2007年2月28日 (水)

写大ギャラリーの木村伊兵衛写真展

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写大ギャラリーは、東京工芸大学の中にある。

週末に中野坂上の写大ギャラリーへ木村伊兵衛展『ヨーロッパ/中国』展を見に行った。昨年来、木村伊兵衛はちょっとしたブームになっている。朝日新聞社からカラー作品によるパリの写真集が再版され、銀座のメゾンエルメス・フォーラムで「木村伊兵衛のパリ」展が開催、ライカ銀座店2階サロンでもモノクロ作品が展示されていた。
メゾンエルメスでは写真自体を見せるよりも、ギャラリーのテーマであるパリの雰囲気の演出が優先されていた。作品もカラーのインクジェット・プリントだった。しかし、木村伊兵衛が当時のパリの雰囲気を撮影していたことが発見できて非常に新鮮に感じたことも事実だった。
パリの写真集でエッセーを担当していた写真家マーティン・パー氏は、"木村は当時無名だったアジェのパリの残りかすを追い求めている。古い建物が崩壊し朽ち果てていくパリをノスタルジックに撮影している。カラーであることからアジェよりもロマンチックに感じられる。"と指摘している。たぶん、外国人の木村伊兵衛は日本人がイメージしていた古いパリを追い求め、そんな背景の中で、カッコいいなあと感じたシーンを撮影していたのではないだろうか。カルチェ=ブレッソンやドアノーとの交流を通してパリの先端文化に触れたことも背景にあるのだろう。

写大ギャラリーでの展示だが、欧州の写真はメゾン・エルメスでの展示と同じ1954年、1955年に長期欧州取材時のもの、中国での作品はその後の1963~71年に撮影されている。こちらはフレーム、ブックマットという、オーソドックスに写真を見せることを考えた展示だった。いままでだとライカ使いの写真家の銀塩写真を見せる写真展という印象だっただろう。 しかし、私は少し前にカラー作品や再版されたパリの写真集を見ているのでそれらとのつながりを意識してしまう。
本展だけを観るより、一連の写真展を観てつながりを意識したほうが面白く感じるはずだ。(残念ながら銀座での写真展は終了済み)好きなイメージがあって、色々な視点や背景がわかってくると写真はますます面白くなっていく。時代性を取り込んだ写真は広義のファッション写真だと考えている。もしかしたら、木村伊兵衛は日本で初めてアートになりえるファッション写真を撮った写真家かもしれない。

写大ギャラリー木村伊兵衛展『ヨーロッパ/中国』展
http://www.artphoto-site.com/guide164.html

写真集『木村伊兵衛のパリ』
http://www.artphoto-site.com/b_445.html

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2007年1月28日 (日)

ハービー・山口「それぞれの瞬間」トークショー

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(C)Herbie Yamaguchi

先日コニカ・ミノルタプラザ(新宿)で開催されたハービー・山口のトークショーに行ってきた。会場は満席、中に入れない人も多数いた。参加者は圧倒的に若い人が多い。後で聞いたら期間中の総来館者数はなんと1万人を越えたそうだ。

ハービー・山口は囁くようにマイペースで淡々と話し続ける。彼はDJ経験もあるし、テレビのナビゲーターも行っているので話術は巧みだ。ユーモアを交えたトークで直ぐに聴衆のこころを掴んでしまう。力が抜けた自然な話し方が一番難しいのだ。また、写真を見せるときに流す音楽セレクションが効果的。有名ミュージシャンの曲が使われているので、音楽への興味から彼の写真世界に入ってくる人もいるのだろう。
話す内容は一貫している。人のことを妬んではいけない、みんなが幸せな気持ちになってくれるような写真を撮りたい、と語る。ややベタな内容だが実は彼の主張はアートの本質を言い当てている。現代人はみんな忙しくて自分のことで精一杯だ、他人のことを思いやる余裕などない。 そんな思い込みの中で生きることが悩みや苦しみの原因となる。アートは自分を見失っている現代人が自分自身を取り戻すきっかけを作ってくれるのだ。 彼は創作活動を続けながら、長い時間をかけて雑誌、本、トークショーなどで繰り返し繰り返し自分の世界観を語り続けている。ハービー・山口の考えに共感した人は彼のやさしい視点を持った写真を見ることで癒される。たぶん若者には写真から音楽が聞こえてくるのだろう。

