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2016年4月26日 (火)

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2016
古都京都で体験する写真の見立て

"KYOTOGRAPHIE"は、京都市内の15会場で写真作品を展示する今年で第4回目となる町興しのフォト・フェスティバルだ。昨今は、国内の主要観光地は海外からの人で溢れていると伝えられている。しかし日本人による国内旅行はあまり盛り上がってないとも聞く。関東出身の人なら、多くの人が修学旅行で京都を訪れた経験はあるだろう。しかし、よほどお寺回りや歴史好きの人でないと、わざわざ京都へ再度観光に訪れるきっかけはない。また関西地方在住でも京都に行く機会はあまりないという話も聞いたことがある。私も一時期、京都に近い高槻市に住んでいたことがあるが、京都はほとんど訪れなかった。
"KYOTOGRAPHIE"はカメラや写真趣味の人に「今一度、新緑の京都を訪れよう」という誘いかけなのだ。観客が展示会場を順に回ることで古都京都の魅力を再発見してもらおうという趣旨。京都にはカメラ好きには嬉しい撮影に最適の観光名所も数多い。
また本イベントでは、ギャラリーや美術館以外にもステレオタイプにとらわれない意外な場所での写真展示の試みも行われている。寺院内や古い京町屋での写真展示は、建築、インテリア、デザインが好きな人でも興味を持つことができるはずだ。

このようなフォト・フェスでは、集客力が期待できる核となる展覧会が必要不可欠となる。今回は京都市美術館別館で開催される「コンデナスト社のファッション写真でみる100年」がそれに当たる。これはフランスのラグジュアリー・ブランドであるシャネルの協賛により実現している。シャネルは毎年銀座のネクサスホールで年初に開催される美術館級の写真展を京都に巡回させることで"KYOTOGRAPHIE"を全面的にサポートしている。このイベントは、日本の古都京都とフランスの老舗シャネルという両強力ブランドによるコラボレーションでもある。その上、なんとこのフォト・フェスの中心となる展覧会は無料なのだ。文化支援とブランド構築に対する日本企業との考え方の違いを実感する。

 
2013年の第1回以来の訪問になったが、今回も写真の"見立て"を意識した興味深い展示が多かった。作家のアイデアやコンセプトを提示するようなアート表現ではなく、京都という歴史伝統のある場所で、日本の伝統的な見立てを意識した写真の見せ方が提案されているのだ。展示場所が古い家屋や寺院などなどで、壁面にフック利用して行うような一般的な写真展示が不可能なことも理由だと思われる。写真家以外の、キュレーターによる写真をセレクションして、写真の展示方法つまり設えを考え、空間の取り合わせを意識した自己表現が楽しめるのだ。
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ギャラリー素形/招喜庵(重森三玲旧宅主屋部)サラ・ムーン

古い家屋と見事にマッチングしていたのがサラ・ムーンの写真だった。ギャラリー素形/招喜庵(重森三玲旧宅主屋部)、何必館・京都現代美術館での展示は見事に空間に調和していた。ギャラリー素形では、壁面や障子の前に、屏風の骨組みだけ残したような細いつや消し黒色ポールが長方形に組まれており、それに額装されたプラチナプリント作品を吊っている。画像のように、ポール部分が全く目立たないで、写真がうす暗いスペースに浮いている感じだった。
何必館は壁面展時なのだが、額装写真が魯山人の陶芸作品と違和感なく存在していた。これらは、サラ・ムーンの写真作品が絵画的で柔らかな佇まいで、あまり強く自己主張していないから成立するのではないか。このような写真は見立てやすいのだ。日本で彼女の人気が高い理由はそのあたりにもあるだろう。
 
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銭海峰(チェン・ハイフェン/中国)"The Great Train"

 

写真はいまやテーマやコンセプト重視の現代アートの一部として存在している。
展示のなかには、強く作家性が表現された作品も見られた。
ロームシアター京都で展示されていた銭海峰(チェン・ハイフェン/中国)の"The Great Train"は、展示スペースが合板のベニヤ板で新たに造作されていた。壁面はなにも加工されておらず、裏打ちされた作品が直接展示されている。壁面一部には窓のような穴が開けられており外界とつながっている。(上記画像の右側)中国で最も安く乗れる客車の緑皮車で8年間にわたり撮影されてきた写真には、一般大衆への人間性あふれる眼差しと中国の生の活力が感じられる。それらが無造作に作られた安っぽい板による展示スペースと見事に調和しているのだ。
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両足院(建仁寺内) アルノ・ラファエル・ミンキネン

