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<title>The Short Epic</title>
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<description>by Yoshiro Fukukawa</description>
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<title>資本の原理がシビアに働く時代楽天化するアマゾン内の古書店？</title>
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<description>Printed Matter Inc. ニューヨークでは、専門性の強いニュータイ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/22/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;Printed Matter Inc.&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;FONT-SIZE: 0.5em&quot;&gt;ニューヨークでは、専門性の強いニュータイプのショップしか生き残れない&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;90年代の後半に、ニューヨークのマンハッタンは資本の原理が厳しく働く街だという話をよく聞いた。それは、家賃と売り上げの関係が非常にシビアという意味。この時期に、家賃上昇によりギャラリー街がソーホーから倉庫街だったチェルシー・エリアに移っていった。&lt;br /&gt;特に激変したのが古書店業界だった。ネット普及による競争激化と利益率急低下でマンハッタンの古書店の閉鎖や移転が相次いだ。不況や環境変化で儲けが減っても家賃を半分にしてくれる家主などいない。まして借金して建築している物件なら賃下げには限界がある。だから、高家賃地域のビジネスはかなり高い利益率がないと継続が難しい。土地が限られるマンハッタンはそんな経済原則が最もシビアに働いている町なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;東京も家賃が高い。現在のデフレ状況がさらに続くと、経費支出の大半を家賃が占めるギャラリーは、十分な利益を上げることが困難になるだろう。実際、今年になって家賃の高い地区のギャラリーは閉店が増加している。今後、東京の中心部で営業できるギャラリーは、不動産を所有、他業務との兼業、企業系、スポンサー付きなどに限られると思う。&lt;br /&gt;特に交通の便がよい場所でないと成立しないレンタルギャラリーはその傾向が強まるだろう。最近のニューヨークでは、不況による売り上げ不振で川向うのブルックリンなどへ移転するギャラリーが多いと聞く。東京でも販売目的の商業ギャラリーは、家賃の安い地区で継続していくしかないだろう。これは家賃よりも写真展に予算を使うということ。場所が多少不便でもコンテンツが良ければ顧客は集まってくれるのだ。&lt;br /&gt;実は前回のデフレ期に私たちのギャラリーは代官山から目黒通り近くに移転した。いままで継続できたのは家賃が安かったからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の古書店はさらに大きな構造変化に直面しているようだ。彼らはネットが普及しても海外業者のような大きな影響をいままでは受けなかった。それは、ネット検索が容易なアルファベット表記の洋書と比べて、漢字が入る和書は検索が難しかったことによる。古書店の検索エンジンのようなものも存在していたが、使いにくくほとんど役に立たなかった。&lt;br /&gt;しかし、そんな状況が最近変化してきたようだ。最近相次いで写真集を取り扱う古書店のオーナーたちと話す機会があった。みんな一同に経営環境の厳しさを嘆いていた。根本的原因は現在日本が置かれているデフレ状態にあるのだが、それに加えて今になってネットの存在が業者間の競争を激化させているようなのだ。&lt;br /&gt;みんなが指摘するのはアマゾン・ジャパンの躍進だ。アマゾンは新品本だけを販売していたが、マーケット・プレイスという古書、絶版本を扱うカテゴリーもある。当初は、掲載タイトルも参加業者も少なくあまり役に立たなかった。それが最近、国内の古書店の参加が急増している。それも地方にある古書店がかなり積極的に在庫をアップするようになってきた。ポイントは地方は家賃が安いので、神田の専門業者などよりもかなり安く価格提示していることだ。ネットは価格が比較可能なので、相場にかなりの低下圧力がかかってきたらしい。洋書でも海外の業者が数多く参加するようになってきた。本の状態の表示が非常に簡単なので高額なものは手を出しにくいが、一般の人でも大体の相場がわかるようになった。要は、アマゾンのマーケット・プレイスが絶版写真集を検索し販売する一種のプラットホームの役割をはたすようになってきたのだ。古書店を集めた楽天市場のような感じだろうか。&lt;br /&gt;東京神田の古書店街は日本中で知られている。その魅力は専門店の豊富な在庫にあったと思う。知らない間に、それを凌駕するくらいの全国どころか世界の古書店の在庫を網羅する巨大なヴァーチャル古書店が生まれつつあるのだ。家賃の高い都市部の古書店はかつてのマンハッタンの店のように間違いなく影響を受けるだろう。&lt;br /&gt;お会いした古書店主の一人は、最近店舗を閉じて、ネット専業に業態を転換したという。アマゾン中心に在庫を出品しているが、売り上げは店舗時代とあまり変わらないそうだ。店頭では人の目に留まらずに売れなかった専門性の強いタイトルが、探している人の検索に引っ掛かって売れることが多いそうだ。売上が同じなら店舗の家賃がかからない分利益率ははるかに高くなる。しかしネットでは誰でも取り扱える商品の場合は果てしない価格競争となる。どれだけ専門性をもった商品の品揃えができるかが生き残りのキーになるのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ニューヨークでは、レア・ブックだけでなく、オリジナル・プリントやポスターも一緒に取り扱う専門店が生き残っている。古書店のニュータイプの登場だ。日本でも変化の兆しは感じられる。写真作品を扱う古書店や、レアブックを扱うギャラリーが増えている。家具やインテリア小物とともに写真集を扱うショップもある。これからの古書店主はショップ・オーナーの視点が求められると思う。本だけでなく、より幅広い分野の目利きが必要になるだろう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アート写真最前線</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/12/two-in-one-in-e.html">
<title>Two in one in England現在につながるハービー・山口の初期スナップ！</title>
<link>http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/12/two-in-one-in-e.html</link>