若者に人気のあるのは素晴らしいことだが、商業ギャラリーにとっては悩ましい点がある。通常若い人はお金に余裕がないので、ポストカードや写真集よりも高価なオリジナル・プリントにはなかなか手がでないのだ。中高年の人には若い人に人気のあることでやや抵抗感を持つ人もいるかもしれない。しかし、ハービー山口の訴えているのは普遍的なテーマだ。2月1日からいよいよ写真展「The Big Love」がはじまる。ギャラリーの役割は、幅広い年齢層のお客様にハービー・山口の世界を伝えることだと考えている。

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2007年1月 4日 (木)

トミオ・セイケ氏との会話

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Tomio Seike 「Glynde Forge」

年末にイギリスから帰国した写真家トミオ・セイケ氏がギャラリーに遊びに来てくれた。彼は日本で数少ない、欧米の主要ギャラリーと契約しているアート写真作家だ。彼との会話はアート写真の先進国である欧米事情を知る上でいつも非常に参考になる。

今回特に興味深かったのは、写真デジタル化の急速な波についての話題だった。数年前は、あと5年後くらいにはすべてがデジタルになる・・・・という会話が一般的だった。しかし、2006年には多くのメーカーが銀塩カメラ製造から撤退して変化の波が大きく加速化した。もし銀塩カメラ製造が完全に中止されたら大手メーカーによるフィルム生産も中止されるのではないか、という話が日本同様、欧州でも言われているらしい。人によっては2007年に起きても不思議ではないという意見もあるとのことだ。そういえば国内でコダクロームフィルムの販売が終了されるというニュースもそんな将来を予見しているのかもしれない。
実は私もデジタル化の波が加速度的になってきた話を最近よく聞くようになっていた。あるDPE店を経営されている人が、2006年に入ってからの銀塩からデジタルへのシフトが急速になったと話していたのを思い出した。周りを見渡しても、私の年老いた母でさえ、デジカメを使用し、自分でプリンターで写真をプリントアウトしている。また、昔の銀塩カメラで撮影しようと思ったが、水銀電池が売ってなくて使えなかった、というようなこともよく聞く。多くの人が、レコードからCDへの瞬く間のシフトを引き合いにだすが、銀塩写真も2007年が大きな転換点になるのかもしれない。
「フィルムで撮影すれば、デジタル、銀塩のどちらでも対応できる。デジタル・プリントにも関心を持っているが、作家として私のいまやるべきことは、できるだけ多くフィルムで作品を残しておくことかもしれない」、とセイケ氏が最後につぶやいたことが印象的だった。
フィルムに作品が残っていればデジタル・プリント制作に取り組むことは今後いつでもできる、ということなのだろう。

今回、セイケ氏から10月にロンドンの老舗ギャラリーのハミルトンで発表された新作を収録した素敵な写真集「Glynde Forge」を頂戴した。掲載イメージはグレーに見えるが、実物は濃い緑色をしている。タイトルはエンボス加工され浮き出ている。これは、英国イースト・エセックスのグラインデという場所の伝統的な鍛冶屋をテーマに僅か6ヶ月で撮影された新シリーズだ。写真展は2007年3月に、芝浦のPGIで開催される。 限定750部の写真集は会場で販売されると思う。

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2006年11月20日 (月)

名古屋にアート写真ギャラリーがオープン!!

