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2016年5月31日 (火)

2016年春ロンドン・アート写真オークション
深瀬昌久"鴉、襟裳岬"が驚きの高額で落札!

5月ニューヨークで行われた大手による定例モダン&コンテンポラリー・アート・オークション。クリスティーズで、美術館創設構想を持つ株式会社スタートトゥデイ代表取締の前澤友作氏が、ジャン=ミッシェル・バスキアの「Untitled」を約5728万ドル(約62.4億円)で個人所有として落札したことが大きな話題になった。彼はその他にも、リチャード・プリンス、ジェフ・クーンズ、アレクサンダー・カルダー、ブルース・ニューマンなどを落札した。
しかし全体の落札結果は決して楽観できるものではなく、オークション総売り上げは昨年比約50%以上も減少している。これはリーマンショック後の回復期の2010~2011年の売上高となる。中国経済の減速などの世界経済の不透明さと、今季はいままで続いていた高額評価の名品の出品が少なかったことが売り上げ減少につながったと分析されている。
 
さて同時期に開催された大手3社によるロンドンのアート写真オークションはどうだったのだろうか。アート写真は、モダン&コンテンポラリー・アートよりも価格帯がはるかに安いカテゴリーだ。こちらの市場ではいち早く変調が見られた。
昨秋にニューヨークで行われた大手の定例オークションでは、売上総額がリーマンショック後の2009年レベル近くまで急減。落札率も直近ピークの2013年春の81%から60%台まで悪化たのだ。2016年春のニューヨーク・オークションでは若干の回復したものの、弱めのトレンドに変化はなかった。その後に行われた低価格帯中心のニューヨークでの中堅業者のオークションでも平均落札率が前年の67.7%から61.9%に低下。低価格帯市場の低迷が強く印象づけられた。
今回のロンドンは出品総数が昨年並みの388点、低価格帯はわずか19%程度、中間価格帯が全体の2/3を占めていた。ほぼニューヨークの大手オークションと同じ作品構成だった。結果は落札率64.4%とほぼ昨年と同レベル、しかし総売り上げは約34%増加して533万ポンド(約8.79億円)となった。クリスティーズ、フィリップスが大きく数字を伸ばし、ササビーズは減少した。全体的に落札作品の単価が上昇している。これは予想外に順調な結果だったといえるだろう。
Sothebys
Sotheby's London Photographs
大手3社の中で低調だったのがササビーズ。
落札率59.7%、総売り上げも約142.2万ポンド(約2億3469万円)だった。最高額はアーヴィング・ペンのカタログ・カバー作品の"Mouth (for L’Oreal), New York, 1986"。ダイトランスファーによる、約69X67cmサイズの1992年制作の作品。落札予想価格の上限に近い22.1万ポンド(3646万円)だった。
 
Phillips
Phillips London Photographs
フリップスは、落札率67.5%、総売り上げは約224.8万ポンド(約3億7102万円)。
今回のロンドンセールでのトップ売上だった。同社のプレス資料によると今回の売り上げはロンドンにおいての史上最高額とのことだ。従来の複数委託者のセール以外に、ファッション中心の「Ultinate Vogue」、個人コレクションの「Collection of Paul and Toni Arden」、
若手・中堅を戦略的に取り扱う「Ultimate」、アーティストのポートレートに特化した「Private Collection, Europe」、独自編集の「Concept. Composition. Creator.」などを加えた作品提示方法とカタログ編集は見事だった。多様な写真表現を、どのようにグルーピングして顧客に提案するかという、プロの巧みな見立て力が発揮されていた。
最高額はピーター・ベアードの約124X248cmの巨大コラージュ作品の"Maureen and a late-night feeder, 2.00 am, Hog Ranch, 1987"。落札予想価格のほぼ上限に近い、14.9万ポンド(約2485万円)だった。
今回の大きなサプライズは日本人写真家、深瀬昌久の"鴉、襟裳岬、1976"だった。カタログの表紙を飾るとともに、4ページにわたる解説が記載されていた注目作。カタログ資料によると、プリントは1986年なのでヴィンテージ・プリントではない。しかし、写真家自身プリント制作の36.5X49.1cmサイズのこのイメージのオリジナル作品は2点しか存在が確認されておらず、残り1点はフィラデルフィア美術館に収蔵されているとのことだ。1987年のツァイト・フォト・サロンの「鴉」出版を記念して行われた個展で売られたものとのこと。日本写真をコレクションしている美術館は喉から手が出るほど欲しい作品だろう。落札価格は驚きの9.375万ポンド(約1546万円)。落札予想価格上限の3倍だった。
 