<description>(C)Herbie Yamaguchi Two in one in Engla...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/15/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;(C)Herbie Yamaguchi&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;quot;Two in one in England&amp;quot;の展示作品の中に、バスの中で撮られた笑顔のおばあさんたちの写真がある。何気ないスナップのように見えるがこれは凄い写真だ。人種の坩堝のアメリカと違い、英国それも地方部には外人はほとんどいない。東洋人は珍しい存在なのだ。彼らは、中国人、韓国人、日本人の違いも判らない。残酷な物言いをする子供は、チンクといって東洋人の目が細いのを小ばかにすることもあったと聞く。まして70年代前半の英国だ、まだ世界大戦の記憶が残る人もいたはずだ。&lt;br /&gt;ハービー・山口はそんな難しいコミュニティーの中で、おばあさんたちの笑顔を引き出し撮影しているのだ。たぶんボディー・ランゲージを含む際立ったコミュニケーション能力があったからできたのだろう。彼はスナップの極意を既にこの時期に体得していたようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼ほどの写真家になると、そのスタイルを受け継ぐ若手が出てきてもおかしくない。しかし、残念ながらそのような人はまだ登場していないようだ。それは簡単そうなストリートのスナップが実は非常に難しいからだと思う。&lt;br /&gt;まず、いまの東京で笑顔の人を見つけること自体非常に難しい。道端でいきなり中年の男性に写真を撮らせて下さい、と言われたらだいたいの人が断るだろう。彼は外見のビジュアルだけで判断して被写体を見つけだすのではない。その人生を一瞬のうちに見抜き、一生懸命に生きている人だけを撮影しているのだ。心の状態は自然と表情に現れるというが、それを読み取る高い感受性を持っているのだろう。彼はアイコンタクトを通じてそのあたりの一瞬のコミュニケーションを行うと語っている。これらの一連の行為ができるようになるには、トークなどでよく引用される高い&amp;quot;人間力&amp;quot;が必要なのだろう。&lt;br /&gt;スナップでは、相手を好きになることが重要だとよくいわれる。これは相手を尊敬すること、受け入れることだ。それができないと緊張して被写体に接してしまい相手も緊張する。外国で撮影する時などはどうしても陥りがちなパターンだ。これでは、良い写真は撮れないだろう。ハービー・山口の写真の背景には当時の日本人の英国ライフスタイルへの憧れがあったのだと思う。彼は、イギリスではみんながモデルのようにかっこよく見えたと語っている。撮影するときに、あなたがたの人生は素敵ですよ、外見もカッコいいですよという気持ちを素直にぶつけていたのだと思う。良い写真の撮影には、相手を受容することがほんとうに重要なのだと山口青年の作品群は教えてくれる。&lt;br /&gt;　撮影時の普通さも、隠れた人間性を引き出すマジックのひとつだ。そこには、カメラマン対モデルのような緊張関係はない。アシスタントもいないし、カメラマンと被写体はまったく普通に語り合い撮影が進行していく。被写体を意識させない、ライカカメラの静かなシャッター音も重要な要素となっている。カメラの存在は消え、自然とカメラマンと被写体とのコミュニケーションが生まれる。 その一連の結果として、彼がライフワークとしている、&amp;quot;見る人が幸せな気分になる写真&amp;quot;が積み重なっていくのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、20代前半のハービー・山口のたたずまいにファンなら興味のあるところだろう。彼のトークイベントでは、いつも自らを美少年だったと繰り返し冗談ぽく語っている。 しかし、どうもそれはジョークではないようだ。&lt;br /&gt;実は、今回彼が20歳の時のセルフポートレートを持参してくれた。そこに写っているのは、スリムでロングヘアーのクールな眼差しの青年なのだ。その写真はギャラリーの小部屋に展示してある。ご興味のある人は美少年だったかどうかをご自身で確かめてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ヨーガン・シャドバーグとハービー・山口の二人展&amp;quot;Two in one in England&amp;quot;は、2010年2月6日まで開催中。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ギャラリー情報</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/12/2009-b344.html">
<title>（アート写真最前線）2009年秋アート写真オークション・レビュー不況でも消えない写真コレクションへの情熱</title>
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<description>各社オークションカタログ アート・フォト・サイトに2009年秋のニューヨークアー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/08/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;FONT-SIZE: 0.5em&quot;&gt;各社オークションカタログ&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;アート・フォト・サイトに&lt;a href=&quot;http://www.artphoto-site.com/collection_2_029.html&quot;&gt;2009年秋のニューヨークアート写真オークション結果&lt;/a&gt;をアップした。今年は一部のオークションが11月にずれ込むなどしたので分析に時間がかかってしまった。&lt;br /&gt;全体的な印象は、昨年までのブームが来る前の落着きを取り戻した感じで、特に良くも悪くもない、まあまあの結果だった。実際の数字は明らかに春よりも改善。取引高は増加し、落札率も上昇している。&lt;br /&gt;市場を取り巻く環境は明らかに好転していた。春のオークション時期はニューヨーク・ダウの株価が低迷中だった。その後、中央銀行の量的緩和が効いてきて、金利が低いドルで資金調達するいわゆるドルキャリートレードが活発化。不況下の10%という高い失業率のなかで株高が進行していった。10月～11月はちょうどニューヨーク・ダウの株価が1万ドルを超えて上昇し、2007年秋の高値から2009年春の安値の半値レベルまで戻してきていた時期だった。日本と違い、米国では多くの人が株式市場で資産運用を行っている。コレクターにとって株価上昇により資産が増加することはオークション入札に多少なりとも心理的に良い影響を与えたと思われる。コレクターはやはり生活が安定した人が多いので、将来への不安感が弱まれば好きなものにお金を使う気分になる。アートではこの気分が重要な役割を果たすのだ。&lt;br /&gt;また、オークションハウスが市場環境を考慮して行った、出品作品の絞り込みと、的確な落札予想価格の設定も効果があったと思う。今回は、いままで低迷気味だった新興コレクターが好む、現代アート系、ファッション系の人気も復活の兆しが感じられた。割安な価格レベルでは確実に購入者がいるというアート写真市場の厚みも強く印象付けられた。しかし、作品が積極的に物色されるのはまだブランドが確立した人気作家が中心だった。米国の経済は、景気底割れは回避されたものの、消費は弱く失業率もまだ高いという状態。株価は企業業績の最悪期からの回復をすでに織り込み済みだろう。&lt;br /&gt;以上から、アート写真市場の本格的な回復と広がりにもまだ時間がかかると思う。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アート写真最前線</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/12/post-7315.html">
