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2017年11月15日 (水)

アート系ファッション写真の
フォトブック・ガイド(連載3)
ファッション雑誌の中だけではない
幅広い分野にあるアート系ファッション写真

前回から人気の高いアート系ファッション写真のフォトブックのガイドが出版されていない理由を考えてきた。
ファッション写真自体の評価の難しさも、いままでにガイドが制作されなかった背景にあると考えている。ここからはやや小難しい解説になるが、どうかご容赦いただきたい。
 
つまり、ファッション写真には、単に洋服の情報を伝えるだけのものと、ファッションが成立していた時代の気分や雰囲気を伝える、アート系と呼べるものが混在しているのだ。たとえば現代アート作品の場合、写真家は時代が抱える問題点をテーマとして見つけ出し、それに対する考えをコンセプトとして提示する。アート系ファッション写真は、頭でテーマを考えるのではなく、各時代を特徴づける言葉にできないフィーリングを写真家が感じとり、ヴィジュアルで表現することになる。分かり難いのは、その時代に生きる人が共有する未来の夢や価値基準の存在が前提条件となることだろう。アート系ファッション写真は、それらが反映された時代性を写真家が抽出しているわけだ。
例えばヘルムート・ニュートンは、早い時期から、男性目線ではない自立した女性を意識した作品を提示してきたのが評価につながっている。見る側にこの部分の明確な認識がないとファッション写真の区別や評価はできない。

時代性が反映された写真という前提に立つと、アート系ファッション写真の定義は従来のステレオタイプ的なものよりかなり広範囲になってくる。

80年代を代表する米国人写真家ブルース・ウェバーは、"私は新聞に掲載されている消防士の写真や、30年~50年代のパリのドキュメントやストリート写真にファッション性を感じる"と"Hotel Room with a View"(Smithsonian Institution Press, 1992年刊)掲載のインタビューで語っている。
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"Hotel Room with a View"(Smithsonian Institution Press,  1992年刊)

また、"被写体となる人間自身が最も重要で、もし彼らが自らのライフスタイルを表現して、とてもパーソナルな何かを着ていれば、私にとってそれらの写真は人生の何かを伝えている"とも発言。評論家のマーティン・ハリソンは、ウェーバーはキャリアを通して、確信犯でファッション写真を次第にブルース・ウェバーの写真に展開させてきた。と評価している。
ハリソンは彼の著書"Appearances"でヴォーグ誌のアート・ディレクターのアレクサンダー・リーバーマンが理想としているファッション写真を紹介している。それは、最高のセンスを持つアマチュアで、写真家の存在を感じられない写真、だとしている。1940年代に新人編集者にそれに当てはまる、アーティストの自己表現とファッション情報の提供がバランスしている2枚の写真を紹介している。
 
最初の1枚は、エドワード・スタイケンによるヴォーグ誌1927年5月号に掲載されたマリオン・モアハウス(Marion Morehouse)をモデルとした写真。
Edwardsteichen1927
"Appearances"page 47 掲載のエドワード・スタイケン作品
 
リーバーマンは、その写真は流行りのシェルイ (Cheruit)のドレスを明確に撮影しているものの、女性に敬意を表し彼女の最高の魅力的な瞬間を表現している、としている。ハリソンは、この写真は1920年代に欧米で流行した革新的なフラッパーの要素を従来の婦人像と融合させている、と評価している。
 
もう1枚はファッションとは縁遠いウィーカー・エバンスがキューバのストリートで1923年に撮影した白いスーツを着た男性のドキュメント写真。
Walkerevance_new
"Appearances"page 46 掲載のウォーカー・エバンス作品
彼は"これは明らかにファッション写真ではないが、私はこれこそが根源的なスタイルのステーツメントだ"と語っていると引用されている。これも上記のウェバーと同じ意味だ。本稿の中でセレクションしていくアート系ファッション写真も同様の基準で行われることになる。つまり、雑誌用などでファッション写真として制作されたもの以外にも、時代性が反映されたドキュメント系、ストリート系、ポートレート系が含まれることになる。
 
次回は時代で移ろうアート系ファッション写真の前提条件に触れる予定だ。もう少しで具体的なフォトブックの紹介となる。
 

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2017年11月 8日 (水)

トミオ・セイケの初期作品発見!
カメラ毎日76年3月号・山岸章二との出会い

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トミオ・セイケ写真展に和歌山から来廊されたT氏が、カメラ毎日1976年3月号を持参してくれた。そこには当時新人だったセイケによる初期のカラーとモノクロの風景作品が"Landscape"というタイトルで10ページに渡り紹介されていた。これらは、1974年9月から1975年5月までの在英中に撮影された作品で、写真家自らがカメラ毎日の山岸章二(1930-1979)に売り込みに行って、採用されたとのことだ。

 

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カメラ毎日76年3月号 98ページ(C)Tomio Seike


