていく。それに伴って、彼らを初期から撮影していたテリー・オニールのステイタスも上昇していく。音楽界だけにとどまらず、映画界、政界から撮影が殺到するようになる。その後、世界的な女優フェイ・ダナウェイと一時期結婚していたことで、彼自身がセレブリティ―写真家として広く認知されることになるのだ。
英国エリザベス女王、ライブ・エイドやFー1の集合写真、英国歴代首相、007シリーズなど、特別な舞台での撮影に彼は英国を代表する写真家として指名されるようになる。テリー・オニール作品の中には、ブリジット・バルドー、ロジャー・ムーア、ラクウェル・ウェルチ、フェイ・ダナウェイなどの被写体自身もサインをいれた作家とのダブル・サイン作品もある。彼がどれだけ親しい関係を継続しているかの証しだろう。

撮影を依頼するエージェントと写真家との関係性はどうだろうか。アート作品になるかどうかは、撮影時にどれだけ自由裁量が写真家に与えられるかによる。有名写真家になるほど、撮影スタイルが確立している。依頼主は完成する写真が想像できるので写真家の自由度が高くなる。テリー・オニールの活躍した60~70年代のファッション、ポートレート写真では比較的に自由に仕事ができたそうだ。編集者が力も持つグラフ雑誌のフォトエッセーよりははるかに自由度は高かったといえるだろう。
80年代から次第に撮影に制限が加えられるようになったという。ファッションや出版メディアがビック・ビジネスとなり、彼らが様々な事態を想定して自己規制を行うようになったのだ。健康被害を思い起こすタバコ、宗教的、人種差別、性差別などに事前に配慮したヴィジュアルが求められるようになるのだ。その後、自由な表現を追求したい写真家とエージェント、クライエントとの戦いが繰り返されることになる。多くの写真家は、この分野の自由な表現の可能性に見切りを捨て、業界を去ったりファインアートを目指すようになる。21世紀になりデジタル化が進行したことで、写真家に与えられる自由裁量はさらに狭まるのは多くが知るところだ。
最近ではクライエントやデザイナーの指示でカメラを操作するオペレーターのような存在になっている。このような不自由な状況では、かつてのようにポートレート写真から時代に残るようなアート作品が生まれ難くなってしまった。テリー・オニールがいま撮影をしない理由は、77歳という年齢だけではないのだ。最後の自分が納得のいった仕事はネルソン・マンデラの撮影だったという。

セレブリティ―写真がアートになるには、上記の前提とともに写真家のアート性も重要だ。テリー・オニールは世界的なセレブリティ―たちの自然な表情のポートレートを撮影することで定評がある。その一種のドキュメンタリ性を兼ね備えた作風が広くアート界でも認識されているのだ。
彼は自然な表情を撮影するための環境造りが重要で、あとは瞬間を切りとるだけだと語っていた。最も尊敬する写真家はユージン・スミス。彼も撮影環境作りを重視し、被写体が写真家を意識しなくなるまでカメラを取り出さなかったという。テリー・オニールも、同じアプローチを実践している。彼は時に被写体と行動を共にし、 また姿を隠したりしてシャッターチャンスを待ったという。
彼は写真家として成功する秘訣は、あまり目立たないことだといっている。その意味は最初は良くわからなかったが、いろいろ話してみて、被写体にとって写真家が自然の存在になることで良い写真が初めて可能になるという意味なのだと分かった。彼の写真は、セレブリティーが被写体のドキュメンタリーなのだ。そしてこれはアーヴィング・ペンが白バックで有名人のポートレートを近寄って撮ったことで知られるのだが、セレブリティ―の顔自体が時代性を反映しており、それらは広義のアートとしてのファッション写真であるとも解釈できるのだ。

アート作品と評価されるには、受け手となるオーディエンスが暮らしていた時代背景も重要になる。戦後から90年代前半までは、先進国の多くの人たちが、「明日はより経済的に豊かになれる」という共通の将来の夢が持てた時代だった。そのような気分が反映されていたのが、テリー・オニールの写真だった。いまは人々が持つ価値観は多様化してばらけてしまった。現代の写真家がそれを、世の中から拾い出して社会に提示することが極めて難しくなってしまった。それゆえ、多くの人が共通の夢が見れた時代に対する懐かしさを持つようになる。それらはビートルズなどの音楽や、60~80年代のファッション写真であり、テリー・オニールのポートレート写真なのだ。
21世紀の現代は、多くの人に共通に愛でられるアート作品になり得る、セレブリティー写真、ファッション写真が非常に生まれにくい時代になってしまった。 いまのテリー・オニールの世界的なブームはそのような状況で、過去の優れた写真家を再評価しようというアート界の流れから生まれているのだ。

