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2015年10月27日 (火)

2015年秋のNYアート写真シーズンが到来! 最新オークション・レビュー

夏休みが終わり、いよいよ2015年秋のニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。

10月5~8日にかけて大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスがオークションを開催した。実は春のオークション以降、市場の外部環境に大きな変化があった。8月になってから、中国経済の想定以上の減速と6月中旬から続く上海総合指数の急落が、世界的な株安を引き起こしたのだ。その後も中国の実体経済の悪化を示す統計の発表が続き、世界経済へのリスクが大きく意識されるようになった。経済の先行きに対する不透明さから、広く予想されていた9月の米国の利上げも先延ばしとなった。10月になり、株式市場は落ち着きを取り戻したものの、景気の先行きに対する不安は大きくなっている。世界経済を引っ張ると期待されていた中国経済の実態は悪く、中央銀行による金融緩和だけがたよりという極めて不安定な状況であることが明らかになったのだ。先般、国際通貨基金(IMF)の国際通貨金融委員会が「世界経済のリスクが増大した」との共同声明を採択したが、まさにその通りの状況だろう。

そのような環境下で行われたニューヨークのアート写真オークションだが、実はその前から嫌な兆候もあった。アートで投機を行う裕福なコレクターたちの投資対象になっている、ヴィジュアル重視、内容が希薄な、マンネリ化した抽象作品は、「ゾンビ・フォーマリズム」系として知られ、2010年代に市場での存在感が大きくなっていた。9月にニューヨークで開催された複数の現代アートオークションで、このカテゴリーの入札不調が伝えられていた。アート市場に流入していた資金が減少している兆候だ。
さて2015年秋の写真オークションだが、ふたを開けてみると残念ながら嫌な予感は的中した。1万ドル(約120万円)以下の、低価格帯の動きが鈍いことは以前から指摘していた。この価格分野は前回とほぼ同様の入札結果だった。ところが今秋は、今まで好調を維持してきた5万ドル(約600万円)以上の高額価格帯が大きく苦戦した。落札点数は2014年秋とほぼ同じで、平均落札率は60%代前半なのだが、総売り上げが大きく減少したのだ。3社の総売り上げは約1017万ドル(約12.2億円)と、今春より約43%減、昨秋より約45%減だった。これはリーマンショック後の2009年春以来の結果で、ネットバブル崩壊後に低迷していた2000年代前半期の売上だ。
過去5年の平均売り上げの移動平均を比較すると、2013年春から2014年春にリーマンショック後の売り上げ減少傾向からプラスに転じたものの、2014年秋以降は弱含んで推移して、ついに今秋に下離れしてしまった。低価格帯~中間価格帯作品は、いままでの低調な動きから相場が適性レベルに修正されてきた。しかし、貴重作品や有名作品を含む高額セクターは、現代アート同様に資産性が高いという理由から比較的強めの相場が続いていた。今秋の入札結果により、今後は適性相場の修正が行われることになるだろう。高額セクター市場は金融緩和による過剰な流動性により支えられていたという指摘もある。世界的な需要不足を埋め合わせていた、金融緩和による資産上昇という構図に変化が訪れつつあるのだろうか?これから欧米で開催される現代アートと、欧州のアート写真のオークションの動向に注目したい。

今回クリスティーズは、現代アートなどと同様に、高額作品による「PHOTOGRAPHS」イーブニング・セールスと中間価格帯中心のデイ・セールスを10月5日~6日に開催した。今春のフィリップスを参考にしたようだ。
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Christie's NY カタログ

トータルの落札率は56.2%、総売り上げも約272万ドル(約3.26億円)にとどまった。特に高額セクターが極端に不振だった。高額落札が予想された上位10点のうち、なんと、アンセル・アダムス、アーヴィング・ペン、マン・レイ、ウィリアム・エグルストン、エドワード・スタイケンなど9点が売れなかった。最高額は、カール・ストラスのプラチナ・プリント"Man’s Construction, 1912"で、16.1万ドル(約1932万円)で落札された。
ピーター・リンドバークの120X176.5cmの巨大作品"Helena Cristensen, Debbie Lee carrington, Vogue Italy, ET Mirage, 1999"が11.8万ドル(約1425万円)だった。