それと対極だったのが、両足院(建仁寺内)での、アルノ・ラファエル・ミンキネン(フィンランド)の展示だ。自然風景とともに撮影されるセルフ・ヌード作品が中心なのだが、ヴィジュアルと歴史と伝統のある禅寺空間との空気感がやや対立している印象だった。見方を変えると東洋文化と西洋文化との違いを象徴的に示した展示内容といえるだろう。もしかしたら他のとの対比を強調する意味での、主催者の確信犯での演出かもしれない。
 
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誉田屋源兵衛 黒蔵 ヨーガン・レール作品

誉田屋源兵衛 黒蔵での、クリス・ジョーダン(アメリカ)+ヨーガン・レール(ドイツ)の展示は環境問題をテーマのした作品展示だった。この蔵は普段は非公開とのことだ。
特に印象に残ったのがデザイナーのヨーガン・レールによる作品。彼は晩年を石垣島で過ごし、日課で清掃していた浜辺で拾ったゴミで照明器具を制作していた。本来は醜いゴミなのだが、それらはポストモダン的な光のオブジェとして蔵内部の天井高の曲面の空間で新たな意味を与えられていた。光輝くオブジェの照明はとてもカラフル、ポップで美しいのだ。これとともに、ミッドウェー島で行われた、ゴミによる海鳥への影響を告発したクリス・ジョーダンの写真作品がテーマつながりで展示されている。
今回の外国人作家の展示では、テーマ性が分かり難い、複雑な技法による抽象的なヴィジュアルが多かった。イメージを作る方法論が目的化しているように感じられるものも見られた。その点、誉田屋源兵衛 黒蔵での展示は作家のメッセージがストレートでわかり易かった。
 
写真家が参加するイベントとしては、"KG+"という約40の写真展示が市内で同期間に開催されている。趣旨は、「京都から新たな才能を国際的に発信することを目指し、世界を舞台に活躍する意欲ある参加者を公募し、約30の展覧会を選出します。国際的に活躍する写真家やアーティスト、国内外キュレーター、ギャラリストとの出会いの場と国際的な情報発信の機会を提供します」とのこと。やや無味乾燥気味な正式コメントのように感じるが、これだけ多くのイベントでの統一感演出は不可能だろう。
優れたアート表現を愛でるのが好きな人以外にも、写真を通して社会で認められたい考えている膨大なアマチュア写真家がいる。"KG+"そのような人にはとても興味深いイベントだろう。積極的に動く人には何らかの出会いがあるかもしれない。
今回は、ロームシアター京都やホテルなどの数カ所の展示しか見ることができなかった。私の訪れた先が公共スペースの一部での展示が多かったのだが、そこでは不思議と違和感なく空間の中に写真が溶け込んでいた。一種の写真によるパブリック・アートだった。公共空間での取り合わせが行われている意味では、"KYOTOGRAPHIE"が意識的に行っている展示と通底していると感じた。
 
"KYOTOGRAPHIE"は、アート写真の作家性の紹介とともに、作品展示自体に"見立て"の要素が感じられるところが大きな魅力だと考えている。東京で同様な試みが行われると「デザイン」として語られてしまうところが、京都の歴史的空間だと違うのだ。少なくとも私はそのように感じた。結果的に、写真を違和感なく日本家屋に展示するのは可能である事実が提示されている。しかし、それには適切な作品セレクション、額などの設え、展示方法、空間との取り合わせなどの極めて高度な見立てが必要であることも教えてくれる。さらに考えを推し進めると究極的な疑問がわいてくる。それでは写真がない元の空間と比べてどちらが居心地がよいのだろうか?これについての評価は観る側に委ねられるだろう。
また、作家性が全面に出た作品の展示は伝統的な日本家屋には難しいようだ。一方で、東京にもある多くのモダンなギャラリー空間での作品展示を見て感じたのは、テーマ性が明確に作家から語られないと、作る側の自己満足のヴィジュアル・デザイン重視のインテリア系写真作品になってしまうという厳しい現実だ。様々な会場を短期間に一気に見て回ることで、目が肥えた観客はそれらの違いを明確に感じてしまうだろう。
 