<title>（アート写真最前線）不況下のオークションとギャラリー店頭市場</title>
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<description>ニューヨークのオークションハウスPHILLIPS 相場がよいときは、オークシ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/01/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;FONT-SIZE: 0.5em&quot;&gt;ニューヨークのオークションハウス&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.6em;&quot;&gt;&amp;quot;PHILLIPS&amp;quot;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;相場がよいときは、オークションでたまに奇妙なことが起こる。その時にギャラリーで実際に売られているのと同じ作家の同じような状態の同一イメージの写真が、オークションで遙かに高く落札されるのだ。これは需要が急拡大し、新規のコレクターが参加したことにより実際に起こる現象。彼らは、経験が浅くギャラリー情報を豊富に持たないので、多くの作品が集まるオークションで、欲しいアートを物色する。業者は、再販売目的なので一定の相場レベル以上では入札しない。コレクターは欲しいから買うので、自分の懐具合が判断基準になる。時にプロが考える相場の上限を超える値段でも落札するのだ。すると同様の作品を販売しているギャラリーは直ぐに値段を上昇させる。このように作品価格は上昇していくのだが、だいたいこのようなエピソードが関係者から聞かれるようになる時は相場がピークなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現在のように市場が弱くなっても、ギャラリー店頭価格はしばらく高止まりする。特に有名作家のセカンダリー作品を扱うギャラリーでは、仕入れ値が高いと販売価格を直ぐに下げられない。だから弱気相場のときは需給が直接反映されるオークションの方が安く購入できる可能性が高くなる。コレクターにとってはチャンス到来かといえば、必ずしもそうではない。売り手は良品を安く売りたくないので、出品数がそんなには増えないのだ。有名作品の代表作品は常に欲しい人が多数いる、それらの値段はあまり下降しない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;相場低迷時に明確になるのはアート作品の流動性だ。これは景気のよいときはあまり意識されないが、不景気になるとそのギャップが顕在化する。アート史の中で評価が固まっている物故作家と、現存作家。現存作家でも地位を既に固めている作家と、若手、新人作家。同じ作家でも人気イメージと不人気イメージとの流動性ギャップが拡大する。好景気時には、知名度に関係なくイメージが好きな人や、高額な人気作品に手が出ない人がそれらを買っていた。以前も述べたが、不況が続くとコレクターは評価の定まった作家の貴重作品以外への関心が低くなる。美術館も購入予算が減少するので同様の傾向を示す。こういうときに主な買い手となるのが、ディラーなどの業者なのだ。彼らは、購入後に再販売することを前提に購入するので想定している販売価格の約50%くらいを上限にビットする。想定価格は業者の持つ相場見通しにより違う。特に不人気作品、知名度の低い作家を積極的に買おうという業者は少なくなる。企業と同様にギャラリーも不良在庫投資を嫌うからだ。これらの結果、オークション・ハウスも出品作品を絞り込むことなり市場規模は縮小する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このような負の連鎖が市場で起きはじめるとギャラリーの店頭市場も影響を受ける。無名作家の場合、安い作品以外は売れ難くなるのだ。アート写真分野は価格がもともと安いので影響はそんなに大きくない。しかし過去5年くらいに内容が伴わずに価格が高騰した現代アート系の写真はかなり影響を受けるのではないだろうか。有名オークションハウスで取引された現代アート系作家でさえも、25年のうちに生き残るのは半数以下だといわれている。もし、今後も不況が続くと、いままで拡大してきた若手や新人の市場規模は横ばいから減少に転じる可能性が高いと思われる。&lt;br /&gt;しかし、現代社会からアートが消えてなくなることはない、極端に悲観的になる必要もないだろう。以前のネットバブル崩壊後の流れを振り返ると、景気が上向かなくても、これ以上の景気の底割れがないという認識になればアート市場は再び動きだしたのだ。その点からは、景気の2番底が来るといわれる現在は陰の極であるかもしれない。ちなみに、11月にニューヨークで行われたフィリップスのアート写真オークションでは、 有名作家のファッション系、現代アート系作品は再び順調に落札されるようになってきた。心配なのは、再びデフレと言われてきた日本市場の動向の方だ。もともと市場規模が非常に小さいので不景気のインパクトは大きいかもしれない。いままで続いてきた市場拡大の流れが止まらないことを願うばかりだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アート写真最前線</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
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<title>次回展 Two in one in England現在準備進行中 ! 12月2日スタート!</title>