ササビーズは10月7日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。落札率59.64%、総売り上げ約328万ドル(約3億9364万円)だった。こちらも同様に高額セクターの不落札率が高かった。
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Sotheby's NY カタログ

最高額はカタログに2ページにわたる解説が掲載されていた注目のロバート・メープルソープ作品"Man in Polyester Suit, 1980"で、47.8万ドル(約5736万円)。本作が今秋のアート写真オークションでの最高額だった。 ちなみに、2015年春の最高額は、フイリップスで落札された、ヘルムート・ニュートンの大判3枚セット"Walking Women, Paris, 1981"。90.5万ドル(約1億860万円)で落札されている。
カタログ・カヴァーに掲載されていた、ダイアン・アーバスの注目作"National Junior Interstate Dance Champions of 1963, Yonkers, NY, 1963"は不落札。続くのは、ティナ・モドッティの"Campesions Reading El Machete, 1929"。カタログに現物サイズの写真画像が折込ページで紹介されている注目作。落札予想価格内の22.5万ドル(約2700万円)で落札されている。
アルフレッド・スティーグリッツの"Georgia O'Keefe, 1918"は、21.25万ドル(約2550万円)で落札されている。

フィリップスは、10月8日に単独コレクションの「Innovators of Photography: A Private East Coast Collection」と、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を行った。53点が出品された前者のオークションは比較的良好な結果だった。落札率77.36%、総売り上げも約166万ドル(約1億9965万円)。最高額はダイアン・アーバスの"A Family on their Lawn one Sunday in Westchester, NY, 1968"。最高落札予想価格の上限をやや超える、36.5万ドル(約4380万円)で落札。続くのは、ウィリアム・エグルストンの"Memphis, 1969-1970"。30.5万ドル(約3660万円)で落札されている。
一方で、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」は、まさにクリスティーズとササビーズと同じ展開となった。全体の落札率は67.5%なのだが、高額セクターの落札率は47.8%と低迷したのだ。総売り上げは約256万ドル(約3億780万円)にとどまった。しかし、フィリップスは売上高合計では大手3社でトップだった。
最高額は、ロバート・フランクの代表作"Trolley, New Orleans, 1955"。14.9万ドル(約1788万円)で落札されている。次はエルガー・エッサー(Elger Esser)の約139X198cmの巨大カラー作品"Dout, Frankreich,1999"。最高落札予想価格の上限の2倍近い、13.7万ドル(約1644万円)で落札。リチャード・アヴェドンの約140x113cm作品の"Bubba Morrison, oil field worker, Albany, Texas, 1979"は、11.8万ドル(約1425万円)をつけている。ただし、高額落札が期待されていた、アヴェドンのビートルズ・メンバー4人のポートレート"The Beatles, London, August 11, 1967"は残念ながら不落札だった。

ちなみに、10月15日に開催された低価格帯作品が90%を占めるスワン・ギャラリーでの「Icons & Images: Fine & Vernacular Photographs」オークションは落札率約68%と平均的な結果に終わっている。高額セクターでは、ここでもアーヴィング・ペンの最高落札予想価格が10万~15万ドル(約1200~1800万円)の"Pablo Picasso at La Californie, Cannes,1957/1962"が不落札。まさに今秋の高額セクターの不調傾向を象徴していた。
(為替レート 1ドル 120円で換算)

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2015年10月20日 (火)

「ジ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2015」
グランプリは韓国出身のイ・スジンに決定!

今年で4回目になる「ジ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2015」が、六本木AXISのシンポジアで開催された。10月18日までの6日間で約400名が来場。参加者の投票によるグランプリは、韓国出身で大阪芸術大学奥田先生推薦のイ・スジンに決定した。
実は参加12名の中で投票数が多かったのは、イ・スジンと東京工芸大学の小池莉加の二人だった。イ・スジンは大阪在住で、東京にはたぶん多くの知人はいないと想像できる。その中で地元大学の小池とトップを争ったのは見事だったといえる。私は、二人の差はトークイベントの内容で明らかになったと感じた。