"KYOTOGRAPHIE"は、古都京都の様々な場所で、写真を見て、感じて、考えるきっかけを与えてくれる楽しいフォト・フェスだ。会期は5月22日まで。東京からは日帰りでも主要会場だけなら鑑賞可能、一泊すればだいたいの場所は見て回れる。ただし、月曜休みの会場も多いので注意してほしい。
 
名称: KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2016
KYOTOGRAPHIE INTERNATIONAL PHOTOGRAPHY FESTIVAL
テーマ:「Circle of Life / いのちの環」
会期: 2016年 4月23日 土 ~ 5月22日 日
 
(番外編)
この時期の京都では"KYOTOGRAPHIE"以外にも興味深い写真作品の展示が行われている。

○「杉本博司 趣味と芸術-味占郷(みせんきょう)」
  細見美術館
 
京都市美術館別館の近くの細見美術館では「杉本博司 趣味と芸術-味占郷(みせんきょう)」が6月19日まで開催されている。平安時代から江戸時代の作品を中心に、西洋伝来の作品、昭和の珍品を含む杉本コレクションで25の床飾りのしつらえを作りあげている。昨年に千葉市美術館で開催された展覧会の巡回展となる。
本展は、古美術~現代アートを好む人向けの展示だ。しかし写真好きには、杉本の代表作の「海景」シリーズから、"Yellow Sea,Cheju,1992"も展示されている。
世界のアート・シーンの最先端を行くアーティストによる究極の"見立て"だ。

 

○「ロベール・ドアノー写真展」
  ライカギャラリー京都
 
建仁寺に行く途中にあるライカギャラリー京都では、5月15日まで「ロベール・ドアノー写真展」を開催している。
・住所:京都市東山区祇園町南側570-120
・営業時間:11時~19時
・定休日:月曜日 入場無料

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2016年4月19日 (火)

日本の新しいアート写真カテゴリー
クールでポップな
マージナル・フォトグラフィー(6)
写真の見立て方を考える

いままで写真の新しい楽しみ方として、限界芸術と民藝の写真版であるクール・ポップ写真を紹介してきた。過去5回ほど書き続けながら考え方を展開してきた。興味ある人はぜひ読んでみてほしい。これは、写真家が雑念を捨てて撮影した作品と、買う側、評価する側の"見立て"がセットとになって成立する。今回は写真の"見立て"サイドを掘り下げていきたい。
 
欧米のギャラリー店頭では、作品テーマ、ヴィジュアル面の優劣、写真家の将来性、海外での評判などがセールストークとして語られる。そこには写真は資産価値を持ち、将来的に価値が上昇する可能性を持つものだ、という大きな前提がある。実際に優れた写真作品の市場価値は歴史的に上昇してきた。日本のギャラリーでも、欧米同様のセールストークが行われてきた。しかし日本では写真家のアート市場での成功例が非常に少ないので、前提となる写真の資産価値を誰も信じていない。私はこれが日本で写真が売れない理由の一つだと考えている。
 
日本でも、海外の延長上に資産価値を持つ作品の市場は存在する。しかし、残念ながら多くの日本人写真家はその範囲外にいる。ぜひその分野に果敢に挑戦して欲しい。
一方で、まったく別に日本独自の価値基準を構築しようというのが私が行っている主張。一般の人が写真を評価して買うときに、表層的な業者情報に頼ることなく自らが能動的に写真に接して見立てればどうかというものだ。写真の新しい楽しみ方、買い方の提案なのだ。
実は見立てには、様々な項目に対するものが重層的に存在する。今まで色々な人たちに、この新分野の啓蒙活動を行ってきたが、私の印象では作品に潜むテーマ性の見立ての理解が一番難しいようだった。ここの部分は、見立てる側のアート写真リテラシーの高さが求められる。これができる人は制作する側にも、見立てる側にも少ないのが現実だ。それゆえに日本では写真がアートとして認知されないともいえるだろう。広く浸透していくには継続的な啓蒙活動が必要でかなり時間がかることが想定される。これでは、写真界に潜在的に存在しているクール・ポップ写真はなかなか発見されないだろう。
最近は見立てには様々な難易度を持つ段階があり、まずはもっと敷居の低いところからスタートしていいのではないかと考えている。 一般の人は、テーマ性の見立ての前に、まず作品が無意識の上で制作されているかを見極めればよい。これは作家の"作品制作意図の見立て"と呼ぼう。作品が写真家のエゴで作られたのか、それとも自分を無にして作られたのかということだ。複雑に絡み合った社会で生きる人間がそのような精神状態で作品を作り上げるのは簡単ではない。テーマ性はいったん置いておいて、まずはその点を評価するのだ。邪念を持たないアマチュアの中に、このような優れた作品を制作する写真家が見つかることが多い。
もう少し具体的に説明しよう。
デザインやテクニック重視で制作された写真に惑わされないことが重要だ。写真家が何かを感じて撮影しているかを重視するのだ。また見立ては、ここで終わりではないとも考えている。どの写真を選んで、額装するのかフォトフレームに入れるのかなど、展示方法を考える"設えの見立て"、それがどのようなスペースに合うのかまでを考える、"空間取り合わせの見立て"がある。最初に展示場所があって、写真セレクションと設えを考えても良い。このような過程は写真を素材とした見立てる側による総合的な自己表現でもあるのだ。日本で真に写真が売れるには、欧米とは全く違う上記のような買う側と写真との関係性が構築され、定着しなければならないと考える。ここまでが見立ての第1段階だ。自分のライフスタイルを意識して、その一環としてカジュアルに行えばよいと考えている。
 
