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2015年5月19日 (火)

日本の新しいアート写真カテゴリー
クールでポップなマージナル・フォトグラフィー(1)

欧米ではアートの表現方法のひとつのとして写真は存在している。いまや写真は単独に存在するカテゴリーではなく、ファインアートの現代アート分野のなかの表現方法の一つになっている。もう一方で、インテリア・デコレーション用の写真も明快に区別されて存在している。主に商業写真家やデザイナーが販売目的の仕事として商品開発を行っている。両者の、アーティスト、ギャラリー、アートフェアは明確に区分されている。価格帯でいうと、インテリア系が低価格から始まり、サイズやエディションにより70ドル~2500ドルくらいまである。
ファインアート系では若手新人の作品が700ドルくらいからあるので、全く違うカテゴリーの写真が価格帯では重なって存在していることになる。ファインアート系はアートの理解力を持つコレクターが主要顧客となる。それらはアーティストのキャリア展開によっては資産価値を持つ可能性がある。
インテリア系は、アートの専門知識を持たない人が購入者で、販売者は価値上昇の可能性を示唆するものの実際は消費されるだけの商品だ。

では日本の写真界の現状をみてみよう。
日本人にも杉本博司のように欧米と同様に作品テーマを明確に決めてコンセプトを提示する現代アート的表現を行っている人もいる。しかし彼らの活躍するのは日本国内ではなく、環境が整っている海外市場が中心となる。アート性や作品相場も海外基準で決まっている。市場が小さいことから、国内ベースに作家活動を継続している人は非常に少ない。
また欧米のアート界には、彼らと異なる文化の価値観を愛でるカテゴリーが存在する。 欧米と比べての文化の独自性、特殊性が表現されたものが好まれる。アフリカ、中国、中東、インド、南米などがあるが、日本もそれに含まれる。欧米に比べて、宗教的、性的、肉体的、精神的に異なった価値観を持つ社会から生まれた作品が好まれる。なかにはエロティシズムとグロテスクが強調された作品も含まれる。この分野のコレクターは海外に存在しており、ここで活躍する写真家は少なからずいる。

日本現代写真と呼べばよいような独自市場も存在する。
外見は、上記のような現代アート系の写真作品なのだが中身は全く違うので説明してみよう。世界標準から離れた独自の進化を遂げた携帯電話のことをガラパゴス化というが、アート写真市場もかなり似た構造になっているのだ。
現代アート系の作品の前提は自立した個人があり、論理的思考で構築された自らの世界観を世の中に提示する。日本にもこのような欧米的なテーマとコンセプトを提示している写真家がいる。しかし実態はといえば、個としての自分自身が考えて絞り出したのではなく、世の中にあるアイデアとコンセプトをコピーして持ってきて、作品の体裁を整えるだけのものがほとんどだ。自分自身が意味を理解していない専門用語を並べたと思われる、理解しにくいアーティスト・ステーツメントが非常に多いと感じる。自分の考えでないので、テーマについての議論が行われることはあまりない。この種類の作品は自分のパーソナルな感情の連なりやその場のフィーリングを表現していることが多い。また色彩的、グラフィカル面が重視された写真である傾向もある。
日本では「アート」という言葉が非常に広い意味を持ち、またオランダのようにデザイン性を評価する土壌があるからだろう。優れたデザインがファインアートだと考えている人もいて、これらの要素を持つ抽象的な写真がアート作品として提示されることも散見される。
海外市場の基準に照らし合わせると、それらはヴィジュアル重視のインテリア向けアートにかなり近い存在となる。前記のように海外では2500ドルくらいまではインテリア・アートの価格帯になる。