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小池莉加の作品
小池の作品解説は非常に感覚的で、作品制作の意図が分かり難かった。彼女の大判作品は抽象的でデザイン的な印象を持つ人が多いだろう。このタイプの作品は、出来るだけシンプルにわかりやすく自分のメッセージを伝えることが極めて重要になるのだ。しかし、それには自分自身の本質を徹底的に掘り下げていくことが必要になる。若い女性アーティストには非常に難しいことだろう。今後の活躍に期待したい。
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イ・スジンと作品
ヴィジュアルに関しては二人に大差はなかった。イ・スジンの写真も、小池同様にデザイン的な印象を持つ人が多いだろう。しかし、作品テーマに関しては彼女の方がわかり易かった。韓国の寺院などに見られる伝統的な花の文様を取り込んだという作品。この「太平花」は、世の中の太平を望む伝統的なシンボルだということで、おのずと社会的なテーマにも広がっていく。それは、隣国の北朝鮮との緊張関係だけにとどまらず、現在の良好とは言えない日韓関係にも思いを馳せることができる。このような状況下で日本に留学している、アートの可能性を信じる韓国人留学生からの、自国民や日本人へのメッセージだと受け止めることも可能ではないか。彼女は特に政治的なことは意識していないと語っていたが、無意識のうちにアーティストとしての将来の各国間の関係性への願望が表現されていたのだろう。また、「太平花」は仏教の伝来とも関わっているという。古来から続くアジアの国々の繋がりの歴史も意識させられた。
投票結果の発表後に、私もイ・スジンに投票したという知り合いからのポジティブな連絡を数多く受け取った。彼女のトーク・イベントは最終日だったので、前日に行っていたら得票数はもっと増えていただろう。

残念ながら、今回の参加者の作品には強いメッセージ性を感じるものが少なかった。その中で、可能性を感じたのは東京ビジュアルアーツ出身の山本圭一だった。

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トークイベントでの山本圭一
愛知県豊田市出身の山本は、すべてが単独企業の価値観が優先されて成り立っている地元の状況に違和感を感じて写真撮影を行っている。都市という大きな閉じられた空間の中で、大企業に価値観を与えられて住民は生かされている。企業はグローバル資本主義のメタファーでもある。しかし、これは非常に広範囲におよぶ大きなテーマだ。彼は現段階ではテーマの方向性は見えているようなのだが、まだ絞り切れていないようだ。大判作品1点のみのやや物足りない展示にも、自分の中でのテーマの未消化が明らかだ。展示点数が多ければテーマ内容がより見る側に伝わり、得票は伸びただろう。絞り込みには、写真を撮る前に徹底的な情報収集を行って、自分で視点がなにかを考え抜くことが必要だ。その先にアイデアやコンセプトが見えてくるだろう。世界的にこの分野で作品に取り組んでいる人は数多くいる。彼らの作品を分析することはもちろんだ。最終的には、本人がどれだけ継続して、テーマを掘り下げ続けることができるかかが問われるだろう。

最近は、クールでポップなマージナル・フォトグラフィーとして、限界芸術や民藝の写真バージョンの普及と啓蒙活動を行っている。興味ある人は、いままで4回にわたって書いているので過去のブログを参考にしてほしい。今回の新人展でも明らかにこの範疇の人を見つけることができた。彼らは、ファイン・アートではないが、アマチュア写真やデザインでもない作品を制作している。
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今野竣介の作品

まず東京工芸大学出身の今野竣介の抽象作品だ。
彼の作品制作過程は手作業の部分が非常に多い。また、完成した作品よりも制作過程に意味を見出しているようだ。ストレスの多い現代都市で生き抜くため、自分の正気を取り戻す瞬間が作品制作なのではないだろうか。興味深いのは、従来の多くの人のようにファイン・アートとして作品を提示しようと、タイトルをつけてステーツメントを提示している点だ。それらは非常に感覚的で、内容も難解だ。マージナル・フォトグラフィーのカテゴリーだと理解すると、一気にわかりやすい作品になると考える。
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浅田慧子の作品