ほとんどの写真は一人や少数の人の見立てでで終始するだろう。しかし、もし複数の人が認めるようになれば、第2段階の"テーマ性の見立て"へと展開していく。優れた作品ならば結果的に複数の人が見立てることになるはず。またエゴが消えて作品制作に取り組めるまでの過程には、社会との何らかの関係性があるはずだ。この段階では作品の社会との関わりのあるテーマ性が発見される可能性が出てくる。結果的に写真家のブランドが構築され、値段も上昇すると想定している。日本の写真界を見渡すと現在の人気写真家はこのような過程を経て評価されてきたと感じている。

世の中には、写真撮影しない写真の楽しみ方があるのだ。他人が撮影した写真を、上記のような"作品制作意図の見立て"、"設えの見立て"、"空間取り合わせの見立て"を行うことでも可能なのだ。作家の作品でなくても、フォウンド・フォト(作者不詳の古写真)でも見立ては可能だろう。これらの行為はある種の写真での自己表現にもつながる。
写真を撮らない写真趣味が浸透することで、日本でも真に写真が売れるようになるのではないか。そして、見立ての勉強と経験を積むことで、間違いなく写真が上手くなる。その場の考えや思いつきだけではない、より能動的な写真撮影ができるようになるからだ。

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2016年4月12日 (火)

2016年春のNYアート写真シーズン到来!
市場の2極化がさらに進行する
最新オークション・レビュー

春の訪れとともに、いよいよ定例の2016年ニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。4月3~6日にかけて、大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスでオークションが開催された。
昨秋から半年の間に経済環境は再び大きく変化した。2016年の年明け以降、原油価格急落、中国経済のバブル崩壊懸念、欧州景気の低迷、米国での金利上昇予想などによる世界経済先行きへの不安感が高まり金融市場が不安定になった。米国の短期金利は昨年12月に約10年ぶりに引き上げられた。しかしその後は、新興国や資源国の経済の先行き不安などから利上げのペースが遅れるという見通しが強くなった。結果的にニューヨーク・ダウ平均株価は、年初に15000ドル台に急落したものの、春には再び17000ドル台に回復。株価はほぼ昨年秋時期のレベルに戻っている。
2015年秋のオークションはかなり厳しい結果だった。オークションの総売り上げは、2013年春から2014年春にかけてリーマンショック後の減少傾向からプラスに転じた。しかし2014年秋以降は再び弱含みの推移が続き、ついに昨秋にはリーマンショック後の2009年春以来の低いレベルに大きく落ち込んでしまったのだ。特にそれまで好調が続いていた高額価格帯が大きく失速したのが響いた。
今年は春の定例オークション前の2月17~18日に、"MODERN VISIONS (EXEPTIONAL PHOTOGRAPHS)"という、大注目オークションがクリスティーズ・ニューヨークで開催された。落札結果は予想外に好調で。全279点が出品され落札率は驚異的な90.32%だった。総売り上げはなんと約889万ドル(約10.2億円)を記録した。同オークションのレビューでは、出品作は作品来歴もしっかりとしている極めて貴重なヴィンテージ・プリントが中心だったので、市場全体の趨勢を必ずしも反映されたものではないかもしれないと分析した。残念ながら予想は当たってしまったようで、今春シーズンは昨秋の弱めのトレンドからの大きな変化は見られなかった。大手3社の総売り上げは約1190万ドル(約13.32億円)。昨秋よりは約17%増加したものの、1年前と比較すると約32%減。いまだにリーマンショック直後の2009年春以下のレベルにとどまった。
平均落札率は約67.8%と、昨秋の62.1%より改善している。しかしこれでも約1/3の出品作は不落札ということだ。価格帯別の落札率に大きな違いは見られなかった。この数字から、今後に開催される中堅業者のオークションはかなり苦戦すると予想できるだろう。
 