最初の5ページはセイケでは珍しいカラー作品が紹介されている。
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カメラ毎日76年3月号101ページ(C)Tomio Seike
それらはリバーサル(ボジ)フィルム「コダクローム」と望遠レンズを使用して、手持ちの多重露光で撮影された、センチメンタルで絵画的な作品だ。50年代前半のアーヴィング・ペンの風景から人物が消えたような雰囲気に感じられる。

後半5ページは「イルフォードHP4」で撮影されたモノクロ風景。近景を撮影した作品は、フランス人写真家エドワール・ブーバ(1923-1999)を思い起こさせてくれる。

この当時のセイケは、まだ30歳代前半。カラー、モノクロ、そして広角、標準、望遠と様々なレンズを使って、自らのオリジナリティーを探そうとしていた様子が垣間見れる。ちなみに使用していたカメラはニコンF2だ。
セイケは、"ファッショナブルではなく、美しさと洗練さを兼ね備えた写真"を目指して取り組んだと同誌に記している。
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カメラ毎日76年3月号105ページ(C)Tomio Seike

若い人は知らないと思うので、セイケの初期作を紹介したカメラ毎日と山岸章二のことを短く紹介しておこう。

山岸は1960~1970年代に活躍した伝説的な写真編集者。当時は、欧米で「ライフ」などのグラフ雑誌が衰退し、自己表現としての写真が注目されてきた時代だった。山岸は欧米の最前線の現代写真を雑誌で次々と日本に紹介していった。若い才能ある写真家の発掘にも力を発揮して、20歳代の森山大道、篠山紀信、立木義浩を雑誌でいち早く取り上げている。
また写真展の企画も手掛けており、ダイアン・アーバス、リチャード・アヴェドン、J-H・ラルティーグ、ピーター・ベアードなどを日本に紹介。海外への日本写真紹介も行っており、1974年には、ニューヨーク近代美術館で"New Japanese Photography"展、1979年にニューヨーク国際写真センタ―(ICP)で"日本の自写像"展をキュレーターとして開催しているのだ。ネット上では、写真評論家の飯沢耕太郎氏が"Photologue - 飯沢耕太郎の写真談話"で詳しく語っているので参考にしてほしい。
私は窓社の西山俊二社長が手掛けた"写真編集者 山岸章二へのオマ―ジュ"(西井一夫 著、窓社 2002年刊)を読んで、山岸の極めて個性的な人物像を知ることができた。著者の西井一夫(1946-2001)は、山岸の部下として一緒に仕事をした人物で、85年4月号で休刊になったカメラ毎日の最後の編集長。同書には、山岸の写真界での功績や、彼と森山大道、東松照明らとの興味深いインタビューも収録されている。興味ある人は一読を進めたい。
 
若かりしセイケが、カメラ毎日の山岸によりデビューの機会を得たのは新たな発見だった。山岸は1976年から編集長になるが、3月号の編集長は北島昇となっていた。セイケが会った時はまだ副編集長だったと思われる。セイケによると、売り込みに行ったら、山岸はいきなり10ページを与えてたという。山岸が初対面だった森山大道の持ち込み写真の雑誌掲載を即断したエピソードは伝説になっているが、同じようなことがセイケにも起きていたのだ。
この号の多くの掲載写真の中で、セイケの実験的要素があるが洗練された作品は全く異質に感じられる。たぶん山岸には、外国人写真家を紹介するようなニュアンスがあったと思われる。またセイケの欧米写真家的な写真への取り組み姿勢を評価して発表の場を与えたのだろう。山岸は、約40年以上前にセイケの現在の写真家としての成功を見事に見抜いていたのだ。
同誌は、セイケにとって初めての雑誌掲載だった。雑誌の刊行を待ちわびていたセイケは山岸に連絡をとったという。直ぐに編集部に来いといわれて訪問すると、編集部用の早刷り雑誌をセイケに渡してくれたとのことだ。セイケがこのようなエピソードを話すのは珍しい。山岸の何気ない厚意にとても感動し、その人間性に魅了されたのだと思う。
 
参考のために同誌「今月登場」のセイケのコメントの最終部分を転載しておく。
「渡英中、日本の写真雑誌を見ては、流行ではない、洗練されたきれいな写真を撮りたいと思っていたという。コンポラでもない大型カメラでもないもの、そういう写真を掲載してくれる雑誌は、もう日本にはないのか、と思っていたが・・・・・・・。」
 
山岸は1979年に初老性鬱病を患い自死している。その後、日本はバブル経済へと進んでいく。ここから日本の写真は欧米と全く違う方向に進むのだ。写真でのパーソナルな表現よりも、好景気でお金が流れてくる商業写真が中心となる。多くの写真家がその延長線上に自由な自己表現の可能性があると信じた。しかしバブル崩壊によりあっけなくそれが幻想だと気付かされるのだ。2000年、上記の編集者の西井は山岸を約20年ぶりに振り返り、"遂に、日本には、写真雑誌は根付かず、写真エディターも育たず、写真批評の地平線も生まれなかった。山岸章二はいまだ必要なのか?"と記している。
欧米の写真状況を熟知しているセイケも、山岸の死後、日本の写真状況は悪化していると語っている。
この国では、いまだに欧米のような「写真」での表現は生まれず、「写真」はその領域の中で様々な価値基準とともに存在している、という意味だと理解している。日本で写真作品が売れない理由もここから来ているのだ。
 