日本大学出身の浅田慧子もこの分野だと理解すればよいだろう。彼女は、古い日本家屋の障子をフレームにして作品を制作している。時間の経過を作品に落とし込むことも意識しており、額となる古い障子を見つけることから作品制作が始まる。汚れ傷んでいるものを、修復して清掃していく。そして、障子紙に写真を出力して手作業で貼り付けていく。いまやデジタル技術の発達により、障子紙にも写真がプリントできるようになったのだ。この一連の作業は、一種のパフォーマンスでもあり、完成作品は写真を利用したインスタレーションなのだ。今回は壁面展示になったが、後方からライトアップしたり、実際の民家に設置したりと様々な見せ方が考えられる。日本家屋には、額装された写真作品を展示する習慣がない。床の間への展示の可能性もあるが、現代の住宅ではほとんど見られなくなった。しかし、障子は案外モダンなインテリアとの相性がよい。もしかしたら、日本の住民は額装写真よりも障子写真の方にリアリティーを感じるのではないかと感じた。このような写真は分類が的確に行われれば、新しい分野の日本のアート作品になり得るのだ。

今回の新人展には多くの問題点もあったと感じている。一部参加者の意識レベルの低さ、本展の趣旨である、偏見のない自由なアートの視点がすべての関係者に共有されなかったことなどだ。しかし、今回のグランプリ選出はそれらをすべて些細なこととして忘れ去るほど納得のいく結果だった。私は今回の投票によって集団無意識的に導き出された、ニュートラルで、自由を尊ぶ、日本人観客のアート写真理解力に本当に驚かされた。機会があったらぜひその背景を分析してみたい。

最後に、来場者、協賛・協力企業、参加者、関係者に、心より感謝したい。

本当にありがとうございました。

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2015年10月13日 (火)

「ジ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2015」 10月18日まで開催中!

"ジ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト2015"「新進気鋭のアート写真家展」が10月13日から六本木のAXISビル地下1階のシンポジアでスタートする。今年の参加者は以下の12名。学校による推薦はすべて個別の先生によるものだ。

小池 莉加(東京工芸大学)、今野 竣介(東京工芸大学)、吉田 麻美(岡山県立大学)、毛 宣惠(日本大学)、陳 程(日本大学)、山本 圭一(東京ビジュアルアーツ)、馬場 さおり(九州産業大学)、イ・スジン(大阪芸術大学)、岩佐・ジェームズ・スワンソン(大阪芸術大学)、松本 典子(飯沢耕太郎)、浅田 慧子(公募)、橋岡 慶嵩(公募) 

2012年に始まった同展も今年で第4回目を迎える。グループ展は仲間同士で開催することが多いので緊張感がない場合が多い。しかし本展では写真の専門家により推薦された若手写真家がオリジナリティーを競うことになる。参加者だけではなく、推薦者の指導力も同時に問われることになる。さらに来場者や関係者による人気投票によるグランプリ選出を行っている。露骨に参加者の人気度の順位までつけているのだ。

この投票については様々な意見がある。本展にはアーティストを目指すつもりの人たちが参加しているから、アート作品としてのオリジナリティーを評価しなくてはならない。 参加者がその本来の意味を理解しているかはともかく、それにはアート写真の理解力を持った観客が、各人の発信するメッセージを読み解いて評価してもらうことが必要だ。残念ながら今の日本では、アートと認識して作品に能動的に対峙する人は非常に少ないだろう。特に写真に関してはその傾向が顕著で、多くは表層だけをみて、自分の好き嫌いを述べるだけだ。
ところが、実に不思議なことに過去2回の結果を見るに、投票結果は写真の表層というよりも内容がかなり的確に評価されたものだった。ヴィジュアル重視の作品は、予想通りに上位にはくるのだがトップにはなれないのだ。