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Sotheby's New York Photographs
ササビーズは4月3日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。 落札率73.68%、総売り上げ約332万ドル(約3億7200万円)だった。昨秋よりも出品数を絞ったものの落札率が向上したことでほぼ昨年並みの売り上げを達成した。
最高額はヘルムート・ニュートンの"Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981"。ヌードと洋服着用の約106X106cmサイズの巨大2点セット作品。最高落札予想価格の上限25万ドルの2倍を超える67万ドル(約7504万円)で落札。ちなみに来歴によると、同作はまだニュートンが存命だった2001年にクリスティーズ・ロサンゼルスで11.05万ドルで落札されたもの。約15年で名目約6倍の上昇率は決して悪い投資ではなかったといえるだろう。本作に関しては落札予想価格が低すぎたと思われる。
カタログ・カバーに掲載されていた、マン・レイの1点もの"Rayograph, 1924"は、落札予想価格の下限の25万ドル(約2800万円)だった。
最近続いている、アンセル・アダムスの巨大作品の人気は衰えていない。"Yosemite Vallery from Inspiration Point, circa 1940"は182X243cmの巨大作品。かつては銀行のオフィス用に制作されたもの。落札予想価格の上限の2倍近い11.875万ドル(約1330万円)だった。ちなみに来歴によると、同作は1999年にササビーズ・ニューヨークでわずか1.265万ドルで落札されたもの。21世紀になり、現代アートの価値基準でアート写真が再評価された。アンセル・アダムスがアナログ銀塩写真でのサイズの限界に挑戦していたことが認められ、昨今は相場が急上昇しているのだ。
 
フィリップスは、4月4日に、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を行った。落札率67.8%、総売り上げ約449万ドル(約5億370万円)だった。高額セクターが不調だったものの、出品作が264点と多かったことからフィリップスが今季の売上高トップを獲得した。高額落札の上位を占めたのは彼らが得意とする現代アート系だった。
最高額はアンドレアス・グルスキーの"Athens, 1995"。落札予想価格上限を超える40.1万万ドル(約4491万円)だった。続いたのはリチャード・プリンスの"Untitaled(Cowboy,1993)"。
落札予想価格の範囲内の約23.3万ドル(約2609万円)だった。
それ以外では、シンディー・シャーマン、アンドレ・セラノ、トーマス・スュトゥルート、トーマス・ルフなどが売り上げ上位を占めた。アート写真系では、リチャード・アヴェドンの"The Beatles, 1967"が、やや期待外れの落札予想価格下限付近の12.5万ドル(約1400万円)で落札された。
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Christie's New York Photographs
 
クリスティーズは、「PHOTOGRAPHS」を4月6日に開催。落札率は昨秋の56.2%から63.37%へ、総売り上げも約272万ドルから約408万ドル(約4.57億円)に改善した。今回は杉本博司の特集が組まれたことが注目された。"SPOTLIGHT:HIROSHI SUGIMOTO"として、彼の数10年にもわたるキャリアを振り返る15点が出品。結果は良好で、見事に13点が落札されている。カタログ表紙にもなった約149X119cmの大作"Church of the Light, Tadao Ando,1997"は、落札予想価格上限を超える23.3万ドル(約2609万円)で落札。人気の高い海景シリーズの"Caribbean Sea, Jamaica, 1980"は、落札予想価格上限の2倍の6万ドル(約672万円)で落札された。
最高額はポール・ストランドの"The Family, Luzzara, Italy, 1953"。世界中に現存しているこのイメージのプリントはわずか15枚で、ほとんどが美術館所有とい逸品。最高落札予想価格の上限を超える46.1万ドル(約5163万円)で落札された。続くのはダイアン・アーバスの"Boy with a straw hat waiting to march in a pro-war parade, N.Y.C., 1967"。こちらは落札予想価格の下限をやや超える、24.5万ドル(約2744万円)で落札。