クリスティーズは、落札率65.9%、総売り上げは約166万ポンド(約2億7412万円)。最高額はこちらもピーター・ベアードの約128X217cmの巨大コラージュ作品の"Heart Attack City, 1972"。マリリン・モンローのヴィジュアルがメインに使用されているベアードの人生が反映された人気作だ。落札予想価格の上限を超える、43.4万ポンド(約7169万円)で落札。今シーズンの最高値だった。
安定した人気を誇るのが杉本博司の海景シリーズ。118.7 x 147.3 cmサイズ、エディション5の"Baltic Sea, 1996"が落札予想価格の上限を超える、26.6万ポンド(約4397万円)で落札されている。

今回のオークション結果からは、とりあえず高額、中間価格帯の市場が比較的安定している状況が読みとれるだろう。一時期に動きが鈍っていたファッション系が予想外に検討した印象だ。有名ファッション写真家の市場にフレッシュな作品も人気を集めていた。落札予想価格の微調整がうまくいったのだろう。
また比較的好調だった背景には為替レートの動向もあったのではないか。2016年早々に、イギリスのEU脱退というニュースが注目を集め、為替相場が一気にポンド安に進んだ。これが米国などの海外のコレクターに割安感を感じさせた可能性があると考えている。ただし、同時期に開催された低価格帯中心のDreweatts&Bloomsbury"Smile-Photographs and Photobooks from 1960s"オークションの落札率は30%台に低迷している。6月にかけて、欧州各都市で低価格帯中心のアート写真オークションが開催される。いままでの流れだと、こちらはかなり厳しい結果が予想される。

 
(為替レート 1ポンド/165円換算)
 
 

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2016年5月24日 (火)

コレクションの基礎(5)
エステート・プリントの資産価値

写真はネガがあれば、そこから何枚でもプリント可能である。しかし写真家が生きているときに自らの管理下で手作業で制作されたオリジナル・プリントは印刷物では表現できない優れた再現力やクオリティーを持つ。それらは単なるネガからの複製品ではなく、それぞれが写真家による一点もの作品であるとアート写真界では言われてきた。
 
20世紀のアート写真市場が成立する以前に制作された写真作品は、撮影時とプリント制作時の時間経過の違いにより価値が区別されてきた。珍重されるのが、いわゆるヴィンテージ・プリントと呼ばれる、撮影から約1年以内にプリントされて作品だ。
一流の美術館では、写真家の作家性が一番反映されているという理解から、ヴィンテージ・プリントににこだわって収集・展示を行ってきた。
撮影後に時間経過して制作されたものはモダンプリントと呼ばれ、市場価値はやや下がる。写真撮影時の感動の薄れ、制作意図がプリントへ反映されている度合いが低いという解釈だ。
コンテンポラリーの写真作品の場合、最初から販売を念頭に置いてプリントが制作されている。初期制作時のデータが厳密に管理されているので、ヴィンテージ・プリント、モダン・プリントによる価格差はない。
 