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2017年11月 1日 (水)

アート系ファッション写真の
フォトブック・ガイド(連載-2)
玉石混交のファッション系の写真集

いままでに刊行されたフォトブック・ガイドはだいたい次のように分類できる。
著者の個人的な好み、刊行年代別、国や都市や地域別、カテゴリー別、単独コレクションの紹介などだ。最近はマグナム・フォトの写真家だけのフォトブック・ガイド"MAGNUM PHOTOBOOK"(Phaidon Press、2016年刊)も発売されている。
Magunumphotobook
"MAGNUM PHOTOBOOK"(Phaidon Press、2016年刊)
そのなかで、種類が少ないのがカテゴリー別だろう。ヌード系をまとめた"Book of Nude"(Alessandro Bertolotti、2007年刊)があるくらいだ。
Bookofnude
"Book of Nude"(Alessandro  Bertolotti、2007年刊)
私が個人的に発刊を待ち望んでいるのが、アート系ファッションやポートレート分野のフォトブック・ガイドだ。ファッション写真自体だけなら、写真家、歴史、ヴォーグ/ハーパース・バザー/ザ・フェイスなどの掲載された雑誌メディア、またブランドやデザイナー、ファッション・エディターごとにまとめられて刊行されている。しかし、写真家のモノグラフの包括的なガイドブックは私の知る限り存在していない。
 
この分野は、アート写真コレクターだけでなく、ファッション業界の人にもアピールできる。出版すればかなりの売り上げが予想できると版元も考えるはず。不思議に感じたので、いくつかその理由を考えてみた。
一番単純なのは、各時代を代表するファッション写真家のキャリアを回顧したフォトブックのガイドを制作することだろう。しかし、それだとすでに引退したり亡くなった人が対象になり、本の数があまり多くないのだ。ファッション写真のアート性が認められたのが比較的最近であることも影響している。それ以前に活躍した人の再評価は現在進行形なのだ。現役のファッション写真家の場合は、キャリアの途中でそれまでの仕事を回顧するケースは稀だと思われる。

また現役写真家の本の場合、かなりの数の自費出版が含まれているのが状況を複雑化していると思う。広告で稼いだ写真家が経費を思う存分に使って自分の広告写真のアザー・ショットやヌード、スナップ、風景などのプライベート写真を大手出版社を通して写真集化する場合が多く見受けられるのだ。それらは、仕事上のクライエントや広告代理店へのアピールが主目的で制作されるのだが、時に豪華本で、有名出版社から刊行される。広告業界で知名度が高いファッション写真家も含まれる。表面上は自費出版かどうかが非常にわかり難い。

Understandingphotobook
"Understanding Photobooks" (A Focal Press Book、2017年刊)

以前のブログで紹介したヨーグ・コルバーグ(Jorg Colberg、1968-)著の、フォトブック解説書"Understanding Photobooks(The Form And Content of the Photographic Book) "によると、いまほとんどのフォトブック出版では写真家が資金を出しているという。それゆえ、フォトブックを出している出版社からも、ファッション写真家の写真を本形式にした、自費出版本は刊行されているのだ。厳しい経営環境の中、有名出版社でも長い物には巻かれよになってしまうのは理解できる。またコールバークの本では、フォトブック制作では写真家は独裁者ではなく、多くの関係者間のコーディネーターの役割を果たすべきだとしている。しかし、上記のファッション系の本では、写真家が独裁者となりすべて自分の思い通りにする場合が多い。残念ながらアマチュア写真家の本作りと同じ構図になっているのだ。

それらはもちろんフォトブックではなく、ファッション写真家による写真集形式の作品カタログとなる。現存の写真家なので資料的な価値もない。
このように制作意図が全く違うファッション写真家の写真集が世の中には混在している。外見は豪華なのだが、内容が伴わない写真集が非常に多いのだ。膨大な数のなかから、アート系のフォトブックを区別するのはかなり難しい作業になるのだ。ファッション写真家による作品カタログのガイドブックをわざわざ制作しても、それは職業別の写真家ガイドでしかない。アートに興味を持つコレクターは全く面白味を持たないだろう。これこそがアート系ファッション写真のフォトブック・ガイド制作を考えるときに真っ先に直面する大問題なのだ。
アート系を分別するには、すべての刊行物を購入して内容を吟味するのが理想だ。しかし昨今の出版物の洪水のなかでは費用的、時間的に実際的ではない。私が判断する際に参考にしているのは、刊行後の古書市場での相場動向だ。アート系ファッション写真のフォトブックはプレミアムが付くが、それ以外は当初販売価格以下で売られている場合が多いのだ。また洋書店のバーゲンセールで売られている場合も多くみられる。ファッション雑誌の売り上げが落ちているように、ファッションのカタログ的な写真集も消費者になかなか買ってもらえないのだ。

次回の第3回では、アート系ファッション写真の評価基準を少しばかり小難しく解説する。

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