1年前のレビューでアーヴィング・ペンの相場のピークアウトの予感に触れた。今シーズン、ペンは全オークションで24点が出品されて16点が落札。落札率はほぼ全体平均の約66%だった。しかし"Cigarette,#37,NY,1972"や"Two Guedras, Morocco,1972"などの人気作が不落札。リザーブ価格がまだ高すぎたのだろう。相場動向から代表作品が出品されなかった中でクリスティーズで"Gisele,  NY,1999"が13.7万ドル(約1534万円)で落札されている。ペン作品の中でも、有名モデルのファッション・イメージには根強い人気があるようだ。

一方で、もう一人の20世紀ファッションの巨匠のヘルムート・ニュートンはどうだったか?全オークションで20点が出品されて13点が落札。落札率はほぼ全体平均と同じ約65%だった。ササビーズで"Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981"が今季の最高額を記録するなど、ニュートン相場はしっかりしている。代表作は落札予想価格の上限近辺で落札されている。ただし、不人気、知名度が低いイメージは不落札が多かった。コレクターはイメージ選択にかなり慎重になっているようだ。
今シーズンで気になったのは、同じくファッションの巨匠だったリチャード・アヴェドンの相場動向だ。全オークションで14点が出品されて8点が落札。落札率は全体平均よりも低めの約57%にとどまっている。2点出品された"Nastassja Kinski and the Serpent, Los Angeles, California, 1981"がいずれも不落札。その他、人気作でもエディション数が多い作品が不落札か、落札予想価格下限付近の落札にとどまっていた。アヴェドンが2004年に亡くなってから価格は上昇して、ずっと安定傾向だった。そろそろ相場はピークアウトしてきたと思われる。
リーマンショック後の回復過程で、市場では人気作家と不人気作家の2極化がすすんできた。最近ではそれが更に先鋭化して、同じ作家の中にも人気作と不人気作の2極化が見られるようになってきた。今春は、さらに人気作の中でも作品の希少性がより重要視されるようになった。つまり有名作家、希少性、代表作というような、より高い資産価値のある作品に人気が集中しているのだ。アート写真市場の多様性がかなり失われつつあるように感じている。いま世界で起きている資本主義の変貌がアート写真市場にも反映されているのではないだろうか。ぜひ詳しい背景分析を試みたいと考えている。

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2016年4月 5日 (火)

トランプとマイケル・デウィック
パラダイス・ロスト展

いまアメリカ大統領選の共和党候補者指名争いで、不動産王ドナルド・トランプが予想外に健闘している。マスコミ報道では、支持層には中間所得層以下の白人や、経済グローバル化、IT革命などによる厳しい競争に取り残された労働者が多いといわれている。トランプの「アメリカをもう一度偉大な国に!(make america great again)」というスローガンが受けているように、いま古き良き時代を懐かしむセンチメントがアメリカで強まっているようだ。
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“Michael Dweck : Paradise Lost”Blitz Gallery
これは現在ブリッツで開催中のマイケル・デウィック人気の背景と重なる。彼の2002年発表のデビュー作「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」シリーズは、ニューヨーク州ロングアイランドの漁村モントークの消え行く地元サーフィン文化をドキュメントしたもの。21世紀の現代のモントークで、懐かしい過去の残り香のシーンを紡ぎだして作品として提示した。
ちょうど当時の多くのアメリカ人は、2001年の同時多発テロでアメリカ本土が攻撃されたことで超大国としての自信を失っていた。彼らは、古きよき時代の気分が凝縮されたデウィック作品に魅了されたのだ。
 
デウィックが取り上げている古き良きアメリカとはどのような社会だったのか。それは50~70年代にかけて大量生産と大量消費の経済システムが浸透して所得格差が減少し中間層が生まれた時代。多くの人が努力が報われる可能性を持ち、共有する価値観や夢が存在していた。
ところがその構図が80~90年代以降に徐々に変化してくる。IT革命が始まり、米英諸国から経済グローバル化が進み、米国内で中間層の没落と貧富の拡大がはじまるのだ。彼は、もはや人々の生活を幸せにしない行き過ぎた資本主義経済を問題視した。今を考えてもらうために、モントークで過去の断片を探し出して作品として提示した。実生活で未来に不安を感じ始めていた多くのアメリカ人がデウィック作品のメッセージに共感した面もあったと理解している。
 