このあたりまでのことは、写真コレクションに興味を持つ人はだいたい知っているだろう。
今回は作家の死後に制作された作品の市場価値について探求してみよう。
それらはポーツマス・プリント、エステート・プリント、トラスト・プリントなどと呼ばれている。写真家が死亡しているので、もちろん作品承認の印であるサインの記載はない。しかし、その中にも将来的に価値が上昇するものと、変わらないものがあるのだ。
まず価値が上昇するものを見てみよう。それらには以下のような要件が認められる。複数項目の要件を満たしている方がより高額になっている。
  1. 作品管理が写真家の直系の親族などにより財団などを創設して行われている。
  2. 上記の親族の承認サイン。
  3. エディション番号をつけ限定数で販売。
  4. 死亡後に写真家の仕事が写真史上で再評価され、サイン入りオリジナル作品の市場評価が上昇する。
典型的な例が、エドワード・ウェストンのエステート・プリントだろう。息子のコールが制作し、サインしたコール・プリントと呼ばれる作品だ。コールは写真家の生存時に共に作品制作に関わっていたし、彼自身も写真家として評価されていた。エドワード・ウェストンのヴィンテージ作品の価値上昇やコールの死亡もあり、人気イメージはエステートプリントでも1万ドル(約110万円)を超える。
アウグスト・ザンダーは、息子と孫までがプリント制作に携わっている。孫の関わったプリントは年間に制作枚数を限定していた。ザンダー人気の高まりもあり、5000ドル~(約55万円)の相場がついている。
80年代にファッション写真で活躍したギイ・ブルダン。ファッション写真のアート性が再認識されて死後に人気が盛り上がった。息子サミュエルが限定数で作品を制作してサインして販売。さらにデジタル技術を利用して作品サイズを巨大化させ、元々がシュールなイメージに現代アート的な要素も加えて提示している。ギャラリー店頭では1万ドル(約110万円)を超える値段がついている。
デビッド・ボウイのLPジャケット「アラジン・セイン」のビジュアルで知られるブライアン・ダフィー。彼の息子クリスも同様なアプローチでエステート・プリントを制作して成功を収めている。
 
一方でその要件に当てはまらない作品のアート性評価は低く、オークションなどのセカンダリー市場で取引されることはない。つまり、以下のように上記の逆の要件と考えてもらいたい。
  1. 作品の管理を、写真家の作品制作意図を知らない第3者が管理している。
  2. サインなし。もしくは親族と関係のない人のサイン。
  3. オープン・エディションで販売。
  4. 死亡後に写真家の写真史上の評価が変わらない。オリジナル作品の相場に変化がない。
アンセル・アダムスのヨセミテ・スペシャル・エディションは、オープン・エディションで26種類の写真が295ドル~(約32,450円)でいまでも販売されている。20世紀を代表する人気写真家の素晴らしいクオリティーの作品なのだが、オープンエディションで今までに膨大な数が制作されたこともありセカンダリー市場で取引されることはない。
しかし、さすがにアンセル・アダムス。ヨセミテ・スペシャル・エディションの初期作品は、セカンダリーを扱うギャラリーで現在価格よりも高く値付けされている。
その他、ジャック=ヘンリー・ラルティーグは、オープン・エディションが800ユーロ~(約10万円)、エルンスト・ハースは、オープン・エディションが1500ドル~(約16.5万円)。
 
注意が必要なのは、同じエステートプリンの同じイメージでも、サイズ違いでエディション付き、オープン・エディションがあることだ。それらの将来の市場価値は区別して考えるべきだ。またエディション付きでも、例えばファッション写真家ホルストのエステート・プリントの最小サイズは限定250点で180ドル~(約1.98万円)となっている。3サイズ販売されていてエディション合計は550点にもなる。これらはオープンと変わらないと判断すべきだ。高品位のポスターとも解釈できるだろう。
 
これらの例から、親族のサインがあって、リミテッド・エディションの作品は、アート写真市場の相場が参考に値段が決められていることが分かる。それらはオークションにも出品される可能性がある資産価値を持つアート作品になる。一方で、親族のサインなしのオープン作品は写真の一般商品で、売られた後は中古品としての価値しか持たない。したがって販売価格の基準は原価計算などを考慮して行われる。基本的には売り手の事情で決まるので、販売価格はばらばらになる。
 
この分類に当てはまらないのが、ヴィヴィアン・マイヤーのエステート・プリントだ。これは、リミテッド・エディション15点、アーカイブスを発見した歴史家ジョン・マーロフが認証のサインを行っている。値段は数千ドルしているという。強気の価格設定ができるのは、取り扱いギャラリーがニューヨークの老舗ギャラリーのハワード・グリンバーグだからだと考えている。つまりグリンバーグ氏の「見立て」がエステート・プリントの価値を担保しているのだ。作者不詳のファウンド・フォトが専門家の「見立て」により価値が認められるのと同様の構図だ。ヴィヴィアン・マイヤーは有名になったことで、著作権に関わる色々な権利関係の問題が発生している。権利関係が最終決定した後の市場動向は非常に興味深い。
 