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11月18日(金)にオーチャード・ギャラリー(アート・フォト・サイト名古屋)がグランド・オープンした。最初の企画は東京で評判だった「マイケル・デウィック写真展」(ザ・サーフィングライフ)。これで東京で行った写真展示が、名古屋にも巡回するようになる。中部圏でのアート写真の認知度アップと顧客開拓の役割を担ってのオープンだ。

展示作品数は30点。事前準備は前回出張時にほぼ終了していたので、今回は日帰りでお手伝いに行ってきた。写真展準備には多くの細かい雑用がある。初めての会場だったので思った以上に時間がかかった。最終的にライト調整をして、キャップションを貼り終えたのはなんとオープンの5分前だった。

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オーナーO氏の尽力のおかげで、名古屋初の本格的アート写真ギャラリーオープンへの地元メディアの反応は好調のようだった。新聞の取材などが初日から入っていた。名古屋の土地柄が現れていたのは膨大な数のお祝いの花が贈られてきたこと。胡蝶蘭の鉢をはじめ入り口周辺は高級な花屋さん状態だった。オープニングのパーティーは盛大に5時から開催。オーナーの知り合い、取引先を中心に延べ100名を越える方々がお祝いに駆けつけてくれた。
パーティーでは地元ギャラリー関係者の話も聞けた。名古屋もギャラリー新規オープンは多いようだ。しかし、短期的に儲からないと直ぐに撤退するのが常とのことだった。ギャラリーがオープンすると、現実との戦いが始まる。いくら素晴らしい展示をしていても、その情報が作品を求める顧客に届くのにどうしても長い時間がかかる。マスコミが積極的に取り上げてくれるのは最初だけなので、あとは地道な営業努力の継続しかない。写真展開催には大きな経費がかかる。儲からないどころか、作品が売れないと単純に赤字が積み重なるのだ。その上、ギャラリーの人間関係は複雑だ。才能を持った人間的に素晴らしい作家は売れている一流の人だけ。感謝もしない、自己中心的でわがままな作家もいる。そして顧客からのさまざまな要望に答えなければならない。赤字が積み重なり、人間関係が嫌になって撤退する業者が多いのだ。

ギャラリーは個人でも情報発信可能なメディア。オーナーがギャラリーを通じて何を表現したいかが非常に重要になる。この仕事の面白いところは、情報発信を行い新しい価値観を構築し、市場を作っていくことなのだ。O氏は将来的に地元犬山市に写真美術館開設構想を持っている。今回のギャラリーオープンはその第1ステップなのだ。そして取り扱う写真の方向性も明確だ。コンセプトが難しい現代アートの写真ではなく、エログロやプリントのクオリティーを求めるコレクター向けの写真でもない。壁に飾れる時代性を持ったセンスの良い写真を中心に紹介していくつもりなのだ。最も潜在需要の大きい市場を攻めようという素晴らしいビジネス感覚を持っている。 またこのジャンルなら美術館としても他との差別化が図れることは明確だ。

写真はもはや現代アートの一部だ。他分野のアート同様にただ見ただけでは理解できない。見る側も情報を収集し作品を理解する能力を高めることが求められる。ギャラリーは作品展示とともに、アート写真の啓蒙活動が必要になる。その第1弾として12月17日(日)に東京で長年開催している、ファイン・アート・フォトグラファー講座を行う予定だ。プロ・アマ問わず、まず写真を撮影する人が参加してアート写真を理解して欲しい。

・ファイン・アート・フォトグラファー講座について
http://www.artphoto-site.com/seminar_1_n.html

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2006年10月31日 (火)

メイキング・フォト・ギャラリーin名古屋

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先日、名古屋に出張して写真展準備を行った。
昭和に建てられた古い建物のなかのオフィススペースは、モダンなギャラリーに改装されていた。そのレトロ感が少しばかり異国情緒を醸し出している。名古屋という街の雰囲気と相まって、なにかシンガポールあたりのコロニカルなギャラリーという佇まいだ。古いビルを4階に上がると、ガラス越しにギャラリーの非日常空間が目の前に飛び込んでくる。とてもいい感じだ。展示スペースは写真ギャラリーとしては十分。オープニング展では、約50X60cmサイズのフレームで作品30点を展示する予定だ。
グランドオープンは11月17日。私もお手伝いに駆けつける予定だ。中部地方のアート写真情報発信拠点として、様々な機能を果たしてくれることを願うばかりだ。

