2012年1月24日 (火)

第2回
日本のファッション系フォトブック・ガイド
篠山紀信「オレレ・オララ」&「ハイ!マリー」

いまでもグラビアの第一線で活躍している売れっ子写真家の篠山紀信(1940-)。2009年には美術手帳で特集が組まれるなど、アートの枠組みで彼の仕事を再評価しようとする動きも散見される。
写真集で市場が最も高く評価しているのが、「晴れた日」(平凡社、1975年刊)だ。"The Photobook:A History Volume 1 "(Mrtin Parr &Gerry Badger,2004年刊)、と"802 photo books from the M.+M. collection"(2007年、 Edition M+M刊)に掲載されている。また、フォトブックのオークションにもたびたび出品されている。これは1974年に起きた様々な出来事を無造作に配列したもの。写真はスタジオ・ポートレートから、自然風景、ニクソン大統領のテレビ映像など無作為なセレクション。ガイドブックの解説では、日本人の予測不能な自然への不安、日米関係など、を無作為に並べることで当時の日本人にとっての重要な出来事を提示している。自然と社会の中で任意に生きる人間の人生が表現されていると評されている。なかなか難解なのだが、時間が連続していないという禅的な視点での評価なのだろうか。その他、彼の写真集では、「食」(潮出版社、1992年刊)がたまにレアブックのオークションにでてくる。
前回の横須賀 功光 「射」でも指摘したが、篠山の場合も欧米的な感覚を持ったクールでドライな写真を収録したものは市場で高く評価されていない。その他、初期のヌード作品を収録した2冊の写真集、「篠山紀信と28人の女たち」(1968年、毎日新聞社刊)、「Nude」(1970年、毎日新聞社刊)は、ヌード写真集のガイドブック「BOOKS OF NUDES」(2007年、Abrams刊)に収録されている。
特筆すべきは、金子隆一編の「日本写真集史」(2009年、赤々舎刊)には上記2冊が掲載されている点だ。私は金子氏にお会いして話したことがあるが、同氏は70年~80年代日本では商業写真に才能のある写真家が集まっていた事実を良く理解されている。その分野の代表として確信犯で篠山の2冊を収録したのだと思う。

日本には欧米にない雑誌の増刊形式で刊行されるタイプの写真集がある。それらはどうしても欧米の感覚では写真集と認められないだろう。雑誌のほうが書店で売りやすいこと、既存雑誌のフォーマットを使用できること、企業のタイアップ広告を掲載できることなどが登場してきた背景だろう。
今回は篠山の70年代前半に出されたこの雑誌形式の写真集2冊を紹介する。これらはフォトブックとして評価しても全く問題がない高いアート性と完成度を持っている。

まず、1971年5月に集英社プレイボーイ特別編集として刊行された「オレレ・オララ カーニバル 灼熱の人間辞典」。
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1971年のブラジルのリオ・デ・ジャネイロのカーニヴァルを4日間でドキュメントしたもの。当時まだ30歳だった篠山の写真撮影への凄まじいパワーを感じる。人間の欲望、エネルギー、汗臭さ、サンバのリズムまでがカーニヴァルの熱狂シーンとともに伝わってくる珠玉のドキュメント。男性誌プレイボーイ特別編集ということもあり、セクシーなダンサーや、解放的なヌードも全編に散りばめられている。カラー、モノクロ、様々なトーンの単色カラー印刷が全体のリズム感を作り出している。
リオを撮った有名写真集には現代で最も影響力あるのファッション写真家であるブルース・ウェバーの「O rio de Janeiro」(1986年、Alfred A.Knopf刊)がある。内容は、ドキュメント手法を取り入れ、完全に計算尽くされて制作されたリオの魅惑的シーン。洗練された、ときにゲイ・テイストが入ったウェーバーの世界観が見事に再現されているのだ。この本も、「オレレ・オララ」と同様に、カラー、モノクロ、様々なトーンの単色カラー印刷を駆使したデザインになっている。この点に関しては、同書は「O rio de Janeiro」のブックデザインに影響を与えた可能性があるといわれている。

もう1冊は、週刊プレイボーイ別冊としてでたアサヒカメラ1972年10月号臨時増刊の「ハイ!マリー」だ。
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日系ファッションモデルのマリー・ヘルヴィン(Marie Helvin)とその姉妹の7日間のハワイ・モロカイ島での休日をドキュメントした作品。美しい常夏のハワイの自然の下での、水着あり、ナチュラルなヌードありで、憧れの彼女と自由にヴァケーションを過ごす男性のファンタジーの世界だ。
計算されているのだが、果てしなく自然でモデルとの距離感を感じさせない写真が続く。被写体への愛さえ感じさせるスナップ風のイメージの完成度は高い。「オレレ・オララ」と同様に、カラー、モノクロ、様々なトーンの単色カラー印刷などが混在したページ展開はいまでも斬新だ。
マリー・ヘルヴィンはその後ロンドンに渡り、写真家デビット・ベイリーと結婚する。1980年刊の写真集「Trouble and Strife」のモデルといえば思い出す人も多いだろう。ちなみにこのタイトル名はロンドンの下町言葉で「奥さん」という意味。
今回紹介した2冊ともにアート・ディレクションは鶴本正三(1935-)が行っている。これらは篠山と鶴本とのコラボレーション作品でもある。