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<description>ギャラリーの次回展は、12月2日（水）より、ドイツ人写真家で現在フランス在住のヨ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/24/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ギャラリーの次回展は、12月2日（水）より、ドイツ人写真家で現在フランス在住のヨーガン・シャドバーグとハービー・山口の二人展&amp;quot;Two in one in England&amp;quot;を開催する。&lt;br /&gt;ちなみに、タイトル一部の&amp;quot;Two in one&amp;quot;は、ハービー・山口が趣味としているバイクから連想して彼がつけたもの。エンジンからの2本の排気パイプがひとつになってマフラーにつながることを意識している。&lt;br /&gt;二人の関係は、1975年のロンドンにさかのぼる。シャドバーグは南アフリカで活躍していたが、アパルトヘイト政策などもあり当時はやむなく欧州に移り住んでいたのだ。一方、山口青年は自分探しのためにロンドンに滞在していた。キュレーター、編集者、写真教育者の仕事をしていたシャドバーグはハービー・山口の写真の才能を最初に見出した人物なのだ。彼はシャドバーグ写真グループの暗室を使用することを許可されるとともに、写真に関わる様々なことを教わったという。シャドバーグとの出会いがなければ、現在の写真家ハービー・山口は存在しなかったかもしれない。彼こそは、パンクの精神を教えたジョー・ストラマーとともに、ロンドン時代のハービー・山口に多大な影響を与えた最重要人物なのだ。写真展開催に至るまでの詳しい経緯や見所は、&lt;a href=&quot;http://www.artphoto-site.com/inf_press_43.pdf&quot;&gt;プレスリリース&lt;/a&gt;を読んでいただきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実は昨年の秋に、ヨーガン・シャドバーグとハービー・山口の二人展を予定していると紹介した。当初、写真展は今年春に開催予定だった。しかしハービー・山口の川崎市市民ミュージアムでの写真展が決まり、彼らがギャラリーでの同時期の写真展開催に難色を示したことで時期を秋に変更した。 作品がギャラリーで販売されることを気にしたようだ。確かに美術館での個展開催はその作家の作品の資産価値をあげることになる。アート写真市場が未成立の日本ではあまり関係ないと思うが、美術館側もそれだけ彼の作品の市場性を認めていたのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ヨーガン・シャドバーグの作品はかなり前からギャラリーに届けられていた。60年代後半に英国グラスゴーで撮影されたモノクロ銀塩プリント約15点だ。ヒューマニストの視点で撮影された写真はハービー・山口へ影響を与えていることが明確に感じられる。彼の未発表・初期作品といってもたぶん誰も疑わないだろう。プリントもとてもきれいに仕上げられている。暗室作業でのこだわり精神も間違いなくハービー・山口につながっていると思う。作品の一部は、アサヒ・カメラ12月号のグラビア・ページに掲載されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、ハービー・山口は11X14インチの銀塩プリント約20点を展示する。彼が1973年に渡英したとき、最初の約6ヶ月はイングランド南東部の海辺の都市ブライトンに住んでいた。シャドバーグと出来るだけ同じ時期の作品ということで、写真展用に当時のネガを見直してもらったのだ。本人によると直感でよいと感じた写真をプリントしてみたとのこと。代表作の1枚に「School Friends」というイメージがあるが、ほとんどが同時期に撮影された未発表作品。得意のポートレート、ストリート・シーン、シティースケープ、ランドスケープが巧みにセレクションされている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この時代の英国社会は英国病といわれる経済の停滞期だった。国有化政策などで国際競争力が低下し、貿易赤字、財政赤字に苦しんでいた。当時の国民生活はかなり困窮していたというイメージが強いが、彼の写真を見ていると違う印象を受ける。政府は厳しい状況だったが個人は案外幸せだったのではないかと思えてくる。二人の一連の作品からは、社会全体がかもし出す安定感、秩序、余裕のようなものが感じられる。それは、街のたたずまいであり、被写体の労働者階級と思われる人たちのきちんとした身なりやファッション、そして笑顔だ。誰もが地域、会社、家族などの中で自らの役割があった時代なのだろう。低成長期だったので物質的にはアメリカよりも恵まれていなかったと思うが、それぞれの人に居場所があったので生活の先行きに不安感はあまりなかったのだろう。幸福度は必ずしも経済成長とリンクするわけではないのだ。特に若かりしハービー・山口の写真は、いまと同じようにそこに住む人たちの何気ない笑顔を見事に引き出している。彼の未来の成功を暗示しているかのような素晴らしい作品だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その後、英国もサッチャー政権の経済政策により「規制緩和」と「民営化」へと大きく方針転換される。自由な生き方や物質的な幸福を多くの人が求めるようになり社会状況が変化するのだ。伝統的なコミュニティーが崩壊した現代社会では、誰しも居場所が不安定でそれが精神的なストレスになっている。だから、今回のような古きよき時代の写真に私たちは魅了されるのだろう。いま、シャドバーグがグラスゴーの写真をセレクションし、ハービー・山口がこの時代のネガを見直そうと思ったのも、単なる過去の思い出の再発見ではなく、時代の価値観の大変化を感じとっているからだと思う。 現代社会を違う視点から見直すきっかけにして欲しいという思いが感じられる。&lt;br /&gt;ちなみに、ハービー・山口の次のプロジェクトは渡英前の写真の本格的な見直しとのことだ。私たちが、よりリアリティーを感じる古きよき日本の写真でメッセージを投げかけようとしているだろう。来年秋に大規模な写真展と写真集出版が予定されているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;写真展&amp;quot;Two in one in England&amp;quot;は12月2日(水）～来年2月6日(土）まで開催。 &lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ギャラリー情報</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
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<title>（コレクション・ガイド）ギャラリーのようなインテリアアート写真のある空間</title>
