2016年10月25日 (火)

フォトブック・レビュー
"Ellsworth Kelly: Photographs"
(Aperture、2016年刊)

エルスワーズ・ケリー(1923-2015)は、シンプルでエレガントな絵画や彫刻で知られるミニマリスト系の米国人アーティスト。互いに厳密に分割された色面によって構成されたハード・エッジやカラー・フィールドの絵画で知られている。
実はケリーは1950年頃から借りもののライカで写真撮影を行ってきた。彼の写真作品の一部は、1987年に全米を巡回した「Ellsworth Kelly: Works on Paper」展で、スケッチ、ドローイング、コラージュとともに紹介されている。しかし写真作品は長らく忘れ去られていて、最近になって再発見されたとのことだ。たぶん写真自体がアート表現になり得るという認識が本人にも取り扱いギャラリーにもなかったのだろう。
今回の写真集は2016年春にニューヨークのMatthew Marks Galleryで開催された展覧会に際して刊行されたもの。1950~1982年までに撮影されたモノクロ写真約42点が年代ごとに収録されている。
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"Ellsworth Kelly: Photographs"Side walk, LA, 1978 (Page 85)

 

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"Ellsworth Kelly: Photographs"Barn, Southampton, 1968 (Page 31)

 

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"Ellsworth Kelly: Photographs"Curve Seen from a Highway,Austerlitz, 1970(Page 39)

 

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"Ellsworth Kelly: Photographs"Doorway Shadow, Spencertown, 1977(Page 69)

 

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"Ellsworth Kelly: Photographs"Hanger Doorway, St.Bathelemy, 1977(Page 79)

いまでは、彼の写真はドローイングやコラージュとともに絵画創作の重要なソースだと考えられている。彼は、"写真は私の作品に対して啓蒙的であって欲しいと考えている。それはただの良い写真ではない。しかし写真から絵画が生まれるわけではない"とも語っている。

彼が提示する抽象的な写真世界は、絵画で表現される様々なフォルムと重なっていると感じられる。写真では、3次元の世界が2次元になる。彼はそこに写真空間独特のフォルムを探求している。視覚に入ってくる様々なフォルムは自分の視点が動くと常にに変化する。彼はそのような世界を見る行為の中で、奇跡的なバランスを持つ瞬間を見つけ出そうとしている。
本書では、彼の視覚が木や枝葉などの自然から、しだいに風景、人工物、ストリート、家屋、壁などに広がっていく過程が垣間見れる。特に1968年には、ロングアイアランドの農家の納屋を重点的に撮影。そこに写されている、小屋の扉や壁面により分断される様々なパターン、屋根の形状などは、絵画や彫刻と類似している。
その他の写真では、太陽光線に照らされた明るい場所と影の部分との対比、新たに舗装された部分がある歩道、ペイントされた道路上の白いライン、割れた窓ガラスの一部分、
雪に覆われたカーブした丘陵地帯、地下室への入り口の開放部分などが表現されている。
彼の研ぎ澄まされた視覚は、実体のない、ありそうもない場所で、驚くべき魅力的なフォルムを発見している。

ケリーの写真は、モノクロによる抽象写真のカテゴリーに含まれるだろう。この分野では、アーロン・シスキン(1903-1991)が有名だ。しかし、彼の抽象作品は壁面の落書きなど2次元空間のものが圧倒的に多い。一方でケリーの多くの作品は、3次元の空間から創作されている。より写真の特性が生かされているのだ。また写真作品の中に発見できる、様々なパターンやフォルムが、彼の有名な絵画や彫刻と類似している点も大きな特徴だろう。画家エルスワーズ・ケリーの代表作との関連性がわかりやすい写真なのだ。コレクターがそこに大きな価値を見出すことは容易に想像できる。

ちなみに、上記のMatthew Marks Galleryでは、2015~2016年にプリントされた、11X14"サイズでエディション6の作品が1万5千ドル(約157万円)で売られていた。ケリーの絵画をコレクションしている美術館やコレクターには、創作の背景を知る資料としても魅力的な写真作品だと思われる。

最近は「サイ・トゥオンブリーの写真-変奏のリリシズム-」展がDIC川村記念美術館(千葉)で開催されるなど、写真家以外のキャリアを持つアーティストによる写真作品が注目されるようになっている。この現象は、写真のデジタル化進行と現代アート市場の拡大で、写真による表現自体がアート業界で広く認知されてきたことによると理解すべきだろう。

・出版社のウェブサイト
 
・アート・フォト・サイト
 

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2011年8月 2日 (火)