上記2冊とも雑誌形式のペーパーバックのため、傷みやすいのが欠点だ。
古書市場では状態によって販売価格にはかなり幅がある。経年経過による、傷み、汚れがある普通状態で、「オレレ・オララ」は7,000円~。「ハイ!マリー」は更に傷みやすい雑誌と同じ製本なので状態の悪いものが多い。こちらは普通状態で、4,000円~。個人的には、この2冊の方が「晴れた日」よりもポップで素直に篠山らしさが出ていると感じている。この時代の篠山の作品は、私が専門のアートとしてのファッション写真のカテゴリーに入る。
2冊とも雑誌形式なので発行冊数は多いと思われるが、状態よく保存されていたものは少ないだろう。間違いなく市場では過小評価されているので、状態のよいものはいま買っておきたい。

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2011年11月29日 (火)

(第1回)
日本のファッション系フォトブック・ガイド
横須賀 功光 「射」

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最初の1冊は横須賀功光(よこすか・のりあき)(1937-2003)の「射」(1972年刊、中央公論社刊)。
横須賀は、日大芸術学部卒業後にフリーカメラマンになり、資生堂などの仕事を行っている。1983年からは欧州各国のヴォーグ誌のフリーランスのスタッフ・フォトグラファーとして活躍。キャリアを通して主に広告分野の仕事を行っている。

本書は、1971-72年に中央公論社から出版された「フォトシリーズ・映像の現代」の第9冊目。このシリーズで選ばれた写真家は、奈良原一高、植田正治、深瀬昌久、東松照明、佐藤明、立木義浩、石元泰博、横須賀功光、富山治夫、森山大道の10人。古書市場での評価が一番高いのが森山大道による映像の現代10 「狩人」。現在の相場は、状態より約15万円~。良い状態のものは高価だ。これだけが、"The Photobook:A History Volume 1"(Martin Parr &Gerry Badger,2004年刊)に選出されている。
また、植田正治、深瀬昌久、東松照明、石元泰博も人気が高い。相場は3万円~。広告、雑誌、ポートレートで活躍している立木義浩や横須賀功光は本シリーズの中では人気が低い。
ちなみに、神田神保町の老舗古書店の小宮山書店さんでは、10冊揃いで65万円の値をつけている。

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この企画ではガイドブックに収録されていない本を紹介すると前回書いた。しかし「射」はAlessandro Bertolotti著のヌード系写真集をセレクトとした「BOOKS OF NUDES」(2007年、Abrams,NY刊)に収録されている。
それも、褐色のヌードダンサーをスタジオで撮影した「亜」のページがダストジャケット表紙にそのまま使われているのだ。そのシンプルでモダンな写真は日本人離れした魅力を持っている。この本が何で海外のガイドブックに掲載されていないかは中身を見れば一目瞭然だろう。収録作のほとんどは欧米的な感覚を持ったクールでドライな写真ばかり。つまりいくら日本人離れした感覚でも、しょせん本家本元の欧米人にはかなわないということなのだ。 彼らが好んで選ぶのは、欧米とは異質な文化を持ったウェットな日本人写真家によるフォトブック。つまり価値基準が違うがゆえに選ばれているのだ。
残念なのは、日本では欧米と同じ評価軸で現代日本のアート写真が論じられていること。これが、いまの日本で写真作品とオーディエンスとのリアリティーのギャップが生じている理由でもあるだろう。

本書で興味深いのは、巻末にあるカメラ毎日の山岸章二氏の作品解説だ。一部を以下に抜粋しておく。

・・・だがここにたいへん日本的な状況が彼を待っていた。
それは写真雑誌を中心とした創作活動で、時には写真展、写真集の形をとるにせよ
とにかく作家としての力量を問い、問われる試練である。
写真家は手の内にした職人芸だけに満足せず、企業もまた完成されたスタイルで技術にだけ着目するのではない。
つまり一流を保つためには、与えられた課題にはプロとして応え、一方で倦まず自分の殻を破って作品を作り出す努力が要求される。・・・
(山岸章二)

60年代にかけて写真は真実を伝えるメディアとしての地位はテレビなどに代わられてしまう。 その後、自己表現のツールとして展開していくことになる。興味深いのは70年代前半の日本では欧米と同じように写真家にとっての作品制作の重要性が語られていることだ。その後、山岸氏は、海外の写真家やキュレーターと交流を持ち、 欧米の視点で日本写真を評価しようと努力を続けるが、79年に亡くなってしまう。70年代後半から80年代にかけて、特に米国では写真はよりアートへと接近していく。しかし日本は高度経済成長による消費社会の拡大により広告写真が中心になっていく。実際、好景気による広告予算増大により、コマーシャル・フォトの世界でも写真家が自由裁量を持って表現できるという幻想を多くの写真家が見てしまったのだと思う。アートとコマーシャル・フォトとは分断してしまい現在にいたっている。山岸氏の早すぎる死が日本の写真界にかなり大きな影響を与えたと思う。

本書は、帯、ビニールカバー付きで完本。当時の定価は2500円だった。古い本なので販売価格は状態による。だいたいの相場は、1.5~3万円くらいです。

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2011年11月15日 (火)

日本のファッション系フォトブック・ガイド
近日連載開始予定!