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2013年グランプリの三善チヒロ(左の作品)や、2014年グランプリの重松駿(右の作品)のメッセージは決して単純で表層的ではない。かなり玄人受けするような内容だった。理由を色々と考えてみた。
投票用紙には自分が優れていると評価する1位から3位までを書いてもらうのがこのような興味深い結果を生んでいるのではないだろうか。1位だけの記載だとヴィジュアル面の好みだけを書く人も、3人となると違う基準で選ぶのではないだろうか。つまり、ヴィジュアル感覚は好きか、嫌いかなので、2番目に感覚的に好きという評価はないのだと考えられる。それゆえ2位と3位は、表現が面白いとか、テーマが興味をそそられるとか、別の基準で決めているのではないか。それは表層の好き嫌いというよりも、内容の評価に近くなってくると考えられる。ヴィジュアル面の好みと比べて、一般の人の内容の評価はそんなにばらけないのではないだろうか?
もう1点気付いたのは、会場で行ってくれた、自作を語るアーティスト・トークが前記の二人とも非常にわかり易かったことだ。多くの人が、他人の作り上げたテーマとコンセプトを自作に当てはめて語ることが多い。 しかし、二人は決して洗練されてはいないものの自分で考えて導き出されたメッセージを伝えようとしていた。作家のメッセージが本人の言葉で多くの人に伝わったことが投票数に影響したことは十分に考えられる。
注目の参加者のギャラリー・トークは、今年も10月17日と18日に予定している。写真が売れないといわれる日本でも、アーティストの可能性を追い求めている優れた新人が存在する。アーティストを目指す人、写真コレクションに興味ある人、新人を探しているギャラリーなどは必見の展示だと思う。
今年は13日~18日までの1週間の開催。注目のグランプリ発表は18日の午後4時を予定している。私はだいたい会場にいるので、見つけたら遠慮なく声をかけてほしい。

“The Emerging Photography Artist 2015”
(ジ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト 2015)
 -新進気鋭のアート写真家展-
 2015年10月13日(火)~10月18日(日)
 午後 12時 ~ 7時 (最終日5時) / 入場無料
 会場:シンポジア
 六本木 アクシスビル 地下1階
http://www.axisinc.co.jp/building/eventdetail/436

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2015年10月 6日 (火)

横木 安良夫 写真展
『Day by Day( デイ・バイ・デイ )』
ヴィンテージと最新ラムダ・プリントを見比べる

ブリッツ・ギャラリーは、コマーシャル、エディトリアル写真および映像分野で活躍する横木安良夫(よこぎ・あらお)の写真展「Day by Day」を10月28日まで開催している。ちょうど東日本大震災発生時に開催していた「Glance of lens (レンズの一瞥)」以来4年ぶりの個展になる。

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(C)Alao YOKOGI
   
本展は2006年に発表された「Teach Your Children (ティーチ・ユア・チルドレン)1967-1975 あの日の彼 あの日の彼女」の続編となる。横木は、日本大学芸術学部の学生時代から、自分が素直に"カッコいい"と感じるシーンを一貫して撮影している。彼は、関東近県を精力的に動き回りながら、アメリカ文化の影響を受け、大量消費時代を生きる当時の若者が感覚的に反応するシーンをスナップしていく。それらは、原宿、六本木、渋谷などのお洒落な市街地、湘南、米軍基地のある横田や横須賀、地元の千葉市川周辺までに及ぶ。新宿の学生運動でさえ、それらの一部に含まれる。
彼は戦後生まれの第1世代であり、前世代の写真家のように輸入文化の影響による日本文化のアイデンティティー喪失のような危機感を強くは持っていない。谷川晃一が1979年に「アール・ポップの時代」で、アメリカ進駐軍文化の日本および世界の文化への大きな影響とそれによってもたらされた共通感覚を指摘している。この感覚が的確に反映されているのが「Teach Your Children」といえるだろう。同作は、当時の若者文化をコミュニティーの内側から撮影した団塊世代の青春グラフィティーとして絶賛された。

