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2015年12月15日 (火)

独りよがりが失敗を生む
すぐれたフォトブックの作り方

写真専門誌アパチャーを定期購読していると"The Photo Book Review"というフォトブック関連の情報を記載した季刊新聞がおまけに付いてくる。

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THE PHOTOBOOK REVIEW 009/FALL 2015

アパチャー財団が手掛けている"Aperture Foundation Photo Book Award"などは同紙を通じで情報が紹介される。同賞のことに少し触れておくと、私はフォトブックに対する賞はかなり無理がある試みだと考えている。アパチャーはフォトブックを紹介するカタログ本を出版しているので、現在進行形で優れたものを選んでアーカイブ化するという意図はわからないではない。 だがフォトブックがアート表現の一形態と理解すると、その範囲は広大となり、分野は非常に細分化される。限られた人数で1年間に多くの国々で刊行されたすべてをカヴァーするのはかなり難しいだろう。発売時期も評価に影響すると考えられる。結果的に、どうしても選者や出版社の好みや意向が反映されがちになってしまう。特に実績のない新人の場合はその傾向が強くなるのではないか。しかし、賞の企画・実行には大きな意義があるのは明らかである。上記のような様々な限界の上で導き出された結果だと認識すればよいだろう。これをグローバルな客観的な評価だと勘違いしないことが肝心だ。

さて2015年秋の"The Photo Book Review"第9号では、フォトブック制作プロジェクト時における写真家の心がけについて特集している。参考になる点が多い、非常に興味深い内容なので紹介しておこう。
編集はユトレヒトのデザイン・オフォイスの創業者Arthur HerrmanとJeroen Kummerの二人だ。彼らは"写真撮影は孤独な作業で、そのために写真展やフォトブックなどのプロジェクトを行うときにどうしても写真家自身がすべてをコントロールしようとする傾向がある。しかし、実際には自分以外の人の専門知識を利用すること、つまりコラボが良いプロジェクトにするためには必要だ"と提案している。ここでのコラボの相手とは、編集者、タイポグラファー、グラフィックス・デザイナー、他の写真家、ギャラリストが含まれる。同紙巻頭の編集ノートでは"共同作業と互いに影響を与えあうことがプロジェクト成功のカギを握ると信じている。特にフォトブック形式での実現にはその傾向が強い"と問題提起している。"そのためには写真家はある程度の妥協しなければならない"とし、 さらに"コラボが成立するためには、信頼、正直さ、開かれたコミュニケーション、自分好みのイメージやアイデアを解き放つ能力が求められる。写真家はプロジェクトのチームを「代表」する人であるべきで、「支配」する人であってはいけない"と主張している。

同紙14~15ページに"We Say :Team Up!"として、ポスターのように箇条書きで内容の要点がまとめられているので、簡単に意訳して紹介しておこう。
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他人に対する信用は創造過程を自由に解放してくれる重要な要素だ。
自分の心地よいところにとどまるのではなく、一緒に新しい世界を見つけよう。