それでは、現在ブリッツで展示中の新山清のエステート・プリントはどのように評価すべきだろうか。全作が写真家の息子の新山洋一の管理下で銀塩写真で制作され、彼のサインが入る。またエディション数は11x14"で10点としている。
間違いなく上記の値上がりする要件を満たした作品となる。あとは写真家の評価が今後どうなるかだろう。若くして亡くなった新山清。もし生きていれば、植田正治と同様の評価を受けていたかもしれないという人もいる。実際にドイツ・ベルリンのキッケン・ギャラリーは、彼のヴィンテージプリントの名品をすでにかなりの点数コレクションしているのだ。実は本当の価値は彼のヴィンテージ・プリントの方にある。海外の同世代の写真家のヴィンテージと比べると、現在の約60万円程度の作品価格は非常に魅力的なのだ。将来的にヴィンテージ・プリントの相場が上がると、エステートプリントの値段も上昇することにだろう。上記エディション10のうち3までが一番安い価格帯で、それ以降は値段は上昇するステップ・アップのシステムを採用している。日本のコレクターにとっての朗報は、新山清のエステート・プリントはつい最近から販売開始されたということ。まだ市場の大きな海外では販売されていないのだ。写真集の表紙やDMで使用された代表作もまだ一番安いに価格帯で購入可能なのだ。絵柄も、抽象、スナップ、風景、シティースケープなど多様だ。モノクロの抽象作品はインテリアに飾りやすい、初めて写真を買う人には最適だと思う。その上で、絵柄によっては資産価値を持つ可能性もかなり高いと考えられるのだ。
新山清のエステート・プリントは3.5万円(税別)から。エディション4/10以降は8万円(税別)となる。
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2016年5月17日 (火)

勢いを欠く低価格帯アート写真
ニューヨークの中堅業者オークション

ニューヨークでは、大手3社の春の定例アート写真セールに続いて、中間価格帯のアート写真、フォトブックを取り扱う中堅業者のオークションが行われた。
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Swann Auction Galleries
4月中旬から下旬にかけて、ボンハムス(Bonhams)ヘリテージ・オークションズ(Heritage Auctions)スワン(Swann Auction Galleries)の3社が開催。今年の特徴は、ヘリテージ・オークションズが出品数を大幅に増やしたことだ。大手は、有名作家の希少で良質の作品を中心に編集してくる。まさにこの対極の方針で臨んだことになる。
欧米で写真が本格的にコレクションされるようになって約40年くらい経過している。一部作品は高額になっている一方で、それ以上の不人気作品がコレクターの手元に大量に存在している。大手が取り扱うのは、厳しい生存競争を勝ち抜いた一部のブランド化した作品のみ。コレクターの高齢化に伴い、不人気作であっても値がつくのなら売却したいという潜在ニーズもあるのだ。
ヘリテージ・オークションズはそこに目を付けたのだろう。出品作のラインアップは、人により好みが大きくわかれる、ドキュメント系やポートレート系が多い印象だった。
結果的に3社合計の出品数は、昨春の709点と比べて大幅増加して、1103点。93.5%が1万ドル(約110万円)以下の低価格帯作品だった。昨春の結果と比べると、出品数増加に関わらず総売上合計は約272万ドル(約3億円)と、わずか約1.5%の伸びにとどまった。平均落札率は67.7%から61.9%に低下している。今年のオークションの平均落札率が約66.5%なので、低価格帯の作品市場の元気がない状況が良くわかる。
 