一般の人にとって、セレブリティーが被写体の写真はみんな同じようにみえるかもしれない。しかし、将来的に資産価値を持つアート作品と、それ以外のブロマイド的作品とがあるのだ。コレクションを検討するときは写真の表層だけではなく、写真家のキャリアや作品が生まれた背景についても綿密に調べてみてほしい。

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テリー・オニール 写真展
“Terry O’Neill: 50 Years in the Frontline of Fame”
(テリー・オニール : 華麗なる50年の軌跡)
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インスタイル・フォトグラフィー・センター
2015年 4月23日(木)~5月10日(日) 午後1:00~6:00/ 入場無料/ 月曜日は休館

*5月3日、10日(日)の午後2時30分よりギャラリストによるフロア・レクチャー開催!
 予約不要、参加無料

〒106-0047 東京都港区南麻布5-2-9 地下1階  http://www.instylephotocenter.com/Information.html

5月20日よりは目黒のブリッツ・ギャラリーで開催。

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2015年4月21日 (火)

テリー・オニール写真展
いよいよ4月23日(木)より一般公開!

東京、香港のアジア巡回展に際し、英国を代表するポートレート、ファッション写真家のテリー・オニール(1938-)が来日した。メディアの取材やギャラリー・トークを通して彼の写真家のキャリア展開や作家ポリシーが明らかになったので、ここで紹介しておこう。

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テリー・オニールは、政治家、ミュージシャン、皇室、セレブリティ―を撮影している。 また女優フェイ・ダナウェイと結婚していたこともあるので、多くの人はアートとは縁遠い人だという印象を持つだろう。しかし、彼は非常にジャーナリスト、ドキュメンタリー系の視点を持った写真家なのだ。どんな有名な被写体であっても、自然は表情を引き出しその瞬間を切りとることに苦心してきたという。私は、彼は各時代を代表する人物を自らのスタイルで撮影しており、その写真は撮影当時の雰囲気を伝えていると理解している。単なるブロマイド的なポートレート写真ではなく、広義のアートととしてのファッション写真ということだ。

彼のキャリアは、いくつかの偶然が重なって展開してきたのがとても興味深い。まず写真家キャリアは、ヒースロー空港でスクープ写真を撮影したことから偶然始まった。写真学校にも通ったのだが、テクニックは独学だったようだ。
影響を受けたのは、フォトジャーナリストのユージン・スミスだという。若かりしオニールは写真年鑑をかなり参考にしたという。当時の年鑑には、カメラや使用レンズ、フイルム、シャッタースピード、絞りなどの撮影データが記載されていた。それを参考にして機材をそろえて、撮影術を学んだようだ。そこでの彼のあこがれで参考にしたのがユージン・スミスだった。
ジャーナリスト的な仕事も行うが、事故などの悲惨な状況の撮影などはあまり好きになれなかったという。そんなときに彼に偶然に回ってきたのが、当時全盛だったポップ・カルチャー・シーンの撮影だった。彼は当時のデビュー寸前のビートルズをアビーロード・スタジオの裏庭で撮影する。それは彼が新聞社で一番若い写真家でミュージシャンと同年代だったから。他のベテラン・カメラマンが嫌がった結果だったという。その写真は一般紙に大きく掲載され新聞は完売する。それがきっかけでザ・ローリング・ストーズからも撮影依頼が舞い込むのだ。
35mmカメラを使用してストリートで撮影した写真には当時の若者文化の最前線の気分が見事に反映されていたのだ。年齢が近いがゆえに彼は多くの若手ミュージシャンと瞬く間に親しくなったという。
これはギスバート・ハイネコートの時にも触れたが、当時はミュージシャン、写真家、ファンはとても近い存在だったのだ。ミュージシャンは政治的、文化的なメッセージを伝えたいと考えており、写真家はそれを幅広い人に伝える役割を担っていたのだ。彼のキャリアでは、若い時に将来有名になる被写体と親しい関係性が構築できたのが非常に重要だった。ミュージシャンが世界的なスターになるにしたがって、彼らを無名の時から撮影していたオニールの名声も高まっていった。
彼の生まれ持った性格もキャリアに影響していると感じた。何日間か行動を共にして感じたのは、とても気づかいの人だということ。写真集のサインやトークイベント、来場者との記念撮影など、長旅と時差で疲労困憊しているはずなのにとても丁寧に対応してくれた。人に対する振る舞いがとても自然で、オーラのようなものは感じられない。 これは有名写真家に共通すると経験的に感じていた事実。社会的に認められている人は、特に偉ぶったりする必要がないのだろう。
彼の有名人のポートレートは非常に親しみがあり、自然な表情をしているものが多い。それは被写体が写真家のオニールをよく知っていて、アーティストとして彼をリスペクトしているからだ。また、多くの写真では、彼は被写体と数週間に渡って行動を共にして撮影していたという。一緒に時間を過ごすことで、被写体はカメラマンの存在を意識しなくなり、結果的に自然な表情や姿が撮影できるのだ。その典型例がフランク・シナトラ。彼は仕事に非常に厳しいことで知られており、ベストの仕事しか認めないという。シナトラは長期にわたりオニールの同行を認め、そこからはいくつもの名作が生まれている。
彼は、成功の秘密は写真家が目立たないことだ、という意味の発言をしている。その真意は、自分の存在を消しさることで、自然な表情を引き出すという意味なのだ。しかし、いまはかつてのように時間をかけて写真を撮るような状況はなくなってしまったと、彼は嘆いていた。