いつでも新鮮な視点が必要だ、聞くことに同意し、新しいことを怖がるのを止める。
願望を明確にする、イメージが実際に描写する以上にあなた自身が超えて先をいかなければならない。
オリジナルの発想に互いを引っ張っていこう。
あなたの技量、責任、調査、動機を適応させろ。
あなたのフィーリング、疑問、希望を分かち合え。
あなたの判断を正当化しろ。あなたの視点を調整せよ。
あなたの柔軟性を試せ。
様々な視点からの頻繁な議論を心がけよ。
そして、そのことで自分が居心地悪くなるだろう。
その重大な局面(転機)を大事にしろ。
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翻って、いまの日本ではこのような協力関係構築は非常に難しい。多くの人は同紙の提案の趣旨さえ理解できないのではないだろうか?まずアーティストは、自分が感覚的に正しいと信じていることを追求するべきと思っている人が圧倒的に多い。私は新人を市場に紹介する"ジ・エマージング・フォトグラフィー・アーティスト"展などで若い写真家と接することが多い。同展はいままで4回行ってきたが、残念なことに自分の枠を通してしか世の中と対峙していない人がほとんどだ。自分の興味のない情報やアドバイスはスルーしてしまうのだ。アーティストを目指すはずの新人が、まるで趣味として写真で好きなことを追求するアマチュア写真家と同じなのだ。若くして成長が止まっているわけだから、アーティストとしての将来性はかなり厳しいのではないか。
写真家、デザイナー、編集者、ギャラリストとのコラボも機能しない。常に誰かが主導権を握るような構図になっている。まずは互いに主導権争いが行われるか、主導的な人間が自分がコントロール可能な人を集めるのだ。真の協力関係が成り立つには、関係者全員が自分の持つ枠組みをいったん忘れてニュートラルになり、よいプロジェクト実現のために協力しようという態度を持たないとだめだ。自分の枠内でしか考えることができない人間が一人でもいると混迷が深くなる。日本ではこのような上記のような"Team Up!"の実現は非常に難しいのだ。優れた創作が生まれるには天才の登場を期待するしかないわけで、この辺がいまの日本で優れたアーティストやフォトブックが生まれない理由だとみている。
同紙では、"チームによるフォトブック制作を行う理由は、人間は誰も自分自身にも他人に対しても360度を見渡せる視点を持っていない、客観性はコラボの文脈の中だけで意味がでてくるという考えによる"というRobert Salazar氏の意見を引用している。つまり、それぞれが異なる考えを持って世界を理解していて、解釈はみな違うという個人主義的な前提が西洋にはある。日本では、一蓮托生的なみな同じ考えを持っているはずだという共同体的な考えがある。 これは文化的な違いなので、致し方ないかもしれない。

同紙を読んで直感的に感じたのは、紹介されている考え方はビジネスでイノベーションを引き起こすためのアプローチに近いということ。つまり、アートで新しいテーマを見つけ出し作品を創作することは、ビジネスでイノベーションを発見するのとかなり近いものではないか直感したのだ。例えば米スタンフォード大学のジェームス・マーチ教授が提唱した「知の探索」と「知の深化」では、出来る限り意識的に自分の知らない分野の知に触れることで、新しいものが生まれる可能性が高まると指摘している。
またマサチューセッツ工科大学の上級講師であるオットー・シャーマー博士が提唱している「U理論」では、人間は自分のいままでの人生で培ったフレームワークを通して世の中を把握しがちで、それに気付くことがイノベーションを起こすために必要だと指摘している。
これらは"The Photo Book Review"の、個人が限界的な視点しか持たないから、コラボが必要であるという提案の理由を説明しているといえるだろう。

今回紹介したのはフォトブック制作時でのヒントだが、もちろんこれは作品自体にも適応可能だ。作品制作での失敗は、自分の思い込みを無理やり進めることで起こる。オリジナルな作品を作るためには、まず自らを客観視してテーマ性を検証することが重要なのだが、それがなされないのだ。自分の思い通りに写真集を制作し、写真展を開催する。しかしやがて世の中が自分のメッセージに反応しない事実に気付くことになる。そして多くの人が、日本では自分の写真を理解できるオーディエンスやコレクターがいないと作品作りに挫折していく。今回の"The Photo Book Review"の特集での指摘は、アートとビジネスでは求められる人的な素養は全く違うと思われているが、かなり重なる部分があることを示唆していると感じた。感覚重視の世界と思われがちなアートの創造世界だが、実はシステマテックなアプローチが可能ではないか。そのノウハウを学び理解した上で取り組むと、優れた作品がより効率的に生まれる可能性が高まると考えられる。チームでの共同作業も、それが創作の一部だと参加者全員が理解して取り組めば、文化的背景の違う日本でも実現可能ではないだろうか。天才でなくても、複数の才能を持つ人とコラボすることで、アーティストとして成功する可能性があるということだ。ここの部分についてはやや思いつきの部分もあるので、年末の休みにじっくりと考えて改めてまとめてみたい。 

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