以前から指摘しているように、昨年来の弱気モードが続く市場は、景気循環というよりも、もっと根源的な社会の構造変化による影響という印象を持っている。アート写真コレクターの中心は富裕層というよりも中間層だった。欧米社会で進行している中間層減少と貧富の差の拡大は、多くの経済学者が指摘している通りだ。不要不急の商品といえるアートをコレクションする行為は、未来に対する明るいヴィジョンが描けることが前提で活性化する。もし将来に不安があると、どうしても資産価値のある作品以外の購入には消極的になるだろう。逆に既に持っているコレクションを換金化しようという流れになる。
高額価格帯には、世界的に増加している美術館や金融緩和の恩恵を受けている富裕層コレクターがいる。現代アート市場と重なるので底堅いのだ。一番影響が大きいのは5万ドル(約550万円)以下の、中間、低価格帯となる。
昨年秋以降の市場の落ち込みは個人所得の増加率低下とともに、このようなじわじわと進行してきた社会の構造変化の顕在化ではないだろうか。アメリカ大統領予備選挙のトランプ・ブームと同様の背景があるかもしれないのだ。
アート写真市場の関心は5月中旬に大手3業者によりロンドンで相次いで開催されるオークションに移っている。
 
(為替レート 1ドル/110円で換算)
 

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2016年5月10日 (火)

新山 清 写真展
サブジェクティブ・フォトグラフィー
日本独自のアート写真の原点ここにあり!

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Morning Glory, 1962 ⓒ Kiyoshi Niiyama

この写真展は、私がこのところ主張している日本独自のアート写真の価値基準提示を意識したものだ。限界芸術や民藝の写真バージョンとして紹介しているクール・ポップ写真。詳しくは、過去に書いた6回ほど解説を参考にしてほしい。その定義はやや難解なので、どのような写真なのか実際の作品を見てみたいという人が非常に多い。写真を説明するには実際のヴィジュアルを見て考えてもらうのが手っ取り早い。実はこの新カテゴリーの原点の一つだと私が評価しているのが新山清の写真作品なのだ。
彼の作品は、いままでご子息の新山洋一氏が写真展開催や写真集出版を通して紹介してきた。プロ写真家や写真趣味の人たちにも評判がすこぶる良い。しかし、彼らは新山清の作家性ではなく、表層のヴィジュアルを愛でているだけではないかと私は常々疑っていた。彼のモノクロ写真は、グラフィカルに美しいイメージが多く、また抽象的作品が多いのだ。日本では優れたデザインがアートだと単純に考える人が多いので、その視点からの評価ではないかという疑問だ。
これはかつて日本にサブジェクティブ・フォトグラフィーが導入されたときの評価と同じで、本来の意味が理解されず、写真撮影やプリント制作の方法の一つだと理解されたのだ。作品制作時の方法論が目的化すると写真はワンパターンに陥りやすい。撮影方法追求の行為にアート性があると勘違いするのだ。現代の写真家でも、この罠にはまってしまい抜け出せない人は数多くいる。ファイン・アート系作家を目指すのなら、制作手法の前に、社会と能動的に接して問題点を自分の頭で考え抜いて提示しなければならない。同じ写真メデイアなのだが、求められる素養が全く違うのだ。

話を戻すが、本展ではなんで彼が今欧米で再評価されているのか、その本質に迫るとともに、日本独自のアート写真表現との関連を提示したいと考えている。

彼はドイツのサブジェクティブ・フォトグラフィーの提唱者であるオットー・シュタイナート(1915-1978)に作家性を認められた写真家。そのあたりの経緯はプレスリリースを参照してほしい。
サブジェクティブ・フォトグラフィーは、1951年にザールブリュッケン国立美術工芸学校で開催された同名展覧会と、翌年に刊行された同名写真集において提唱された写真表現についての考え方のこと。これは、1920~30年代に登場した、ラズロ・モホリ=ナジ、マン・レイ、アルベルト・レンガー=パッチェらによる、新しい写真のリアリズムとフォトグラムやフォトモンタージュのような造形美を追求した、いわゆる「新興写真」を発展継承した運動だった。シュタイナートは、サブジェクティブ・フォトグラフィーは、非対称的(ノン・オブジェクティブ)な、画面の抽象的な構成を中心とする実験写真的なフォトグラムから、深みのある、美学的に満足できるルポルタージュまで、個人的な写真創造のあらゆる局面を含んだ枠組みを意味する。と語っている。
日本では、サブジェクティブ・フォトグラフィーは"主観主義"と訳される。1956年には「日本主観主義写真連盟」がアマチュアとプロの写真家とで結成。彼らの活動は当時流行のリアリズム写真に対抗するものだった。しかし、日本での運動は、残念ながら50年代末には勢いをなくしていくのだ。前記のようにワンパターンに陥り、飽きられたのだろう。