阿部高嗣・写真集「しまなみライフ」
家族の愛をささえに"いま"を生きる

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今回の大震災をきっかけで、普段は気付かない世の中の様々状況を知ることができた。
都市部にはもう存在しない共同体的なコミュニティー。東北には完全に崩れていない地域が残っていることが分かった。
優れた写真集も自分の知らなかった世界を教えてくれることがある。例えば古き良き時代の親子関係。もはや日本には存在しないと多くの都会生活者は考えているのではないか。
ところが、阿部高嗣の写真集「しまなみライフ」(雷鳥社、2011年刊)の中には笑顔あふれるかつてのステレオタイプの子供たちの姿があった。編集作業により現代的な背景のある写真は除かれたのだと思うが、何十年も前の昭和期の家族写真と言われても違和感は感じない。
彼の写真家キャリアはアマチュアにとってまさに理想なのではないか。撮影しているのは多くの人と同じように自分の家族。撮りだめた家族写真が出版社の目にとまり今回写真集化されたのだ。この手の本は自費出版が多いのだが、出版社の企画ものとして刊行されている。来年春には新宿のエプサイトでの個展開催も決まったという。明治安田生命マイハピネス銀賞を取って、コマーシャルの一部に写真が使用されている。

彼に絵心があるのはもちろんだが、それを簡単に引き出すことが出来たのはデジタルカメラの技術進歩がもたらした利便性によるところが大きいだろう。スナップ的な写真はプロでも難しい、デジタルの力がその敷居を低くしていることがよくわかる。阿部の写真の一番の魅力は、3人の子供たちから自然な態度と表情を引き出している点だ。私の自宅の周りに小中学校が多いが、東京ではあのような表情で走り回っている子供を見た記憶がない。彼の写真を読み解くヒントは彼が貨物船の船乗りであることだと思う。いったん海に出ると3カ月も自宅に帰ることはないという。長く離れている時間があるからこそ、親子互いの愛情が高まるのだろう。これが案外重要で、船に乗るという事実で強制的に彼らの中では時間が分断されるのだ。だから久しぶりに再会しても過去や未来にあまり引きずられないのだと思う。また離れ離れになることを互いに知っているからこそ、親子はいまという時間を精一杯生きようとする。愛情の押しつけがないので、カメラを通して親子がうまい具合にコミュニケーションするのだ。のっぺりした日常の中で様々なことを引きずりながら過ごす都会の親子の家族写真ではありえないシーンが生まれる。本書の著者は船乗りだが、案外単身赴任のお父さんにも同じような状況かもしれない。
それに作品の背景になる瀬戸内しまなみ街道の美しい自然風景と四季の移り変わりが写真の魅力を倍増させる。中年日本人が誰しも持つ、古き良き昭和時代の田舎原風景がそこにあるのだ。

いま生きる指針が見つからないで思い悩む日本人が多い。それに対する答えは様々あるだろう。不安感から、何らかの集団やコミュニティーにすがろうという人も増加している。それは、ある程度の心理的な安心感は与えてくれるが、個人の自由を制限する可能性も忘れてはいけない。本書の親子の写真は、ありきたりだが「愛」の可能性を提示している。 私も集団の空気を読みながらそこにすがるよりも、無償の家族愛のほうが個人を支えてくれると思う。阿部の場合は、偶然に船乗りの仕事がそれに気づくきっかけを作ってくれた。人間は、いまという時間にこの社会の中で生きるしかないと悟ると、救いになるのは家族の愛だけだと気付くのだ。あのロバート・フランクが全米の旅の末に最終的に家族愛に行きついたことを思い出してしまう。
この種の、ハッピー系に見える写真集はアート性がないように思われがちだ。しかし、本書はいまという時代を生きるためのメッセージを明確に発信している。1枚のオリジナル・プリントとして売れるかどうかは別にして、写真集として十分に作品になっている。表層はスタイリッシュだが、中身が空っぽな一見アートっぽい写真よりもはるかに魅力的だと思う。

デジタルカメラ、船乗りの仕事、生活環境。本書は様々な偶然が重なって出来上がった写真集なのだ。撮影は彼にとって愛情表現であり、自らを支える行為でもある。そこに本人の邪念がないがゆえに、見る側もごく自然に写真世界に入り込むことが出来る。そして清々しい気持ちにさせてくれる。写真は、見る側、撮る側をともに幸せにする可能性があることを本書は教えてくれる。

阿部高嗣の写真集「しまなみライフ(船長が撮るふるさとの子供たち)」(雷鳥社、2011年刊)1,500円(税別)

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