彼のデジタル写真に対しての考えも紹介しておこう。デジタルで多くの人が写真を撮るようになったのは喜ばしいことだ、としている。しかし、彼は写真の本質は瞬間を切り取ることで、カメラを通して自分の直感を表現する行為だと理解しているという。デジタルでは撮影者にそのような一瞬に対する強度がなくなっていると感じているようだ。カメラマンというよりも、カメラを操作する人になった。その意味で従来の写真は死んだといえるかもしれないと語っていた。印象的だったのは彼はカメラという機械自体は嫌いだと発言していたこと。来日中にスナップも含めて、デジカメを取り出したことは全くなかった。スマートフォンも電話通話のみに使用しているらしい。いまは現代アートが市場を席巻して、自己表現は何でもありの時代となった。彼のようなアナログ撮影を好む考えも、数あるアプローチの中のひとつとして十分にありえるだろう。
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本展では約50年にわたる長いキャリアの中から、ブリジッド・バルドー、オードリー・ヘップバーン、フェイ・ダナウェイ、エリザベス・テイラー、ロジャー・ムーア、ケイト・モス、ミック・ジャガー、デビッド・ボウイ、エリック・クラプトン、ブルース・スプリングスティーンなどを撮影したベスト作品約30点を展示。F-1ドライバーやライブ・エイドの集合写真も必見だ。
上記で紹介した、60年代のビートルズやザ・ローリング・ストーズの初期写真も展示される。連休中も開催するのでぜひお出でください!

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テリー・オニール 写真展
“Terry O’Neill: 50 Years in the Frontline of Fame”
(テリー・オニール : 華麗なる50年の軌跡)
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会場:インスタイル・フォトグラフィー・センター
2015年 4月23日(木)~5月10日(日)
午後1:00~6:00/ 入場無料/ 月曜日は休館
〒106-0047 東京都港区南麻布5-2-9 地下1階 
http://www.instylephotocenter.com/Information.html

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2015年4月14日 (火)

「テリー・オニール : 華麗なる50年の軌跡」写真展 プレ・オープン&ギャラリー・トークを4月18日(土)に開催!

いつも当ブログをご愛顧いただきありがとうございます。
今回は読者向けの特別な情報提供です。

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4月23日からインスタイル・フォトグラフィー・センターで始まるテリー・オニール写真展に先立ち、プレ・オープン内覧会を4月18日(土)に開催することが急遽決定しました。
一般公開時には見られない、写真家関連ビデオとスライドショーの上映とともに、来日するテリー・オニールがギャラリー・トークを開催することになりました。

まだ写真家テリー・オニール(Terry O'Neill, 1938-)を知らない人のために本人の簡単な解説をしておきます。
スウィンギング・ロンドンという言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。1960年代ロンドンで起きた、ファッション、音楽、映画、建築などのストリートカルチャーのこと。ビートルズ、ツィギー、ミニ・スカート、サイケデリックのアートやデザインなどを思い浮かべてください。
オニールはこの時代に、音楽、映画、ファッション界の新しいアイコンを見つけて、写真を撮り続けた写真家なのです。彼はビートルズとローリングストーンズを新聞と雑誌のフロントページで紹介した最初の写真家で、友人にはミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、エルトン・ジョン、エリック・クラプトンなどがいました。彼は激動する60年代の最先端のポップ・カルチャーを撮影するとももに、自身のヴィジュアルで時代の気分をも作り上げたのです。