デウィックの懸念は2008年のリーマンショックで現実化する。そして、その後も状況は改善していないどころか、悪化しているのだ。米連邦準備制度理事会(FRB)による2014年の家計調査では、2013年のインフレ調整後税引き前平均所得は2010年と比べ10%増加したのに対し、所得下位40%の所得は減少したと公表。貧富の差が拡大していることを明らかにしているのだ。
今回、彼が「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」の10周年記念版をこのタイミングで発表したのは単に10年が経過したからだけではないと思う。
 
それでは、彼はこの問題にどのように対処すればよいと考えているのだろうか?実はそのヒントは2009年から取り組んだ前作"Michael Dweck: Habana Libre"の中にある。彼がキューバで撮影したのは、ナイトクラブのパーティー、若者のナイトライフ、スケートボーダー、ファッションショー、音楽ライブ、ビーチライフ、サーフィンなどのシーン。まるでマイアミかリオの喧騒シーンのようだが、すべて共産主義国キューバでの写真なのだ。キューバと言うと、ライ・クーダとヴィム・ヴェンダース監督の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の、古い街並みと50年代のアメリカ車が走っているというイメージが強い。いまでも多くの住民は経済的には非常に貧乏だ。しかし、キューバ社会には知られざるアーティスト、俳優、モデル、ミュージシャンたちのクリエィティブな特権階級が存在していて、とても幸せそうに暮らしている。どうも彼らは、一般市民と比べて極端に裕福ではないという。社会的なコネクションを持つ人たちで、お互いに才能を認め合った多分野のクリエイティブな人たちのコミュニティーのようなのだ。
 
いまアメリカでは所得が増えず、貧富の差が拡大している。つまりアメリカ人はお金に苦しんでいるわけだ。しかしキューバの人たちはお金がなくても、自信と誇りを持って幸せに暮らしているのだ。それぞれが自分を磨き社会で魅力的な存在となり、互い認めあうことでそれを実現している。
古き良きアメリカは、懐かしむことができても、もはや戻れない。それではどのように生きればよいのか。"Michael Dweck: Habana Libre"は、格差拡大とリーマン・ショック後の不況で苦しんでいるアメリカ人への価値基準の変更を迫るものだった。つまり消費しなくても幸福になれるという、新しい生き方の提案だったといえるだろう。ハバナ作品を通して、彼は現在のキューバと米国の国交回復を予見していたと評価されている。しかし、それはアメリカ社会の未来像をも提示していたのではないか。

そしてデウィックが予見したようなアメリカ人の意識の変化は、はやくも大都市では起こりつつあるようだ。菅付雅信氏の「中身化する社会」(2013年、星海社新書刊)によると、いまニューヨークなど大都市で暮らすアメリカ人のライフスタイルはソーシャルメディアなどの普及の影響により大きく変化してきたという。消費での他との差別化よりも本人の真の人間性(中身)を重視するようになってきたらしい。消費自体も自らのライフスタイルに優先度をつけ選択的になっているという。
 
Blog1
“Michael Dweck : Paradise Lost”Blitz Gallery
現在開催中の「パラダイス・ロスト」展では、上記のデウィックのデビューからキューバ作品までを展示。彼の的確な現状認識と、それに対するアイデア・コンセプトの提示が再確認できるだろう。本展のタイトル「パラダイス・ロスト」はデウィック自身が決めたもの。これは、失われた古き良き時代のことを示唆しており、まさに彼の作品テーマが色濃く反映されたものなのだ。どれもお洒落なカッコいい作品なのだが、そこにはアーティストの深遠なメッセージが含まれている。アートと現代社会との関わりがよく理解できる作品展示だといえるだろう。
 
・マイケル・デウィック 写真展
“Michael Dweck : Paradise Lost”
 
2016年 4月23日(土)まで開催
1:00PM~6:00PM/ 休廊:日曜および月曜日 / 入場無料
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29
JR目黒駅からバス、目黒消防署下車徒歩3分 / 東急東横線学芸大学下車徒歩15分

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