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<description>写真の飾り方を紹介した書籍Photos Style Recipes 外国のア...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog_2&quot; alt=&quot;Blog_2&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/17/blog_2.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.6em;&quot;&gt;写真の飾り方を紹介した書籍&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;&amp;quot;Photos Style Recipes&amp;quot;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;外国のアートコレクターは、部屋中に自分のコレクションすべてを飾る人が多い。キャリアの長い人のお宅を何件か訪問したことがあるが、リビング、ベッドルーム、書斎、廊下はもちろんトイレにも展示してあった。まるで、ギャラリーかミュージアムに住んでいるような感じだ。&lt;br /&gt;また、アメリカのインテリア雑誌をみているとリビングなどの広い壁面があるスペースに集中してアートを飾る人もいる。壁の床から天井に近い部分まで全面を使い、様々なサイズ、素材のフレームのアートををアットランダムに展示している人もいる。非常に高度なコーディネーション感覚だと感心する。そして、有名写真家のオリジナルプリントのなかに、自分が撮影したお子さんのポートレートが混じっていたりするから恐れ入る。 &lt;br /&gt;このように書くと、現代アート作家ウォルフガング・ティルマンスの個展風景を連想する人もいるかもしれない。しかし、彼のように余白スペースを生かすというよりも、壁面をフレーム入り写真で埋めていく感じだ。米国人写真家ブルース・ウェバーも複数のサイズ違いの額装作品を壁面にちりばめる展示方法を個展で取り入れている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img title=&quot;Blog2_2&quot; alt=&quot;Blog2_2&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/17/blog2_2.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.6em;&quot;&gt;写真集&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;&amp;quot;Chorus of Light&amp;quot;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たぶん、作品展示の極め付きがミュージシャン、エルトン・ジョンの写真コレクションだろう。彼は世界有数のアート写真の個人コレクターと呼ばれており、2000年には、米国アトランタのハイ・ミュージアム・オブ・アートという美術館で自身のコレクション展を開催しているほどだ。（杉本博司、トミオ・セイケなど日本人作家も含まれている。）&lt;br /&gt;「Chorus of Light」という開催時に刊行された写真集には、コレクションで床から天井まで埋めつくされたアトランタのアパートメントのイメージが多数紹介されている。ホワイト・ゴールドの特注フレームなどを使用し、壁面カラーや家具類とのトータル・コーディネートが考えられた上で展示されている。 あ！これこそは写真コレクターの夢の館だと、私は思ったものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Blog3_3&quot; alt=&quot;Blog3_3&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/17/blog3_3.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.6em;&quot;&gt;写真集&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;&amp;quot;Chorus of Light&amp;quot;から、&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方で日本人コレクターは、気に入った何点かを展示して残りを大事に保存していることがいまだに多い。床の間に掛け軸を季節ごとに掛けかえる伝統の名残かもしれない。アート作品は生活に潤いを与える、というようなありきたりな表現は好きでないが、私はアートは壁面に飾って、ともに生活するものだと考えている。優れたアートは自分自身を見つめるきっかけを提供してくれる。それは、壁面に展示して一緒に暮らすことで初めて明らかになるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;外人コレクターたちは、どうも次に作品を展示する壁面を意識してギャラリーに来るようだ。壁のスペースに、欲しいアートをイメージするのは自らを知ろうとする行為ではないだろうか。自分のまわりの生活空間をゆっくりと見渡して欲しい。もしなにか物足りない感じがしたら、 そこにはアートが必要なのかもしれない。そのような意識でギャラリーを訪問すると、見る行為がより楽しくなる。自分の意識の延長上にアートを捉えられるようになり、自らの感覚にあった作品と出会うことができるのだ。そのような一連の行為を通してアートは生活に潤いを与えてくれる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>コレクション・ガイド</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-17T18:48:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/11/post-eb05.html">
<title>（コレクション・ガイド）アーティストのキャリアどの時期の作品をコレクションすべきか？</title>
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<description>Irving Penn PASSAGE 今年は、アーヴィング・ペン、ウィニー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Bs063&quot; alt=&quot;Bs063&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/10/bs063.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;Irving Penn &amp;quot;PASSAGE&amp;quot;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年は、アーヴィング・ペン、ウィニー・ロニスなど、戦後を代表する写真家がなくなった。有名アーティストは長生きの人が多い。上記の作家はともに90歳代だった。好きなアーティストのキャリアが長い場合、どの時期の作品を買ったら良いか悩むところだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;優れたアーティストはキャリア初期に自分のスタイルを構築し、それが次第に認められて地位を確立させる。しかし、ワンパターンを続けると飽きられてしまうので、本質は変えずに新たなスタイルを提示し続けるのだ。そして年齢を重ねるとともに、作品表現の重点がヴィジュアからコンセプトへとシフトしていく。