彼はいまでも、ミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、エルトン・ジョン、エリック・クラプトンなどのロック音楽界や、フランク・シナトラ、オードリー・ヘップバーン、ラクエル・ウェルチ、ポール・ニューマン、エリザベス・テイラーなどの映画界のセレブリティ―と深い交流関係を持つことで知られています。またショーン・コネリーからダニエル・クレイグまで、50年に渡り007・ジェームス・ボンド映画シリーズの写真を撮った唯一のカメラマンです。プライベートでは、米国人女優のフェイ・ダナウェイと結婚していた時期もあります。彼女が映画「ネットワーク」でアカデミー主演女優賞を受賞した翌朝のビバリーヒルズ・ホテルでのアンニュイな表情の写真は彼の代表作。オークションでも高額で取引されています。

ギャラリー・トークでは、セレブリティ―界の最前線を駆け抜けた写真家による、様々な興味深い撮影時のエピソードが聞けるでしょう。テリー・オニールは今年77歳。たぶん今回が最後の来日になると思われます。1回限りの特別なイベントなので、どうかお見逃しのないように!
予約不要ですが、受付では、"ブログ The Short Epic からの招待です"と一声かけてください。
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テリー・オニール 写真展 プレ・オープン内覧会
“Terry O’Neill: 50 Years in the Frontline of Fame”
(テリー・オニール : 華麗なる50年の軌跡)
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会場:インスタイル・フォトグラフィー・センター
2015年 4月18日(土)
午後1:00~6:00/ 入場無料
〒106-0047 東京都港区南麻布5-2-9 地下1階 
http://www.instylephotocenter.com/Information.html

*テリー・オニールによるギャラリー・トーク(英語)
 午後3時30分より開催予定
 予約不要 5分前までに会場にお出でください。
 ただし通訳はつきません。英語でのトークとなります。

(ご注意)
・写真集へのサインは会場で販売するものに限定させていただきます。
・写真家が高齢のため体調によっては中止となる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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2015年4月 7日 (火)

2015年春のNYアート写真シーズン到来!
最新オークション・レビュー

いよいよ2015年春のニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。3月31~4月2日にかけて大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスがオークションを開催した。
3社の総売り上げは約1772万ドル(約21.2億円)と、昨秋より約3.7%減、昨春より約20%減だった。過去2年間は秋と比べて春の売り上げが勝る状態が続いていた。残念ながら今春の売り上げは伸びず、3シーズン連続の減少となった。
過去5年の平均売り上げを比較すると、2013年春から2014年春にリーマンショック後の売り上げ減少傾向からプラスに転じている。しかし昨年秋から回復の勢いが弱くなって来た感じだ。今回は1年ぶりに50万ドル(約6000万円)超えの作品が2点でたものの、全体の落札率は70%をやや欠ける水準と大きな改善はなかった。
総合的に評価するにやや弱めだが標準的な落札結果だったといえるだろう。

クリスティーズは、3月31日に「20/21 PHOTOGRAPHS」と銘打って、William T. Hillmanコレクション単独セールと複数委託者のセールを行った。

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Christie's 20/21 PHOTOGRAPHS

前者の結果はかなり厳しく、落札率が48.7%、総売り上げも約127万ドル(約1.52億円)にとどまった。同コレクションの半分はカーネギー美術館に寄贈され、残りがオークションに出品されている。この事情からコレクションの方向性が同セールでは明確に打ち出せず、まるで複数委託者のオークションのようだった。これがセール人気が盛り上がらなかった理由の一因ではないか。ダイアン・アーバス、ヘンリ・カルチェ=ブレッソン、ウィリアム・エグルストン、ジュリア・マーガレット・キャメロンなどの高額落札予想価格の20世紀写真が軒並み不落札だった。
最高額はベッヒャー夫妻の"Blast Furnacesm Frontal View, 1979-1986"の9点もの作品で、11万2500ドルで落札された。

複数委託者オークションはやや改善して、落札率が57.2%、総売り上げは約419万ドル(約5億280万円)だった。最高額落札は、アルフレッド・スティーグリッツの4点しか存在が確認されていないヴィンテージ・プラチナ・プリント"From the Black-Window,-"291",1915"。落札予想価格上限を超える47.3万ドル(約5676万円)で落札。続くのは、同じくスティーグリッツのプラチナ・プリント"Georgia O’Keeffe, 1918" で41.3万ドル(4956万円)だった。リチャード・アヴェドンのアイコン的作"Dovima with Elephants, 1955"の130X106cmサイズの巨大作品は34.1万ドル(4092万円)で落札された。