住所は名古屋市中区大須4-1-29 大島ビル4F、
グランドオープンは、11月17日の予定。

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ギャラリー名は、Gallery Orchard
前津通りからみたビルの入り口付近の外観。
通りを挟んで正面に「ランの館」がある。

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2006年9月24日 (日)

解説「ZENフォトグラファーズ」
写真展はどのように企画されたか

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(C)Motoyuki Kobayashi 

本展のテーマ「禅」について簡単に説明を試みてみたい。
「禅」ではなく「ZEN」なのですね、とよく聞かれる。意識したのは、最近のインテリア雑誌などで取り上げられる、ミニマム主義建築デザイナーのジョン・ポーソンらが提唱する“ZEN”スタイルだ。ベースになる禅はもともと16世紀の日本で開花した思想。それが欧米のライフスタイルに反映されて“ZEN”スタイルになったのだ。現在の日本人には伝統の禅ではなく、海外経由の「ZEN」のほうがしっくりくると考えて英文にした。しかし、外人が好む漢字Tシャツのように、「禅」という文字自体が西洋的なので写真展入り口には「禅」と表示した。

欧米社会で、「禅」思想は1950年代からブームとなり、今では広く普及している。その背景には、西欧文化の精神的な支えだったキリスト教の価値観が崩壊し、「自我」という存在が出現したことがあるそうだ。哲学者ニーチェが「神は死んだ」と主張したことはあまりに有名だ。そして「自分とは何だろう」という自我の存在に対する根源的な疑問が出現し、それに対するひとつの回答として「禅」が注目されたとのことだ。

当時の西洋の状況が、価値観が激変しているいまの日本と似ていると感じたのが本展の企画の発端だ。かつての日本は共同体社会だった。しかし、戦後の都市化でまず地域コミュニティーが、 そしてその代わりだった会社コミュニティーが崩壊した。日本の神が死んだのだ。そしていま個人は自分自身をたよりに生きることが求められるようなった。しかし、現代社会で明確な自分のポジションを意識することは容易ではない。多くが自分を見失い焦燥感と不安を抱えるようになる。

本展のテーマは、そんな時代に生きる人々のひとつの処方箋が「ZEN」なのではないだろうか、という問いかけなのだ。「禅」では無我を主張する。色々と思い悩む根源の「自我」そのものに実体がない、と切り捨てることで社会のすべての出来事が幻のように消えてしまうのだ。禅を解説することほど難しいことはないのだが、社会で一生懸命に頑張る一方で、視点を変えることで世の中のすべてのしがらみから自由になることと私は解釈している。頑張りすぎていると視野が狭くなり自分の目の前の出来事がすべてだと思い込んでしまう。

本展の準備は、思い込みで心が固まっていることに気付くきっかけとなる写真探しから始まった。しかし、癒しのような雰囲気を持つ写真だけでは作家の本心はわからない。
結局、作品自体ではなくエゴにとらわれていない生き方の写真家を選びだし、「ZEN フォトグラファーズ」への参加を依頼した。全員が、周りがどう見るかという他人の価値観ではなく、自分の価値観を大事にして真っ直ぐに作家活動をしている人たちだ。

本展では「禅」というキーワードの意味を自分なりに理解した上で、できるだけ自由に写真作品を見て欲しい。癒しにつながる「ZEN」は、見る人それぞれの心の中にあるはずだ。

http://www.artphoto-site.com/gallery_exh_064.html

参考文献
「禅のすべて」1997年、PHP研究所編

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2006年9月14日 (木)

ストレス社会に生きる人へのアーティストからの癒しのメッセージ

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(C)Herbie Yamaguchi

9月12日からグループ展"ZEN フォトグラファーズ"が始まった。癒されたり、悩みから開放されるような作品をセレクションしたグループ展だ。"禅問答"という言葉があるように、言葉で非常に表現しにくい概念がテーマだ。本展のプレスリリースの内容執筆にはわかりやすい表現が見つからないで苦労した。結局は、"禅"というキーワードを胸に作品を見て感じてもらうしかないない。