若いとき時と比べ体力や視力そして直感が衰えるのを、人生経験を重ねたことで円熟味を増した思考力で補うようになる。若いときには気付かなかった視点で作品提示できるようになる。このように変化できた人は年齢を重ねても現役で作家活動を継続できる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、天才的な能力を持つ人はキャリア後半で作品がマンネリ化することが多い。若いときに優れた感覚に頼っていると、年齢を重ねると新しいものが生み出せなくなる。そして過去の栄光にすがり同じようなスタイルの作品を作り続けることになる。実績があるので最初のうちはある程度売れ続ける。 それが目先を変えて作品サイズを拡大したりするようになると、近作に対する市場の興味が急激にしぼんでいくのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;歴史の長い絵画市場の場合、最も価値の高い作品は作家のキャリア初期か、キャリア後期に制作される場合が多いという。そしてプライス・カーブは最初は徐々に上昇して、その後急上昇、そしてフラットになり安定してくる傾向がある。だから、投資的な要素を考える場合、キャリア初期や、まだ未開拓分野の作家を見つけ出すことが重要だといわれている。若い作家はそのまま消えていく人も多いのでリスクヘッジの為に複数作家を購入していくことも必要になる。以上が歴史の浅いアート写真にもそのまま当てはまるかどうかは不確定だが、参考にはなるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;イメージ主体に作品を見る人には、作家のキャリア後期作は、若い時代と比べて魅力が弱く感じるかもしれない。コンセプト重視にシフトした人の作品を理解するには見る側にも能力が求められるのだ。作家のそれまでのキャリアを総合的に捉え、その流れの延長上に作品を認識しなければならない。最新作だけを単独で見ても、その作品性は正しく理解できないのだ。これが、アート鑑賞やコレクションの面白みであるとともに、難しいところだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それゆえ、アンドレ・ケルテス、アーヴィング・ペンなどの巨匠でも、キャリア後期作品の評価は高くない。アート相場は、様々なレベルのコレクターがいる。どうしてもイメージ人気によりプレミアムが付いてしまうのだ。投資で買うなら、キャリアのベスト期の代表作を、高額でも狙うべきだ。それらが一番流動性が高いからだ。しかし、もし本当にその作家が好きならば、キャリア後期にはお買い得作品が多いのだ。&lt;br /&gt;アンドレ・ケルテスはパリ時代の作品人気が非常に高い。しかし、後期のニューヨークの作品のなかにも彼らしい秀作があると思う。パリ時代のヴィンテージ・プリントは高額だ。2005年には、1926年作の「Chez Mondrian」が約46.4万ドル（約4600万円）で落札されている。しかし、ニューヨーク時代のヴィンテージに近いプリントは1万ドル（約100万円）前後から入手可能なのだ。&lt;br /&gt;同じような例はほかにもある。特に景気後退期には、需要が人気作品に集中しがちになる。イメージだけにこだわらなければ良い作品をリーズナブル価格で購入できるチャンスは大きくなる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>コレクション・ガイド</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-10T18:37:01+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/11/post-0e31.html">
<title>（アート写真最前線）ウィリー・ロニスが亡くなる市場で過小評価されているフランス人作家</title>
<link>http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/11/post-0e31.html</link>
<description>戦後フランスを代表する写真家の一人、ウィリー・ロニスが99才で亡くなった。90年...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/03/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;戦後フランスを代表する写真家の一人、ウィリー・ロニスが99才で亡くなった。90年代の日本では、ロベルト・ドアノー、イジス、エドワール・ブーバなどとともにフランスのヒューマニスト系写真家のグループ展でよく紹介されていた作家だ。 私は、1992年にプランタン銀座で開催された写真展「I love Paris」展のチラシに使われた「バスティーユの恋人たち」という作品が印象に残っている（上の写真）。写真家名は知らないが、イメージは見たことがあるという人は多いと思う。もちろん彼の仕事はフランス本国では非常に高く評価されており、ナダール賞の受賞（1981年）、アルル写真フェスティヴァルの名誉招待作家にもなっている。死後にはフランス政府へ作品寄贈することが早くから決まっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしアート写真市場の中心地、米国では彼の認知度はあまり高くなかった。50年代にはニューヨーク近代美術館でのいくつかの写真展に作品がセレクションされているが、北米ギャラリーでの個展は80年代中ごろになってからのようだ。オークションでの取り扱いが増加したのは最近のことだ。&lt;br /&gt;彼のモダンプリントのギャラリー店頭値段は、11X14インチサイズで約50万円からだ。 写真市場の歴史が浅い日本人の感覚では高額だが、同世代のアメリカ人作家と比べると決して高くない。さらに調べてみたら、一部ヴィンテージを除いてオークションでの店頭価格を超えての落札はほとんどないようだ。これはセカンダリー市場で価格プレミアムがないという意味。既に高齢だったことを考えると、彼の人生が長くないことをギャラリー価格は既に織り込んで上昇していた感じだ。90年代の前半には、彼の代表作でも500ポンド（@240で約12万円）だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ロニスを含む、フランス人写真家の相場があまり高くないのは、米国の60年～70年代に訪れた写真ブームの流れから彼らの作品が外れていたことによる。 この時代に、いままでの主な情報提供メディアだった写真がテレビにその地位を奪われる。ロバート・フランク、ウィリアム・クラインらが登場し、いままで公共的な役割を果たしてきた写真は他のアートと同じようにパーソナルな視点を表現する手段へと大きく変化する。 その後、ダイアン・アーバス、ゲイリー・ウイノグランド、リー・フリードランダーなどが登場して現代写真がアメリカ中心に大きく発展していく。欧州の多くの写真家はその間もフォト・ドキュメンタリーの報道写真の流れを踏襲していた。アメリカの新しい写真家との違いは何かというと、時代の価値観との接点の有無と、写真家がそれをどのように解釈しているかが提示される点だ。&lt;br /&gt;フランスのヒューマニスト系といわれる写真家たちは時代との接点が必ずしも明確ではなかったかもしれない。