それでも新山がこの分野の作品を制作し続けられたのは、彼がアマチュアリズムを追求する写真家だったからだと考える。当時のアマチュア写真家の意味合いはいまと違っていた。写真で誰かとつながるとか、他人から承認を求めることなど誰も求めなかったのだ。新山はアマチュアであるがゆえに、プロ写真家のように写真界の評価を気にすることもなく、自らの主観的な撮影スタイルが追求できたのだろう。ややわかり難いので、もう少し具体的に見てみよう。

彼の一連の写真を見ると自分の周りの様々なシーンを綿密かつ強度を持って観察しているのがわかる。写真を通して自然探求を行っていると解釈できるだろう。それができる人と、できない人がいる。観察を行う前提として、目の前に広がる世界には客観的な見え方などなく、それぞれの人によって違っているという気付きが必要なのだ。見え方が違うから解釈も違って当然ということになるだろう。このような個人主義的なスタンスは日本人には珍しいのだが、彼が理系の人間だったから持っていた感覚ではないだろうかと私は推測している。綿密な観察を行った結果、世界で見たり、感じるものは一連の法則があることに気付いたのだろう。写真家キャリアのどこかの段階からは、新山の内面にはその法則に従った宇宙が形作られて、それに従って世の中を解釈してきたのではないだろうか。
その視点で、ストリートシーン、シティースケープ、ランドスケープ、自然植物、静物、ヌードなどを撮影してきたということだ。一連の作品の中にはデザイン的な美しいシーンをとらえた写真もあるが、乱れや汚れの中に存在する美しさを表現している作品も散見される。対象物は多様なのだが、私はそれらに共通な「ゆらぎ」を感じるのだ。
それは日本で一般的な、デザイン感覚や感性のみを重視して撮影された作品とはかなり違う。まさにシュタイナートのサブジェクティブ・フォトグラフィーの意味を、的確に踏襲していたのだ。本展では、以上のような新山の頭の中の宇宙が再現できるような作品セレクションと展示方法を意識している。
さて、では新山のサブジェクティブ・フォトグラフィーの撮影アプローチは意識的だったのか?もちろん、シュタイナートは意識的だと理解して彼を評価した。しかし、私は彼は本源的に持っていた理系的な自然観測の視点から、無意識に撮影を行っていたのではないかと考えている。シュタイナートは新山作品の中に"テーマ性の見立て"を行ったのだ。そして、彼の一連の作品が真に無意識のうちに制作されたのなら、まさにそこに"作品制作意図の見立て"が可能になるのだ。つまり私が主張しているクール・ポップ写真の写真史上の繋がりを発見できるということだ。
いま新山の写真は、欧米のサブジェクティブ・フォトグラフィーの流れで評価されている。それは日本には彼を評価する基準が存在しないからだ。私は日本独自のアート写真である"クール・ポップ"写真として評価したほうがわかり易いと考えている。ぜひ多くの人に実際の写真展示を見てもらい、意見交換をしたい。
 
展示作品はすべてが銀塩モノクロ作品だ。撮影当時に本人によりプリントされた貴重なヴィンテージ・プリントと、作家遺族の管理の上で制作されたエステート・プリントが、パート1とパート2で合計約45点展示される。
5月13日は50代の若さでなくなった新山清の命日に当たる。写真展開催を通して少しでも故人の霊を弔うことができれば幸いだ。
 
 
「新山 清:サブジェクティブ・フォトグラフィー」
-ヴィジュアル世界の冒険-
 
(1) 2016年 5月12日(木)~ 6月4日(土)
(2) 2016年 6月17日(金)~ 7月9日(土)
 
1:00PM~6:00PM/ 休廊 日・月曜日 / 入場無料
 
ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064  東京都目黒区下目黒6-20-29  TEL 03-3714-0552
JR目黒駅からバス、目黒消防署下車徒歩3分 / 東急東横線学芸大学下車徒歩15分
 

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