本展では横木安良夫が1995年に撮影した阪神淡路大震災時の阪神高速倒壊の写真を2X3メートルの大きさで展示している。これは震災のドキュメントではない。4x5大判カメラで撮影された作家のパーソナルな視点でとらえた風景写真なのだ。巨大作品の前に立つと、 まるで自分が現場にいるかのごとく錯覚する。社会生活を送る現代人は日々、色々なことに思い悩んでいる。しかし、このような天変地異が引き起こした世界を目の当たりにするとそんな悩みや不安はちっぽけなものだと気付くのだ。できるだけ多くの人に横木の作品を体験して何かを感じて自分を見つめなおすきっかけにして欲しい。

ハービー・山口は、ミュージシャン、市井の若者の親しみやすいポートレートで知られた人気写真家だ。今回は、ポートレートではなく彼のモノクロームの風景写真を展示している。実は2003年に刊行されたポートレート中心の写真集"piece"からのセレクションだ。彼のポートレートが素晴らしいのは、その親しみやすいキャラクターと人間愛を信じて疑わない確固とした世界観による。雲のようなふわふわした気持ちよい話ぶりに被写体は魅了される。そしてすべてが受容されたことで心が和み自然な表情が引き出されるのだ。実は同じ自然体のアプローチは彼の気持ちよい風景写真にも感じられる。優れた写真家のスタイルは何を撮影しようと不変なのだ。今回の展示作品はエディション数30点で販売することにした。

小林基行は、現代の美人画をテーマにした女子高生のポートレートで知られている。一方で"Days of Heaven"シリーズなどで、自らが癒される写真にこだわって作品制作を行っている。今回展示するのは、森のなかで撮影した"Tree Scapes"シリーズで自然の"ゆらぎ"を表現しようとしている。不規則に動くもののなかにも"1/fゆらぎ"のように一定の法則が存在する。風、波、川のせせらぎなどはその代表として知られており、人間の感情や生体リズム、癒しとも関係している。彼は自分が心地よいのはゆらぎであることを意識して今回の作品制作に取り組んだ。小林の写真は見る人を元気にさせるといわれるが、ゆらぎがその謎を明かすキーなのかもしれない。

中乃波木は20代後半の若手写真家だ。"White times"では地元石川県の雪を撮影し90cm四方の大判作品に仕上げている。中は、自分は子供のころから怖がりだったが雪の中にいると安心感を感じたという。子供のころの外の大きな世界への恐怖は、大人になると人間関係が作る社会生活での恐れや悩みとなる。雪の中は砂漠のように完全に抽象化された世界だ。そこに身を置くことで中は癒され、瞬間的に社会のなかの自分を客観視し、癒されるのだろう。現代人の多くがもつ悩みへの対処法が提示されていると思う。中にとっての"雪の世界"と同じ何かを見る人それぞれが持っているはずだ。作品に触れて、その何か見つけだすきっかけにして欲しい。

大和田良は昨年の個展でも一部展示した、瞑想感が漂う"World of Round"シリーズからの作品がセレクションされている。本シリーズは2005年スイス・エリゼ写真美術館が開催した、次世代の50人の写真家を選んだ"re-Generation"写真展に選出された作品だ。記念写真集にも掲載された作品のオリジナルが鑑賞できる。アクリルに写真作品を貼り合わせるのが現在、特に欧州で積極的に取り入れられている制作手法なのだ。次の展開が心待ちの若手作家だ。

"禅(ZEN)"といってもアーティストの表現方法、モチーフ、癒し方は千差万別だ。ぜひ心が疲れ気味の多くの人に鑑賞してもらい、それぞれの癒しのヴィジョンを見つけて欲しい。また作家希望の人も"癒し"は作品として意識してもらいたいテーマだ。