ロニスの写真集「Sur le fil du hasard」などを見るとテーマ性よりもヴィジュア優先で作品がセレクションされている印象は強い。しかし、彼らは決して世の中を記録しようと考えていたのではなく、人間愛の視点で労働者階級の日常生活をその内側から撮影していた。また、普段は見過ごしがちな写真でしか気付かない一瞬の面白さをヴィジュアに取り込んでいた。多くの作品は、依頼された仕事ではなく自らのプロジェクトだった。それはまぎれもなく社会を捉えるパーソナルな視点のひとつだと思う。その結果、それらの写真には、当時の街や社会の雰囲気が写っていた。しかし、同時代に生きる人にとって、それは当たり前のシーンだったので作品としての価値を認識出来なかったのだ。&lt;br /&gt;彼らの写真が本価格的に評価されるようになったのは90年代以降。時代の価値観が多様化したことで、パーソナルな視点で撮影された優れたドキュメント、ファッション作品がアートとして認識されるようになってからだ。ロニスらによる40年～50年代のモノクロの都市風景を多くの人がノスタルジックに感じるようになった。それは、現代の価値観が昔から大きく変わったことを見る側に改めて気付かせてくれるという意味だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アート写真の値段は最大市場である米国のコレクター好みが強く反映される。それは作品の優劣と市場人気は必ずしも一致しないということ。投資の為に写真を買うなら米国人の動向は重要な判断要素となる。しかし、自分の感性を生かしたアート写真コレクション構築を考えるのなら、フランスのヒューマニスト系写真家は検討の余地がある分野だと思う。過小評価されている、日本人好みの写真作品がまだ多いのだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アート写真最前線</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-03T18:38:02+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/10/post-9958.html">
<title>(アート写真最前線)写真が売れない日本市場潜在需要と供給のミスマッチ</title>
<link>http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/10/post-9958.html</link>
<description>外国人作家の売行きは好調だ。 日本ではアマチュア中心に非常に多くの人が写真を撮影...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/27/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;FONT-SIZE: 0.5em&quot;&gt;外国人作家の売行きは好調だ。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本ではアマチュア中心に非常に多くの人が写真を撮影する。近年になってカメラ付携帯電話の普及、デジタルカメラの技術進歩と価格低下で写真人口は増加中だ。いままでは男性中心だったカメラ趣味は女性にも広がっている。&lt;br /&gt;一方で、写真表現で真摯にアート作品作りを行なっている人はいまだ少数だ。また写真はアートとして一般的には認識されておらず、コレクションする人も欧米と比べるとまだ少数。アーティスト、コレクターが少ないことから、作品を販売する商業ギャラリーも少ないのが現状だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本では写真は売れない、という嘆きを写真家から聞くことが多い。確かにギャラリーの店頭でもその事実を実感している。実際に作品が定常的に売れるアーティストの数は決して多くないのだ。&lt;br /&gt;しかし、売れないことの意味合いは一般に理解されているのとやや違うという印象を持っている。多くの人は日本には写真を買う習慣がないことから需要が欧米と比べて極端に少ない、また写真を評価できる人が少ない、と考えているようだ。&lt;br /&gt;確かに資産を持っている60歳代以降の層では、写真はアートではなく記録メディアと理解されている場合が多い。しかし、新人類世代（50歳代前後）よりも若い人たちは写真をアート表現と認識しており、ビジュアル感覚も決して欧米と比べて劣ってないと思う。戦後の混乱の中で青春時代を過ごした世代と比べ、上記の新しいビジュアル世代は若い頃から世界最先端のビジュアルを掲載した洋書、洋雑誌に触れていた。80年代の好景気を経験した人なら世界中の有名写真家の写真展でオリジナル作品にも数多く触れている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最近はヴィジュアル感覚とともに、日本人のアート写真理解力も向上してきたと感じている。アート写真の本当の面白さは、私たちが普段見逃しているようなユニークな視点をアーティストが写真で気付かせてくれること。優れた作品ではイメージは入り口で、その背景には深い意味を持った世界が広がっている。これに気付くためには、見る側も写真史や社会文化の学習が求められることがやっと理解されてきたのだ。&lt;br /&gt;いままでの日本人コレクターは、自分の好きなイメージを購入していた。これからは、イメージだけでなく、作家性、作品テーマで写真がコレクションされるようになると思う。その流れは、既に写真集の売り上げ傾向に現れている。魅力的なヴィジュアルだけでなく、コンセプトの理解なしでは良さがわからない本も着実に評価されるようになっている。写真はあまり売れないものの、洋書写真集は不景気でもかなりの冊数が売れているのだ。円高やネットの普及により従来よりもはるかに安く購入可能になったこともあるだろう。 重要な点は、写真集を買う人は将来のオリジナル・プリントの購入見込み客ということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以上から写真が売れない本当の背景が見えてくる。&lt;br /&gt;日本にも欧米と同じように写真をアートとして理解して購入に興味を持つ層が確実に増加している。ではなぜ、写真が売れないのだろうか？彼らの多くはまだ若いので収入が多いとはいえない、写真集は買えるがオリジナル・プリント購入の余裕がまだないのだろう。これは時間が経過すればしだいと改善すると思われる。&lt;br /&gt;もうひとつ考えられる理由は、写真集を買う延長上に手頃な価格帯の優れたアート写真の選択肢が少ないことではないだろうか。写真集を発表しているような有名外国人作家の作品は高価で入手も容易でない。新しいビジュアル世代は自分たちの感覚を信じ、本当に好きなものにしか興味を示さない。中高年のブランド志向と対照的なのだ。潜在需要は大きいものの、彼らが欲しい写真が市場にあまり供給されていないのではないか。&lt;br /&gt;欧米でもオークションで売買されるような高額な有名作品は市場のごく一部。中心はインテリアにも飾ることができる質が高い5万円から15万円くらいの価格帯の作品なのだ。日本には、難解なコンセプト、高額、大判サイズの現代アート系写真と、イメージ重視の低額写真の供給はあるが、明解なコンセプトと親しみやすいイメージを持った写真作品がほとんど市場に提供されていない。