ササビーズは4月1日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。
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Sotheby's PHOTOGRAPHS
落札率76.6%、総売り上げも約516万ドル(約6億2000万円)だった。最高額はカタログ・カヴァー作品のリー・フリードランダーの"The Little Screens Series, 1961-70"。38点のポートフォリオで、落札予想価格上限の2倍を超える85万ドル(約1億200万円)で落札された。2位にもポートフォリオ作品が続き、ニコラス・ニクソンの40点からなる"The Brown Sisters Series,1975-2014"が37万ドル(約4440万円)だった。
高額落札が期待された、20~30万ドルのエスティメートだった、ポール・ストランドのプラチナ・プリント"Rebecca, 1921"は不落札だった。

フィリップスは、4月1日に貴重な高額作品による「PHOTOGRAPHS」イーブニング・セールを、4月2日に中低価格帯の「PHOTOGRAPHS」デイ・セールを行った。オークションを昼夜2回に分けるのは現代アートなどでは一般的。私の記憶する限りでは、アート写真オークションでは初めての試みだと思う。
全体の落札率は79%、総売り上げは約708万ドル(約8億4996万円)、これでフィリップスは、二季連続のNYオークションでの売上高トップとなった。
最高額は、イーブニング・セールでのメイン作品だったヘルムート・ニュートンの"Walking Women, Paris, 1981" 。これは、171.5 x 149.5 cmサイズの銀塩写真の3枚セット。落札予想価格の上限に近い、90.5万ドル(約1億860万円)で落札された。今シーズンの最高額でもあった。続いたのが現代アート系のジョン・バルデッサリの"Green Sunset (with Trouble), 1987"  で、36.5万ドル(約4380万円)で落札されている。
ファッション、現代アートの次が、20世紀のクラシックといえるマン・レイの作品。"Reclining Nude with Satin Sheet, 1935"が 32.9万ドル(約3948万円)だった。
上位の3作品が象徴しているように、高額中心のイーブニング・セールの出品作は、写真史の巨匠の希少なクラシック作品、 アイコン的ファッション写真、そして現代アート系に大きく分類される。これらが、いま富裕層コレクターが反応する写真分野ということだろう。

今シーズンで気になったのはアーヴィング・ペンの相場だ。全オークションで44点が出品されて27点が落札。落札率は全体平均よりも低めの約61.3%にとどまっている。
注目のフィリップスのイーブニングセールでは、高額の3点が完売。"Picasso (B), Cannes, 1957"が10万ドル。"Black and White Fashion with Handbag (Jean Patchett)NY,1950"と
"Frozen Foods, New York, 1977" がともに10.6万ドルだった。
しかし、中低価格帯の作品は、不落札や落札予想価格の下限付近での落札が多かった。いままでのファッション写真ブームでペンの落札予想価格はかなり上昇してきた。今シーズンの結果から判断するに、どうもこのあたりのレベルが短期的には相場のピークのような予感がする。

いま、世界的には数多くの不安要素が存在している。米国の金利引き上げによる新興国での流動性縮小懸念、ギリシャなどの欧州債務問題、中東やロシアでの紛争、中国の景気悪化懸念などだ。しかし、ニューヨークのダウ平均株価は17,000ドル台でのレンジ内取引が続いている。 何かのショック的な出来事が発生して株価が急落しない限り、今年のアート写真相場の大崩れはないと思われる。ただし、決して将来が楽観できない状況の中で、昨年来続いているコレクターの精緻な作品評価の傾向は続くだろう。アート写真の主要購買者である中間層の経済状況の改善があまり込めないことから低価格帯作品の苦戦は続くと予想する。
日本のコレクターは約120円程度のドル高では、なかなか海外オークションへの参加に積極的になれないだろう。しかしこの頃は、特に低価格帯分野で意外に割安に買える作品が見つかることもある。また写真作品の出品数は多くないが、国内のオークションでも時に掘り出し物との出会いがある。ただし値段の割安感だけを見るのではなく、自分のコレクションの方向性を明確にしたうえで、欲しい作品に特化して相場動向をフォローするべきだ。悩んだときはぜひ専門家に相談してほしい。

(為替レートは1ドル120円で換算) 

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