ギャラリストは禅問答大歓迎。私をギャラリーで見つけたら声をかけて欲しい。
開催期間は10月28日(土)まで。午後1時から7時まで、日曜、月曜は休廊。

会場風景は以下からどうぞ
http://www.artphoto-site.com/gallery_exh_064.html

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2006年4月29日 (土)

5月の写真展などのスケジュール(1)

Blog_004 5月は数多くの写真展やイベントを行う。
まずは12日から24日まで渋谷パルコ地下1階のロゴス・ギャラリーで開催する"レアブック・コレクション2006"だ。
いま写真集コレクションは世界的ブームになっている。ところが写真集自体の印刷冊数は相変わらず数千冊くらいの場合が多い。人気写真集はすぐに売り切れてしまうが、一方で全く売れないものも数多い。印刷にお金がかかり、大きく重く、保管スペースも必要な写真集はリスキービジネスなのだ。大儲けを狙って多くの冊数を印刷して売れないと、出版社は簡単に倒産してしまう。
それゆえ、新刊以外の写真集の入手は案外難しい。有名写真家の無名時代の写真集のように刊行当時は売れなかったのが後日人気が出る場合もある。それらは流通量が少ないので入手困難なコレクターズ・アイテムになってしまう。古書として人気があっても、よほどブームになり、大きな需要が期待できない限り再版されることは稀だ。写真集は多品種少数販売のロングテール商品なのだ。絶版になった写真集で人気が高い本がレアブック(希少本)と呼ばれている。従って見たくて欲しい絶版写真集は個別に海外業者から取り寄せることとなる。

一般の人はいったいどんなレアブックが面白いのか、売れているかの情報はなかなか入手できない。ネットでの情報収集には限界があるのだ。本展は、現在人気があり、売れているレアブック約100冊をセレクションして、現物を展示販売する企画なのだ。写真集といっても分野は様々だ。 今回は"時代(ファッション)"という切り口でセレクションしてみた。
しかし、レアブックの定番である、アンリ・カルチェ・ブレッソンの"決定的瞬間"なども展示する。日本ではあまり知られていないファッション写真家のモノグラフも数多く集めてみたので、興味ある方はぜひおいでただきたい。好きなヴィジュアルとの新たな出会いがあるかもしれない。

本企画のもうひとつの目玉が、横木安良夫ミニ写真展"渋谷・ナウ・アンド・ゼン"だ。 ロゴスギャラリーの壁面に、ほぼ8X10インチサイズの横木のデジタル・アーカイヴァル・プリントを展示する。テーマはレアブックと同じ"時代(ファッション)"だ、それをパルコがある渋谷を中心に60年代から現在までの約70点をセレクションした。モノクロ・カラーが混在した展示ディレクションは原耕一氏が担当して下さった。それだけでも一見の価値ありだ。作品は、基本的に作品シートの持ち帰りができることを想定して現在準備している。

アート・フォト・サイトギャラリーは3日~5日の連休中は休みだが、写真集の袋詰め、ラベル張り、写真作品の額装などで、休み返上の大忙しなのだ。

・パルコのホームページ http://www.parco-art.com

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2006年4月13日 (木)

写真展放浪記 "私のいる場所" 東京都写真美術館

東京都写真美術館で開催中の"私のいる場所"を見に行った。欧州、アジアの、2000年以降に注目されてきた新進作家のグループ展だ。15作家とグループの新作中心に"私のいる場所"を共通テーマに3フロアーで展示していた。普段は中高年が目立つが、今回は若い男女、カップルの来館者が圧倒的に多かった。

既に観た人は感じたと思うが、非常に難解なコンセプチュアル写真の展示が中心だった。
若い作家が中心だったので、自分のコンセプトの言語化にあまり慣れていなかったのかもしれない。その上、英語圏以外の外人作家の場合、原語を和訳するとどうしても伝えたいことが理解しにくくなるのだろう。観客が集まっていたのは、ヴィジュアルが見やすい、冊子表紙にもなっているニコラ・トラン・バ・ヴァンの作品のあたりと、みうら・じゅんが、いとう・せいこうとトークしているヴィデオ映像の前だった。キュレーターの主張が一番わかったのが、パート3"日常への冒険"だった。"ゼロ年代における冒険はむしろ、それぞれの日常に潜んでいるのではないか"という問いかけはその通りだと思う。そのためにアーティストは常に意識的でなければならないのだ。また、みうら・じゅんが選ばれているように、このパートでは、いわゆる"写真家"が選ばれていない。写真を通じての自己表現は今後、専門家以外の広い分野の才能からうまれてくることを提示しているだろう。