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フォトブックのガイドブックが発売されて日本人写真家は世界的に注目されるようになった。"The Book of 101books"(Andrew Roth, 2001年刊)、"The Open Book"(Hasselblad Center,2004年刊)、"The Photobook:A History Volume 1 & 2"(Mrtin Parr &Gerry Badger,2004-2005年刊) が相次いで刊行され、いままであまり知られていなかった60年代~70年代の日本のフォトブックが欧米に紹介されたのだ。当時の好景気によるアートブームと相まってそれらの古書の相場は大きく上昇した。そして、金子隆一氏による、日本のフォトブックのガイドブック"Japanese Photobooks of the 1960s &'70s"が2009年に発売されるにいたった。
私は上記ガイドブックのセレションにやや不満があった。収録されている日本人写真家のものはアート系ばかり。当時のコマーシャル・フォト、ファッション分野の最先端で活躍していた写真家のフォトブックがほとんど含まれていないのだ。
一方で外国人の場合は、ファッション系の、アレクセイ・ブロドビッチ、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ブルース・ウェーバーも収録されているのだ。特に"The Open Book"にはファッション系写真家が多くセレクションされている。実は、金子氏にそのことを話したことがある。彼は、日本におけるその分野の写真は歴史が語られていないことから評価軸が存在しないと指摘された。欧米のファッション写真の一部はアート作品として認められている。それは、80年代から90年代に独自の歴史が専門家により書かれたからだ。日本でも同様の歴史研究が行われないと、コマーシャル、ファッション系写真家が評価できないということ。またリサーチに必要な雑誌などの資料がなかなか揃わない事情もお話しいただいた記憶がある。
ファッション系写真家の本が選ばれない理由はもう一つあると思う。この分野は当時の日本人のあこがれをビジュアル化していた。つまり欧米的なクールでドライな感覚の写真が多かったのだ。しかしこれは欧米の写真家では当たり前のセンス。だから、欧米の評論家は日本独特の文化が反映された、ウエットな感覚のものを選んでいる。ここにも多文化主義の考えが色濃く反映されているのだ。

ファッション系写真の魅力とは何だろう。それはアートとしてのファッション写真の魅力と同じと考えている。この分野の写真家は何かの記録ではなく、自らがカッコいいと感じた瞬間にシャッターを押している。それらにはその時代独特の気分や雰囲気が色濃く反映されている。難解なアートではなく、現代に生きる一般人でも視覚的、感覚的に共感できるイメージなのだ。前述のように、欧米ではそれらはアートの一分野として認められたが、日本では基準がないので評価されていない。しかし21世紀以降は価値観が多様化した。作家に独自性があれば歴史以外の評価軸があってもよいのではないか。現代アートのように、様々な価値観をベースに過去の写真家の仕事の評価は可能だろうと思う。いまや皆が共通の夢を持っていた時代が写っている写真なら、それだけでも現在を考えるきっかけになる。
それらの優れた仕事を見つけ出し評価することが歴史を綴ることになると思う。彼らの仕事は雑誌の中や写真集として残っている。しかし、雑誌類を集めるのはかなり難しいので写真集を探して紹介することが現実的だと考えた。
日本のファッション系フォトブック・ガイドは、フォトブックを通して日本のアートとしてのファッション写真を語る試みなのだ。まとめて紹介することは永遠にできそうもないので、時間がある時に書きためていこうと決意した次第だ。

ここでは、ガイドブックに掲載されていない、コマーシャル、ファッション系写真家のフォトブックを不定期の連載で紹介していきたい。いままで、古書店を回る機会があるごとにそのような本を探し、買い集めてきた。ほとんどが、古書店の棚の隅で非常に安く売られているものばかりだ。紹介することで、それらの真の価値が再認識され相場が多少なりとも上昇することを願いたい。コレクションを続けるうちに、この分野の写真家による優れた本の多くは自費出版であることが分かってきた。儲かった写真家の中には、その資金を写真集制作につぎ込む人がいる。お金に糸目をつけずに制作されたものも数多くある。しかし、それらは少量生産で一般に出回ることはない。私の知らないところにもまだ素晴らしいフォトブックが眠っている可能性があると考えている。そのようなフォトブック情報があればぜひ教えていただきたい。

さて最初に紹介する1冊だが、色々と悩んだ末に比較的知られているものを選んだ。
横須賀功光(よこすか・のりあき)(1937-2003)の「射」(1972年、中央公論社刊)だ。

楽しみにしていてください!

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