日本社会では個人は独立してなく、共同体の一部として存在する傾向がいまだにだ強い。個人が社会との緊張関係を持てないのでが利己的になりやすい傾向もある。歴史文化がまったく違うので、日本で欧米基準の現代アート分野に分類される作品が生まれ難いことは否めないだろう。しかし日本でも非常に多くの写真家が作品を制作している。ほんとうに海外で活躍する一部のファインアート系写真と、一般大衆向けのインテリア系写真しか存在しないのか。その他のすべてにアート性がないのだろうか?
実際には写真を通じ世の中と能動的に対峙しており、単に一瞬の感覚だけで写真撮影していない人もいると考える。しかしそれらの写真を市場の中心である海外の基準でアートと評価するのは難しいようだ。
そのように悩んでいるときに出合ったのが評論家の鶴見俊輔による限界芸術という考えだった。欧米の価値観では分類できない多くの日本の写真家の作品群は、彼の提示する限界芸術ににかなり近いのではないだろうか直感した。彼は著書の「限界芸術論」(1967年、勁草書房刊)で以下のように定義している。「今日の用語法で『芸術』と呼ばれている作品を、「純粋芸術」(Pure Art)とよびかえることとし、この純粋芸術にくらべると俗悪なもの、非芸術なもの、ニセモノ芸術と考えられている作品を『大衆芸術』(Popular Art)と呼ぶこととし、両者よりもさらに広大な領域で芸術と生活との境界線にあたる作品を『限界芸術(Marginal  Art)』と呼ぶことにしよう。」としている。また「芸術とはヴィジョンによって明るくされた行動である」「芸術とは、主体となる個人あるいは集団にとって、それをとりまく日常的状況をより深く美しいものに変革する行為である。したがって、状況の内部のあらゆる事物が、 新しい仕方でとらえられ価値づけられることをとおして、芸術の素材となる」とも記している。これは現代のアートの理解とかなり近い認識といえるだろう。
限界芸術の一部だと鶴見が指摘している分野に、柳宗悦が提唱する「民藝」がある。柳は優れた美であれば、鶴見のいう純粋芸術にあたる「作家性のあるもの」とともに、 無名な職人の作品を積極的に評価してきた。彼は「自然は常に完全で、一切のものは自然に含まれている」というロダンの自然観に学び、「美は自然を征服した時にあるのではなく、自然に忠実な時にある」とする。これは、日本の伝統的な美意識を積極的に評価するとともに、人間が自然を支配するという西洋の思想へのアンチテーゼともいえるだろう。
民藝と同じように、写真分野でも、有名になりたい、評価された、お金を稼ぎたいというエゴからかけ離れたところで作品制作に取り組んでいる人が少なからずいる。彼らは意識的にテーマを選びコンセプトを提示してはいないものの、何らかの社会的視点が語れる写真作品を提示している。邪念を捨てて無意識のうちに写真が撮れるようになったきっかけや背景には今の社会の何らかの価値観とのつながりがあるはずではないだろうか?欧米ではそれらの写真はファイン・アート系の一部に分類される。しかし日本では感覚が優先されるので、写真家自身が意識的に作品コンセプトへと展開させることは少ない。日本ではそれらがアート写真なのだと理解されている状況もある。
しかしいくら作品にテーマ性やコンセプトが内在していても、写真家個人が意識的にならなければそれらは欧米的な基準ではインテリア系の写真作品に分類されてしまう。そうであれば、写真家が無意識のうちに撮影して優れた視点を内在する写真作品を、限界芸術の考えを導入して、ファインアート系写真と、インテリア系写真の中間のカテゴリーだと規定して、民藝運動で柳などが無名の職人の仕事を評価したように、第三者が積極的に評価してはどうかと考えた。
第三者が見立てて評価するアプローチは千利休の茶道具の見立てにかなり近い感覚ではないか。見慣れたものに新しい価値を見出す赤瀬川源平の超芸術トマソンなどの美意識とも通底している。日本の写真史を振り返ってみれば、50~60年代の写真も、写真家自身から語られたというよりも海外の専門家が写真家の日本の伝統文化と戦後流入したアメリカ文化との葛藤を見出して評価した面が強いといえるだろう。第三者による見立てが、写真表現を通しての文化の動向を顕在化させる可能性もあるのだ。

そのような限界芸術の写真は「マージナル写真(フォトグラフィー)」というような呼び名になるだろう。ただし、響があまり良くないので、柳宗悦が限界芸術を「民藝」と命名したように、とりあえず「クール・ポップ」写真と命名してみたい。クールはカッコいいという意味で時代との接点があることを意味する。ポップは大衆文化のことで、その両方を兼ね備える写真という意味だ。これは写真家の社会に対する視点が無意識のうちに反映された写真作品といえるだろう。
とりあえず今回は新しい分野の提案だけにしておき、次回ではこの写真をさらに深く考察してみたい。

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