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2016年4月 5日 (火)

トランプとマイケル・デウィック
パラダイス・ロスト展

いまアメリカ大統領選の共和党候補者指名争いで、不動産王ドナルド・トランプが予想外に健闘している。マスコミ報道では、支持層には中間所得層以下の白人や、経済グローバル化、IT革命などによる厳しい競争に取り残された労働者が多いといわれている。トランプの「アメリカをもう一度偉大な国に!(make america great again)」というスローガンが受けているように、いま古き良き時代を懐かしむセンチメントがアメリカで強まっているようだ。
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“Michael Dweck : Paradise Lost”Blitz Gallery
これは現在ブリッツで開催中のマイケル・デウィック人気の背景と重なる。彼の2002年発表のデビュー作「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」シリーズは、ニューヨーク州ロングアイランドの漁村モントークの消え行く地元サーフィン文化をドキュメントしたもの。21世紀の現代のモントークで、懐かしい過去の残り香のシーンを紡ぎだして作品として提示した。
ちょうど当時の多くのアメリカ人は、2001年の同時多発テロでアメリカ本土が攻撃されたことで超大国としての自信を失っていた。彼らは、古きよき時代の気分が凝縮されたデウィック作品に魅了されたのだ。
 
デウィックが取り上げている古き良きアメリカとはどのような社会だったのか。それは50~70年代にかけて大量生産と大量消費の経済システムが浸透して所得格差が減少し中間層が生まれた時代。多くの人が努力が報われる可能性を持ち、共有する価値観や夢が存在していた。
ところがその構図が80~90年代以降に徐々に変化してくる。IT革命が始まり、米英諸国から経済グローバル化が進み、米国内で中間層の没落と貧富の拡大がはじまるのだ。彼は、もはや人々の生活を幸せにしない行き過ぎた資本主義経済を問題視した。今を考えてもらうために、モントークで過去の断片を探し出して作品として提示した。実生活で未来に不安を感じ始めていた多くのアメリカ人がデウィック作品のメッセージに共感した面もあったと理解している。
 
デウィックの懸念は2008年のリーマンショックで現実化する。そして、その後も状況は改善していないどころか、悪化しているのだ。米連邦準備制度理事会(FRB)による2014年の家計調査では、2013年のインフレ調整後税引き前平均所得は2010年と比べ10%増加したのに対し、所得下位40%の所得は減少したと公表。貧富の差が拡大していることを明らかにしているのだ。
今回、彼が「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」の10周年記念版をこのタイミングで発表したのは単に10年が経過したからだけではないと思う。
 
それでは、彼はこの問題にどのように対処すればよいと考えているのだろうか?実はそのヒントは2009年から取り組んだ前作"Michael Dweck: Habana Libre"の中にある。彼がキューバで撮影したのは、ナイトクラブのパーティー、若者のナイトライフ、スケートボーダー、ファッションショー、音楽ライブ、ビーチライフ、サーフィンなどのシーン。まるでマイアミかリオの喧騒シーンのようだが、すべて共産主義国キューバでの写真なのだ。キューバと言うと、ライ・クーダとヴィム・ヴェンダース監督の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の、古い街並みと50年代のアメリカ車が走っているというイメージが強い。いまでも多くの住民は経済的には非常に貧乏だ。しかし、キューバ社会には知られざるアーティスト、俳優、モデル、ミュージシャンたちのクリエィティブな特権階級が存在していて、とても幸せそうに暮らしている。どうも彼らは、一般市民と比べて極端に裕福ではないという。社会的なコネクションを持つ人たちで、お互いに才能を認め合った多分野のクリエイティブな人たちのコミュニティーのようなのだ。
 
いまアメリカでは所得が増えず、貧富の差が拡大している。つまりアメリカ人はお金に苦しんでいるわけだ。しかしキューバの人たちはお金がなくても、自信と誇りを持って幸せに暮らしているのだ。それぞれが自分を磨き社会で魅力的な存在となり、互い認めあうことでそれを実現している。
古き良きアメリカは、懐かしむことができても、もはや戻れない。それではどのように生きればよいのか。"Michael Dweck: Habana Libre"は、格差拡大とリーマン・ショック後の不況で苦しんでいるアメリカ人への価値基準の変更を迫るものだった。つまり消費しなくても幸福になれるという、新しい生き方の提案だったといえるだろう。ハバナ作品を通して、彼は現在のキューバと米国の国交回復を予見していたと評価されている。しかし、それはアメリカ社会の未来像をも提示していたのではないか。

そしてデウィックが予見したようなアメリカ人の意識の変化は、はやくも大都市では起こりつつあるようだ。菅付雅信氏の「中身化する社会」(2013年、星海社新書刊)によると、いまニューヨークなど大都市で暮らすアメリカ人のライフスタイルはソーシャルメディアなどの普及の影響により大きく変化してきたという。消費での他との差別化よりも本人の真の人間性(中身)を重視するようになってきたらしい。消費自体も自らのライフスタイルに優先度をつけ選択的になっているという。
 
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“Michael Dweck : Paradise Lost”Blitz Gallery
現在開催中の「パラダイス・ロスト」展では、上記のデウィックのデビューからキューバ作品までを展示。彼の的確な現状認識と、それに対するアイデア・コンセプトの提示が再確認できるだろう。本展のタイトル「パラダイス・ロスト」はデウィック自身が決めたもの。これは、失われた古き良き時代のことを示唆しており、まさに彼の作品テーマが色濃く反映されたものなのだ。どれもお洒落なカッコいい作品なのだが、そこにはアーティストの深遠なメッセージが含まれている。アートと現代社会との関わりがよく理解できる作品展示だといえるだろう。
 
・マイケル・デウィック 写真展
“Michael Dweck : Paradise Lost”
 
2016年 4月23日(土)まで開催
1:00PM~6:00PM/ 休廊:日曜および月曜日 / 入場無料
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29
JR目黒駅からバス、目黒消防署下車徒歩3分 / 東急東横線学芸大学下車徒歩15分

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