写真があまり売れない原因は、顧客が求める質の作品供給が少ないからなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;米国のアート写真市場も実は30年ほどの歴史しかない。初期はアンセル・アダムスなどごく一部作家のモノクロ作品しか扱われなかったそうだ。その後長い低迷期を経て、幅広い時代、分野の写真が扱われるようになった。新人作家でも普通に買われるようになったのは90年代以降になってからなのだ。&lt;br /&gt;過去に米国で起きたことは日本でも起きている。現在の日本はやっと写真の売買がビジネスとして成立しはじめた状態なのだと思う。繰り返しになるが、優れた作品であればコレクションしたいと考える人の潜在需要は確実に増えているのだ。今後は、関係者の市場拡大への努力が重要なのは明らかなのだが、日本は作家やギャラリーにとって厳しい市場であるかもしれない。欧米ではコレクターは市場とともに成長してきた。その過程の試行錯誤で関係者は実力をつけてきた。しかし、日本のコレクター予備軍はすでに欧米並みの高いアート写真の理解力を持っているのだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アート写真最前線</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-27T18:52:50+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/10/post-2496.html">
<title>古いが一番新しいファイン・アート写真の前衛とは</title>
<link>http://gallerist.cocolog-nifty.com/epic/2009/10/post-2496.html</link>
<description>(C)Tomio Seike 欧米のアート写真が扱われるオークションでは、ファイ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img title=&quot;Blog&quot; alt=&quot;Blog&quot; src=&quot;http://gallerist.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/20/blog.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt; &lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;(C)Tomio Seike&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;欧米のアート写真が扱われるオークションでは、ファインアート・フォトグラフスとコンンテンポラリーアートとが明確に分かれている。しかしその前提は、長い写真史の歴史を踏襲したファインアート・フォトグラフスがあり、そこから現代アート系の写真が派生してきたと考えられている。たとえばドイツのベッヒャー派アーティストは現代アート写真でよく知られるが、ベッヒャー夫妻にはアウグスト・ザンダーなどの影響が強くあるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし日本には明確なアート写真の歴史、伝統のようなものはない。欧米で流行している現象をとらえて、その表層的なスタイルを取り入れる場合が多い。その先頭に立つマスコミは、モノクロ写真は時代遅れで、写真はまるで現代アート系しか存在しないように取り扱いがちだ。&lt;br /&gt;ギャラリーも状況は同じ。カラーはもちろん、モノクロ写真の場合も、現代アートらしくなることから、深いテーマとの関連がなくても大きく引き伸ばされて展示することが多い。現在の日本では、小さいモノクロ写真よりも大きな現代アート系の写真を見る機会の方が多くなっている。日本で写真がアートとして一般に受け入れられていない背景はこのあたりの事情によると思う。&lt;br /&gt;私もかつてはこのような状況に疑問を持っていた。しかし長年ギャラリーを行っていると、あらゆるものが節操なく混在している現在の日本文化を受け入れるようになってきた。これは妥協ではなく、正しい現状認識がないと、その国に住む人がリアリティーを感じる独自のアートが生み出せないと理解するようになるからだ。このことについては機会を改めてまた触れたいと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現在、展示しているトミオ・セイケの「Eighteen Month」は現代アートとまったく相反する欧米の写真史の流れを踏襲している作品だ。興味深いのが、このような写真を知らない若い世代にはセイケ作品の展示が凄く新鮮に見えるらしいということだ。現代アート系の写真は、アイデアと刺激重視の奇をてらったイメージが多い。カラーの巨大サイズ作品が一般的で、絵画のように単独に展示する。&lt;br /&gt;一方、今回の展示作品は、判りやすいテーマ、地味に見えるイメージ、モノクロームの小サイズ写真がブック式マットされて同サイズのフレームにシンメトリーに展示。1枚でなく全体で作家の世界観を提示している。欧米の写真ギャラリーではごく当たり前の展示なのだが、考えてみれば最近の日本ではこのような展示は決して多くない。実際、写真展の主催者はあえて大きさやカラーでアクセントを設けるように工夫する。日本の観衆は内容よりもイメージでひきつけられる場合が多いので、見る側が物足りないと感じないようにと配慮するからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回のトミオ・セイケ写真展「Eighteen Month」で私が注目したのは、多くの人が写真を見て落ち着く、ほっとする、見とれてしまうといった印象を語ってくれたこと。大きさ、サイズ、色、アイデア、刺激で聴衆の目を引くことを意識する現代アート系写真の対極のアプローチは逆に顧客とつながる最先端のアイデアのひとつかもしれないと気付いた。&lt;br /&gt;日本の市場は歴史がないので伝統へのしがらみもなく、世界で一番自由に感じることが出来る場所といえなくはない。そして、そこに住む写真好きの人は欧米の伝統的なアート写真も新しい現代アートとしてとらえているのではないだろうか。&lt;br /&gt;デジタル化が進み、銀塩写真は保護される伝統工芸のようなポジションになっていくという専門家の指摘がある。しかし、それはアート表現でない写真にのみ当てはまるのだ。欧米でいまでも存続している伝統的ファインアート写真。もしかしたら、将来的にそのスタイルと精神は、最先端の現代アートのひとつとして生き残るのではないだろうか？古いが一番新しい、という状況が日本では欧米よりも先んじていま起こっているのかもしれない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アート写真最前線</dc:subject>

<dc:creator>yoshi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-20T18:29:29+09:00</dc:date>
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