もともとは全く違うテーマで作品制作している複数写真家を単一テーマでまとめるグループ展は非常に高度なキュレーション能力が求められる。特に今回は、価値観多様化が進行した2000年代以降に頭角をあらわしてきた作家を中心としている。作家選択は非常に困難だったろうと思う。これから見に行く人は、自分が共感できる作家を一人でもみつけようというスタンスで作品と向き合うとよいだろう。興味の湧かない作品までわかろうとすると、写真を見ることが苦痛になってしまう。

東京都写真美術館  http://www.syabi.com/

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2006年4月 8日 (土)

外国人作家とのコミュニケーション

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(C)Michael Dweck 2004

海外作家との交渉はたいへんな仕事だ。
企画立案、営業・プロモーション方法、販売条件など、とにかくコミュニケーション量が膨大になる。

次回の企画展で米国人写真家マイケル・デウィックの日本初個展を行う予定だ。(5月30日から)彼は2004年に写真集“The End : Montauk NY”を発表している。オールヌードの若い女性がサーフボードを抱えて砂浜を走っている表紙イメージを覚えている方も多いのではないだろうか。雰囲気がブルース・ウェバーに近いので、作家名を勘違いした人もいるかもしれない。

彼とは昨年秋くらいからほぼ毎日メールで連絡をとりあっている。メールのおかげで電話で話すことが少なくなくなり、昔よりは仕事がかなり楽になった。 伝えたい内容を文章で整理して簡単に送れるEメールは海外交渉に非常に役立つ。かつては、国際電話で作家と話して、内容の確認をFAXでおこなうようなコミュニケーションを行っていた。今思い返すと信じられない。

外人は自己主張はするが、話して納得すればこちらの言い分を聞いてくれる場合が多い。 だから外人と話を進める場合はできるだけ本音を話すように心がけている。都合の悪いことは聞かないで返答しない、ではだめなのだ。一方日本人は、こちらの意見を聞いているような態度をとるが、自分に都合のよい話以外、全くきいていない場合が多い。相手を説得しない、自分も説得されないのが日本の伝統的コミュニケーションだそうだ。

日本人同士でも誤解してしまうのだから、外人にはこんな日本人の態度は理解不能だろう。外人の自己主張にはうんざりするが、こちらも主張すればどうにかなる。本音が理解しにくく、意見を聞かない日本人との対応の方が難しい。最終的には、日本人でも外人でも互いが同じ目的意識を共有できるかが、写真展成功の肝になるのだと思う。

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2006年4月 1日 (土)

70年代エルゴートの衝撃

写真家のN氏が来廊される。アーサー・エルゴートの作品、写真集を見てしきりに懐かしがる。彼は70年代~80年代にニューヨークでファッション写真家のアシスタントをしていたのだ。若かりしスティーブン・マイゼルサンテ・ドラジオに仕事を教えた経験もあるそうだ。当時一緒に仕事をしたヘアメイクやカルメン、ジャニス、アポロニアなどモデルたちを本の中で見つけて修行時代を思い出していたようだ。

アーサー・エルゴートのニューヨークでのデビュー時の衝撃も語ってくれた。スタジオで写真家本人が動きながら自然光で撮影する手法は、当時は驚きだったそうだ。エルゴートはもともと動きのあるバレーダンサーを撮影していたので、最初はアイデアと感覚のみで取り組み始めたらしい。それを自らのスタイルへ発展させたことがいまでも一線で活躍している理由だろう、と彼は分析していた。そういわれてみると、カメラクレイジーはエルゴートのキャリアを振り返る回顧写真集という見方もできるのだ。