「Teach Your Children」は、学生時代から写真家キャリアを開始した時期までに撮影されたものだった。今回は1975年にアシスタントを経て写真家として独立した以降の70~80年代までの作品が中心となる。本作では、横木は日本社会の中で併存する輸入文化と国内文化の断片を的確にフレームの中にとらえている。横木の語る、"ちょっと奇妙な光景"とは、そのことをだ。実際のところ、戦後日本はアメリカ文化を無条件に受け入れたものの、日本文化が消えてしまったわけではないだろう。それらは排斥しあったり、融合したり、併存したり、様々な形態を生み出している。いままでは、アメリカ文化の影響を否定して日本の伝統的文化の残り香を強調する人、 逆にアメリカ文化を主題にする人は多かった。横木はアメリカ文化の影響と、それを受けつつも独自文化が併存している日本のシーンを対比させている。彼はそんな戦後日本の奇妙な混血文化の最前線のシーンを多少の違和感を感じつつも軽い感覚で自然に受け入れているのだ。
そして21世紀のいま改めてこの作品を提示するのは、現代日本でもその状況は全く変わってない、いやさらに進んでいることを示すためではないか。横木の写真を通して、私たちはいまやそんなシーンに違和感すら感じなくなっている事実に気付かされるのだ。当時、一種のフィクションのように横木が感じていたシーンが、いまやリアルな世界になってしまった。

本展では1985~1986年にかけて新宿ニコン・サロンなどで展示された一連の作品群から約24点が展示されている。最近の横木の写真展では、すべての展示作品はインクジェットによるデジタル・プリントで制作されていた。しかし今回は全作が当時に本人の手によりプリントされたアナログ銀塩写真になる。また前作「Teach Your Children」シリーズから、代表作の貴重なヴィンテージ・プリントも展示されている。
本展の注目点は、モノクロのデジタル銀塩写真が一部展示されている点だ。これは、Black & White Lamda Printsという手法。日本語訳では、モノクロ・ラムダ・プリントと呼んでいる。プリントは、アナログのネガからではなく、コンピュータにより制御されたデジタル・ファイルを、レーザーやLEDで印画紙に露光する写真プロセスで制作されている。制作過程の後半部分は、従来のアナログ写真と同じ工程の処理を経て制作されている。印画紙は、アナログ写真と同様の、キメ細かい質感による美しい描写が再現できる、感光材料(乳剤)を塗布したファイバー・ベースのものを使用している。特徴は、プリントに一貫した中間トーンがあり、また強い黒部分を持ち、ハイライト部分の細かい再現力に優れていること。デジタルプリントなのだが、インクジェット・プリントやジグリー・プリントとはまったくの別物だ。
横木がデジタル銀塩写真に取り組んだ理由は、シリアスなコレクターはインクジェットの写真作品を買わなくなっているからだろう。デジカメとインクジェットはいまやアマチュア写真家の定番と考えられている。コレクターにとって有難味があまりないということだ。一部には、これは銀塩写真信仰が強い日本だけの状況で、欧米では普通にコレクターが買っているというような発言をする写真家がいる。それは事実で、現代アート分野で活躍する作家の作品が大判のデジタル写真のことは多い。しかし、これは明確なテーマがあり、それに対するアイデアやコンセプトが提示されて作品の場合だ。日本では、自分で考えて社会との接点を持つテーマを提示する人はほとんどいない。つまり横木の写真作品のカテゴリーは私が最近提唱している限界芸術の一部である「クール・ポップ」写真に近くなる。デジタル・カメラで撮影され、インクジェットで制作された写真作品はこの範疇には含まれにくいという理解になる。手作業的アプローチと銀塩写真的なモノとしての質感が求められるのだ。デジタル銀塩写真の手作業の部分はなにかという、ツッコミが入るかもしれない。それは、自分の納得のいくプリントを制作する、デジタルファイル作りの工程だろう。 ここの部分は、かつて暗室で行われたような様々な試行錯誤がパソコン上で行われることになるのだ。納得のいくプリントを作り上げるにはかなりの時間と製作費がかかることになる。アマチュア写真家にはかなり敷居が高いといえるだろう。その辺がコレクターにアピールするわけだ。

本展タイトルの「Day by Day」は1985年に行われた初個展のタイトル。今回、横木のデビュー作が、約30年ぶりに蘇ったことになる。初期ヴィンテージ・プリント、80年代の古いモダン・プリント、そして最新のモノクロ・ラムダ・プリントが見比べられる写真ファンには非常に興味深い写真展だろう。ぜひご高覧ください!

横木 安良夫 写真展
『Day by Day』
( デイ・バイ・デイ )
2015年10月2日(金)~10月28日(水)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 日・月曜日 / 入場無料 

フロア・レクチャー:10月24日(土)に開催。
ブリッツ・ギャラリー
 

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