N氏は同じテーマとスタイルで過去と現在の写真が巧みにセレクションされていることに感銘を受けていた。自らの写真でも過去の未発表ネガをデジタルで再生させることに関心があるようだった。彼の銀塩写真のクオリティーには定評がある、間違いなくデジタルプリントを手がけても上手いだろう。このように写真展がきっかけで、見過ごされていた過去の写真が蘇れば非常にうれしいことだ。日本の商業写真家の手元には、過去に撮影した膨大な宝の山が眠っているのではないだろうか?それらを見つけだし、今の時代の中で意味づけるのがギャラリストの仕事だと思っている。

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2006年3月24日 (金)

ギャラリストの憂鬱

ギャラリーをやっていて面白いのは写真展によって来廊者層がまったく違うことだ。現在行っているアーサー・エルゴート展では一人で来る若い女性とカップルの比率が非常に高い。ファッション雑誌、専門誌などで多く紹介されたことの効果だろう。最近は雑誌のなかでアート関連スペースが非常に限定的になっている。美術館などの大規模なアート展の紹介が中心で、ギャラリー規模の写真展はなかなか紹介してもらえない。写真展ごとに、願いを託してプレス資料をメディアに送付するのだが、企画によってはまったく反応がない場合もある。実は写真展の成否はこの段階でかなり推し量ることができる。新聞、雑誌などマスコミで取り扱われないものは、顧客の反応もよくない場合が多い。そして展示スタート後1週間で集客が悪い場合は、その後急激に来廊者が増えることはないのだ。そんなときは、案内状(DM)を新たに配ったりして、悪あがきをするのだ状況はあまり変わらない。当然のこととして営業成績も芳しくない。通常の開催期間は1.5ヶ月、そんなときは閑古鳥が鳴くギャラリースペースの中でギャラリストの憂鬱が続くのだ。
今回は、マスコミの反応も上々、来客者もコンスタントに増えている、とりあえずギャラリストとしては安堵して、営業に精を出している。

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2006年3月20日 (月)

アーサー・エルゴートのカメラ狂い

4月中旬まで、アーサー・エルゴート写真展"カメラ・クレージー"を開催している。テーマは単純だ、カメラを持っている人、撮影している人をスナップしているだけだ。アマチュア方でも取り上げるテーマだろう。最初は、ただエルゴート自分が面白いと思って撮影していたのだと思う。しかし、彼がすごいのは何と30年以上も同じテーマを継続したことなのだ。そうなると、カメラをキーワードにした時代、風俗、ファッションの変遷が見えてくるのだ。またカメラ・マニアの人によると、多種多様なカメラ機器の歴史としても楽しめるそうだ。作品に登場するカメラとか、レンズのことを語っているお客様も多い。カメラを持つスーパーモデルのイメージが一部にあることも見所だろう。

販売価格をほぼNYと同じに設定したところお客様の反応も上々だ。用意した写真集は早くも完売してしまった。良くまとまったヴァリュー・フォー・マネーの本だ。版元の在庫はそんなに多くないようだが、アマゾンや洋書店ではまだ入手可能のようだ。

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2006年3月18日 (土)

ポストカードを取り扱いはじめる

ギャラリーの店頭でアート写真のポストカードを取り扱い始めた。すべて米国から輸入した約120種類のモノクロ・カラーカードだ。特に自分でも手元においておきたい、イコン的な有名作品を集めてみた。
10年位前は東京中の洋書店、雑貨店でポストカードが買えた。しかし、現在は、子猫などの可愛い系や、パーソナルな気分や感覚をサンプリングするものが中心で、モノクロのアート系カードは案外入手しにくいのだ。
1枚税込み150円、在庫投資や管理の手間を考えたら儲けはほとんどない。全く売れない不良在庫分を考えたら赤字かもしれない。しかしポストカードはアート消費の入り口だと思う。一枚のポストカードがきっかけとなり、それを撮影した作家の世界観に興味を持つことになればとても素敵なことだと思う。

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